第172話 魔族種の王VS人造魔法師篇③ ヒトと怪異の遭遇〜己の信念を貫く者たち
*
12月27日 午前9時05分
【東京 警察庁警備局 国際テロリズム対策課 第一取調室】
「失礼しまーす――わッ!」
大きな紙袋を持った婦人警官は室内に入るなり驚きの声を上げた。
「何があったんですか、ホシが暴れたんですか!?」
「ちげーよ」
第一取調室は酷い有様だった。
真ん中に置かれた立派な執務机は真っ二つにへし折れ、電話機も粉々になっていた。
机や椅子が倒された、窓が割られた、という話はきいたことがあるが、ここまで目に見える破壊の跡を目撃するのは彼女も初めてだった。
年かさの刑事は部屋の隅で椅子に腰掛け、力なく項垂れて紫煙を燻らせていた。
「なんの用だ?」
「あ、えっとマリアさんでしたか。お迎えの方が一階にいらしてるのと、あとこれ押収品を返そうと思って」
ガサっと紙袋を掲げる。
一時はテロリストの仲間なのではないかと疑われたマリアの唯一の私物、星人と戦うのに着用するみたいなボディスーツだった。
「なあ、迎えの照会は?」
「習志野駐屯地所属の2等陸尉、工藤功さんだそうです。結構イケメンでした」
婦警の感想などどうでもいいが、刑事は「……ああ」と息を漏らしたあと、タバコを携帯灰皿に押し込み、ゆらりと立ち上がった。
「……よこせそれ。俺が行く」
「え、そうですか。そういえばマリアさんは?」
「その説明もある。あと損害を請求をしなきゃならん」
「はあ」
年かさの刑事は取調室を後にするのだった。
*
12月29日 午後19時00分
【首相官邸内、秋葉原テロ事件緊急対策本部】
半月あまりの間に二度の重大事件を経験した政府与党は、正月休みを返上して対応に追われていた。
『
1月に迎える通常国会で政府の弱腰姿勢を必ず追求してくる野党の攻勢に対して、官僚が考えてきた答弁マニュアルを参考に予算委員会を乗り切ればいいと思っていた。
だが、東京都外神田一帯で発生した未曾有のテロ事件――正式名称『秋葉原テロ災害事件』に関しては、上を下への大騒動となり、さらにアメリカが前倒しをした『非対称戦争対テロ法案』、通称『AAT法案』の国内整備の素案作成に追われ――まあつまりは、総理以下全員のイライラ度がMAXになっていた。
「――現在全力で事態の把握に務めています。ええ、そうです。現在調査中です。これ以上は公式発表をお待ち下さい――」
僅かな移動の最中にも記者たちに取り囲まれ、結果的に一日に何度もぶら下がり取材を受けることになっている首相は疲弊しきっていた。
今回特に質問が多かったのは『秋葉原テロ災害』に対する政府の対応が事件中も事件後も遅いとの指摘だった。
実はその通り、政府は既に『秋葉原テロ災害』が原因不明の内に始まり、原因不明のまま収束してから丸四日、正式な事件の発表を差し控えている。
特に被害者の正確な数字は曖昧なままにしていた。何故ならそれがアメリカ大統領からの嘆願であり、命令だったからである。年明けまで公式発表は待ってほしいと。
すでに重傷者数
まるで今世間の注目が少しでも離れてしまうことを
与党は無能。その誹りを受けながら、喜ばしい事実を隠すのは本当にストレスが溜まる。アメリカはこの事件を引っ張ることで一体何をしようとしているのだろうか。
記者たちの質問を振り切った首相は執務室でようやく食事にありついていた。
食堂にでかけてまたぞろ番記者たちに見つかると面倒だからである。
病気で一度無残な退陣を経験したにもかかわらずこの首相は健啖家だった。
どんな精神状態でも必ず腹が空き、飯が食えることは強みだ。
戦争でも政争でも絶対必要な長の才能といえた。
「失礼します――!」
食後のお茶を頼もうかと内戦に手を伸ばしかけたとき、性急な様子でドアがノックされた。しばらくの間よほどの用件でなければ来ないように言っていたのに……。
「すみません総理、火急の用件なのですが……」
現れた年若い官僚に睨みをきかせる。
ドアから半歩踏み込んだ瞬間、官僚は金縛りにあったように足を止めたが、それでも逞しく口を開き、用件をねじ込んできた。
「
「小池さんから?」
現在の都知事は与党本部の元重鎮だった。
彼女から回ってきた件案なら耳に入れておかなければなるまい。
