第175話 魔族種の王VS人造魔法師篇⑥ 魔族種VS白き超巨人・後編〜本当の勝利者は誰?


 * * *



 4基の魔原子炉から得た膨大なエネルギーを魔力に変換し、魔族種であるタケルより以上の魔法行使を可能とする白き超巨人ダンブーガ。


 おまけに十重二十重と周辺にはアメリカが誇る最強の軍隊が待機し、蟻の這い出る隙もない。


 タケルは聖剣の暴走こそ沈静化したが、未だにフルパワーからは程遠い状態。

 だがそれでも、今持てる全力で戦うしかない。


 セーレスはもうすぐ目の前にいる。

 ここで諦めるわけいにはいかないのだ。


『ほう、それほどの手傷を負いながら、まだ立ち上がりますか。腐っても魔族種ですねえ』


 広大な牧草地へと叩きつけられたタケルは、それでもフラフラと立ち上がった。

 上空から接近したダンブーガは相も変わらず無傷で、余裕を現すように腕を組み、悠然とタケルを見下ろしている。


「当たり前だ……僕のしつこさは筋金入りだぞ。例え再びお前がセーレスを連れて別の世界に逃げ込んでもどこまでも追いかけていってやる……!」


 これは無駄な会話などではない。

 タケルは持てる限りの魔力で回復に努める。


 少しでも油断をすれば、胴が半ばから泣き別れしそうだった。

 アダム・スミスは余裕なのか、それとも生来のおしゃべり好きもあってか会話を続ける。


『しつこい男は嫌われるのが人生の常ですが、あなたは違うようだ。どこまでも利己的でありながら、何故か他者を巻き込み、多くの共感を得ることに成功している。天然の人たらしというか、案外上に立つ者の才能といいますか、そういう天稟はあるのかもしれませんね』


「いるかそんな才能。僕が欲しいのはそんなものなんかじゃない……!」


 彼女とそしてあの家。小さく見窄らしく、常に手をかけて修繕し続けないと壊れてしてしまいそうな慎ましい生活。あそこに、あの場所に帰るため、思えばタケルは遠くに来た。


 そして今目の前に立ちふさがるこの男を倒してしまわなければ、それらは何一つ取り戻すことなどできないのだ……!


『それです。あなたを強固に突き動かすその原動力。それは何なのですか? 恩義ですか? 独占欲ですか? 誇りやプライド、あるいは性欲の類でしょうか? 是非お教えください。まだ若輩であるあなたが、なぜそこまで強靭な意志を持ちえるのか興味があります』


 アダム・スミスから投げかけられた疑問。

 それを聞いた瞬間、タケルは「ふ、はは……!」と吹き出していた。


『笑っていられる状況ではないと思いますが。気でも触れましたか?』


「やめろ道化。あまり僕を愉快にさせるな。こんなときにまでどうしてそんな言葉しか出てこないのだお前という男は――!」


 胸の真ん中を寸断した大型クーロンハーケン。

 持てる全ての魔力でつなぎ合わせているが、身体は今にもちぎれ落ちそうだった。

 内蔵の欠片が交じる血を口から吐き出し、タケルは凄絶に笑う。


「お前の言葉の中には即物的なものや副次的なものばかり。ただのひとつも純粋なものがない。本当はお前――その歳になるまで、誰も本気で好きになったことがないんじゃないか?」


『は――なんですって? 私が……?』


「お前がだ。……お前、どこか心が壊れてるんじゃないのか……?」


 虚を突かれたようにスミスが沈黙する。

 だらりと両腕をさげて、ダンブーガもまた停止する。

 変化は劇的に起こった。


『貴様ぁ……! たかが15の糞ガキの分際で知ったふうな口を……! 貴様に俺の何がわかるというのだッ!!』


 外部スピーカーが音割れをして声の激しさを物語る。スミスの感情の発露とともにダンブーガの魔力がまるでハリケーンのように立ち上った。


いちからだ! 何もない荒野から人類という種を撒き、大切に育ててきた俺の――俺達の・・・苦労も知らないで! なのに何故貴様なのだ! 魔法世界で30年以上も積み重ねてきた俺を差し置いて、何故貴様が俺の前に立ち塞がる! 何故なんの苦労もなく強大な力を手に入れられる! 貴様が生まれる前から、そして生まれてからもずっと戦い続けてきた俺を差し置いて何故貴様なんだ――!!!」


