第191話 地球英雄篇2③ パブリック・ジャック〜その日、幼馴染様は伝説となる
* * *
「うわわわわっ、入ってきたぁ! 入ってきたぞぉ!」
12月29日 17時00分
【豊葦原学院高等部体育館】
ついに恐れていたことが起きてしまった。
如何に見張りを立て、室内の灯りをしぼり、懸命に息を殺して見せたところで、災いとはどうしようもなくやってきてしまうものだ。
特にヒトの出入りの多い避難所。
当然ながら避難民は申し合わせるでなく、自分たちのタイミングで押しかけてくる。
いっそそれらを無視して穴熊を決め込んでしまえばいいのだが、それでも悲痛な叫びとともに、門戸を叩かれれば受け入れないわけにはいかない。
なぜならそれを見捨ててしまえば、ヒトはヒトではなくなる。
あの冷たく硬いバケモノと同じものではなく、血の通ったヒトであるというのなら、助けを懇願する声を見過ごしてはいけないのだ。
「あ、え、うわあッ――!」
門番を任されていた中年男性が狂態を晒す。
「子供がいるんです!」そう言われて素早く中に入れるため、想定より大きく扉を開けすぎたのだ。
僅かな光源が漏れる内部を目ざとく見つけた一匹のサランガが、餌がいっぱいにつまった檻の中へと侵入を果たしてしまった。
「閉めるんだ! これ以上一匹も入れるな!」
――ガゴンッ!
叩きつけるように扉が閉じられると、そのサランガ――細長いカマキリのような体躯に頭がふたつ付いた生物は、クリっと背後を振り返った。
蛇にでも睨まれたように門番の男性は壁に背中を預けて硬直する。だがサランガは再び室内――体育館内へと躰を向けた。
ごちそうの山である。
数百人からがひしめき合う熱放射、赤外線、二酸化炭素。
複眼を通してそれらを見れば、背後の
自分の腹の中には、餌共に産み付けたくて堪らない子供たちが今にも弾けそうになっている。これを一匹につき2〜3個、体内へと埋め込んでやる。すると餌共の熱量に反応し羽化が始まるのだ。
まずは真っ赤なドロドロを思い切り飲み干し、そして温かくて柔らかい肉を貪り食おう。
やがて生まれてきた子供たちがさらにさらに子供を増やす。苗床になる餌はこれだけある。一晩のうちにこの餌場は子供たちで埋め尽くされるだろう――
「消灯!」
バヅン、と僅かな光源が落ちる。
だがサランガの目にはそんなもの関係ない。
ひしめく餌たちから発する熱が、ありありと見えているからだ。
今にも飛びかからんと四肢を
「こっちだ!」
ガンガンガン、と暗闇の中から耳障りな音がした。
――なんだ? わざわざ餌の方から自分に近づいてくるとはどういうつもりだ……?
「点灯!」
次の瞬間、真昼のような強烈なライトが体育館内のど真ん中に降り注ぐ。
サランガからすれば、突如として一匹の餌が暗闇に煌々と浮かび上がったように見えた。
それは本能100%で行動するサランガにとって強力な吸引力を
わざわざ大きな音を立てて自分に近づき、まるで食べてくださいと言わんばかりにライトアップまでしてくれているのだ。食欲が抑えきれず遮二無二飛びかかる。
「今だ、引け!」
サランガの全身が浮遊感に包まれる。
身動きもままならず、どうすることもできない。
「おッらああああッ――!!」
ものすごい衝撃が顔面に襲いかかった。
あるいは痛覚というものがあれば、それが致命傷に繋がるほどの衝撃だと危機感を覚えたかもしれない。
だが所詮糞虫は糞虫。置かれた状況もわからずただただ暴れることしかできない。
「ダメだ殴るな針生! 腹の側面から突いて破壊しろ!」
「わかった!」
腹に固くて鋭いものが突き刺さる。
初めてサランガは危機感を覚えた。
あるいはそれは恐怖だったのかもしれない。
お腹の
「ひぃ〜、むっちゃ抵抗してるし! すごい力なんですけど!」
「こらえろ星崎! ここで離したらヤバイぞ!」
「そんなあ、むっちゃ恐いぃ!」
「お、おい甘粕! これって!?」
腹を攻撃していた針生が珍しく悲鳴を上げた。
それを視た瞬間、甘粕も色を失くして叫んだ。
「――ッ、
「ちっ、このおおおッ!」
零れていく。まだ見ぬ小さな生命が。
腹の中から掻き出され無残にも破壊されていく。
全ての我が子が潰える前に、サランガは絶命した。
*
「終わった、か……?」
全身からモップの柄を生やしたバケモノが動かなくなってからしばらく。