「はい、えー、首都防衛フォーラムのプログラムコンペで優秀賞を獲得したシンクタンク、人工知能進化研究所所長安倍川マキ博士から喫緊とのことでこちらを――」
首相は受け取った資料にサッと目を通し「はあ」っと盛大なため息をついた。
「馬鹿馬鹿しい。民間は呑気ですねえ」
「あの、そちらにはなんと?」
「なんだか近日中に日本のみならず、地球規模の災害が起きるそうですよ、笑っちゃいますね」
さて、と気を取り直し、勤勉なる首相は年明けの常会に向けた野党論戦を見こうして、予想される質疑応答を考え始めるのだった。
正月はおろか通常国会などもう訪れることはないというのに――
*
12月29日 午後21時00分
【首都近郊、人工知能進化研究所、所長室】
「返信、ナシ!」
わっほーい! と安倍川マキは腕を突き上げ、「うう〜ん」と伸びをした。
途端、バキン、ボキンと音がして「アダダ」と首周りを押さえる。
「はー、やっぱ政府からリアクションないやー、ダメだったかー! それどこじゃないもんなー。でもこっちの方がそれどころじゃないんだけどなー。あー百理様ー、やっぱあんたすげーよ! あたしのコネだけじゃもう無理じゃー!」
書類を投げ出し、手足も投げ出し、安倍川マキは机に突っ伏した。
ここ最近の彼女はたったひとりで十人分以上の仕事をこなしている。
内之浦宇宙観測所から送られてきた探査衛星『あやせ』のタイムレコーダー、そしてNASAから送られてきた重力レンズ効果の異常を知らせるデータ。
それらの解析をたったひとりで行いながら、各種研究機関へのデータ共有と根回し、そして当然のように自分がこれまで職務を捧げてきた首都防衛プログラム――引いては日本防衛プログラムを発動させるべく周到な準備をしているのだ。
安倍川マキ謹製首都防衛プログラム。
それはインターネットオブシングス(もののインターネット)を利用した人間行動の『制約』と『操縦』を併せ持つ禁断のプログラムであり、インターネットに接続可能な携帯端末、オブジェクト、監視カメラ、スピーカーを利用した『強制避難誘導プログラム』のことであった。
総務省統計による情報通信白書、基本データと政策動向より抜粋すれば、情報通信端末の世帯保有率は、モバイル端末全体が『95.7%』。そのうちパソコンは『74%』、スマホは『79.2%』と極めて普及が進んでいる。
それら個人の携帯端末、電話通信やスマホを介して、緊急地震速報のように避難指示を送りつけるという、かなりイリーガルな計画がその正体だった。
「都内だけなら1300万人弱、都市圏なら3800万人……うち小学校の数が1339校……さらに非難可能な体育館を保有しているのは……さらにインターネットに接続可能なサーバを持つ学校……そこからさらに町別に防災無線に接続して……うはは!」
各市町村、そこに存在する指定避難場所、あるいは避難できそうな公共の地下施設や地下アーケード街などへの避難経路を、公共のフリーWi−Fiや大手キャリアのプラチナバンド帯にも
それはもう問答無用でだ。常日頃から避難訓練していようがいまいが、普段から家族で緊急避難場所を決めている意識高い系だろうが、端末から送られてくる避難指示に従えば100%に近い確率で安全を確保できる可能性の高い場所へと誘導するシステムである。
「ふひ。完全に犯罪。これやばいよね。私精神的にハイになってきたなー。防衛フォーラムのコンペじゃこんなの発表できるわけねーっつーの、ひひひ」
休憩終了、とばかりにマキ博士はムクリと起き上がり、再び自身の端末へと高速タイピングを始める。
彼女自身が言うとおり、これは明らかな犯罪行為である。
地震や津波などの緊急避難速報は気象庁の管轄で、各大手通信キャリアとの全面協力があって初めて成り立つサービスだ。
そのシステムを無理やり拝借する。
さらに各駅のフリーWi−Fiも勝手に借りる。
無線LANを垂れ流ししてる公共施設、カフェ、コンビニ、自販機も全部である。
「だって官邸は私のこと無視するしー、百理様とは連絡つかないしー、でも放っておいたら絶対ここ数日以内に不味い事態になるしー、ねえ?」
何もしなかったらヤバイってわかっていて、それでも何にもしないで。
やっぱりその通りになってしまう方が怖い――!