 それは、普段のアダム・スミスからは到底考えられないような激昂だった。

 まるでタケルの言葉が的確に彼の泣き所を貫通し、それによって決壊した防波堤から怒涛の感情が溢れているかのようだった。


 ダンブーガの中、ベルキーバのコックピットにいる彼自身も、今はあのニヤケ顔ではなく、柳眉を釣り上げ、犬歯をむき出しにした醜い表情をしていた。


 そんな怒れるアダム・スミスとは対象的に、タケルは完全に心の余裕を取り戻していた。何も事態は好転せず、絶望的な状況は変わらないというのに、心はどこまでも朗らかだった。


「化けの皮が剥がれたな道化め。澄まし顔で歯の浮くようなセリフを並べ立てるより、今のお前の方がよほど親しみが持てるぞ。なんだ、中身は空洞のような男だと思っていたが、存外人間らしいところもあるじゃないか!」


『元引きこもり風情がさえずるなよ。貴様のアリスト=セレスに対する感情などまがい物だ。最初に見たものを親と勘違いする雛鳥の習性のそれと一緒の類と知れ――!』


「元ぼっちのニートが惚れっぽくて悪いか。一目惚れの相手が生涯最初で最後――彼女への愛を貫いて何が悪い!」


 タケルもタケルで影響されいてた。

 普段なら絶対口にしない言葉を連呼していた。


『愛? 愛だと? 貴様ごとき青二才が愛を口にするなど100年早い――!』


「時間など関係ない! 彼女と過ごした時がたとえ1秒であっても1000年であったとしても、僕は必ず彼女に惹かれ、そばに居たいと願ったはずだ!」


『それがまがい物だと言っている! 感情とはナマモノ、愛とは有限! 貴様もいずれ同じ答えにたどり着く! 永遠に続くものなどない! 時間という激流の彼方に感情は追いやられ、やがて心は擦り切れてなくなっていくはずなのだ――!』


「お前のような弱者と一緒にするな――!」


『貴様のようなガキは認められない――!』


 それは同族嫌悪。

 結局二人は、生まれも育ちも境遇も、何もかも対極にいるようでいて、その実は裏表の存在。


「真希奈、ビート・サイクルレベルを限界まであげろ!」


『イオノクラフト装甲、プラズマ・ブラストモードッ!』


 決着のときが迫りつつあった。



 * * *



 タケル・エンペドクレスとアダム・スミス。

 持てる最大級の力を持って双方がぶつかり合う。


 だが、どうあがいても魔力出力の差は覆せない。

 相手は今やビート・サイクルレベル10の倍以上の出力を誇っていた。


 それに対して、タケルはフルパワーのせいぜい7割程度。

 正面から力比べをすれば勝てるはずもない。


 だが、タケルは追い詰められながらも、その頭の中では打開策を急速に模索していた。アダム・スミスを――あのダンブーガを攻略するには搦め手が必要になる。何か、何かないのか。


 相手が格下の魔法使いなら魔力を注いで魔法そのものを破綻させてやれる。

 だが自分より以上の魔力を行使する魔法師と戦うのはタケルも初めてだ。

 何か、何か見落としていることはないか――!?