ついに甘粕、針生、星崎は脱力した。
死闘であった。
甘粕が発案した罠にハマり、バレーボールのネットで雁字搦めになったサランガは、見事にその動きを封じられた。
しかし、断末魔の抵抗は凄まじく、戦った当人たちは愚か、周囲でただ眺めていただけの避難民にも恐怖心を植え付ける結果となった。
このままではいけない。甘粕はモップの柄を握りしめすぎて強張った手を解き、すぐさま片付けを始める。無論バケモノの死体をである。
万が一にも生き残った孚があってはいけないと、見たくもない死骸をつぶさに観察し腑分けしていく。心が折れる作業だった。
「ごめんね、再起動に時間がかかっちゃった」
「私達も手伝うよ〜」
「……ふたりとも無理しなくていいぞ」
もくもくと作業を続ける甘粕の後ろから
ちなみにふたりの役割は希が消灯と、夢が点灯の作業分担だ。
床はバケモノと孚の体液で汚れており、ひとりで片付けるのは難儀だった。
「いや、全員でとっとと片付けちまおうぜ。くたばっちまえばこんなもんゴミだゴミ」
針生が大容量の集積袋を三重にして広げる。
バケモノの身体は成人男性並の大きさがあるが、かなりの軽量だ。
女の手でも片付けるだけならなんとかなるだろう。
「ぼ、僕も手伝うで。女の子ばっかりに汚れ役はさせれへんし」
精一杯見栄を張る星崎だったが、その膝は小刻みに震えているのが見て取れた。
甘粕は本人にしか聞こえない声でそっと囁く。
「いや、おまえは先にトイレに行ったほうがいい」
「へえ? なんで……って、あ!」
股間の部分が少し染みていた。
「そういやずっとオシッコ我慢してたんよ僕」などと言いながら星崎は体育館のトイレへ駆けていった。彼を笑うものは誰もいなかった。
「針生の言うとおりだ。これ以上人目に晒すのは不味い」
ザワザワと、バケモノが倒された安心感からではない、明らかな戸惑いと恐怖を抱いた人々が、怯えの混じった視線を甘粕たちに――正確にはバケモノの死骸へと注いでいた。
いまやテレビ、ネットなどのメディアを通して、千葉や東京がバケモノに襲われているは周知の事実である。
そして日本ばかりでなく、アメリカでもバケモノが猛威を振るい、一部の噂では、ハワイは既に敵の手に落ちて壊滅してしまったと囁かれていた。
一体このバケモノはなんなのか。
どうして人間を襲うのか。
政府は何をしている?
警察は? 消防は? 自衛隊は?
いつまでこんな不自由を強いられなければならないのか――
情報の伝達速度が著しく発達した現代。
人々が抱いたネガティブな感情も即座に伝達される。
誰もが希望を探し、テレビやネットで情報を集めるも、そこから流れるのは悲観と絶望、そして人々が街中でバケモノに殺されるという残酷な
たった今、目の前で逞しくも少年少女たちが群れから逸れた一匹を仕留めたところで、そんなものはなんの慰みにもならないのだ。
「あーあっ! もう終わりだよっ! 俺たちみんな殺されちまうんだっ!」
そう声を上げたのは一人の老人だった。
硬い体育館の床にキャンピングシート広げ、腰を不自然に曲げながら悪態を吐く。
そしてその言葉を切っ掛けに、人々の不満は一気に爆発した。
「なんで、なんでいきなりこんなことになってるのよ!!」
「一体政府は何をしているんだ!!」
「ハワイの人たちがバケモノに全部殺されちゃったってホントなの!?」
「どうしてテレビはおんなじシーンばっかり映すんだ! こんなのもう見たくないのに!」
「首都圏だけじゃない、日本はもうおしまいだ! みんなバケモノに食い殺されるんだ!」
「アメリカの軍隊でもあのバケモノには敵わなかったっていうじゃないか!」
「警察や自衛隊は何をしているの!? なんのために国民が血税を払ってると思ってるのよ!」
言いたい放題の不満は、今や何故か体育館の中央に位置する甘粕たちに向けられていた。
協力してバケモノを倒したはずの
「うるせええええええええええッ――!!!」
当然、こんな仕打ちをされて戦った当人は黙ってなどいられない。
「ピーピーギャーギャーうるせえぞコラッ!」
「ひッ」
「きゃッ」
事切れたバケモノの前肢を引きちぎると、針生は避難民へと投げつけた。と言っても、体育館の床を滑らせて、目の前に転がしただけなので大事はないが。
