第173話 魔族種の王VS人造魔法師篇④ 魔族種と歩兵拡張装甲の戦い〜決戦スリーマイル島

 *



 ペンシルベニア州。

 アメリカ合衆国発祥の地とされる歴史ある州である。

 特に全米でも有数の都市フィラデルフィアは、独立宣言や合衆国憲章が立案された地でもある。


 そんなペンシルベニアの州都ハリスバーグ、サスクエハナ川の中洲スリーマイルにおいて事故は起こった。


 1979年、3月28日、東部標準時4時37分。

 スリーマイル島原子力発電事故。


 バルブの詰まりとヒューマンエラーが重なり、原子炉2号機がメルトダウン。

 国際原子力事象評価尺度でレベル5というの重大事故へと繋がった。


 世界で初めての核開発、そして実践での投入をしたアメリカ。

 スリーマイル原発ができたことで人々は当時、核による平和利用が始まったと湧いていた。


 だが実際は、政府と電力会社が主導で原発を作り、地元住民はろくな説明もないまま、気がつけばあの独特のとっくり型をした巨大冷却塔が建っていたという。


 原子力がどのような仕組みで、原発がどのようなものなのか、またそれが事故をおこすとはどういうことになるのか――住民は誰も知らないまま、重大災害に見舞われたのだ。


『――そして2000年に大手電力会社、エクセロン・コーポレーションによって施設の所有権が取得され、現在そのエクセロン社によってスリーマイル島は管理運営されています』


 骨伝導スピーカーを通して、真希奈の説明を聞き続ける。

 今僕は青の世界の只中にいた。


 抜けるようなスカイブルーの空と、深く重いディープブルーの大海原。

 どちらにも色を添えるのは白い雲と、白いさざなみだけ。


 高速で高高度を行く僕には、容赦なく極寒の風が叩きつけられ、骨伝導スピーカーを介さなければ真希奈の声を拾うこともできない。


 なので真希奈はともかく、僕の場合は喋るというよりも口の中でもごもごと喉を震わすことで会話を続けていた。


「真希奈、アダム・スミスはそんなところにどうしてセーレスを運んだと思う?」


『現時点では有効な解答を導き出せません。情報が少なすぎます』


 可能性があるとすれば軍隊による待ち伏せ。

 アメリカが誇る世界一の軍隊、陸海空と海兵隊も合わせ、全軍で僕と戦うつもりか。


『有効な作戦とは言い難いですね。タケル様の魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーを使用すれば、全ての火砲兵装を無効化できます。そのくらいは相手もわかっているはずです』


 シリアで戦ったクリムゾン・ジハードの時と同じく、重火器の全てから炎の魔素を抜き取り、小銃を本当にただの筒にすることも可能だ。


「とすると、あの機動兵器か」


 初めてあのロボットを見たのがシリアだった。

 セレスティアが騎乗した白い機体と、マリアさんが乗っていたという黒い機体。


 そして秋葉原では、マリアさんの機体が多くのメディアに晒され一躍有名に。

 さらにダメ押しをするように、アメリカ発のAAT法案の会見に現れたあのディープグリーンのロボット。


「真希奈、仮に戦う相手があのロボット兵器だったとして、僕の勝算は?」


『――並列審議開始、――回答帰結。タケル様の勝利は99%以上の確率。ほぼ100%とと言って過言ではありません』


「その根拠は?」


『あのロボットは確かに脅威です。ですがそれは通常の軍隊やテロリストを相手にした場合です。タケル様に魔法という絶対のアドバンテージがある限り、地球上のどんな軍隊も勝てるはずはありません!』


 ものすごく弾んだ声だった。僕の勝利を絶対と信じて疑っていないのだろう。胸の奥がむず痒くなるような、そんな嬉しそうな感情も伝わってくる。


 確かに真希奈の言うことは正しい。だが、僕は決して状況を楽観視していなかった。


「真希奈が根拠とするあのロボットのデータはごく限られたものだろう。もしもっとすごい性能を持ったロボットがでてきたらどうだ?」


『タケル様が言う【もっとすごい】の具体的な内容を提示していただかないと、真希奈は判断のしようがありません』


「それはそうなんだが……僕は少しだけあの男――アダム・スミスと話したことがある」


『それは、まだ真希奈が生まれる前、タケル様が地球に帰還する直前のお話でしょうか』


「そうだ。人類種神聖教会アークマインの大聖堂地下で僕らは初めて会った。ヤツは教皇クリストファー・ペトラギウスとセーレスを連れ、まんまと僕の前から連れ去った。その時に感じたんだ。こいつは人の形をしているけど、中身は全然違うものだって」


