異世界救済の章 働こうよ改め働け篇
第199話 働こうよ改め働け篇① 日々是労働也〜ニートは絶対許しません
ひとつの
ふたつの
それらに愛されし肥沃なる世界
横たわるは、広大なる大地プリンキピア。
永遠に失われた超大陸の名はオルガノン。
ヒト種族と、魔族種と、獣人種、そして
その世界を支配するのは法ではなく魔法。
生まれ落ちた瞬間から潜在的にヒトが、魔族が、獣人が、ケダモノが、その世界に生を受けたモノが持ち得る、通常の物理法則をも超えた力。
そして今、プリンキピア大陸に一人の男が舞い降りた。
異なる世界にて偉業を成し遂げしもの。
その手で星の運命を変え、多くの生命を救い上げた。
だがそれは結果として付随したものであり、本来の目的はたったひとりの女を取り戻すことであった。
理不尽に引き裂かれ、奪われた想い人を救うため、異なる世界へと旅立ちその過程で多くの生命を守った。
男はかつてはヒトでありながら、ヒトより以上の力を手にし、その力に振り回されながらも決して諦めず、挫けず、巨大な敵に立ち向かい――勝利した。
男は紛れもない英雄。勇者。豪傑。
だが女を取り戻し、
それは――
*
「おい、働け龍王」
灰色の立派な尾っぽを逆立て、館の主、雷狼族のラエル・ティオス(♀)は僕こと、タケル・エンペドクレスを見下ろしていた。
「んん? あれ、今何時?」
「もう暮れ時だ」
のっそりと身体を起こす。
客間として与えられた一室。
もともと空き部屋だった場所を使わせてもらっているので、ベッド代わりに大量のクッションを敷き詰めて寝床にしている。
窓の向こうには黄昏太陽。
さっき目覚めたときはまだ外は暗かったから、まるっと半日近く眠っていたらしい。
「暮れ時……とか言われても地球生まれな僕としてはピンとこないんだよなあ。えーっと
「そうだ。ちなみにそなたが私の元にやってきて、今日でちょうどひと月が経過したぞ。その間、そなたは何をしていた?」
「何をって…………僕何してたかな?」
「何もしていないのだ!」
まるで雷にでも打たれたかのように、ラエル・ティオスの全身が毛羽立った。よくよくみれば彼女たちは帯電体質であるため、毛先から小さな紫電が迸っている。
感情の高ぶりは魔力の高ぶり。ラエル・ティオス――列強十氏族の一角である雷狼族の長はそれはもう激おこだった。
「大所帯でいきなり詰めかけてきたかと思えば、翌日からはもう食っちゃ寝食っちゃ寝と! このひと月の間に何かひとつでも生産的なことをした記憶はあるか? ないだろう!?」
「いや、そうでもないぞ。いくら僕だってひとつくらいは…………ぐう」
「寝るな!」
襟首を掴まれる。アチチ、ピリピリするこの獣女。
まったくこんなんじゃ到底――
「嫁の貰い手なくなるぞ」
あ。
つい本音が。
「ラエル、さん?」
恐る恐る見上げる。
ラエルは僕から手を離し、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「エアリス殿がな、タケル殿のことはしばらくは放っておいてくれないかと言っていた……」
「え、あ、そう?」
さすがエアリスさん、僕のことをよくわかってらっしゃる。
「どのみち、セーレス殿の体調が完全に戻らねば動きようもないと言っていたのでな」
「いやあ、それはどうも、お世話様です」
ホンマホンマ。ありがたやー。
「アウラ
「よく出来た娘たちです」
ちなみにこの世界では精霊信仰なる考えが根強くあり、ただでさえ精霊の加護を受けた魔法師は特別扱いされるのに、本物の具現化した精霊は神様みたいな扱いになるらしい。なので魔法師本人よりも精霊であるアウラやセレスティアは下にも置かない最上級の扱いを受けていた。
「だがな、本来健康なはずの
「え?」
「不断の努力で異なる世界から好いた女を取り戻してきたそなたを、私は尊敬している。聞いてもよく理解できはしなかったが、その過程において、何かとてつもなく大きなことを成し遂げてきたとも聞いている」
ニコニコとしていたラエルが途端真顔になった。
その瞳に光は一切なく、カクンと首を傾げ、まるで汚物でも見るように僕を見下ろしてくる。
「しかし、そなたは今やエアリス殿やセーレス殿を養わなければならぬ立場。それがいつまでも私のもとで糊口をしのぐわけにはいかぬが道理。わかるな?」
「いや、そうだよ、そのとおりだけど……なんか恐いですよラエルさん?」
そんな平べったい光のない瞳で迫ってこないでくれよう。
「というわけでそなたには働いてもらう」
「うえ”え”!?」
え、今なんて言った?