 ダンブーガは機体全体から紫電を迸らせ、雷の塊のような有様になっている。

 装甲表面が青白く発光している。周辺の空気までもが帯電し、向かい合っているだけで炎にあぶられるような熱気を感じる。


『敵装甲表面の温度が急激に上昇。周辺の空気がプラズマ化しています。推定装甲表面温度約6000度――!』


「真希奈、どれくらいまで耐えられる?」


『た、耐えられるって――真希奈としては即時撤退を推奨しますが……でも確かにここは踏ん張りどころだと思います』


「さすが、僕の愛しい娘だ」


『むう。先程あれほど激しく舌戦を繰り広げて愛を宣言されたのに比べると見劣りしますが、まあ今はいいでしょう』


「恩に着るよ」


 ポンポンと胸を撫でておく。

 本当に、彼女に実体があれば抱きしめてキスしてやるのに。


『タケル様の黒衣の耐熱温度が3000度で約90秒。魔力シールドで補助をすれば、あの高温でも数十秒は保つはずです』


「それだけあれば十分だ。ヤツに釣り針を引っ掛けてやる!」


『釣り針……ですか?』


「来るぞ真希奈!」


『――っ、ビート・サイクルレベル7! 魔力殻パワーシェルを積層展開!』


 火の玉のような有様で突進を仕掛けてくるダンブーガ。

 風の魔法で空を飛ぶのとは違う、イオノクラフト効果で地面を舐めるように移動してくる。タケルはギリギリまで引きつけてからそれを躱す。――あっちぃ!


『遅い!』


 振り向きざまにダンブーガが腕を振るう。

 風の刃がタケルの身体を切断する――がそれはデコイだ。


 その隙にタケルはダンブーガの頭部――胸部から突き出た小さなベルキーバの頭部ではなく超巨人の頭部、その首元へと張り付いた。


魔力殻パワーシェル最大展開! 耐熱限界まで39、38、37……!』


「うおおおおッ!」


 タケルはダンブーガの装甲表面に向かって、持てる全ての力を込めて拳を振り下ろす。ガインッッ、と弾かれるも、さらにさらに拳を振り下ろし続ける。


 ――肺が焼ける。

 それでも叫ばずにはいられない。

 設置した手足の感触はとうになく、何かが焼け焦げる匂いがする。

 黒衣ではない、自分自身の身体そのものから炎が吹き上がっていた。


『愚かな真似を。そんなことしたところでなんの意味も――』


 ダンブーガの巨大な手が迫る。

 だが真希奈が展開した魔力殻パワーシェルがそれを阻む。


『ならばそのまま燃えつきろ――!』


『装甲表面温度がさらに上昇! 6400、6500……尚も上昇中!』


「真希奈! 魔力殻パワーシェルを拳に集中させろ!」


『そ、それでは他の防御が!』


「いいからやれぇ――ッ!」


『死ね――!』


 カカッっと光が爆発する。

 中天の陽光を弾き飛ばすほどの白い闇が辺りを覆い尽くす。

 それが晴れたとき、勝者と敗者の姿がハッキリと浮き彫りになった。


の勝ちですね』


 それは――余裕を取り戻したアダム・スミスの勝鬨の声。

 そして――足元に横たわるのは全身が黒炭化したタケル敗者の姿だった。


「う、あ……あ」


『ははははッ、まだ息があるのですか! はははは、ゴキブリ並の――いえ、それ以上の生き汚さですね!』


 勝者の哄笑が木霊する。

 スミスはゴミのような有様のタケルを見下ろし、腹を抱えて嗤った。


「ぐっ――はっ、あっ」


 タケルは引きつった四肢を懸命に動かし、なんとか立ち上がろうとしている。

 そんな姿が滑稽なのだろう、ダンブーガがガクガクと揺れる。コックピットで嗤うスミスの動きを反映しているのだ。


『やれやれ、いっそ一思いにトドメをあげましょうか。虫は虫らしく、踏み潰されてから死になさ――うん?』


 ガクン、とダンブーガが停止する。

 タケルは跪き、まるで土下座でもするようにこちらに頭を垂れている。

 スミスは彼の右腕の肩から先がなくなっているのに気づいた。


 まさか――

 胸部から突き出たベルキーバの頭部を巡らせれば、ダンブーガの首元、イオノクラフト装甲に彼の千切れた右腕が突き刺さっているのが見えた。


『虚仮の一念、岩をも通すというやつですか。だがこれしきのことでこの機体はビクトも――』


 言いかけたときゾクリとスミスの背筋が粟立った。

 ハッとして再び突き刺さった右腕を見る。


 あの高熱の中、装甲を突き破ったことは賞賛だが、こんなものごとき身体に刺さった棘ほどの痛痒しか感じないはず。そのはずなのに――


(違う――彼の本当の狙いはまさか……!)