『違うもの……まさかタケル様と同じく魔族種だということですか?』


「いや、違う。例えるならそうだな……人間より以上の知能を有した動物――キツネやなんかがヒトの皮を被っている、みたいな感じかな」


『御堂百理やカーミラ・カーネーション・フォマルハウトのように、人外の類だというのですか?』


「それとも違う。そうだな、そういうんじゃなくて……」


 ふむ。

 まだまだ先は長い。

 あまり張り詰め過ぎていては本番で疲れてしまう。


 僕一人で飛んでいたら、あれこれ考えて緊張しっぱなしだろうが、話し相手がいることはありがたいことだ。少し寄り道がてら話題の幅を広げてみるか。


「あいつを例えるなら、そうだな。……真希奈はジブリ映画とかは見たことあるか?」


『人間の文化や生活様式を学ぶため、真希奈は積極的に映画や漫画、アニメを視聴しています。ですが、どうにも真希奈にはジブリ映画は合いませんでした』


「へえ、そういうの選り好みしないと思ったけど、真希奈にも嫌いな作品があるのか」


『別に嫌いとは言っていません。その作品の評価や素晴らしさとは別に、真希奈自身にも好みの傾向があります。ちなみに真希奈が好きな作品は【アンドリューNDR114】【EVA(スペイン映画)】【イブの時間】です』


「おい、なんか凄くジャンルに偏りがある気がするんだが……」


『あくまで真希奈の好みです。なんなら今からご覧になりますか。タケル様がご視聴の間は真希奈が一切の飛行制御を担当しますが』


「え、遠慮する」


 その三つの作品はロボットやアンドロイドを題材にしていて、いずれも人間社会の中で家族や娘として愛されたり疎まれたりしながら、人間であろうとしたり、生きていたいと願ったり、徐々に心を許し合ったりする……端的にいうとそんなお話だ。


 真希奈自身も肉体がない情報生命でありながら人間社会の中で生きているので、それらの作品にどうしようもなく憧れてしまうことがあるのだろう。


「とにかく。僕が言いたかったのは、例えば『もののけ姫』に出てくるシシ神みたいな、超越的な雰囲気があった、ってところかな」


 そう超越的。だがシシ神というのはいささか誤解を与えるかもしれない。

 あのシシ神から畏怖と神通力を差し引いて、得体のしれなさとプレッシャーを加味した……というのが正確か。


 改めてそう言い直してみても、真希奈はずいぶんと不満げだった。


『馬鹿な。たかが人間ごときを神に例えるほどなのですか。神に例えるなら龍神族の王であるタケル様の方がよほどふさわしいではありませんか!』


「確かに向こうもそんなことを言っていた。でもどっちかっていうと、底が見えない不気味な感じがとても似通っていたように思うんだ」


 あの男の左右で異なる瞳の奥を覗こうとすると、なにかとてつもないモノ・・に逆に覗かれてしまうような気がする。


 マリアさんが言ったとおり、アダム・スミスという男は、得体が知れなく、そして僕よりもずっとしたたかな男なのだろう。


 それに。

 魔族種であるだとか、魔法が使えるとか、そんなものにあぐらを掻いている場合ではない。何と言ってもヤツは、僕の最大の泣き所を抑えているのだから。


(――セーレス)


 焦りがないと言えばウソになる。

 不完全な『ゲート』の魔法で地球に連れてこられ、彼女の肉体は崩壊寸前になっているらしい。


 それをセレスティアが発現させたアクア・ブラッドに封印することで、一時的に死を免れているのだ。


(助け出したとして、僕はまた『聖剣』を使えるのか?)


 たぶん僕は、聖剣を手に入れたことで、絶大だったはずの虚空心臓から生み出される魔力――その大半を失ってしまったのだろう。


 では本来の、聖剣を手に入れる前の僕の魔力はどれほどのものだったのだろう。

 もし仮に聖剣を放棄すれば、僕本来の力を取り戻して、もっと早くにセーレスさえも見つけ出すことができたのだろうか。


(いや、仮定や『たら』『れば』はいらない。僕は今ある力の全てでセーレスを取り戻す。それだけだ……!)