「隅っこに固まって文句ばっか垂れやがって! 俺らがいなかったらお前ら全員今頃バケモノの餌になってたんだぞッ!!」
針生の言葉は真実。
だが常に真実が正しく受け入れられるとは限らない。
人々は自らの恐怖心を払拭するために怒りや不満の声を上げていたのだ。
文字通りその言葉を
「失礼な子たちだな!」
「子供くせに知ったふうな口を利くな!」
「なんて乱暴なのかしら、親の顔が見てみたいわ……!」
「お前らなあ……!」
沸騰しかかった針生を制したのは甘粕だった。
「みなさん、どうか落ち着いて聞いてください」
静かだがよく通る声だった。
本人の性格と趣味が災いし、校内でも表立ったイベントには起用されない彼だが、実は非常に演説栄えのするいい声と胆力を持っているのだ。
「このバケモノたちは遠からず必ず倒されます」
ザワっと、一際大きく人々がどよめいた。
だが全員が顔を顰めている。
「なんでそんなことが言えるんだ!」と誰かが怒鳴った。
もっとな疑問だった。
「何故なら俺の知り合いには魔法使いがいるからです」
甘粕がそう言った瞬間、人々の顔に浮かんだのは猜疑、そして同情だった。
いたましいものを見る目で、全員がさあっとさざ波のように引いていく。
本人はどこ吹く風だったが、隣にいる針生は「あちゃー」と顔を覆っていた。
「彼らは今もなお戦っている。決してこのようなバケモノに屈することはありませ――」
「いい加減にしろ!」
「漫画やゲームの見すぎだ!」
「私達をバカにしてるの!?」
甘粕を黙らせようと水の入ったペットボトルが投げつけられる。
それを切っ掛けにして、彼の頭上に様々なモノが落ちてくる。
空き缶や食べ物の包み紙、鼻をかんだちり紙やペットボトルが雨あられと降ってくる。
「てめえら――!」
「やめろ針生。それより朝倉さんと支倉さんを守ってやれ」
「ちっ」
わかっている。
みんな希望が欲しいのだ。
絶望しか垂れ流さないテレビやネットにウンザリしているのだ。
心の中では誰もが望んでいる。
本当に魔法使いがいて、バケモノ共をやっつけてくれたらどれだけいいだろうと。
でもそんなものはどこにもいないと諦めているのだ。
終わらない人々の悪意にひとり晒され続ける甘粕。
ついにはそこに罵声も加わり収拾がつかなくなっていく。
その時だった――
「大変や甘粕っち!!」
場の空気を読まない男が股間をグッショリ濡らしながら走ってくるのが見えた。恐らくカモフラージュのために『手を洗っていたら股間に水がハネてまった』風味を演出しようとしたのだろう。だが結果は『全漏らし』の有様だった。
ポタポタと雫を垂らしながら星崎という失禁男が駆けてくる様に、人々は怒りよりも生理的嫌悪が勝ったようだった。
「こ、これこれこれ! なんかいきなり始まったんやけど――って何コレ? みんなでゴミ掃除でも始めたん?」
「いや。それより何の話だ?」
「せやった! 心深ちゃんが! すごいんやって!」
「あ? 綾瀬川がどうした?」
「なになに?」
「心深ちゃん〜?」
星崎が掲げるスマホにはつい昨日別れたばかりの友人の姿が映り込んでいた。
それと同時に、先程まで甘粕を吊し上げていた人々の手元のスマホからも、聞き慣れた美しい声が響いてくる。
『――のバケモノの名称は【サランガ】。紛れもなく宇宙からやってきた侵略者です。ですが、ヤツらは必ず倒されるでしょう――』
人々は食い入るように手元のスマホや携帯に目を落としている。
言葉の内容は自分が言っていたことと同じなのにまるで役者が違うな、と甘粕はため息を吐くのだった。
* * *
12月29日 午後17時15分
【東京都港区、共同通信会館、DNAシアターサテライトスタジオ】
大通りに面したガラス張りのブースの中、かつて二週間連続8時間生放送をしたときと同じく、綾瀬川心深は後に伝説となるゲリラ放送を開始していた。
「本番10秒前――8、7、6、5、4、3――」
2、1、と手振りで伝え、ついに配信がスタートした。
「みなさん、突然の配信をまずはお詫びします。ですがこれは私、綾瀬川心深と善意ある番組プロデューサーの決断によって実現したジャック放送です」
放送信号の割り込み――電波ジャックは犯罪である。
だが、インターネット回線を通じた強制放送は前代未聞であり、インターネット放送が影響力、公正なジャーナリズムにおいて、テレビ放送を完全に凌駕した歴史的瞬間でもあった。