「なんだっけこのセリフ。漫画? アニメ? いやま、とにかく今の私の心境、代弁サンクス。ぐひひ」
連日の徹夜。終わらない作業。かつてないプレッシャー。そして犯罪者になるという恐怖。それらを誤魔化すために、誰も聞いていないのをいいことに独り言が止まらない。
「それでもタケルくんに比べりゃあ、まだマシだよなあ……」
全国に指名手配。いくら魔法の存在する世界で生まれ変わったとはいえ、自分が元々いた世界から否定されるとはどんな気持ちなのだろう。
「待っててね、もうすぐ私も仲間入りだから……ふひ!」
だが、彼女は気づいていなかった。
閉鎖され、職員はおろか、一般人でさえ近づけず、社会科見学に来た近所の小学生は小一時間もしないうちに「なにするとこなのか全然わかんなーい」と匙を投げるという、そんな人研において彼女の独り言に耳を傾ける存在がいた。
「安倍川マキ――見事なりぃぃぃ!」
「はい――!?」
突然聞こえてきたしわがれた男性の声にマキ博士は飛び上がった。
「だ、誰!? どこから声が――!?」
「慌てなさるな。こっちこっち。ここよここ」
「え――えええっ!?」
壁から目玉が生えていた。
そしてどうやら声はそこから発せられていた。
「お初にお目にかかる。某は
「うらーッ!」
「ひぎぃぃぃぃ!」
マキ博士はノータイムで、丸めた資料の束を思いっきり目玉に叩きつけるのだった。
「あー、いかん、もう歳かなー。ただのゴキブリが目玉のお化けに見えてしかも幻聴まで……、この作業終わったら15分くらい仮眠取ろう……」
マキ博士は眉間をモミモミ。パソコンのディスプレイへと向き直る。
「コラコラコラ、突然何をするか!」
「うわっ!」
目の前の27インチディスプレイに突如人影が差した。それはクッキリとした女の横顔だった。その女の横顔の目の部分が裂け、ギョロリと先程の目玉が現れる。
「ウソ、目玉がしゃべってる……!」
「ん? ふふ、ようやく普通の人間っぽい反応が……。改めて、お初にお目にかかる我らは」
「ポチッとな」
「ぎゃー! 目、目が、目がはああああ!」
マキ博士の人差し指が目玉に突き刺さる。途端、グワッと白目に充血したみたいに血管が走り、女の横顔の中をメチャクチャに動き回る。何やら女の影も手をワタワタさせて慌てているようだった。
「すごい、ホントに目玉が喋ってる! 発声器官はどこにあるの!? っていうかこの影も動いてる! 光を遮る遮蔽物がないのに一体どこから――」
「待て待て待て! アンタいきなりなんばしょっと!?」
「声が目玉全体から! なにこれおもしろーい!」
再び無造作に手を伸ばしてきたマキ博士に、目玉は慌てて叫んだ。
「びゃ、百理様、百理様の使いだから我ら! こっちの話を聞けヒューマン!」
「え、百理様の? キミたちが?」
いつまでたっても話が進まないので、もう肝心なところからさっさと言うことにした。本当はもっと威厳を以て、畏怖を覚えさせながら名乗りを上げたかった。目玉のお化け――百々目鬼は痛切にそう思うのだった。
*
「改めて。我は
「女の影は影女ってなんか日本語変だね?」
「茶化さないでいただきたい!」
事務机の目の前、PCディスプレイの真ん中に陣取った百々目鬼と影女。傍から見れば、画面に女の形の影が落ちて、その上に目玉が一個、ちょこんと乗っかっている状態だ。マキ博士は執務椅子に座りちょっとだけ引き気味に背筋を伸ばしている。