 *



『もう間もなく、ハワイ州オワフ島の南、1300キロ地点を通過します――』


「了解」


 三時間ほど前、日付変更線を跨ぎ、真希奈が時間調節をした。

 そして今、ハワイの首都ホノルルの脇を抜けるところだ。

 だがその時、思わぬ出迎えがやってきた。


『警告、3時方向より敵機接近! ヒッカム空軍基地所属のF−22と思われます!』


 挑戦状を送ってくるくらいだ。待ち伏せくらいしているか。ペンシルベニアに取れる進路なんて限られてるしな――


「まだ先は長いってのに――真希奈、戦闘準備しつつステルスシールドを展開!」


『お待ち下さい! 敵機加速上昇!』


「なに!?」


 2機編成エレメントのF−22は僕にお腹を見せながら上昇してフライパス。そして一定の距離を置いて僕の後ろにピッタリと張り付いた。


『領空侵犯の警告及びレーザー照射共になし。後方6時の方角、約800メートルの距離を置いて追随してきます。今のところ攻撃の意志はないようです』


「どういうつもりだ?」


 監視や誘導が目的か?

 僕が少しでも違う進路を取ればすぐさま牽制攻撃がくるのか。

 F−22の航続飛行距離は3000キロメートルほど。

 一定の空域で僕を待ち伏せて巡回していたとしても、アメリカ本土までは遠すぎる。


 燃料補給のために、必ず何処かに給油機が待機しているはずだ。

 あるいはこの先に航空編隊が待機していて攻撃してくるつもりだろうか。

 だがその時、僕は不意に第三者の視線を感じた。

 

(――見られている)


 僕の真後ろ、戦闘機のコックピットからか?

 そしてどうやらそれは正解だったようだ。


『タケル様、たった今ネット上にリアルタイムのストリーミング配信が!』


 網膜投影された映像には大空と大海原を背景に小さな黒い点が見える。

 時折り不鮮明に揺れたりズームしたりを繰り返しているそれは、どう見ても僕自身の後ろ姿だった。


「そういうことか」


 もうすでに、アダム・スミスの『ショー』は始まっている、ということか。


『タケル様、ステルスシールドを展開しましょう、早く! このままではタケル様のお姿が全世界に――!』


「いい」


『何故ですか!?』


「真希奈、多分これは正義と正義の戦いなんだ。僕は自分のしてることが間違ってるとはひとつも思ってない。でも世界の人々やアダム・スミスはそれを許さないんだろう。そして僕もヤツがセーレスやセレスティアにしたことに関しては絶対に許せない。彼女を――セーレスをアダム・スミスから取り戻すってことはそういうことなんだと思う」


