第185話 地球英雄篇⑩ 人類の剣の復活(前編)

 * * *



 12月29日 13時00分

【千葉県船橋市薬園台、習志野駐屯地演習場内】


「傾聴!」


 ザッと靴音を響かせて、居並ぶ自衛官達――完全装備に身を包んだ彼らは、彼らが最高指揮官と仰ぐ陸将へと敬礼をした後、一斉に休めの姿勢を取った。


「これより首都防衛作戦の概要を説明する――が、その前に。これは正式な作戦ではないことを予め断っておく」


 それは最早わかりきったことなのだろう。

 誰ひとりとして動揺するものはなく。

 誰ひとりとして異を唱えるものはいない。


 ただ決然と祖国のために生命を捧げる覚悟を宿し、そのために培ってきた技能を遺憾なく発揮する。国民と国土を守るは今であると誰もが自覚していた。


「秋葉原テロ災害時に発動されたままの『非常事態宣言』を唯一の根拠とし、現在、千葉県銚子市一帯で行われている未確認勢力による戦闘行動に我らは軍事介入する――!」


 そう、これは独断。

 総理や防衛省、防衛大臣の認可がないままの出撃。

 急遽駐屯地に現れた統合幕僚長により直々に伝達された指令。


 国家存亡にかかわる事態が差し迫っているとして、現場に近い習志野駐屯地第1空挺団、及び特殊作戦群に白羽の矢が立ったのだ。


「なお、現場は著しい混乱状態に陥っており、警察、消防、役場とも一切の連絡が取れない状態となっている。だが裏を返せばそれだけ切迫した事態に陥っていることが予想される」


 そしてその混乱は時間を追うごとに太平洋側から首都圏近郊、そして東京へと迫ってきている。


 未確認ではあるが、敵が沿岸から橋頭堡を確保し、西進してきているとするならば、今後重要施設を多く有する東京が敵に飲み込まれる可能性もある。


 都市機能が完全に麻痺してしまう前に、兵力を一刻も早く現場へと突入させる必要があった。そのためには――


「本作戦に際して、変則的ではあるが、空挺作戦を敢行する。これは一刻も早く現場の状況を確認するためであり、また後続する火砲部隊の展開場所を確保するためでもある。まずは先行偵察を行ったRF−4Eからの航空写真を見て欲しい」


 A0サイズの特大用紙にプリントアウトされた偵察機からの高画質写真。

 キャスター付きのホワイトボードに貼られたそれは、高高度から撮影された黒生町沿岸部の様子が収められている。そこにはまるで大山のように背丈を持ち上げる巨大な黒波が映し出されていた。


 ザワッと、隠しきれない動揺が隊員たちに走る。

 さらに陸将はボードを反転させ、「つい先程送られてきたものである」と新たな一枚を見せた。


 今度こそ、隊員達は驚愕のうめき声を上げた。

 市街地上空を埋め尽くすモザイク、あるいは霞のような黒い存在。

 そしてその間に微かにヒトの姿をした者たちの存在が確認できたからだ。


「このように現地では今まさに戦闘が行われ、一般市民が危険に晒されている。既にして混戦の様相を見せ、制空権の確保が非常に難しい状況にある。だが、それでも敢えて命令する。――行ってくれ」


「はッ――畏まりました!」


 第1空挺団大隊長が大声だいせいを上げる。

 後ろに続く精鋭たちの目には誰ひとりとしてその命令を厭うものはいない。


 その覚悟を逞しく思いながら陸将は「そしてこれは、一般には秘匿されていることではあるが」と前置きをする。


「現在地球の裏側では、アメリカ軍もまた太平洋沿岸部での戦闘を開始している。一個師団を投入しているそうだが、劣勢であるという。この意味が諸君にはわかるか――」


 全員をぐるりと見渡し、そして陸将は拡声器を凌駕する大音声を上げた。


「我々は今、ここで何をしているッ! 国土を蹂躙する敵勢力が確かに迫っているというのに、国家国民を守るはずの自衛隊が、謎の武装勢力によって暇を与えられているこの事実ッ! これを怠惰でなくてなんというのだ――!!」


 その叱咤を理不尽と捉える者は誰ひとりとしていない。

 戦闘が開始されたという不確定な情報は既に一時間以上前から齎されている。


 それなのにもかかわらず今こうして、呑気に基地内でブリーフィングを行っていることが恥でなくてなんだというのか。


「もはや一刻の猶予も許されない! 日本を守るのは我々の仕事だ! 我々の誇りを取り戻せ! 今この時、この判断を誤れば、国家100年の計を損ない、子々孫々にまで影響を及ぼすだろう! マスコミや左巻きのリベラルが何を言おうが、一切の責任は私が取る! 直ちに作戦を開始せよッッ!」


