第205話 働こうよ改め働け篇⑦ ナスカ先生と不揃いな果実達〜魔法師育成授業一日目

 * * *



 キャラ紹介


1、クレス(♂)七歳。

 赤猫族の貧しい家庭の出身。

 父はすでに他界。母と祖母と姉と暮らす。

 姉はすでに奉公に出ており、その給金と縁故により獣人種魔法共有学校へと入学する。赤いツンツン頭で、元気の塊のような少年。でも向こう見ずなところがあり、周りに迷惑をかけることもある。


2,ケイト(♀)七歳。

 沿岸部の街、ナーガセーナの外れに住む黄犬族こうけんぞくの少女。

 光の加減によって金色にも見える黄色い髪の毛が密かな自慢。

 魔法の才能はあるはずなのに、引っ込み思案で内気。

 褒められれば伸びるタイプだが、けなされるととことん自分を追い詰める。

 父は数少ない護符作りの職人で頑固者。

 護符作りだけでは全く食べていけないので、魔法師になって父を手伝いたい。


3、レンカ(♀)七歳。

 亜麻兎族あまとぞくの少女。

 ふわふわとした綿毛のような髪質をしていて、撫で心地抜群。

 割りと裕福な商人の家で育ったためか、我がままなところがあり、物怖じせずにズバズバ言う女の子。ただし誰にでもというわけではなく、自分が気に入った者以外には無口。いつもトロンとした半眼で、切れ味のある毒を吐く。


4、ピアニ(♀)七歳。

 赤鼠族せきそぞくの女の子。

 赤、というよりは薄い桃色に近い髪の色をしている。

 学年でも一番小柄な女の子で、実は密かにそれがコンプレックス。

 小さいことで舐められたくなく、強がりばかり言うが、涙腺はゆるいので泣きながら迫ってくるので誰も敵わない。ある意味あざとくて卑怯な技を持っている。


5、ペリル(♂)七歳。

 熊青族ゆうせいぞくの男の子。

 体毛が濃く、髪と背中と腕が丸ごと青色に覆われている。

 学年で一番大きな身体を持っていて、大人と変わらないくらい。

 でも意外と気が小さく臆病。自分で思ったことを口に出さず、結果が出てからよく文句を言う。クレスとは親友同士だが、よく喧嘩もしている。


6、コリス(♂)七歳。

 鳥緑族ちょうろくぞくの男の子。

 見た目は女の子みたいな長髪。髪も鮮やかな緑なので、地球でいうところのパンクっぽい感じ。いつもブスッとしていて、ハンドポケットで飴をコロコロしている。

 だが見た目に反して芯は強く、一族全員の支援で魔法学校に入学することができた。立派になっていつか恩返したしたいと考えている。


7、ハイア(♂)七歳。

 灰猿族はいえんぞくの少年。

 細身で、長い手脚と尻尾が特徴的。

 体毛は白に近い灰色で、体術が得意。

 実は学校長孫であり、その縁故で入学することができた。

 暇さえあればアチョー、と武術の型ばかりしている。

 実は魔法師としての才能はあまりないが、魔力や魔素を感じ取るセンスは随一。

 それを自分の武術と合わせて、オリジナルの魔法を作るのはもう少し後のお話。



 * * *



「ちくしょー、全部クレスのせいだぞ!」


 森を抜け、街を横断し、海岸までやってきた青空教室・タケル組の子供たちは今、絶賛仲間割れの真っ最中だった。


「な、なんだよ、ペリルだって賛成しただろう!」


「みんな同意してくれるっていうから僕は賛成したんだ! 大体、ひとりで勝手に熱くなってさ、もっと時間をかけて説得するっていってたのに!」


「しょうがないだろう、大事なことは先に伝えないと! クイン先生が予定よりずっと早く帰ってきたのは俺のせいじゃねえよ!」


 赤毛のツンツンヘアーは赤猫族のクレス(♂)。

 そして青みがかかった髪と体毛が腕まで覆っているのはペリル(♂)だ。


 クレスは赤猫族らしく少々くせっ毛のあるツンツンヘアーである。

 なんとなく僕の知ってる赤猫メイドに似ている気がするのは木のせいかな。


 ペリルは熊青族ゆうせいぞくのようで、体つきが大きく、見た目はいかにもガキ大将と言った感じだが、口から出る言葉はどうにも小物臭い。


 ふたりの言い争いは酷いものだった。

 事が終わってから責任のなすりつけ合い。

 ああ、実に醜いね。


 だがもふもふヘアー&ケモミミの子供たちが喧嘩する姿は、僕にとってはじゃれているようにしか見えない。うむ。キャンキャンと子犬が吠えあっているようで、実に可愛いらしいな。