『タケル様……』


「自分の中の正しさを信じるなら、こそこそするなんてダメだ。正々堂々、世界中から悪の誹りを受けて、それでもセーレスを取り戻すんだ――!」


 僕とアダム・スミスはどちらも勇者であり、そして同時に魔王なのだ。


 僕からすればアダム・スミスという魔王からお姫様セーレスを取り戻すために。


 そしてアダム・スミスからすれば、お姫様セーレスを奪いに来た僕という魔王を倒し、それを世界中に見せつけるために。


 そんな正義と正義、信念と信念、エゴとエゴの、骨身を削るぶつかり合いが、もう間もなく始まろうとしていた――



 *



 12月28日 NY時間午前10時04分

【ペンシルベニア州 サスクエハナ川 スリーマイル島】



 広大な森と畑、そして僅かな民家。

 それを分断するように流れる河川の中洲。

 そびえ立つのは独特の形をした4つの冷却塔。

 スリーマイル原子力発電所。

 かつて原子力災害を引き起こしたその場所が、僕とヤツの決戦場だった。


『タケル様、下に!』


「ああ、見えてる」


 4つの冷却塔の中央にある巨大なスペース。

 かつては放射性ヨウ素を含む汚染水の貯蔵タンクでも置いていたのか、中央コントロール施設の前には広大な空き地が広がっている。


 その場所に美しい彫像――否、ロボットが2機、屹立しているのが見えた。


 ひとつはオリーブグリーンの機体。たしかラプターと言ったか。

 8メートル近くはあろうその巨体は、各部――頭部、肩、そして腕周り、足回りとエンテ型のカナードを思わせる前翼を持ってる。


 いかにも攻撃的な面構えをしていて、シルエットも禍々しいが、今は微動だにせず立ち尽くしている。


 一方、その隣、スミスを足元に置いている機体は白の巨人。

 全長は6メートルほど。ラプターに比べて一回り以上小さい。

 全身がまるで激流に揉まれた玉石のように一切の角がなく。

 ラプターと同じく肩部と両膝脇の大きなシールド以外に特徴はない。

 ラプターをバスターソードとすれば、あの白い巨人は細身のレイピアを思わせた。


 僕が上空でホバリングしていると、背後から迫ったF−22が、ゴウっと通り過ぎていく。


 結局あの後、本土側からやってきた新たなF−22と交代しながら、彼らはずっと僕の撮影を続けた。


 ようやく彼らの役目は終わったのか、網膜投影されたネット上のストリーミング映像は静止したのち、僕を見上げる新たな画角へと切り替わった。


「やあやあ、ようこそ! なんだか古い友人に会った気分ですねえ!」


 その男の声は、拡声器も通さずよく響いた。

 ロボットの足元、僕の方を見上げながら、まるで犬の尻尾のように、千切れんばかりに両手を振っている。


 僕は制空権は渡さないとばかり上空に待機したまま本題を切り出した。


「セーレスはどこだ?」


「ややや、なんですかもう、せっかく久しぶりに会えたというのにもう本題を要求するのですか。これが女の子とのデートだったらあなた嫌われちゃいますよ?」


 僕の胸の内、虚空心臓内に格納された真希奈の賢者の石シードコアから呆れと怒りの感情が伝わってくる。


 僕はコイツがこういうやつだというのは一度会ったので知っているが、初めて相対するものにはハッキリと好みが別れるのだろう。


「久しぶりだな、アダム・スミス」


「おおっ、お顔はお面で隠れていて見えませんが、その声には聞き覚えがありますよ! お会いしたかったですよタケル・エンペドクレスさん!」


 ヤツは両手を広げて、まるで目の前に僕がいれば抱きつきかねないほどの喜びを浮かべながら――実際に目尻に涙さえ溜めて――僕を歓迎していた。


「どうですか、そのような落ち着きのない場所にいないで、地面に降りたらいかがですか。せっかく……そう10年ぶり、10年ぶりの再会なんですよ私達! 積もる話もあるというのに、こんな状態では話しづらいです。首が痛くなって困っちゃいます。そんなに警戒しなくたって、どうせあなたの魔法には勝てっこないんですから、何も恐れることはありませんよ!」


 本当にべらべらとよくしゃべる男だ。

 言うことなど聞いてやる必要はないが、相手がセーレスを握っている以上、問答無用というわけにはいかない。


(真希奈……!)


(お待ち下さい)


 僕は現在魔素情報星雲エレメンタル・クラウドを展開中だ。この施設の何処かにセーレスが隠されているかもしれない。彼女さえ確保すればあとは逃げるだけである。


(セーレスは見つかったか!?)


(目に見える範囲にはいません。この場所から離されたか、よほどの地下なのかも――)


「心配しなくても、アリスト=セレスさんでしたら、ちゃんと丁重にお預かりしてますよ。ねえ、だからよけいなことを・・・・・・・してないで・・・・・お話しましょう?」


 満面の笑顔の中、切れ目が入るように薄目が開き、ヤツが僕を見上げる。

 左右で光彩の異なる瞳。まるで全てを見透かすような微笑。


 一瞬だけ真希奈が息を呑む気配がした。恐らく、僕が例えた得体の知れない雰囲気を感じ取ったのだろう。


 僕は軽く息を吐くと、風の魔素を大気に帰してやる。

 不意に重力の見えざる手に捕まり、僕はズシンと地面に降り立った。


「こちらからすれば、おまえのニヤケ面を見送ってから、まだ三ヶ月しか経っていないんだがな」


「おお、あなたの主観では聖都最後の日からまだそれだけですか! 本当にあの『第七剣王異界』――いえ、『聖剣』を手に入れたのですね。ああ、興味が尽きません、一体どのようにしてあの現象・・を引き出し、手中に収めることができのたですか?」


「その話をおまえに語って聞かせるつもりはない」


「企業秘密というわけですかそうですか。まあ魔法を使える上に『聖剣』まで使われてしまっては、私には万が一にも勝ち目なんてありませんしね。チートは一個だけでも即垢BANですよ?」


「まるで『聖剣』さえ使わなければ僕に勝てるみたいな言い分だな?」


 スミスは器用に片方の口角を釣り上げ、首を傾けて僕を見た。斜に構えた感じが非常に非常にムカつく立ち姿だった。


「そうですね。初めてお会いした時のあなただったら、まず無理でしたでしょうね。対峙してるだけで手が震え、目を合わせれば魂が握りつぶされるほどのプレッシャーを感じたものです。ですが、今のあなたからはあの時の威圧感を微塵も感じません。どうやら『聖剣』に大分魔力を食われてしまっているようですね?」


