第174話 魔族種の王VS人造魔法師篇⑤ 魔族種VS白き超巨人・前編〜極限の魔法戦闘開始!

 * * *



『Voiceprint authentication start(声紋認証開始)』


「我、日輪を頂く」


『Authentication complete.(認証完了) Please give me an order.(ご命令を)』


「アクア・ブラッド循環開始」


『Roger that. start circulation(了解。循環開始)』


『Artificial-nerve and main frame, electromagnetic telescoping muscle, lower armor, in progress transmitting(疑似神経、及びメインフレーム、電磁伸縮筋、装甲下部、順次伝達中)』


「ダンブーガ・システム及びアークウイング起動」


『System startup(システム起動)』


『Confirm contact from magic nuclear reactor(魔原子炉からのコンタクトを確認)』


『Magical force converter operation(魔力変換器作動)』


『Inlet power is being converted……(流入電力を変換中……)』


『System boot up until 29, 28, 27……(システムブートアップまで29,28,27……)』


「さあさあさあ! いよいよカッコよく登場しますよ! 変換した魔力を充填、イオンリフター起動――飛びます!」


『Error!』


「は?」


『Warning. The main hatch is in the open state.You can not fly this way(警告。メインハッチが開放状態です。このまま飛ぶことは出来ません)』


「……いや、私としてはベルキーバの上半身が露出した状態で、こう腕を組んでですね、それでダンブーガは大きく両手を広げて。そうすると背部のアークウイングの広がり具合とのコントラストが非常に映えるといいますか……」


『I repeat. Error. I do not know what you are talking about(繰り返します。エラー。

あなたが何を言っているのかわかりません)』


「いえ、ですからねえ……!」


『Error! Error!』


「…………メインハッチ閉鎖」


『――Main hatch closure. Power supply cable purge. Aqua · Blood circulation efficiency 100% Ionocraft armor filling 120% ……Flying is possible(――メインハッチ閉鎖します。電力供給ケーブルパージ。アクア・ブラッド循環効率100%イオノクラフト装甲充填120% ……飛行可能です)』



「…………浮上開始」


『Roger that』


 機体が静かに鳴動し、水面へ向けて上昇を開始する。

 ダンブーガの胸部に頭だけ出したベルキーバのコックピットでスミスは深い溜め息を吐き出した。


「もっと頭の柔らかいOSが欲しい……くすん」


 その呟きは切実だった。



 *



 秋葉原テロ災害。またはネット界隈では秋葉怪獣事件と呼ばれている。

 それは日本史上類を見ない新時代のテロ事件。


 終息後もテレビ、新聞、週刊誌や号外記事で活発に特集が組まれ、先のシリア邦人含む人質事件を脇に押しのけて、今やトレンドの最前線はこれ一色になっていた。テレビ局各社などは年末特番の編成を変えるほど熱の入れようである。


 日本で戦後二度目の『非常事態宣言』の発令や、未確認ではあるが数万人が一度に被害に遭ったこと、国内では初めて姿を現したロボット兵器の存在、そしてあの八首の怪獣と。ネタに事欠かないことから、特にネットでは活発な論議が交わされていた。


『1:名無しさん 2016/12/29(木) 00:16:46.94 ID:

事件からもう四日も経つのに、政府の公式発表がないのはおかしい』


『2:名無しさん 2016/12/29(木) 00:16:58.02 ID:

まーた隠蔽してるのか。福島の時みたいに』


『3:名無しさん 2016/12/29(木) 00:17:09.44 ID:

福島のときは政権違うだろ』


『4:名無しさん 2016/12/29(木) 00:17:22.76 ID:

秋葉怪獣事件、ホントにタケル・ラブクリフがやったと思う?』


『5:名無しさん 2016/12/29(木) 00:17:34.56 ID:

つ【タケル・エンペドクレス】な』


『6:名無しさん 2016/12/29(木) 00:17:46.93 ID:

≫4擁護派キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』


『7:名無しさん 2016/12/29(木) 00:17:59.09 ID:

≫6よ、常識で考えてみろよ』


『8:名無しさん 2016/12/29(木) 00:18:11.34 ID:

≫4、ようじょの画像やるから巣に帰れ』


『9:名無しさん 2016/12/29(木) 00:18:28.85 ID:

事件当日に撮影された画像がタケル某でFA?』


『10:名無しさん 2016/12/29(木) 00:18:42.43 ID:

確認のしようがない』


『11:名無しさん 2016/12/29(木) 00:18:56.72 ID:

車にぶつかってるのになんで生きてるのん?』


『12:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:02.34 ID:

同じ学校の俺が来ましたよ』


『13:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:08.90 ID:

マジ豊葦原?』


『14:名無しさん2016/12/29(木) 00:19:15.65 ID:

≫12同じガッコーキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』


『15:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:18.47 ID:

∩(´∀`∩) ワッショーイ ワッシ ∩( ´∀` )∩ ョーイ ワッショーイ (∩´∀`)∩』


『16:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:24.29 ID:

どうなのよ、本人なの?』


『17:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:35.83 ID:

≫16顔は正直良く覚えてない。印象が薄いやつだった』


『18:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:38.45 ID:

解散\(^o^)/』


『19:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:48.76 ID:

でも背格好はすごく似てると思う』


『20:名無しさん 2016/12/29(木) 00:19:55.27 ID:

だからそもそもどうやってあの怪獣を召喚したのかと』


『21:名無しさん 2016/12/29(木) 00:20:03.16 ID:

魔法だろ魔法。天下のアメリカ様が認めただろ。あのニヤケ男』


『22:名無しさん 2016/12/29(木) 00:20:10.85 ID:

≫つ【アダム・スミス】な』


『23:名無しさん 2016/12/29(木) 00:20:13.64 ID:

魔法が許されるのは小学生までだろ』


『24:名無しさん 2016/12/29(木) 00:20:27.79 ID:

とにかく。秋葉原にタケル・エンペドクレスが居て、事件に関わっていたのは間違いないと』


『25:名無しさん 2016/12/29(木) 00:20:44.81 ID:

学校に転入してきてまだ半月ちょいだが、義姉の外人がすげー美人だった』


『26:名無しさん 2016/12/29(木) 00:20:54.37 ID:

外人? 義理の姉? ハリウッド女優で例えてくれ』


『27:名無しさん 2016/12/29(木) 00:21:15.97 ID:

余裕でハリウッド女優越えてる。アレを見たらもう誰を見てもときめかない』


『28:名無しさん 2016/12/29(木) 00:21:19.61 ID:

(゜A゜;)ゴクリ』


『29:名無しさん 2016/12/29(木) 00:21:24.55 ID:

( ゜∀゜)o彡°おっぱい!おっぱい!』


『30:名無しさん 2016/12/29(木) 00:21:33.74 ID:

デカかった。すごかった。多分みんなオカズにしてる』


『31:名無しさん 2016/12/29(木) 00:21:47.19 ID:

≫画像クレメンス』


『32:名無しさん 2016/12/29(木) 00:22:02.45 ID:

≫ない。俺もこっそり盗撮しようとしたけどスマホが壊れた』


『33:名無しさん 2016/12/29(木) 00:22:13.67 ID:

犯罪イクナイ』


『34:名無しさん 2016/12/29(木) 00:22:30.71 ID:

傍から見ててもタケル・エンペドクレスを盲愛してたから多分いつも一緒にいると思う。あの女ならすぐにわかる』


『35:名無しさん 2016/12/29(木) 00:23:44.61 ID:

おい なんかすげーぞ』


『36:名無しさん 2016/12/29(木) 00:23:51.09 ID:

ホワイトハウスの公式ストリーミングにガンダムが!』


『37:名無しさん 2016/12/29(木) 00:23:59.99 ID:

≫36は?』


『38:名無しさん 2016/12/29(木) 00:24:02.62 ID:

≫36ふ?』


『39:名無しさん 2016/12/29(木) 00:24:10.53 ID:

≫36ほ?』


『40:名無しさん 2016/12/29(木) 00:24:27.01 ID:

( ゜д゜) … (つд⊂)ゴシゴシ (;゜д゜) … (つд⊂)ゴシゴシゴシ …(;゜ Д゜) …!?』


『41:名無しさん 2016/12/29(木) 00:24:41.37 ID:

なんかすごいのキタ━ヽ(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)人(∀゜ )人(゜∀゜)人( ゜∀)ノ━!!』


 ふたりの男の戦いが、大きなうねりとなって、世界に伝播し始めた。



 *



 白き巨人をさらに超える超巨人。

 川面を切り裂いて現れたそのロボットは、4基の冷却塔よりもさらに大きく。

 だがその巨体にあるまじき軽やかさを持って宙へと浮かび上がった。


 大きく両手を広げ、背後に日輪を思わせる八枚羽をいただき、仏像彫刻を思わせる神々しさを放ちながら、その実禍々しい魔力を纏っている――


『現在の人類には不相応な魔法という超常現象。ヒトの身で神域の魔法を再現しようとするなら、それはもう巨人化するしかありません。セレスティアが秋葉原で顕現させたあの大蛇――より強大な魔法を使用するのならあの姿こそが望ましい。私が本来目指したのは、通常の歩兵拡張装甲のサイズでしたが、現在の技術水準ではこのサイズにまで膨らんでしまいました……』


 巨大な人影が浮かび上がり陽光を遮る。

 太陽を背負ったその姿は、正に神と表現するに相応しい威厳を振りまいていた。


『改めまして。この機体はダンブーガと――白き翼のダンブーガとお呼びください。ふふ、驚きのあまり言葉もないようですね』


 眼下に見える黒衣の少年。

 彼は今、慄くように後ずさりをしている。

 鬼面に覆われた顔の下で狼狽しているのがありありと分かった――――かと思いきや。


「マジかよ、真希奈、サ●コガンダムだぞ!」


『いえ、真希奈にはネ●ジオングに見えますがっ!』


『――このネタがわかるのですか!?』


 上昇を続けていた白き超巨人――ダンブーガピタリと静止した。

 高感度の外部モニターとマイクは彼の吐息すら耳元に届ける。


「わからいでか。僕は日本人だぞ」


『真希奈はそんなタケル様に創られた人工精霊ですがなにか?』


 こともなげに言い放つ彼と、そしてその相棒と思われる高次元生命体。

 秋月楓の報告にあった精霊と呼ばれる情報生命体――即ち彼専用のOSなのだという。つまり、それは――


『お、おのれ、タケル・エンペドクレス! どこまで忌々しい男なのですか! 常に私の前に立ちふさがって……私はあなたを絶対に認めません! 必ず倒してみせます!』


「お、おう」


 人類という群体の王である男は、かなり私怨の混じった様子で敵意を剥き出しにするのだった。



 *



「真希奈、あれは一体どういう仕組みなんだ?」


 正直言って目の前の光景が信じられない。

 こんなものが現実に存在するなんて……。

 タケルは油断なく身構えながら自らの愛娘へと問うた。


『現在解析中ではありますが、基本構造はあの水の魔素を添加したスーツと同じものと推測されます』


「なんだって、じゃああの機体にもアクア・リキッドが!?」


 タケルの疑問に答えたのは誰であろう、敵であるアダム・スミス本人だった。


『正確には違います。この機体を循環しているのはアクア・ブラッドです』


 スミスの声は弾んでいた。

 まるでおもちゃを自慢する子供のように朗々と説明を始める。


『アクア・ブラッドとは正に神の生き血も同然。私たちに無限の可能性を与えてくれる万能薬なのです』


「僕の娘から奪ったおもちゃで得意満面だなニヤケ男……!」


『何を馬鹿な。私は簒奪などしていませんよ。セレスティアと彼女の母を保護する見返りとして協力してもらっただけ。これは正当な対価なのです。――とにかく。私の研究とは歩兵拡張装甲開発と、そしてアクア・ブラッドの応用がすべてでした――』