 クイン先生に啖呵を切った真希奈のおかげで、僕らは女王の教室を離反。


 二週間後にあるという魔法師試験に向けてお互いの生徒たちを合格へと導くべく魔法指導対決をすることとなった。


 そうして、とりあえずはザザーンと海の見える海岸までやってきたのだが……。


「ナスカ、先生……?」


 クイッと袖を引かれる。

 おお、この子は確か亜麻兎族あまとぞくのレンカ(♀)だったか。


 明るい色合いの茶色い髪は、まるでたんぽぽの綿毛のようにモコモコで、そこからは兎の耳がニョッキリ生えている。


 お目々も薄い赤色で、すごく可愛らしい。

 ああ、一日中膝の上に乗っけて頭を撫でてあげたい。


「ナスカ先生、さっきから私達を見る目が気持ち悪いの」


 前言撤回。可愛い顔して毒舌キャラだこの子。


 レンカ以外にもピンク色っぽい体毛をした赤鼠族せきそぞくのピアニ(♀)。


 鮮やかな緑の長髪は鳥緑族ちょうろくぞくのコリス(♂)。


 長く細い手脚と尻尾が特徴的な灰猿族はいえんぞくのハイア(♂)と。


 実に多種多様な面々である。


 言い争いを続けるクレスとペリルを取り囲むようにレンカたちが立ち尽くしている。その中のひとり、赤鼠族であり、この中で最も小さなピアニが「ぐすっ」と泣き始めた。


「せっかく魔法師になれると思ったのにぃ……!」


「ぼ、僕だって、一族の期待を背負ってここまで来たんだ……!」


「みんな泣くな。くそ、泣くなよぉ……!」


 ピアニに釣られたのか、コリスとハイアもポロポロと大粒の涙を流し始めた。


 確かに。僕にも覚えがある。

 子供にとって自分自身を否定されること。

 しかも大人に存在そのものを否定されることは、この世の終わりと同義なのだ。


 小学校5年生のときの担任が僕にとってはそうだった。

 普段は優しそうな笑みを浮かべている物静かな先生だったが、教室内で仲間外れになっているものや気の弱い生徒を見ると、影でネチネチとイジメるような女だった。


 当時から友達もおらず一人だった僕はよく標的にされていた。

 友達はできた? と聞いてくるのがそいつの常套句だった。

 僕はひとりが好きだった。ただ静かに本を読んでいるだけでよかった。


 だが、それを許さない者がいた。

 子供に子供らしさを。

 違う行動を取るものに協調性という名の首輪をつけたがった。


 僕がひとりでいるとき、いつもその女の目があった。

 そして周りに誰もいなくなると、「今日もひとり?」「友達は?」「みんなと遊びなさい」「怖くないから」「勇気を出して」と声をかけてくるのだ。


 今思えば僕はノイローゼになっていたのかもしれない。

 とにかく、その女の目と声が聞こえない場所に行きたくて、気がつけば学校に行かず、家にばかりいるようになっていた。


 小学六年生くらいのときだったか。心深も知らない昔話である。


 まあとにかく。

 大人にとってはなんでもない言葉でも、子供にとってはその後の人生に影響を与えかねないほど、重大な楔となって心に打ち込まれることもある。クイン先生あんな女であっても、この子供たちにとっては世界の全てなのだ。


「ふふ、ふはは――――はーはっはッ!」


 突然の哄笑に、子供たちが振り返る。

 黒髪に灰色の狼耳(イミテーション)をつけた、先生とは名ばかりの子供が笑う。

 つまりは僕だった。


「喜べ子供たちよ! おまえたちは捨てられたのではない、選ばれたのだこの僕に! クイン・テリヌアスがどれほどのものか! 魔法学校の中で威張り腐ってるだけの小者など恐れるに足らず! 半月後に行われる初等魔法試験はクリアしたも同然だ!」