「ですが例え犯罪に手を染めてでも、みなさんにお伝えしなければならないことがあります。今首都圏を中心として各所で人々を襲っているバケモノの名前は【サランガ】。宇宙からやってきた紛れもない侵略者です」
配信を許可したプロデューサー、そしてカメラマン、AD、全員が息を飲む。
本番が始まる直前まで協議を重ね、犯罪行為はお互い納得ずくのはずである。
だが今彼らはそれとは別のことで圧倒されていた。
綾瀬川心深の堂々たる態度やそのカリスマ性に心臓を鷲掴みにされているのだ。
「決して恐れないでください。決して絶望しないでください。いたずらにパニックにならず、隣人同士で声を掛け合い、最寄りの避難所、あるいは屋内へ退避し、厳重に戸締まりをしてください。またサランガは光源に惹かれる性質が予想されます。照明の光が外に漏れないよう細心の注意してください」
DNAシアターの公式ツイッター、フェイスブック、ニコニコ生放送とユーチューブを監視していたスタッフがチーフプロデューサー丘本の肩を叩く。そこにはとんでもない数の非難コメントが殺到していた。
『ふざけるな』
『こんなことして許されると思ってるのか』
『テレビが見られなくなった』
『デマを垂れ流すな』
『綾瀬川心深は某国のスパイ』
――などなどがあっという間に書き込まれていく。
予想していたリアクションだが、丘本は肝をつぶさずにはいられない。
まるで蜂の巣をつついた騒ぎようは、憎悪の対象を見つけた民衆が総攻撃を仕掛けてきているからだ。
今や首都圏数千万人分のやり場のなかった悪感情がこのDNAシアターに――綾瀬川心深ひとりに収束していた。
「これから夜にかけて大変危険な時間帯になります。屋外への外出は絶対に避けてください。また交通機関が麻痺をしており、消防や救急車の到着が著しく遅れる可能性があります。重病以外の連絡は控え、火の取り扱いには十分注意してください」
ゴクリ、と丘本は喉を鳴らす。
たかが16歳の女の子にどうしてこんなことができるのか。
自分の目に狂いはなかったと言いたいところだが、この傑物ぶりを魅せつけられては強がりにしかならない。
今月の初旬に世界を震撼させ、大混乱を巻き起こした『ブラックホールの祭日』。
厭世的なムードを払拭するために立案されたボランティア企画に便乗して、スポンサーがパーソナリティにとねじ込んできたのが綾瀬川心深という少女だった。
幼い頃から演劇をたしなみ、今夏に行われた公開声優オーディションで大役を勝ち取った彼女のことは丘本も知っていた。
だがそれとこれとは話しが別だ。仕事に私情は持ち込まないし、いくらスポンサーの意向だとはいえ限度がある。
だが実際に丘本は彼女を起用した。
直感だった。面と向かってごく短い質疑の中で光るものを感じた。
そしてそれは成功し、確かな伝説を打ち立てた。
僅か半月前の伝説が、今本人の手により早々に塗り替えられるなど思ってもいなかったが。
「視聴者のみなさんから続々コメントがよせられています。お叱りは当然のことだと思います。はい、特別な方法で回線を専有しています。はい、犯罪です。私はもちろんのこと、様々な方にご迷惑をおかけしていることはスタッフ一同自覚しています。はい、【サランガ】という名前です。公式なものです。
その名前を出した途端、非難轟々だったコメント欄の流れが変わった。
先日行われたAAT法案の式典。アメリカとロシアの大統領が肩を並べる姿もさることながら、見事テロの瞬間を未然に防いた巨大ロボット。
あの劇的な映像の一切合財を演出し、自らも主役として表舞台に躍り出た男の名前は、タケル・エンペドクレスの悪名と共に繰り返しメディアで取り上げられていた。
「はい、事実です。面識があります。彼は日本のサブカルチャーが大好きだと公言していました。恐縮ですが私のファンとのことでサインもさせてもらいました。はい本当です。不当に彼を貶める意図は微塵もありません」
『オタク宣言キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』
『急に親しみが湧いたww』
『いえ〜いアダム・スミス見てる〜?』
などなど、非難コメントが減少してきている。明らかに流れが優位に傾きつつあった。