 ――っち、と、思わず舌打ちが出た。それは肯定以外の何物でもなかった。


「愛するものを追いかけるため、いくら魔族種とはいえその身に『神器』を宿すとは、とても正気の沙汰とは思えません。ええ、本来でしたらあなたは今『地球丸ごと破壊爆弾』を抱えた状態です。お分かりですか、人類社会の代表として、そんなあなたを放っておくわけにはいかないのですよ」


「なるほど、それがお前の大義か。テロリストだなんだと言わずに最初から危険人物として僕を捕まえにくればいいものを。ずいぶんとまどろっこしい真似をしたもんだな?」


 ニィっとスミスが笑う。まるで三日月のような邪悪な笑い方だった。


「全くですね。ですが『聖剣』や『魔族種』と言ったところで多くの人間は理解などできません。人間とは斯くも愚かで、度し難いほど頭が悪い。ですがそれに故に愛しい。そして彼らは池の中で餌を待つ鯉と同じです。餌が欲しい、刺激が欲しい、そしてそれを目に見やすく分かりやすい形で提示してくれと、あれこれ注文をつけてくるのです。面倒なことこの上ない」


 アダム・スミスは両手をひらひらさせて「ふう、やれやれ」というオーバーなリアクションをしてみせた。軽そうな態度に見えて、吐き出すため息からは、枯れ木から空気が漏れるような徒労感が伝わってくる。


「ですが大衆が欲するところを満たしてやるのもまた、エンターテイナーの腕の見せどころです。そして観客を沸かせれば沸かせるほど、その見返りは大きい。ですから、タケル・エンペドクレス、あなたに伏してお願い申し上げます」


「言えた義理ではないだろう。そもそも聞く義理もないが。一応言ってみろ」


 僕が見つめる中、スミスは不意に笑みを消した。

 笑顔とのその落差に、一瞬能面でも被ったのかと錯覚する。

 真顔になったヤツは静かに、だが声に一段と力を込めて言った。


「どうか全ての罪と業を背負って死んでいただきたい。この私と激闘を演じ、力及ばず倒され、全世界の前に無様にひれ伏し、そして封印されてください」


「封印?」


「アクア・ブラッドです。我々が手を加えた亜流品になりますが。いえ、もしあなたの身柄を押さえたあとなら、セレスティアも言うことを聞いてくれるでしょう。見返りとしてはなんですが、せめてアリスト=セレスの隣にレリーフとして飾って差し上げましょう」


「ふふ、ははっ!」


『タケル様っ!?』


 僕は笑った。

 こらえきれないというように吹き出してしまった。

 それはいつかのカーミラのようだった。


 無抵抗で全てを差し出せと百理に言われ、彼女は笑ったことがあった。

 奇しくもその時とそっくりの状況になり、初めてあの時のカーミラの心境を正しく理解できた。


 あまりに厚顔。

 あまりに無恥。

 この男は本気だ。


 本気でそんな未来を実現させようとしている。

 あの時の百理と同じく、そうなることを一分も疑わず、自分の行動に一切の疑問を待たず、本人を前にあまりに厚かましいことを言ってのける。


 こんなに笑えるものなのか。

 地球に居たときも、異世界にいたときも、そしてまた地球に帰ってからも。

 ここまで腹を抱えて笑ったことはなかった。


 ああ、もしかしたら僕の中にある吸血鬼の因子がそうさせているのか。

 カーミラと同じ感性なんて、ちょっと嫌すぎるな。


 僕がひとり哄笑している間、スミスの表情は固まったままだ。

 笑みを消したまま、暗い瞳で僕を見つめ続ける。

 そして、ようやく僕が落ち着き始めたのを見計らって口を開く。


「最後に、何か言い残すことはありませんか?」


 居住まいを正したスミスがスッと右手を上げる。

 背後に控える見上げるばかりの巨人。

 2体のうちの1体――緑の巨人がブゥーンと駆動するのがわかった。


「そうだな。ひとつ、ここに着いておまえの顔を見たら言おうと思っていたことがある」


「ほう、なんでしょう?」


「感謝を」


「は――?」


 スミスは目をまん丸にした。

 オッドアイが皿のように見開かれる。


 ヤツがそんな表情をした瞬間、ガクン、と緑の巨人が動揺? まさかコケた?