 魔法世界から地球へと帰還して10年。

 すでに行き詰まりつつあった歩兵拡張装甲の開発。

 だがセレスティアが顕現したことでもたらされたアクア・ブラッド。

 それを希釈することで利用可能としたのがアクア・リキッド。

 ならば、本来のアクア・ブラッドと同じ濃度で使用することはできないか――


『アクア・ブラッドは本来、水精魔法使いであるアリスト=セレス、あるいは精霊そのものであるセレスティアにしか使いこなすことはできない。そう、例えるならアクア・ブラッドとは非常に身持ちの固い女性と同じでした。口説き落とすには様々なアプローチを重ねるしかなかった』


 国家予算並の巨額を投じ同時並行で行われる歩兵拡張装甲の開発と、アクア・ブラッド応用の研究。アクア・リキッドによって個人が第三世代型歩兵拡張装甲に搭乗することは可能となった。


 問題はその先。人馬一体となった更にその先――人魔一体・・・・となるにはどうすればいいのか。


『そうして開発されたのが、我々人類に友好的な【イミテーション・アクア・ブラッド】です。そう、例えるなら予算度外視のデートでようやく靴を舐めさせてくれる程度の気位の高い女性と言ったところでしょうか』


「さっきからその気持ち悪い例えはどうにかならないのか――!!」


 タケルの抗議もなんのその。スミスの熱弁は続く。


『イミテーション・アクア・ブラッドは、一定周波数の振動を加えながら流体加速させ、高電圧を加えると電流を吸収する特性を持っています。その許容量は凄まじく、故にこのダンブーガは機体内に蓄電池を一切持っていないのです。循環するイミテーション・アクア・ブラッドそのものが電力を蓄え、既存のバッテリーを遥かに凌駕する動力源として機能するのです!』


 白い超巨人は両手を大きく広げながら、天をいただくように空を見上げる。

 だがタケルにとって解せないのが、超巨人が空中浮遊をしている仕組みそのものだった。


「ならついでに教えろ。お前のその飛翔は魔法によるものなのか? それとも――」


『おや、これは科学の分野ですよ。そちらの人工精霊のお嬢さんならもうすでに解析が済んでいるのではありませんか?』


 敵に水を振られ、真希奈は渋々と口を開いた。


『タケル様、あれは【反重力リフター】であると推察されます』


「それって……確かUFOとかで使われてるんじゃないかっていうアレか?」


『その通りッッッ!!』


 うるせえっ!

 タケルはそう叫んだが、続くスミスの言葉にかき消された。


『ビーフェルド・ブラウン効果によってイオン風を作り出し、空中に浮き上がる現象を、私はイミテーション・アクア・ブラッドで再現することに成功したのです!』

 

 高圧電流によって電子がイオン化、気流が発生するのが反重力リフター――イオノクラフト効果である。その場合イオン化されるのは酸素分子が普通だが、今ダンブーガがイオン化しているのはイミテーション・アクア・ブラッドそのものであった。


『あなたも覚えているでしょう。秋葉原で顕現したあの八首のドラゴン。アレが吐き出していたのがアクア・ブラッドブレス。あのような使い方は私も研究過程ですでに予見していました。そしてアクア・ブラッドには未知なる元素が含まれているのも明らかになっています。名付けるなら第19元素族とでも言いますか。その性質は第18元素族である希ガス類と近い。それらは極めてイオン化ポテンシャルが高く、非常に閉殻的な電子配列をしています。とてもイオン化しづらい元素ですが、魔原子炉4基の莫大なエネルギーを集中させ、強引にイオン化させることにより、超常現象を生み出す、いわば可能性の霧に変化させることができるのです!』