「いえ、【サランガ】という名前は、私が直接彼から聞いたわけではありません。私の友人を通して氏から聞いたものです。何故なら、今アダム・スミス氏と協力し、アメリカ、そして日本で戦っている人たちは私の知友たちだからです」
心深がカメラの後ろにいる丘本を見る。
コクリと彼は頷き、身振りでADに準備を指示する。
コメントでは『どーいうこと??』『ハッタリだろ』『売名行為乙』『なんでヲタ声優がアメリカの要人と知り合いなんだよ』と否定的なものが多い。それは真実を目にする前の丘本たちスタッフの感想と全く一緒だった。
時に人々は真実から目を背ける。
自分が信じたいものしか信じないことがある。
だが今民衆が欲しているのは『希望』だった。
国家未曾有の危機の中、テレビの情報源では得られない世界の現実。
「御覧ください。彼らは今、死力を尽くして戦っています」
映し出されたライブ映像に、人々は釘付けとなった。
*
それは気象衛星からの映像。
宇宙空間にまで達した超巨大ハリケーンの俯瞰写真。
それはひとりの軍人が記録用にヘッドマウントしたアクションカムからの映像。
海岸線が深緑の光に包まれ、真昼のように照らし出されている。
その最中で、サランガと思わしき黒い大群を切り払うのは美しき女神だった。
それはスマホで撮影された個人配信。
街中でバケモノと戦う巨大ロボットと、その足元で藍色の剣を片手に奮戦する金髪の女神の姿。
所変わって夕闇が迫る海岸埠頭。
ライブ映像用に設置された定点カメラに映るのは、富士火力演習に勝るとも劣らない自衛隊の一斉射撃。
それは高高度を飛行する偵察機が捉えた映像。
そこに映るのは有翼の人型が日本の民家の頭上で懸命に戦う姿。
高層マンションの自宅から撮影された映像には、青白い炎を纏う馬影と、その背に乗った美姫が映り――また、別の映像では、真っ赤な光の蝶を従えた美女が、自身もまた翼を羽撃かせバケモノたちと戦っていた。
さらに映像は、都内で戦う自衛隊の歩兵拡張装甲を映し出し、ビルの屋上に設置されたカメラからは、純白の巨大ロボットが縱橫に空を駆けめぐり、バケモノをまとめて屠り去る瞬間が捉えられていた。
*
「おいおい、これは――」
「ウッソ、エアリス先輩とセレスティアちゃんやん!」
「これ、マジの映像なのか? すっげえ……!」
体育館内の混乱は収束していた。
誰もが身を寄せ合って、スマホや携帯、モバイルPCから流れる映像に夢中になっている。
「いやあ、まさか心深のヤツここまでやるとは……」
「うん、すごいね〜。私、まるで自分のことのように誇らしいよ〜」
先程まで人々の悪意に晒され恐怖から涙していた希と夢は、今は全く正反対の嬉し涙で頬を濡らしていた。
*
「これは特撮やVFXではありません。現在千葉県銚子市と東京都内、そしてアメリカ西海岸で実際に行われている戦闘映像です。繰り返します。バケモノたちは必ず倒されます。決して悲観しないでください。決して絶望しないでください。屋外は大変危険です。事態が収束するまで外出は控えてください。また火の元の取り扱いは――」
鉄の仮面を被り、己の感情を押し殺しながら、公共のために放送を続ける心深。
その心の中では、友人たちの無事を祈らずにはいられない。
そして――
(あとは頼んだわよ――タケル)
自らがよく知る少年に、最後の希望を託すのだった。
* * *
12月29日 午後18時00分
【フィリピン海、南硫黄島南西約100キロ地点】
誰も知らない絶海の只中。
そこには人知れず戦い、人知れず潰えようとするひとつの生命の灯火があった。
『タケル様、タケル様ぁ――!!』
愛娘の呼びかけも届かない。
今、彼の全身は暗闇に飲み込まれる寸前だった。
直径1000メートルを超えるサランガの集合体――『融合群体』の中へと取り込まれながら全身を貪り食われているためだ。
最強の名を冠したはずが手も足も出ず。
無尽蔵のはずの魔力は枯渇し。
不死のはずの肉体は意味を失い。
その生命を無為に帰そうとしていた。
彼の名はタケル・エンペドクレス。
魔法世界、そして地球に於いて、世界から大罪人の烙印を捺された少年だった。
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