 スミスはその頭に人類史という記憶を受け取った時、ある意味先祖返りをした。


 かつて地球人類は魔力と呼ばれる強い生命エネルギーを駆使し、大気中の魔素と組み合わせることで魔法が使用できた。


 故にスミス自身も、魔力はなくとも魔力自体や魔素は感じ取れるし、アクア・リキッドスーツの補助があれば魔法もどきを使うことができる。


 故に、突き刺さったタケルの右腕が未だに魔力に包まれ原型を留めていること――そして、魔力のラインが彼自身にまだ繋がっているのを見て取り、ようやくその意味を悟ったのだ。


『き、貴様ぁあああああああ――!』


 ダンブーガが足を振り上げる。

 次の瞬間――


「ま、真希奈! 魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーだ!」


『了解! 魔素選択水精ナイアス! 虚空心臓内の全魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー緊急注入・・!』


 切断されたタケルの右腕を通じて大量の――それこそ決戦用に溜め込んできた全ての魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーがダンブーガへと注がれる。


 これは一種の賭けだった。

 ダンブーガが最初に行ったあのデモンストレーション。風の刃で雲を切り裂き、炎の火球を作り出し、土の魔素で強化した機体で肉弾戦を仕掛けてきた。


 だがタケルはその時の違和感に気づいた。

 何故四大魔素のうち、三つしか使わなかったのか。

 何故水の魔法だけはあのとき使わなかったのか――と。


 違う。スミスは使わなかったのではない。

 もう既に・・・・使っていたのだ・・・・・・・

 イミテーション・アクア・ブラッドが機体内を循環しているとアダム・スミス自身が言っていたではないか。


 もしやつの水の魔法が、常時イミテーション・アクア・ブラッドの維持に使われているのだとしたら。セレスティアの水の魔法――あの水精の大蛇のように他に水の魔法を使う余裕がない『Busy忙しい』状態なのだとしたら。


そして もしそこに・・・・・・想定を超える・・・・・・水の魔素を・・・・・大量に・・・注がれたとしたら?・・・・・・・・


 白い超巨人から異音がした。

 まるで火花がスパークするような、バヂン、バヂバヂッ! という凄まじい音だ。

 そして――


『がががッ、ぷっ――うえええええろろろろろっ!』


 外部スピーカーを通して、吐瀉物を撒き散らす汚穢な音が鳴り響く。ダンブーガは足を振り上げた姿勢のままバランスを失い、ズウンっとアークウイングをへし折りながら仰向けに倒れるのだった。


 それを見届けてから――真の勝利者であるタケルもまたその場に大の字にひっくり返った。


『お見事ですタケル様!』


「はあっ、はあっ、ああ、しんどかった……!」


『とても鋭い観察眼です! 敵の言葉から打開のヒントを導き出されるなんて! 真希奈ですら気づかなかったというのに! もうホントにホントに惚れ直しましたー!』


「うん、それはわかったから、身体の修復に魔力を回してくれる?」


『既にやっています! ですが残存魔力が少なく、魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーも使い切ってしまいました。回復には時間がかかります』