「解散!」


 まるで弾かれるように数百人からが一斉に行動を開始する。

 空挺降下エアボーン作戦を行うため、第1空挺団は完全装備で一路下総しもうさ航空基地を目指し、そこからC−130H輸送機へと搭乗する。


 さらに戦車や装輪装甲車を有する機甲科、対空攻撃を行う高射特科、UH-60JAヘリで現場を目指す航空科と、それぞれが我先にと出撃していく。


 そして――第1空挺団の精鋭から抽出された日本初の歩兵拡張装甲部隊隊長――先日の秋葉原テロ災害で華々しいメディアデビューを飾り、現在取材申し込みが殺到している――工藤功2等陸尉は、自身の愛機、二、五世代型ケベラニアン・マークスマン仕様の前で隊員たちを振り返った。


「我々は別任務に赴く! 今後混乱が予想される首都において、歩兵拡張装甲本来の強みを生かして市街地の遊撃と市民の防衛を行う! 今回は実践仕様だ! 絶対に誤射だけはするなよッ!」


「了解ッッ!」


 第二世代、そして二、五世代が合計八機。

 既にしてアイドル状態であり、いつでも出撃が可能な状態だ。

 だが、搭乗に際して一人の隊員が工藤に対して全員の疑問をぶつけた。


「あの隊長……マリア教官はどうされたのでしょうか」


 彼らの教導官であり、歩兵拡張装甲の練度では遥か雲の上にいるエースパイロット――マリア・スウ・ズムウォルトは秋葉原テロ災害直後から行方不明となっている。


 機体が破壊され、一時はその生存すら絶望視されていた彼女だったが、無事生還し、テロの犯人と疑われていたために警察庁で取り調べを受けていたのだが……。


「どうして教官は帰ってきてくれないのでしょう。それに、セレスティアさんもあれからどうなってしまったのか……」


 工藤たちからすれば、クリスマスの当日、セレスティアが迷子になってしまい、それをマリアと共に探していたときから、ずっと彼女は行方不明だった。


 そして今度はマリアという、ある意味戦闘における屋台骨とも言える支柱的存在を失ってしまい、精神的な動揺が拭えない状態だった。


「あの人達がこんな状況を放っておくはずがない。俺たちは俺たちの仕事をするぞ。教官が帰ってきてもどやされないようになっ!」


 さすがは歩兵拡張装甲部隊の隊長。

 工藤の言葉に隊員たちはほどよく気合が入りつつも肩の力が抜けたようだ。


「全員搭乗!」


 工藤はずんぐりとした人型の機体に乗り込み、素早くセーフティを外していく。

 起動出力が巡行クルーズから戦闘ミリタリーへと変わっていく音に包まれながら、ポツリと工藤は独りごちた。


「そうだ。あの人たちが――教官が俺たちを見捨てるはずがない……!」


 その呟きは、まるで自分に言い聞かせているようだった。



 * * *



 12月29日 13時30分

【東京都港区赤羽橋南、桜田通り】


「アダム・スミスの糞野郎! 10年後って話じゃなかったの!?」


 芝公園野球場を横目に、首都高の陸橋を一台のトレーラーが潜り抜けていく。

 20トンは優にありそうなその巨体の大部分を占めるのは背部コンテナだった。


 見るからに頑丈そうなそのコンテナは、ちょっと見ただけでは分からないが、入口となる開口部が後方と、そして何故か天井にあるという奇っ怪な構造をしていた。


 その中身こそは不明だが、コンテナは空に向かって、観音開きになる仕組みになっているのだ。


 そしてトレーラーの脇には綾藺笠あやいがさをイメージした社標が描かれ、その横には有名な書道家によって書かれた達筆な社名が踊っていた。


『設楽重工業』


 国内最大の機械メーカーであり、設楽東京UFJ銀行、設楽商事と並ぶ設楽グループ御三家の一角である。原発、造船、航空機エンジンなど、様々な製品を手がけ、『機械の見本市』の異名を誇っている。


 何を隠そう、世界初となる歩兵拡張装甲はアダム・スミスと設楽重工業による合作なのだ。その後、第一、第二、二、五までを手がけ、そして第三世代型のプロトタイプである『零零式ベルキーバ』までの開発に携わった実績ある会社である。