 子供たちが一斉に怪訝な顔になる。

 全員「このヒトは大丈夫なのか」と痛々しいものを見る目になる。


 うわ、子どもにそんな目で見られるってシンドい。

 でもここは勢いで押し切れ――


「おまえたちは必ず強くなる。なんてったってこの僕が魔法を直々に教えるんだからな!」


 あっけに取られる皆を前に、僕はキメ顔でそういった。

 ハッキリ言おう、超恥ずかしい。だがコレくらい強気で鼓舞しなければ、この子たちはべそをかき続けるだろう。


 いつまでも人付き合いが苦手などとは言っていられない。

 僕はニートじゃない。龍神族の王として、そしてセーレスやエアリスに恥ずかしくない振る舞いをしなければ。


「しつもーん」


 トロンとした半眼のウサギちゃん、レンカが一同を代表して疑義を呈するようだ。

 僕はたっぷり勿体つけるよう頷いてから、少女を促す。


「ナスカ先生って何者なんですか? あのクイン先生より強いんですか?」


 おふ。ストレートな質問キタコレですね。

 その答えは当然僕ではない愛娘から齎された。


『なにを当たり前のことを言っているのですかこのちびっ子は!』


 パタパタと羽撃きながら、真希奈が僕の顔の前に仁王立ちする。


『ここにおわすお方をどなたと心得ますか。恐れ多くも魔法世界マクマティカにご帰還されたばかりの三代目、龍――――』


「はいそこまでー」


 期待を裏切らないネタバレをありがとう。

 でもその先を言う必要はないぞ。


「りゅう、なんですか? ――――りゅう?」


 何やらレンカは冷静に口の中でキーワードを反芻しだした。

 いけない、このままでは答えにたどり着きそう。


通経済学を専門的に勉強してきまして」


「はあ? 学者さんなのですか? その割には全然賢そうには見えないの?」


 レンカちゃん手厳しい!

 他の子たちは聞き慣れない単語に首を捻りっぱなしだ。


「先生は随分とお若く見えますが、今おいくつですか?」


 これは灰猿族はいえんぞくのハイアだ。スッと挙手しているのだが、なんてリーチだ。いいフリッカージャブが放てるだろう。


「十と六歳だ」


「若ッ! まだガキじゃん!」


 これは鳥緑族ちょうろくぞくのコリスである。女の子みたいだけど男だよねキミ?


「魔法師高等学部の生徒、じゃないんですか?」


「いや、違うぞ」


 質問はずんぐりむっくりの熊青族ゆうせいぞくペリルである。こいつ僕よりデカイな。ちなみに魔法師高等学部とは初等部中等部の更に上だ。ここでの卒業は自動的に軍や各獣人列強氏族のお抱え、あるいは騎族院(獣人種の警察)に入隊するらしく、規律と教育がやたら厳しいという。


「じゃあじゃあ、ほんとに先生はそのお歳で、魔法の先生になってるんです?」


 ああ、可愛い。マスコットみたいな赤鼠族せきそぞくのピアニは感心したように目をまんまるにしている。お持ち帰りしたい。そしてモフりたい。


「俺は賛成だ」


 最後に発言したのは、赤いツンツン頭のクレス。

 赤猫族で如何にもサッカーが似合いそうなスポーティな男の子である。


「あのおっかないクイン先生に真っ向からものを言っていたのもそうだし、よくわかんないけど魔法の実力だって負けてないような気がする。俺はナスカ先生に魔法を教わりたい」


 ほほう、と僕は感心した。

 直接対峙したクイン先生でさえ、僕の真の実力のほどは掴みきれなかったはず。それなのにこの子は、天性の勘とでも言うのか、僕のチカラの一端を感じ取っているようだ。いいね、将来伸びるよキミ。