「虚空心臓は? 新しく魔力を作り出してくれ……」


『それが、先程から虚空心臓のリアクションが鈍くて――』


「なんだって、まさかまた聖剣が――?」


『わかりません。ビート・サイクルレベル7とはいえ、戦闘中はずっとフル稼働でしたので、恐らく一時的なものだと思いますが……』


「まったく。今の僕と同じく本当にポンコツだな」


 ディーオ・エンペドクレスという男から貰った力。

 魔法世界では最強と流布されているのに、地球に来てからは不安定でしょうがない。まあ、勝ったからいいのだけれど……。


「真希奈、回復は最低限でいい。魔素情報星雲エレメンタル・クラウドの索敵をしてくれ。セーレスを確保したらあとは逃げるだけだ」


『お待ち下さい、逃げるにしてもまずは体力を回復させた状態でなければ――』


 戦闘の緊張感から開放され、ふたりが今後の行動を模索していたその時、ふっ――と、タケルの頭上を影が覆った。


「なッ――!?」


 身体を起こしたダンブーガが、タケルを見下ろしていた。

 上半身だけでも10メートルはあろうかという大きさ。


 だが時折りガクガクと震え、全身の関節部や装甲の隙間から煙を上げている。

 どうやら向こうもまともに動けないようだった。


『ぶふ、ぶえっ、よくもやってくれましたね……おえええ!』


「全部吐ききってからしゃべれよ」


(※スミスが全身の水分を絞り尽くすかのように吐き続けています。詳細に描写すると嫌悪感しか湧かないため、少々お待ち下さい)


『はあ、はあ、はああ……くそ、まさかこんな強引な方法でアクア・ブラッドに干渉してくるとは……!』


「アクア・ブラッドじゃない、イミテーション・・・・・・・・アクア・ブラッドだろう。自分の都合のいいように作り変えたのが失敗だったな。本来のアクア・ブラッドなら僕の魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーではどうにもならなかったろうが、偽物ならもしかしたらキャパオーバーを誘発させ、極度の魔素酔いを狙えると思ったんだ」


『たったそれだけのことでプラズマ・ブラストモードを発動させた私に突貫してくるなんて……。どうやら人間としてのあなたを侮っていたことを認めざる得ないようですね……』


「そんなことはどうでもいい。セーレスはどこだ? 彼女さえ帰してくれればもうおまえに用はない」


『ふ――あなたという男はどこまでも……。アリスト=セレスは中央免震建屋の地下に収容していますよ』


「免震建屋……あそこか!」


 4基の冷却塔の中央、やたらと頑丈そうな四角い建物がそれだろう。

 タケルは火傷で引きつった手足でフラフラと立ち上がる。


 黒衣は炭化してボロボロ。頭部を衝撃から守るアラミド繊維のたてがみも燃え落ちてスポーツ刈りみたいな有様になっている。


 それでも身体は動く。

 タケルは覚束ない足取りで、時に這いずるように建屋へと向かう。


『はあ――ははっ、まったく。十年の歳月を尽くして人造魔法兵器を造り上げたというのに、結局元人間の魔族種にすら魔法・・では勝つことはできませんでしたか』


「なんだって……?」


 独白のようなスミスの言葉にタケルが歩みを止める。

 ダンブーガは煙を噴いたまま立ち上がる気配はない。

 だが――


『タケル様――』


 その瞬間、真希奈は無力だった。

 魔力で防御しようとしたが、魔力不足でそれも出来ず。

 警告しようとしたときには全てが終わっていた。


「あ」


 タケルの土手っ腹に、何かが突き刺さった。

 ダンブーガからではない。

 もっと遠くからのレーザー照射。

 遥か河川を挟んだ牧草地のど真ん中。

 タケルと同じく黒焦げになったはずのラプターが右腕の砲身を構え屹立していた。


「あ――ああッ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――!!!!」


 叫びが。

 否。もはや獣の咆哮にしか聞こえない絶叫が轟いた。

 タケルはその場に倒れ、地面の上を転がる。

 それも違う。全身が反射を繰り返して跳ね回っているのだ。


『タケル様! タケル様ァ! こ、これは一体――まさか、毒!?』


 火傷した皮下組織、未だ有機的な組織の更に内部――全身の神経という神経が断裂していく。沈静化させていた痛覚が無理やり惹起され、無限の苦しみを主に与えているのだ。


『どうですか【DDT特殊弾頭弾】の味は』


『DDT!? 有機塩素系――神経毒ですか!?』


『その通り。戦後日本でも衛生状態を改善させるため、殺虫剤として使用されていました。これはそれを改良したものです。ヤツら・・・専用の猛毒ですが、やはり人間にも効きますね』


