第201話 働こうよ改め働け篇③ 幕間・妖精さんはクーリングオフできない

 * * *



『タケル様〜、お会いしとうございました〜』


「僕も会いたかったぞ真希奈ぁ! 聞いてくれよ、ラエルったら非道いんだ! 休養中の僕を捕まえて穀潰し呼ばわりを……お?」


 声は聞こえど姿は見えない。

 本日は真希奈が地球から帰還する日である。


 彼女はこの一月あまりの間、フルメンテナンスを受けるため地球の人工知能進化研究所に預けられていた。そんな真希奈を引き取るため僕は聖剣で『ゲート』を開いたはずだった。


 愛娘である人工精霊・真希奈は、基本的に姿かたちを持たない無属性の精霊だ。


 真希奈が宿るのは賢者の石シードコアと呼ばれる超絶破格級のアーティファクトだったりするのだが……。


 今、僕の目の前には、何故か1/7のビスクドールが座り込んでいた。

 黒髪にパッツンおかっぱで、顔立ちは恐ろしいほど整っている(人形だから当たり前だが)。


 想像して欲しい。メンテンナンスにと地球へ送り出した娘を迎えるべく聖剣で『ゲート』を開き、中から出てきたのが人形一体だけ。


 愛娘の声は聞こえるが、どこから発信しているのかはわからない。まさか……。


『タケル様、ちょっと魔力をお借りしますね』


 再び発信元不明の声が。なんか怖くなってきたけど、そろそろ認めなければならないだろう。


「もしかして、真希奈、なのか?」


『タケル様!』


 ビョンと、発条仕掛けのようにビスクドールが飛び起きた。背中からまるで妖精のような対の羽をパタパタとさせながら僕の顔面に突撃してくる。


『タケル様、改めましてお久しぶりでございます! 真希奈です!』


「えええ! どうしたんだその格好!?」


 しばらく見ないうちに愛らしくなって。パパびっくりだよ?


『無論カモフラージュのためです。ご自分でおっしゃっていたことをお忘れですか?』


「あ」


 地球にいた頃、真希奈と外で会話するときは、もっぱらスマホやガラゲーを介していた。だがそれも、魔法世界では通用しない。


 現代の文明の利器を持ち込めば悪い意味で注目を集めてしまうことになる。何か対策が必要だなあと僕は食っちゃ寝しながら、夢現ゆめうつつに真希奈に言っていたようなないような……。


『というわけで真希奈は今日から可愛い可愛い妖精さんです!』


 キラッ、とばかりに見得を切る人形――もとい真希奈。


 なるほど、僕の魔力を拝借し、魔力フィールドで人形を包み込んで動かしているのか。表情の変化(といっても瞬きをして口がパクパク動く程度だが)などはまだ慣れていないためか、やや大げさでせわしない感じがするが、それでもなかなか様になっている。思わず心のシャッターを何度も切ってしまうほどだ。人形愛好家の気持ちがわかるなあ。


「なるほど、確か本当にいるんだよな妖精って」


 厳密には魔物族モンスターに近く、木や草や花々に宿った想念が、報われない子供の霊魂を供養するために羽の生えたヒトの姿になったのが妖精種であるという。かなりレアな部類のモンスターだ。


 その扱いも、普通のモンスターとは違い、会えば幸福が訪れると信じられているほどだ。精霊ほどではないが信仰の対象にもなっているらしい。


「でも、こんなビスクドールどっから持ってきたんだ。マキ博士の趣味か? 黙っていれば本物の人間みたいにリアルな顔つきだなあ」


『えへへー、それはで、す、ねべえええええええええええええええっ!』


「――ッッ!?」


 突如として、僕の至近距離で笑顔を振りまいていた真希奈ドールが、あり得ない雄叫びを上げてガクンガクンと痙攣する。


 そして見た。今までその瞳は黒曜石のようにつややかだったのに、白目が真っ黒に塗りつぶされ、歯並びさえあった口も漆黒を敷き詰めたようにポッカリと穴になってしまっている。ハッキリ言おう。超こえええ――!


『……ふう。失礼しました。どうやらまだ慣れないようです。押さえつけているはずがたまに出てこようとします。しつこいですね』


「な、なあ、(ビクビク)その人形ちょっとおかしいぞ(ビクンビクン)、一体どこから持ってきたんだ!?」


『女吸血鬼のコレクションです』


「え。カーミラの?」


 サーッと血の気が引いていく。悪い予感しかしなかった。


『はい。なんでも蒐集した呪いカースアイテムの一つだそうで、もともと怨念の類が宿っていたそうですが、高次元生命である真希奈には敵わなかったようで、今は隅っこで恨めしそうにこっちを見てやがります。でも時々火事場の馬鹿力みたいに表に出ようとするので絶賛調教している真っ最中なのです!』


「返してきなさいッ!」


 僕は聖剣を振りかぶり、再び『ゲート』を開こうとする。

 それはさせじと真希奈(人形)が僕の鼻先で暴れ始めた。


『嫌ですー! この人形が一番具合がよかったんですー、Amazonのフィギュアとかでも試したけど、表情を動かせる人形はこれだけだったんですううううばああああああああああ、あな憎しやああああああ!』


 真希奈らしい愛らしい笑顔が一転、呪怨みたいな有様で憎悪の言葉を撒き散らす。おいおいおい本格的にやばいだろうちの娘!


 そんなこんなで、約一ヶ月ぶりとなる愛娘との再会は「返してこい!」『嫌です!』を延々繰り返すことになったのだった。はふん。

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