「古来より日本の人外を統べるバケモノの頭領、それを生業とするのが御堂の長。そして御堂家の現当主御堂百理様は、その母君である先代の頭領、御堂命理様との対立により今は暗き地下に幽閉されておりまする」
「なんでそんな面倒くさい言い方するの? ママに逆らったからお仕置きされてるって言えばいいじゃん」
「人間の一般家庭と一緒にするでないっ!」
「はーそれにしてもバケモノの頭領かー」とマキ博士はため息をついた。
目玉の妖怪『百々目鬼』は伊達に長いこと人間を見てきてはいない。
自分の雇い主が人外の徒と知り、少なからず動揺をしているのだろうと推察する。
「にわかには信じられないことでしょうが事実です。そも人とバケモノは表裏一体の存在で――」
「ああ、わかったわかった。あんた達みたいな奴らが秩序を持って人間社会の裏側で生活してるってことなんでしょ。で、百理様はその総大将でまとめ役、と。でも御堂としてはそれだけじゃ食ってけないから、表の世界からもある程度人間をコントロールすることにして財閥になった……。だいたいそんな感じなんでしょ?」
スラスラと答えるマキ博士に百々目鬼は声を裏返して叫んだ。
「どうしてそんなに物分りがいいのだ!? そもそもあんたは我らが怖くないのか!? 昔はそれはもう、我らの姿を見ただけで人間は腰を抜かして取り乱していたというのに――!」
百々目鬼は絶望した――とでも言うように小刻みに震えている。懐古厨のように「人間は変わってしまった! 昔はあんなに――」と鬱陶しく嘆き始めた。
「いやあ、ここ2、3ヶ月で急速に慣れたからそういうの。というかタケルくんに比べたらインパクト薄いしあんたら」
「薄い……我らが薄い……」
そう言われて死活問題なのが妖怪なのだ。彼らは人間に認識されてこそのバケモノ。怖がられ、強烈な印象を残すことで、人間の記憶に留まり続ける。
そうした人間は必ずまた彼らを思い出す。夜の闇に、建物の陰に、ありもしない木々のざわめきに、バケモノの姿をを幻視するようになる。
そうして恐怖心とともに認識が広まっていくことで、バケモノは己の存在力を保っていられるのだ。
「あらら、なんか影女ちゃん? 薄くなったような?」
そして百々目鬼もまた、磁力が落ちたマグネットのようにポロリとディスプレイの表面から机へと落ちた。
「人間に怖がられなくなったら我らはおしまいよ……。昔は良かった。人は今よりも愚かで浅はかで、だが素朴で堅実で純粋だった……。希望と共に朝日に目覚め、懸命に働く中天を過ごし、家族との夕餉に笑い合い、全てに感謝して床につく……そんな人間をからかうことがどれほど楽しかったか……」
楽しかったんかい。
いつの時代でも人間からしたら迷惑極まりねーなこいつら、と思いつつマキ博士はどうやってフォローしたものかキョロキョロとする。
「まあまあ、私はちょーっと天才(努力型)なもんだから、世間一般の人間と感性がズレてるかもだし。あんたたちも演出次第じゃ十分現役で通用するって。あ、お茶でも飲む? ペットボトルので悪いけど」
「そうか、そうだろうか。うむ、いただこう」
執務机の引き出しの下段を開ける。そこには夜食の買い置きと一緒に飲み物の類も入っていたはず――
「ありゃあ、しまった忘れてた。お酒しかないや」
「酒?」
「うん。ごめ――」
「おお!?」
ピョコンッ! と目玉が跳ねた。
ビクっとなってマキ博士がのけぞる。
「そそそ、それは山口県が誇る銘酒、
「え、あ、うん。お正月に飲もうと思ってさ、取り寄せておいたの」
説明しよう!