『馬鹿な、あの機体――ラプターからは魔素情報星雲エレメンタル・クラウドによって炎の魔素を奪い、火器の類は使用できなかったはず!?』


『ええ、それも考慮して、モデルガンのように高圧縮のガス噴射で飛ばしています。私もまさかダンブーガが敗れる事態はないと思っていましたが、万が一という彼女の進言を聞いていて正解でした。楓さん、あなたこそ私の勝利の女神だ!』


 覚束ない足取りで立ち上がったダンブーガは不格好に両手を広げた。

 ここに、真の勝利者は決定した。


「か、あ、か、は――」


『タケル様!』


 全身の痙攣が収まったと思いきや、今度は身体の至る所が嚢状に腫れ上がり、ボンッと爆ぜていく。飛び散る血液はもはや赤い色はしていない。限りなく黒に近い青色をしている。このままでは主が死んでしまう――!


『虚空心臓から魔力を――くぅ、どうして反応しないのですか! 早く、早くしないとタケル様が死んでしまう!』


『おや、それは私も望むところではありません。彼の死をトリガーに聖剣が解き放たれれば、ヤツら待たずして地球が滅んでしまいますからね。公約どおり、アクア・ブラッドに封印してアリスト=セレスの隣に置いてあげますよ』


 巨大な手が伸びてくる。

 真希奈は何も出来ない。

 主の魔力を介さなければ助けを呼ぶこともできない。

 だが最悪主が死ぬくらいなら一緒に封印されるのも仕方ないと思う。

 いや、だが――でも、それでも――!


『タケル様――!!』


 ダンブーガに拘束されるその直前――突風・・が巻き起こる。


『何っ――!?』


 30メートルを越す巨体が風圧にのけぞった。

 瞬間的に爆発したその威力は台風の最大暴風にも匹敵しよう。

 ダンブーガがたたらを踏んだその足元には、真希奈がよく知る、頼もしい味方たちが立っていた。


『ああ、セレスティア! アウラ! 乳デカ女!』


 もし真希奈に肉体があったら、その大きな瞳から溢れんばかりに涙を流していただろう。待ち望んでいた援軍の到着に、彼女は力いっぱい喜びの声を上げるのだった。



 *



『934:名無しさん 2016/12/29(木) 02:22:03.94 ID:

なあ、これなんかおかしくねえか?』


『935:名無しさん 2016/12/29(木) 02:22:16.02 ID:

正直弱い者いじめにしか見えないのだが』


『936:名無しさん 2016/12/29(木) 02:22:33.44 ID:

相手はテロリストだろ。情けは無用』


 ――ガ●ダムVSア●アンマンと銘打たれたそのスレッドは、またたく間に日本、そして世界中のインターネット界隈、まとめニュースやSNSで拡散されていった。


 やがて大マスコミもこの話題に飛びつき、現在民放各社でもホワイトハウスが生中継している戦い――テロリストであるタケル・エンペドクレスと白き超巨人の戦いを放送しており、各社とも空前の視聴率を稼ぎ出していた。


 ――だが。魔法という超常現象を駆使して戦う双方の戦いにエキサイトしていたのも最初だけ。人々はやがて何かがおかしいことに気付き始めていた。


『937:名無しさん 2016/12/29(木) 02:23:01.76 ID:

会話は聞こえないけど、正直俺あっちのテロリストの方を応援したくなるんだが』


『938:名無しさん 2016/12/29(木) 02:23:14.56 ID:

非国民め。おまえは犯罪者に加担するつもりか』


『939:名無しさん 2016/12/29(木) 02:23:36.93 ID:

≫938売国奴認定キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』


『940:名無しさん 2016/12/29(木) 02:23:59.09 ID:

なんかテロリストの方ってほとんど生身だろ。それでこんな戦ってるって、応援したくなるんだが普通に』


『941:名無しさん 2016/12/29(木) 02:24:10.34 ID:

ありえない。秋葉事件の犯人だぞ』


『942:名無しさん 2016/12/29(木) 02:24:29.85 ID:

≫940に同意。音は殆ど聞き取れないが、あの白いのなんか好きになれない』


『943:名無しさん 2016/12/29(木) 02:24:46.98 ID:

思い出せ! 秋葉原で犠牲になった人たちを!』


『944:名無しさん 2016/12/29(木) 02:25:11.76 ID:

≫943ソース出せよ。何人が死んだんだ?』


『944:名無しさん 2016/12/29(木) 02:25:30.34 ID:

≫943ウソ乙。誰も死んでねーよ』


『945:名無しさん 2016/12/29(木) 02:25:55.43 ID:

≫944それこそソース出せクズが』


『946:名無しさん 2016/12/29(木) 02:26:20.47 ID:

喧嘩イクナイ』


『947:名無しさん 2016/12/29(木) 02:26:43.51 ID:

≫945秋葉テロ事件の被害者は首都近辺の病院に分散入院されてる。どの病院に電話取材しても死んだ人間は居なかったよ』


『948:名無しさん 2016/12/29(木) 02:27:09.45 ID:

≫947こ、マ?』


『949:名無しさん 2016/12/29(木) 02:27:23.67 ID:

≫947また盛大な嘘だな』


『950:名無しさん 2016/12/29(木) 02:27:54.93 ID:

首都近郊ならどこでもいい。とにかく知ってる病院に電話してみろ』


『951:名無しさん 2016/12/29(木) 02:28:12.28 ID:

オカンが看護師でさっき夜勤から帰ってきた。確かに小さい怪我ばっかりだったからもう帰ってもらったって』


『952:名無しさん 2016/12/29(木) 02:28:30.42 ID:

日本政府なんで正式発表隠すん(´・ω・`)』


『953:名無しさん 2016/12/29(木) 02:28:46.43 ID:

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』


『954:名無しさん 2016/12/29(木) 02:29:02.34 ID:

なんかすごい美人キタ━━(☆∀☆)━━!!!』


『955:名無しさん 2016/12/29(木) 02:29:05.27 ID:

キタ━ヽ(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)人(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)ノ━!!』


『956:名無しさん 2016/12/29(木) 02:29:10.94 ID:

キター!!|・`)ノ |ω・`)ノ |・ω・`)ノ |≡ヽ(`・ω・´)ノパッ!登場』


『957:名無しさん 2016/12/29(木) 02:29:13.30 ID:

( ゜∀゜)o彡゜おっぱい! おっぱい!おっぱい!おっぱい!』


『958:名無しさん 2016/12/29(木) 02:29:20.23 ID:

( ゜∀゜)o彡゜でっかい!でっかい!でっかい!でっかい!』


 この時の瞬間視聴率は、先のアダム・スミスが行ったAAT法案の記者会見をあっさりと更新したという……。



 *



 タケルと真希奈の目の前にはシリアのときと同じくタイトな革製スーツにマフラーをたなびかせたエアリスが――そしてその首元にはアウラ、さらには白ゴス衣装に身を包んだセレスティアが立っていた。


 精霊魔法使いとその風の精霊、さらには水の精霊と。神々しいまでの魔力と魅力を振りまく美姫たちが、タケルを庇うよう敢然と立ちふさがる画は、まるで神話の再現のようであった。


 それだけではない。セレスティアの腕の中にはガラス張りのカプセルが大事そうに抱えられており、その中身は藍色の液体――アクア・ブラッド満たされており、内部で眠り続けているのは誰であろう、タケルが探し求めていたアリスト=セレスそのヒトだった。