 ――ように見えた。


「おまえは、僕をテロリストにしながらも、決して『成華なすか』の姓は出さなかった。楓さん――」


 僕は多分そうだという確信を込めて緑の巨人を見上げる。

 機械の目を通しながらも、中の人と目が合った気がした。


「彼女から僕の素性も聞いてるのに、僕の事情に関係のない人達は巻き込まなかった。それだけは感謝している」


 成華の姓が出て、真っ先に被害を被る人たち。

 僕の叔父と叔母だ。


 そういえばふたりの家にネットってあったかな。

 まあ鬼面に隠れて顔なんてわからないからこの映像を見たところで僕とはわからないだろうけど……。


「は――、どこまであなたは! 私の予想を超えて……!」


「さあ、話は終わりだ」


 足元から土煙が上がる。

 風の魔素を全身に纏い、炎の魔素でコーティングする。

 つむじを巻く風から新鮮な酸素を与えられ、バチバチと火花が散った。


 ゴウっと僕は一瞬でロボットの頭上を越え、冷却塔をも飛び越える。

 そして開戦の合図とばかりに、眼下のスミスに言い放った。


「セーレスを返してもらうぞ! おまえの都合などクソ食らえだ!」


 僕はお姫様を攫いに来た魔王よろしく、犬歯をむき出しにして邪悪に笑うのだった。



 *



 僕が真っ先にした行動。それはロボットの懐に入ることだった。

 背中ならベスト。胴体なら及第点。手足はペナルティ。


 自分で自分を攻撃はできないだろうし、くっついた瞬間にゼロ距離から魔法をぶち込んでやる。


 だが僕が肉薄するのと入れ替わりに、ロボット――ラプターが真上に飛び上がった。


「なッ――!?」


 飛び上がった――というより、機体が上空にスライドしたと言ったほうが正確だ。

 胴体と肩部の間にあるリング状のパーツから射出された短剣が遥か上空に突き刺さり、あっという間に8メートルもの巨人が浮かび上がったのだ。


「マリアさんの黒いロボットも同じことをしてたが――真希奈、あれは一体どういう仕組みなんだ!?」


『推測――射出された短剣は空中に展開された強力な電荷フィールドに固定されていると思われます。短剣の尾には極細のワイヤー、ポリアミド系耐熱性繊維――タケル様の鬼面にもついているアラミド系繊維と繋がっているようです』


「ワイヤーってスパイダーマンかよ」


 僕は降り立った地面からラプターを追って再び急上昇を開始する。

 スピードなら僕の方が上だ。今度こそ――


『タケル様――!』


 ラプターの脚に取りすがろうとしたときだった。

 真希奈の声にハッとし、咄嗟に腕をクロスさせて防御姿勢を取る。


 その瞬間、残像すら置き去りにする速度で、ラプターの膝の脇――折りたたまれた尾翼みたいな羽が僕に襲いかかった。


「がはッ!」


 何だアレは――!