 だがアメリカ行われたトライアルにおいて、米軍主力配備となる第三世代機はロッキード・マーティンとノースロップ・グラマンが共同開発した『YF−23』と『F−22』に決定し、せっかく初代からノウハウを培ってきたはずの『設楽重工業』は赤っ恥をかかされる形となった。


 それもこれも特殊・・なシステムを搭載した『YF−23ブラック・ウィドウ』のパイロットが齎した三次元機動データがあまりに凄まじく、そのデータを独占することに成功したロッキード・マーティンとノースロップ・グラマンに正式採用の軍配が上がってしまったからだ。


 アダム・スミスはバランスが大事なのだと言っていた。

 その意味するところはわかるが、ならばこそ設楽重工業歩兵拡張装甲開発部にも同様のデータをよこすべきだ。


 そうすれば、F−22にも劣らない最高の機体を造り上げて、彼が目指す戦力の向上に貢献できるはず。プロトタイプから開発に携わった開発チームは絶対の自信を持ってアダム・スミスにデータの開示を要求した。


 そしてそれは成った。

 ラプターを超える現行最強の機体は既にして完成している。

 ただひとつ問題があるとすれば乗りこなせる者が誰もいなかった。


 ただひたすらアダム・スミスから渡されたデータを相手に、仕様を極限まで突き詰め続けた結果、テスト起動すらできない機体が誕生してしまった。


「でも、マリア・スウ・ズムウォルト……でしたっけ。唯一うちらの機体を乗りこなせる可能性のあるもの。彼女を見つけられればいいんですよね主任?」


 実は先程言ったロッキード・マーティンとノースロップ・グラマンが独占することに成功した第三世代型の三次元機動のデータは、そのマリア・スウ・ズムウォルトによってもたらされたものなのだ。


 彼女ならば、あるいは自分たちが開発した最高傑作を乗りこなしてくれるかもしれない……。


「でも本人を見つける前に、世界そのものが終わっちゃうわよ!」


 20トン車の座席には一組の男女の姿があった。

 運転席に座るのはまだ年若い銀縁眼鏡の青年。

 上下のツナギに、開発部のキャップを被り、首には紐を通した交通安全のお守りをぶら下げている。


 そして助手席に座るのは妙齢の美女。

 タイトなフォーマルスーツの上から開発部のジャケットを引っ掛けている。

 クッキリとした目鼻立ちと、ややブラウンがかかった長い黒髪から、アジア系の異国の血を引いているのが伺えた。


「ヒカル君」


「なんですか主任」


「こんなときくらい名前で呼んでちょうだい。富士子ってさ」


「麻生・スカルノ・富士子さん――これでいいですか。で、なんです?」


 名前で呼ばれて嬉しいはずなのに、麻生――もとい富士子はヒカルから高い壁を感じた。


 それでもくじけるわけにはいかない。

 もう時間がないのだ。

 想いを告げるには今しかなかった。


「お願い私を抱いて。世界が終わる前に……!」


 プチプチとボタンを外して上着をちょっぴりキャストオフ。

 肩をするりと晒して艶っぽい流し目もオーケー。

 だが――、


「はっ。お酒臭い女は御免です」


 こちらを振り向きもせずヒカル――水城ヒカルは鼻で笑った。


 それも無理はない。

 富士子女史の座る助手席の足元には大量に空き缶が転がっていた。


 実は彼女は朝からずっと飲みっぱなしで、都内に入る前からサービスインターでお酒を大量に購入して、もうずーっとやけ酒を煽っているのだった。


「というか徹夜明けで作業して、今も彼女を探して運転してる僕の隣でよくもまあ飲み続けられますね。ちょっとその神経が信じられないです」


 ヒカルからジトーっと冷たい視線。

 好きな男からの冷淡な対応に、内心はゾクゾクとしたものを感じなくもない富士子だったが、今は素直に自分の弱みをさらけ出していく。


「うう、それはその、もうすぐ人類が滅ぶかと思うと、色々と思うところがあって。私だって普通の女なんだし、別にお酒に逃げたっていいでしょう。ホントはキミに逃げたいところだけど……」


 ジリっとにじり寄ろうとする富士子女史を横目で素早く制しながら「運転中に抱きついたりしたら本気で嫌いになりますから」とヒカルは言い放つ。


 富士子はピタっと動きを止め、差し伸ばしかけた手をプルプルとさせてからギュウっと握りしめた。


「ちくしょー、やっぱり飲むしかないじゃない! 好きな男は振り向いてくれないし、もうすぐ私たちは食い殺されちゃうし、肝心のパイロットは二日前からロストしたまんまだしー!」