「僕の魔素分子星雲エレメンタルギャラクシーの水精特化版と言ったところか――」


 吐き捨てるようなタケルの呟き。

 ダンブーガは高度を落とし、地面すれすれに降り立つ。


『さあ、おしゃべりはおしまいです。同じ画角ばかりでは、世界中の視聴者が飽きてしまいますからね。そろそろ始めましょうか――!』


「同感だ。行くぞ――!」


 かつてない強大な敵。

 だがタケルは愚直に正面から挑みかかるのだった。



 *



「真希奈、まずは全力で当たる!」


『了解! ビートサイクル・レベル6! 魔力殻パワーシェル展開!』


「突貫!」


『突貫っ!』


 炎の魔素の爆発力を風の魔素で操り推進力へと変換する。

 地面が大きく抉れ、タケルは一個の弾丸と化して飛び上がる。

 だが、巨人に接触する直前、見えない壁が立ちふさがった。


「なんだこれは――!?」


『強力な電荷フィールド――バリアの一種だと思われます!』


「真希奈、もっと出力を――」


『タケル様!』


 ダンブーガの大きな手が迫る。

 タケルは方向転換、上空へと飛び上がり難を逃れる。


「くそっ、真希奈、あのロボットの動力源は4基の魔原子炉で間違いないんだな!?」


『アファーマティブ! 現在周辺一帯は魔原子炉から放出されるエネルギーで満たされています。それをあの背中の羽で受け止め、動力――魔力に変換しているものと思われます!』


「なんだ、わざわざ弱点をさらけ出してるんじゃないか! 真希奈、魔原子炉を攻撃するぞ!」


『ネガティブ! 攻撃は不可能!』


「どうしてだ!?」


『これほど複雑精緻な魔原子炉を破壊すればどれほどの被害がでるか予想も出来ません! 最悪北半球が汚染される可能性もあります!』


「なら魔素情報星雲エレメンタル・クラウドによる干渉は!?」


『ネガティブ! あの魔原子炉の総出力は現在のタケル様の魔力出力を超えるエネルギーを放出しています! 干渉するためには同等以上の出力が必要です!』


「くそっ、八方塞がりか!」


『――いえいえ、そんなことはありませんよ』


 見下ろせば白き超巨人がやれやれと両手を広げこちらを見上げている。


『あなたの選択肢はふたつあります。大人しく服従するか、抵抗してから服従するか。私としては後者をオススメします。地団駄を踏む子供のようにみっともなくあがいてから倒されてください。その方がばえ・・ますので』


「相変わらずふざけたことを――!」


『私はいつでも大真面目です。それに忘れてはいませんか。この施設の何処かにはアリスト=セレスだっているんですよ。むやみに放った魔法が彼女を傷つけたらどうするんです。ああ、哀れな白雪姫は王子様のキスで目覚めるどころか永劫の眠りに――』