 まるでバネ仕掛けで出来たバッタの脚とでもいうのか。

 ほとんどノーモーションで伸び上がり、そしてこの威力。

 僕の身体はホームランボールのように弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


『タケル様、タケル様、大丈夫ですか!?』


「ああ、おまえがとっさに魔力バリアを張ってくれたからな」


 見上げる。

 中天に差し掛かろうとする太陽。

 その中に溶けて消える巨人の姿。

 まるでこの空は自分のものだとでも言うように、両肩の主翼を広げて悠々と飛んでいる。


「真希奈、ビートサイクル・レベルを上げろ」


『了解。虚空心臓拍動数上昇、ビートサイクル・レベル5――どうぞ!』


「おおッ!」


 地面が爆発する。

 足元で炸裂した炎の魔素が僕の身体を青空へと弾き飛ばす。

 先程の比ではない上昇スピード。

 空気を切り裂くのは前面に展開した魔力殻パワーシェル

 僕は躰を無理やりひねり、体表面で炎を爆発させ、刹那の刹那に軌道修正。

 両翼を広げるラプターへと突撃した。


「な、にぃ――!?」


 接触の直前、ガキンっと硬いモノにぶつかった。

 僕の魔力殻パワーシェルを阻む不可視の壁が展開されている。

 先程真希奈が言ってた電荷フィールドか。


 炎を噴出させて飛ぶ僕とは違い、推進機構を持たないラプターは翼を折りたたみ、僕に押し込められるまま、フィールドを展開して身を任せている。


 高度がどんどん上昇していく。

 のどかな穀倉地帯と、その間に通る巨大運河、そしてその中州に設けられた原発施設。すべてが遠ざかり、豆粒のようになっていく中、ラプターが動いた。


 差し出された右腕の袖の下、ジャキっとせり出した砲身。

 それが火を噴く直前、電荷フィールドが消失し、僕の魔力殻パワーシェルに弾丸が叩き込まれる。


 その隙にラプターは左腕の袖から真横に短剣を射出し方向修正。

 僕と距離を置きながら、さらに右腕の砲身がせり出すのが見えた。


「真希奈!」


魔力殻パワーシェルを強化――』


 その声は爆音にかき消された。

 先まで連続で叩きつけられていた弾丸とは異なり、ひときわ大きな砲弾が凄まじい衝撃を伴って僕に炸裂する。


 釘付けにされていてはやられる――

 すぐさま爆炎を振り切るように飛び出すと、そこを狙いすましたようにラプターが短剣を撃ち放つ。


 両腕と両脇、合計4本の短剣が僕の進路と退路を塞ぐよう空中に突き刺さる。

 先程の突撃の逆襲。今度はラプターが僕に向かって体当たりを敢行する。


 極細のナノワイヤーを巻き取り、凄まじい勢いで急接近――グンっと腕を曲げると、ブランコから飛び降りる瞬間のように両足を突き出しながら迫りくる。


 ガキン、と撃鉄が落ちるように。

 引き絞られた両膝の尾翼が僕へと叩きつけられた。


『ウソ――!』


 見知ったその声はラプターから。

 会心の手応えはなく、虚しく空を切った両尾翼による猛撃。

 まるで空中でバンザイをするように両手足を投げ出したラプターの胴体に、僕は降り立っていた・・・・・・・・・


 ラプターが肉薄する直前、僕は風の魔素を纏い自身を透過させて隠蔽。

 ギリギリのタイミングで攻撃を躱し、死に体となったラプターへ取り付くことに成功したのだ。


「沈め」


 ありったけの炎の魔素をかき集める。

 取り付くことでようやく魔素情報星雲エレメンタル・クラウドを展開し、ラプターの兵装からも炎の魔素を略奪する。


 結果、巨人をすっぽりと覆う程の火の玉が顕現させ解き放つ。

 小太陽が現れたのかと錯覚するほどの大爆発が起こった。


 ラプターは高高度から真っ逆さまに堕ちていく。

 機体は丸焦げだが、それより以上に中身――パイロットへの衝撃は如何ほどのものだったのか。


 空中で縦横無尽に動き回っていたラプターだが、それもこれもあのアクア・リキッドスーツを着込んでいて初めてできる機動だろう。


 ならば魔法による攻撃――想定以上の衝撃に晒されればどうだ。

 ゼロ距離から、そして瞬間にして最大威力の特大火球を食らったならばただでは済むまい。


 糸の切れた人形のように、ラプターは一切の回避行動――姿勢制御も、減速措置も取らず、そのまま行けば激突は必至。


 ……僕は魔法で強烈な上昇気流を起こし、機体をソフトランディングさせた。


 仰向けに倒れたままピクリともしないラプターの前に着地する。

 そして、中洲から離れた牧草地から、文字通り一足飛びでスリーマイル島へ舞い戻る。


 ヤツは――アダム・スミスは、楓さんが単騎で戦っている間も参戦はせず、原発の敷地内で、白い巨人と共に待機したままだった。


『素晴らしい。いや、実に素晴らしい戦いでした』


 ヤツが乗っているのだろう。

 純白の機体からスピーカー越しに賞賛が送られる。

 僕は再び、空中でホバリングしながらその賞賛を唾棄した。


「女に戦わせておいて自分は高みの見物か。大した英雄様だな」


『耳が痛いですね。ですが最初から彼女には、あなたとの戦闘データ収集をお願いしていたのですよ』


「ほう、最初から捨て駒だったと?」


『はい。彼女も快く承知してくれましたよ。だからこそ最新鋭の機体で安全性も担保した上での戦いだったのですが、いやさすがにあの高さから地面に叩きつけられては無事では済まなかったでしょうね。何故彼女を助けたのですか?』


「既に決着がついていたからだ。無力化できれば殺す必要はないと判断した」


『そうですか』


 純白の機体が動く。

 ズシンズシン、と主脚で歩行し、僕の方ではなく、背を向けて川辺の方へと向かう。こいつ、どこへ行くつもりだ?