 手がつけられなかった。

 発泡酒、ビール、日本酒、ワイン。

 裂きイカやらジャーキーやらを次から次へと口の中に放り込み、富士子はアルコールで流し込んでいく。


 そんな彼女を見て、はあ……とヒカルはため息をついた。

 こんなのでも、彼女は技術開発部歩兵拡張装甲部門の責任者であり、そして彼が(密かに)尊敬する天才なのだった。


 既にして第一世代から第二世代までの技術的な蓄積があったにしろ、かのアダム・スミスが提唱する第三世代の要求スペックを純国産機で実現させることができたのは全て彼女の功績であった。


 そう、アメリカのロッキード・マーティンとノースロップ・グラマン、そして設楽重工業の第三世代型歩兵拡張装甲開発部門には、実は機密保持の名目で緘口令が敷かれているが、魔法の存在が公開されている。


 詳しい仕組みはもちろん秘匿されているが、厳然として魔法が存在し、そして魔法によって身体能力を向上させたスーパーソルジャーが存在するという事実を把握しておかなければ、第三世代型の開発も、そしてそれを超える準第四世代型の開発などできはしなかったからだ。


「しっかりしてください。確かにアダム・スミス氏は10年後までに歩兵拡張装甲を全世界に普及させると言っていました。それが宇宙人による侵略に対抗するためだとも。ですが、そんな与太話・・・は置いておいて、我々には歩兵拡張装甲開発特需が必要不可欠だった。あんな男の怪しい話でも、利益になるのならと全面的に協力してきたでしょう」


「ううう〜、でもでも〜、10年後だよ、10年後って言ってたのに、なんでそれが今日なのよー! 私まだヒカルくんとキスしてないし、結婚もしてないし、妊娠もしてないんですけど!」


「それはともかくとして」


「流された!?」


「……ともかく。今となっては彼の与太話も信じざるを得なくなってしまいましたが……アダム・スミス氏から直々の要請です。僕達の最強傑作・・・・を彼女に渡す。世界最高のパイロットが日本に来日していたのは幸いでした。先日の秋葉原テロ災害の戦闘データもなんとか反映することが適いましたし、これだけは最後の仕事としてキッチリ果たしましょう」


 自分たちの仕事はマリア・スウ・ズムウォルトにこの機体を届けることで完結する。職人としての矜持が強くそれだけはやり遂げようと決意していた。


 だというのに――


「それはそうだけどー、一度の起動も、テスト機動すら試してない機体なんですけどー……」


「何を言ってるんですか。あなたが造った機体が完璧でないわけがないでしょう。シミュレーションだけは何百何千と繰り返したんですから大丈夫ですよ。ぶっつけ本番だって必ず起動します。僕が保証します」


「ヒ、ヒカル君……!」


「それに……僕は最後までちゃんと側にいますから。いよいよとなったら、一緒に死にましょう」


 照れくさいセリフだが、もう事ここに至っては仕方がない。

 未確認ではあるが、既にしてあの御堂財閥が、隠密隊を率いて戦っているという話だし、朝から鳴り止まない避難警報も、切迫した状況を如実に表している。


 マリア・スウ・ズムウォルトが港区一帯から公共交通機関を使い、移動をしていないことは調べがついているし、目撃情報もこの界隈に集中している。彼女を発見できる可能性は依然として高い。


 だが、そのために人類に残された時間はあまりにも少なすぎた。

 ヒカルたちがマリア・スウ・ズムウォルトを発見するのが先か。

 それともバケモノに食い殺されて死ぬのが先か。


 どのみち、自分はきっとこの精神的に脆いウワバミ女と最後を迎えることになるだろう。ヒカルはそう思った――


「もう我慢できない!」


 ブチブチッブチン! と上着のシャツを脱ぎ捨て、下着姿になった富士子はヒカルへと突撃した。


「ちょ、運転中! 何してんスか!?」


「知らない知らない! 事故で死ぬのもバケモノに食い殺されるのも一緒だー! その前に必ず妊娠してやるから! そして私は人類の屍の上に生き残って見せる! キミの子供という生きた証を育てあげ、未来のイブになってみせるから――!」


「何その終末思想的な子育てプラン!? このバカ女! いい加減にしろ! へ、変なところ触るなー――って『未来のイブ』って言った? おいおい、それってインセス――」


「言わせないよー! 真相は20年後ってことで!」


「そんな非倫理的なこと絶対させるかーッ!」


 設楽重工業のロゴをつけた20トン車は、ふらふらと桜田通りを南下して五反田方面へ向かっていく。港区を抜けて品川区に入るまで、車内の漫才は続くのだった。

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