「いい加減黙れ!」


 空中でくるりと反転、空を蹴り上げるように急降下。

 タケルは魔力を込めた拳で殴り掛かるも、やはり強固な電荷フィールドに阻まれ触れることさえできない。


『馬鹿の一つ覚えですか。芸がないですねえ、こちらはまだ魔法すら使用してないというのに』


「――ッ、使えるのか、その機体で!?」


 ダンブーガは答える代わりに右手を頭上へと伸ばした。

 手刀が作られた瞬間、膨大な風の魔素が集まるのが見て取れた。


『――ふッ!』


 巨大な手刀が振り抜かれる。

 タケルは失速するのも構わず無理矢理に身体をひねった。


 何かが高速で通過した――そうとしか知覚できなかった。

 きりもみする視界の中、通過した方角を見やれば、上空にかかる大きな白い雲がバフっと真っ二つに寸断される。エアリスが放つエア・カッターの超高速、超拡大版だった。


『乳デカ女のように一度に複数は発現できないようですが、威力が桁違いです!!』


「メモリーは少ないけどパワーだけは桁外れってことか――」


『ふふん、風の魔法はなかなかいいですねえ。ではお次は炎の魔法です』


 ダンブーガが両手を前に突き出し手のひら同士を合わせる。

 それを左右に広げていくと、中央から火球が現れ、それがみるみる大きくなっていく。


「真希奈!」


『了解です!』


 タケルはすかさずその火球に自身の魔力を注ぎ込み破綻させた。

 火球は途端風に吹かれたように揺らぎ、ボンっと小爆発とともに消滅する。

 魔法世界では対魔法師相手に有効だった嫌がらせ攻撃だ。


『おやおや、今のはあなたが? やっぱり水と炎の相性は悪いようですね。では今度は土の魔法を使ってみましょうか』


 ダンブーガの手足が真黄しんおうに染まる。

 膨大な魔力と土の魔素が結合し、機体全体を包み込んでいる。

 そしてあろうことかダンブーガはファイティングポーズを取ると、そのままタケルへと肉弾戦を仕掛けてきた。


 馬鹿な――と叫ぶ暇もない。

 小さなステップだけで30メートルの巨人が音もなく飛び上がり、残像さえ置き去りにする速度で拳を繰り出す。咄嗟に腕をクロスして防御するも、タケルの身体はピンボールのように吹き飛ばされた。


 まるでビル解体用の鉄球を正面から食らったような衝撃。

 姿勢制御を――と思ったところで再びダンブーガが迫る。

 弾き飛ばされたタケルと同速度で追撃してきたのだ。

 トドメの一撃とばかり拳が振り下ろされる。


『おっと、デコイでしたか』


 拳を振り抜いた瞬間、タケルの身体は霞のように消えてしまった。

 ダンブーガが首を巡らせれば、大きく距離を取ったタケルの姿が。

 その表情に余裕はなく、大きく肩で息をしていた。


『やはり魔法制御力ではあなたに――、いえ、そちらの人工精霊には敵わないようですね。確かマキナちゃんでしたか?』


『真希奈の名前を気安く呼ばないでください!』


『いやあ、可愛いですねえ。セレスティアのような高次元生命を人工的に創り出すとは。あなたも是非手に入れたいですねえ……!』


『――ひッ』


 真希奈が小さく悲鳴を上げる。

 タケルは胸の上に手を置き、落ち着かせるように撫でさすった。


「お前のような男に僕の大事な娘はやらないぞ!」


『おやおやそうですか。仕方がありませんね。では力づくで行きましょうか!』


 全身を青白く発光させながら、ダンブーガが空中を舐めるように飛翔する。

 さらに両腕を振り上げ、強力な切れ味の風の刃を繰り出してくる。


 タケルは小さな身体を活かして複雑な回避軌道を描き、真希奈の的確なサポートの元、風の魔素で作り出したデコイをばら撒く。


 巨大なダンブーガから逃げるタケルは、まるでアメリカ製のカートゥーンアニメを彷彿とさせる。大きな猫がダンブーガで、逃げ回るネズミがタケルである。アニメの中ではネズミはしたたかに猫を手玉に取っていたが、今のタケルにそんな余裕はなかった。


(逃げ続けるのも限界だ……いい加減何か打開策を――!)


 その時だった。

 タケルの進行方向を塞ぐよう大きな剣が空に突き刺さった。

 それはダンブーガの袖の下から射出されたハーケンだった。


 あのラプターも使用していたのと同じものだろう。

 射出した電荷フィールドに突き刺して固定点にするためのもので、そのサイズはラプターのものよりも遥かに大きなものだった。


(なんだ――やつはどうして今これを使った? この違和感はまさか――)


『何を余所見をしているのですか!』


 超電導ウインチでナノワイヤーを巻き取り、肉薄したダンブーガがハンマーのように拳を振り下ろす。タケルは為す術なく地表へと落とされた。


『タケル様、しっかり! 大丈夫ですか!?』


 タケルは空中でくるりと身体を入れ替え、足元から着地。

 着地した先はスリーマイル島近郊にある農場――三角屋根のサイロの上だ。

 衝撃で変形したサイロの上で、タケルはキッとダンブーガを見上げる。


「真希奈、ビートサイクル・レベルを上げろ!」


『りょ、了解! どうするおつもりですか!?』


「逃げる!」


『かしこまりました、直ちに! ――って、え?』


 迷いのない宣言に真希奈がマヌケな声を上げる。

 