『あなたは甘い。甘すぎる。本来ならあなたはもっと暴虐になれる手段もあったはずだ。魔法という超常の力を振りかざし、並み居る軍隊をなぎ払い、主だった要人を殺害し、世界を『聖剣』が生み出す暗黒へと沈め、そうしてから【俺の女を返せ】と言えばもっと事はシンプルに運んでいたでしょう』


 ピタリと足を止める白い巨人。

 両膝脇の折りたたまれた尾翼が高速で回転を始める。

 ピシャ――っと尾翼の先端が地面を叩いた途端、機体が大きくジャンプした。

 そうか、あの機構は本来ああして使うのか。

 だが、ヤツはなにをして――


「なんだと!?」


 僕は目を疑った。

 白い機体は、そのまま何をするでもなく、ドボンと川面にダイブしてしまったからだ。あの短剣を射出して機体を持ち上げるでもなく、翼を展開するでもなく、ただただ川の中に沈んでいく。


「真希奈、ヤツは一体なにを――」


『お待ち下さいタケル様!』


 僕の疑問に被せるように真希奈が叫ぶ。


『こ、これは、まさか――!』


 抽象的で意味のない感想。

 理性的でいつも的確な回答を導き出す真希奈がそんなことを口にするなんて。


 スミスの謎の行動、そして真希奈の慌てぶりに僕が戸惑っていると、ズズズっという鳴動が空間全体に拡がっていく。


「なんだ、何が起こってるんだ!?」


『げ、原発4基が同時に稼働を開始しました! でもこれは、ただの原発ではありません! 魔素――炎、水、風、土、全ての魔素がよどみなく循環しています!』


「何だって!? まさかこれ全部が『魔原子炉』だっていうのか――!?」


 魔原子炉。

 聖都の地下施設で稼働し、魔法世界に電気エネルギーを齎していた存在。


 核分裂反応に『炎の魔素』が干渉し、高圧蒸気や冷却水には『水の魔素』が含まれ、タービンの回転や魔素の流動には『風の魔素』を、そして施設全体を支える強固な屋台骨として『土の魔素』が使用されていた。さらに地脈とも直結することで通常の原発より以上のエネルギーを得ていた代物だ。


 だが最後には、全ての秘密を隠匿するため、スミスが手ずから自爆させた。

 聖都100万人の住民と一緒に――


 異世界で起きたあの最低最悪の原子力災害。

 その唯一の生き残りである僕が断言する。

 あれは地上に顕現した正真正銘の地獄だった。

 それを生み出した元凶をヤツはこの地球でも造っていたというのか。


『驚いてくれましたか?』


 その声に振り向く。

 白波を立てて、川面から巨大な何かがせり上がってくる。

 なんだアレは――


『1942年、マンハッタン計画の発動。私もその初期メンバーのひとりでした。トリニティ実験を経て初めて実戦投入された原子爆弾は、そのあまりの威力と残忍さで世界中から忌避されてしまった。もともとは平和利用の観点から始まった原子力発電も未熟な人類の技術では手に余る代物だった。ですが私が作り出したこの【魔原子炉】は違う――』


 巨大な――純白の巨人よりもさらに大きなヒト型のシルエットが姿を現す。

 一回り以上大きかったラプターどころの騒ぎではない。

 有に20、いや30メートルはある。


 本物の神を模した彫像とも言うべき『白き超巨人』

 その胸部には、スミスが騎乗する純白の機体――その頭部が埋め込まれるように鎮座している。


 そしてさらに驚くべきことに――信じがたいことに――あり得ないことに……その超巨人は全身から溢れんばかりのエネルギーを――魔力・・を迸らせていた。


『お初にお目にかかります。この機体のことは【ダンブーガ】と――白き翼のダンブーガとお呼びください』


 まるで太陽を背負うように、背面から展開された4対、合計8枚の翼が円形に展開される。


 魔原子炉から発生した膨大なエネルギーがスリーマイル島を含む付近一帯に満ち満ちていて、あの8枚羽がそれを吸収。そしてそれが白い超巨人を通して魔力に変換されているのが見て取れた。


『これが私がたどり着いた答えです。歩兵拡張装甲をさらに拡張する。【EX・Infantry Expansion Armour】とでもいいましょうか。ご覧の通り、もうすでに魔法はあなただけの専売特許ではありません。さあ、第二ラウンド開始と行きましょう――!!』


 正に魔王か最終ボスといった貫禄で、アダム・スミスは戦いを宣言するのだった。

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