働く? 誰が? 僕が? ウソん!
「なに、悪いようにはしない。ここひと月あまり、そなたのことはよく見てきたつもりだ。その上でうってつけの仕事がある」
「ま、待って、待ってくれ! 僕は働くだなんて一言も――」
「断じて働いてもらう。それが嫌なら今すぐそなただけこの屋敷から出て行け!」
「なんで僕だけ放逐するの!?」
エアリスたちがよくて僕がダメな理由を教えてほしい。
みんなだってずっとこの屋敷でのんびりしているはずなのに。
「そなた以外はみんな働いているぞ」
「は……? そうなの?」
そんな、いつの間に?
「エアリス殿は甲斐甲斐しくもこれからのことを考えて、従者としての心得や振る舞いを、メイドたちの元で働きながら学んでいるぞ」
えええ!? あのエアリスさんが!?
ディーオの娘として気位が高く、プライドの塊みたいだったかつてからすれば信じられないことだが――いや、でもよく考えれば地球では僕を甲斐甲斐しく支えてくれていたのだ。
今の彼女ならメイド――下女のような真似事も僕のためにと率先してこなしてくれるだろう。ホント……頭が上がらないや。
「セーレス殿はセレスティア様とともに、町の
セーレスもこの世界に戻ってきて、死の危険はなくなったものの、長年眠り続けていた影響ですぐには立ち歩きができなかった。
それでもセレスティアの治療のかいあってか、この屋敷で過ごすうちにかなり元気になってきた。リハビリと称してふたりが毎日散歩に出かけているのは知っていたが、そんなことをしていたのか。
「さらにアウラ様は……」
握りしめたラエルの拳が震える。
なんだろう、オチとして何かとんでもない迷惑をかけているのかな?
「我が邸宅の後ろに広がる広大な森が見えるな?」
もう大分真っ暗になってきたが、ラエルは窓向こうの鬱蒼とした森を指差す。
「ああ、あれって全部『魔の森』なんだろう?」
かつてエアリスと初めて出会った頃、僕はうっかり彼女の逆鱗に触れてしまい、魔法で戦ったことがあった。
その時の戦場になったのがラエル・ティオスの邸宅の裏に広がる広大な森――『魔の森』である。戦いの結果、一区画を丸ごとすり鉢状にしてしまった。
獣人種の領域はその大半が劣悪な環境下にある。
海岸線に沿った土地が彼らの居住可能地域であり、常に魔の森からやってくる
列強十氏族とは、数ある獣人種の中でも、特に武勲において輝かしい功績を残した者たちをいい、氏族会議における発言権や多くの扶助特権を得られる代わりに、過酷な義務も付託される。
その一つが、獣人種の領域開拓である。
国土の大部分を魔の森と接する獣人種は、常に魔物に怯えて暮らしている。
そんな獣人種の盾となり、魔の森から魔物の進行を防ぎ、さらには森を拓きそれを維持する。したがって列強十氏族は必ず魔の森に面した場所に屋敷を構え、森の開墾と魔物との戦いを行わなくてはならないのだという。
ラエルの屋敷もすぐ後ろには魔の森が広がり、奥に行けば行くほど危険度は増していく。監視塔を立て、人員を配置し、夜通し見張りをしているというが――
「百人力だ」
「なんだって?」
「アウラ様がいらしゃってから、森の開墾速度が跳ね上がったわ! 数ある魔物など一捻りで、頑強な大木もまるで雑草でも引っこ抜くようになぎ倒されていく! 本来予定していた仕事が向こうふた月分は終わってしまった! これはとんでもないことだぞ!」
「あー、なるほど」
この世界では魔法師がとかく重宝される。つまり地球なら重機が必要になる大掛かりな仕事も、魔法師なら数人分で肩代わりしてくれるからだ。