「風の魔素でありったけのデコイを作れ! 試したいことがある! 一旦この空域を出る!」


 サイロを踏み込み大ジャンプ。

 飛び上がったタケルをダンブーガ迎え撃つ。

 だが直前、タケルの身体は七体に分裂した。


『往生際が悪いですよ!』


 ダンブーガの攻撃により、一体、また一体とデコイが消滅していく。

 タケルは脇目も振らず、持てる最大戦速で逃亡を開始した。


『この、お待ちなさい! 愛しい女性を目の前にして敵に背を向けるとは! 男の風上にも置けないヒトですねあなたは!』


 追いかけるスミスの声には明らかな焦りが滲んでいた。

 やっぱり――!


 全てのデコイを破壊し、猛然とダンブーガが迫る。

 だがタケルに追いつく直前、急ブレーキでもかけるように機体が停止する。

 そしてそれ以上は追ってこられないようだった。


『な、何故、一体どういうことですか!?』


「簡単な話だ。あそこから先が有効範囲の外だからだ!」


 タケルの考えは正しかった。

 戦闘の最中に移動を続け、魔原子炉のあるスリーマイルは遥か彼方。


 アークウイングを使用して受け取ることができるエネルギーウェーブの有効半径は10キロメートルほどが限界。そこから先に出てしまえば神域の魔法は使えなくなり、機動力も激減する。


 それを厭うたからこそ、ダンブーガはクーロンハーケンを使い、機動力をとっさにカバーしてみせたのだ。


「明確な弱点がわかっただけでも儲けものだ。一度離脱して体制を立て直すぞ!」


『さ、さすがタケル様です! 真希奈は気づけませんでし――警報! レーザー照射されています!』


「なにぃ!?」


 次の瞬間、飛翔するタケルの元に、砲弾が飴のように降り注いだ。

 遥か稜線の向こうには戦車大隊と歩兵迫撃砲が見て取れる。

 さらに急接近したUHー60ブラックホーク一個小隊から30ミリチェーンガンが発射される。


「ぐあああああッ!」


『タケル様ぁ! 魔力殻パワーシェルを展開!』


 真希奈が魔力バリアを張って攻撃を凌ぐ。

 だが、その遥か背後から迫る伏兵――


「――がッ!」


 タケルの後方――空中に屹立したダンブーガが片手を伸ばしている。

 射出されたハーケンがタケルの背中に突き刺さり、貫通していた。


 まるで魚釣りのようにワイヤーを手繰り寄せ、タケルの身体はダンブーガの元――エネルギーウェーブの有効範囲内へと引き戻される。


『魔力でバリアを張りながら風の魔素で空を飛ぶ場合、全方位にバリアを張ることはできません。必ず推進力の逃げ口が必要になる。如何な魔法とはいえ第3法則の作用反作用は無視できませんからね。そしてこの場合、前方に火力を集中すれば、必ず背後ががら空きになると思いました。お帰りなさい』


 ダンブーガは手の中に収まったタケルを無造作に打ち捨てる。放物線を描き、小さな身体が木の葉のように堕ちていく。


『有効範囲の存在にこれほど早く気づくとは。さすがといいますか。ですが、私が何の備えもしてないわけがないじゃないですか。10キロ圏外には陸海空、海兵隊の戦力を待機させてました。持つべきものは友達ですね。でも偽装には気づきませんでしたか? アリスト=セレス目掛けてまっしぐらですか。盲目ですねえ』


 土煙を上げて、タケルの身体が牧草地へ叩きつけられる。

 戦いは再びふりだしへと戻された。

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