『――ちッ、そちらも伏兵を用意していましたか』


 苛立たしげに吐き捨てながら、ダンブーガはズシンズシンと距離を置く。

 ある意味タケルよりも厄介な、最強の精霊魔法使いが現れたからだ。


『ち、乳デカ女、タケル様が、タケル様がッ!』


「何故私だけその呼び方なのだ!?」


 最近突っ込みスキルを身につけ始めたエアリスが反応するが、真希奈にはまるで余裕がなかった。


『そんなことはどうでもいいのです! セレスティア、タケル様を今すぐ治療してください!』


「え――、お父様どうしたの!? お父様!!」


「パパッ!?」


「しっかりしろタケル! 真希奈、これはどういうことだ!?」


『強力な毒素がタケル様の身体を破壊しています! 真希奈も魔力不足で自力での回復ができないのです!』


「そんな――せっかくセーレス殿を取り戻したというのに! セレスティア頼む!」


「うん!」


 セレスティアは母が入ったカプセルをエアリスに預けるとアクア・ブラッドを展開する。両手にまとわせるだけでは足りない。タケルをすっぽりと覆い尽くす程の水球を出現させその内部に包み込んだ。


「くっ、なにこれ! こんな気持ちの悪いモノがお父様の中に――! エアリスも手伝って! 浄化の風をちょうだい! そうじゃないと治療し終わる前にお父様が死んじゃう!」


「しばし待てっ! 先にこいつを片付ける――!」


 エアリスが白き超巨人と対峙する。

 アークウイングは三本が折れ、日輪とは言い難い不格好なアシメントリー描いている。だがそれでも魔原子炉は今もなお健在であり、残り五本のアークウイングで魔力変換と魔法行使は可能だろう。実際その全身からは再び強烈な魔力が迸り始めていた。


「アウラ、そなたはセレスティアとともにタケルを――そなたの父を助けるのだ。できるな?」


「うん……!」


「頼んだぞ。この痴れ者の始末は任せろ――!!」


 エアリスが風を纏う。

 タケルが展開するよりもよりスムーズにそして大規模に。

 一瞬して台風の目と化したエアリスが凶悪な笑みを浮かべた。


『あなたがエアスト=リアスですか。楓さんから聞いてますよ。強力な風を使いこなす精霊魔法使い。なるほど、セレスティアの水精魔法と組み合わせれば、誰にも気づかれずここまでやってこれるはずだ』


「貴様がすべての元凶か。我が主の幸福を奪い、散々に引っ掻き回してくれた人類種神聖教会アークマインの司教め。覚悟しろ――!」


『私はフェミニストですが容赦はしません。女性人権団体を敵に回しても戦いますよ――!』


 高ぶる魔力。

 激突は必至。

 定点カメラから齎されるその映像は、今や世界中から注目の的だった。

 人々の関心と疑問を集めるその戦いはしかし――


『隊長!』


『待ってエアリスちゃん、何か変だよ!』


 秋月楓とイリーナの叫びによって、双方鉾を収める結果になった。


 それと同時に周辺には禍々しいサイレンの音が鳴り響く。

 そのサイレンは聞くものを恐怖させずにはいられない、核ミサイルやバイオテロによってのみ使われる最低最悪のアラート。アメリカにおいても最大級の危険を知らせる警告音だった。


「なんだ、一体何が起こっている!?」


「エ、エアリス、あれ、あれ何ッ!?」


『あれは……腕……?』


 見上げたその先、方角は南西方向。

 遥かアメリカ大陸を隔てた更にその先には、タケルやエアリスたちが渡ってきた太平洋の大海原が広がっている。


 北大西洋寄りのペンシルベニアからであっても、そのあまりに巨大な――目の前の超巨人など比べるべくもない――異常な光景が広がっていた。


『隊長、NASAからデータが来ました! 予想到達地点、北緯34度05分02秒! 西経177度57分33秒――!』


『馬鹿な――私の記憶にあるより10年も早い!』


『隊長指示を――スミス隊長!』


 それはまるで空から伸ばされた人間の腕のように見えた。


 宇宙空間から大気圏を突き破り、五指を伸ばすよう末広がりに、何か黒い霞のような物が地表へと拡散していく。


 ヒトの生活圏を目指し、全てを根絶やしにし、生きとし生ける者たちを捕食するため、宇宙からついに『ヤツ』らがやってきたのだ。


『サランガ……!!!』


 人類絶滅のカウントダウンが始まった。


【魔族種の王VS人造魔法師篇】了。

 次回【最終章地球英雄篇】に続く。

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