「それにほら、こんなに縁起のいい妖精にだって懐かれてるし、きっとすごい先生なんだって!」


 まるでみんなを説得するみたいにクレスは言った。

 やっぱり、自分が焚き付けたことが原因で離反する羽目になったのだと自覚しているのだろう。


 こんな小さな身体でみんなに責任を感じているのか。

 でも大丈夫だ。お前の見立ては間違っちゃいない。


「ああ、魔法のことにかけてはかなり自信がある。ここに来る前はラエルのところで世話になっていた。あいつのお墨付きだぞ」


 獣人種列強氏族の一角が太鼓判を押している、と告げると、これまでで一番の好反応が返ってきた。全員がキラキラと尊敬の眼差しを向けてくる。半眼だったレンカがお目々をぱちぱちさせて僕を見上げている。非常に気分がよかった。


「ラエルって、あのラエル・ティオス様!?」


 そう言って身を乗り出してきたのはクレスだった。

 僕が「ああ、雷狼族のラエルだ」と答えると、クレスはとびっきりの笑顔で爆弾を投げてきた。


「じゃあさ、ソーラスってメイド知ってる?」


 ん? ソーラスって言えば確か――――


「赤猫族で、癖っ毛の?」


「そうそうそれそれ。俺の姉ちゃん」


「――――ッ!?」


 あら。そういえば笑ったときに鼻の頭にシワが寄る感じが確かに似てる、かも。


「ねえねえ、姉ちゃん元気してる?」


「え――――っと」


 ソーラス・ソフィストとは僕にとって、地味に縁がある獣人種の女の子だ。


 初めて会ったときにはケモミミを触らせて貰い、聖都の近くの宿場町でラエル扮する奴隷商人の扱う商品として会ったときには、その『感度』を確かめるべく大胆なスキンシップをしてしまったりしていた。


 聖都消滅後、獣人奴隷を開放したラエルの屋敷で無事を確認したときも、多少ギクシャクしてはいたものの、客人であった僕への礼節を忘れず、でも適度に砕けた感じで接してきてくれた。


 そんな彼女とと僕の関係はあくまで客人とメイドであり、それ以上でも以下でもないのだが……多分僕の方が意識をしてしまっているのだ。


 そして実際に彼女の弟くんを目の前にして、なんだかわけのわからない罪悪感のようなものが湧き上がってきてしまう。


「ああ、うん。お姉さんは、元気ダヨー?」


「なんで目をそらすの?」


 いや、姉を心配する純粋なキミの瞳が眩しくて。


『タケル様、なんで今目をそらしたのですか? なにかやましいことがあるのですか?』


 いいッ!? 地雷踏んだ!


「ないない、やましいことなんてひとつもないヨ!」


 そもそも地球から帰ってきてからはまだ一度も会っていないのだ。

 なんでもラエルの命令でアイティアとともに長期出張中らしい。


 まあ心配させるのもなんなので、当たり障りのないことを言ったわけだが。

 そんな僕の気遣いをよそに、クレスくんは今日一番の直球を放り投げてきた。


「ああ、そっか。そういうことか。ナスカ先生、姉ちゃんお手つきにしたんだろう?」


 お手つき? はて、それは一体――――


『お手つき。地位や身分のある者が、正室や側室ではない女性と肉体関係を結ぶこと――――タケル様? 真希奈がいなかった間になにがあったのか、洗いざらい詳しく教えてもらえませんか? 教えてくれますよね? というか教えなさい…………!』


 ひいいい、違うから! そんな真っ黒に塗りつぶされた瞳で睨まないで!


「そっかー、ナスカ先生、ちゃんと責任とってくれよっ。あと姉ちゃんのお給金で実家の仕送りと俺の授業料賄ってたから、その分の援助もお願いね!」


 こんなに小さくても経済観念はしっかりしてる! などと感心する暇もなく、呪いと殺気を撒き散らした真希奈が迫ってくる。


「さ、さあ! 授業を始めますよーッッ!!」


 これ以上泥沼化する前に強引に話を進める。

 始業を告げた途端、今まで弛緩していた空気が一気に引き締まる。


 やっぱりこの子達、学習意欲が高いな。

 これは、本当に将来が楽しみだ。


 僕は初めて教鞭を取るにもかかわらず、恐れも緊張もなく、ただ子供たちのためにと身を粉にする決意をするのだった。

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