そして、風の精霊であるアウラの魔法はそんじょそこらの魔法師では逆立ちしたって太刀打ちできない。まさに奇跡そのもの。雑魚モンスター討伐や森の開墾なんて、アウラにとっては『お遊び』レベルでスイスイなのだろう。
「と、ハッキリ言ってそなたたちが来てからこっち、私はとても大助かりでな。そなたのこともずっと大目に見ていたのだ」
「じゃあなんの問題もないな」
「あるわ!」
なんかキャラ崩壊が進んでいるラエルは再び横になろうとした僕の肩を掴んでギリギリと締め上げ始めた。痛い痛い。暴力反対。
「自分の従者や想い人がそのように働いている間、そなたは何をしている? 男として情けないとは思わないのか? 自分も何かできることはないかと動き出そうとはしないのか?」
「えっと、その……」
ここで地球の現代っ子らしく『思いません』みたいなこと言ったらまた噴火するんだろう。沈黙は金、雄弁は銀だ。うむ、ラエルの迫力が恐いからでは断じてないが、ここは黙っておこう。
「というわけでそなたには獣人種の魔法学校で教師として働いてもらう」
「ふえッ!?」
おいおい、今なんて言った?
「僕が先生? 本気で言ってるのか?」
「無論だ。そなたの魔法に関する考察や理解度は非常に面白い。魔法を知らなかったが故、魔法を一から勉強し、それを自分の元ある知識と組み合わせてモノにしている。それはこれから魔法を学ぼうとしている子供たちに大いに役に立つだろう」
「いや、でも僕はヒトに何かを教えるなんてことは全然したことがなくて、魔法の知識も我流ばっかりだし――」
「何を言う。そもそも自分専用の精霊を創り上げるほどの男の考察だぞ。夕餉のときに披露した話は、実は私も含め、周りのメイドたちも感心して聞いていたのだ」
えー。すっげえキョトン顔してたからスベったと思ってたのに感心してたのかよ。言ってくれよそういうことはさあ。
「ちきゅうに残してきたマキナ様もそろそろ帰ってこられる頃合いなのだろう? ちょうどいい、到着したらすぐに現地に出発してもらおう」
いかん、なんか問答無用の流れになってきた。
僕が教師? バカも休み休み言えってんだ。
「やっぱり無理だって。第一獣人種でもない僕が、獣人種の子供たちの先生だなんて――」
「それはほれコレよ」
どこから取り出したのか、ラエルの手には灰色のケモミミがついたカチューシャが握られていた。そしてそれを僕の頭に問答無用で載せてくる。
「そなたが私にくれたこの
かつてラエルはヒト種族の奴隷商と渡り合うため、自らのケモミミを切り落とし、人間として身分を偽ったことがあった。
それ以来彼女は欠けた耳のまま過ごしているそうなのだが、この屋敷に逗留し始めた当初、僕は半分冗談のつもりで彼女にケモミミカチューシャをプレゼントしたのだ。特にリアクションなく受け取っていたけど、実は結構気に入ってたのね。
「私の係累で、灰狼族の長の三男坊ということにしよう。教員資格が得られるのは魔法師準一級以上のものに限るが、そなたなら問題ない。早速学校長に話を通しておくからな」
ニッコリとした笑みの向こうに、有無を言わさぬ強い意志を感じた。
結局この
誰もが働かねば生きていけない。
たまさか僕がひと月をのんべんだらりと過ごすことができたのは、破格の厚遇だったというわけだ。
「よもや嫌とは言わぬな?」
「い、イエスサー・マム」
しゃちほこばって敬礼などしてみる。
ラエルは器用に片眉を跳ね上げると、腕を組んでため息をついた。
「ふむ。やはりそなたが使う異世界の言葉はよくわからんな」
そんな懐かしい言葉を、彼女は呟くのだった。
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