とにかくべらぼうに高い甘口の酒だと思ってくれ。
「おおお、しかも二割三分だなんて! 初めて見ましたぞ(ぴょんぴょこ)!」
説明しよう! 二割三分とは!?
お米の中心に近いところ、外身を削って23%しかお酒に使ってない超贅沢品って意味だよ!
「むむ? 安倍川マキ博士、この『磨き』と書かれているのはどういう?」
「ああ、なんかね、
「是非に!」
目ン玉が机の上で飛んだり跳ねたりしてる。かなりシュールな光景だった。マキ博士はなんでもない普通のタンプラーにお酒をトクトクと注ぐ。さて、どうやって目玉がお酒を飲むのか興味津々で聞いてみると、何のひねりもなくコップの中にダイブするのだという。「うへえ、絶対あとでコップ洗わないと」と心に誓うのだった。
「では失礼して……」
細かくピョンピョン跳ねて助走をつける百々目鬼。
だがそのとき、フッと室内が暗くなった。
「うわあ!」
「ひいぃぃ!」
影女が天井いっぱいに広がり、威嚇するように両手を広げていた。結髪が解けて、ゆらゆらと恐ろしげに揺れている。正直言って超怖かった!
「は――、つい酒に釣られてしまったが、このようなことをしている場合ではなかった。安倍川マキ博士!」
「は、はい」
「何か異常はありませんか!?」
「異常って……」
人間であるマキ博士からすれば、今まさに目の前に異常がいるんだけどなー、と思い、無意味に押し黙ってしまうのだった。
*
「突然の訪問、大変失礼をいたしました。改めまして、私百々目鬼と、そちらは影女と申します。言葉を介せるのが私だけですので、こやつの挨拶は会釈のみでご容赦を」
「はあ」
言葉は話せるけど会釈はできない目ン玉お化けと、会釈はできるけど言葉は話せないレディ・シルエット。もうホントずっとくっついてたらいいのに、とマキ博士は思った。
「先程も申しましたとおり、百理様は今囚われの身となっております。もし万が一、自分が動けない場合は、我らが人工知能進化研究所に赴き、安倍川マキ博士に接触するようにと厳命されておりました。今がまさにその機会であると存じます」
「そういうことなら丁度よかったわ。これを見てちょうだい」
「むむむ、こ、これは――なんでしょう? 数字の羅列にしか見えませんが」
「これは地球近傍園から観測できる太陽系外からの恒星や銀河の輝き、そしてその座標を現した星系座標よ」
マキ博士はさらに重力レンズの説明を挟む。実際に届く光は直進せず、中間にある恒星や大質量の惑星によって歪められ、見せかけの像を形作り出すと。
「結論から言うと、ごく近いうちに、地球規模の災害が起こる可能性があるわ」
「なんと――それは一大事ではないですか!」
「ええ、その通りね」
「もっと世間が大騒ぎになっていてもおかしくないと思うのですが! ……博士?」
「ううん、何でもないの。いいリアクションありがとう」
もっと大騒ぎになってもらおうと政府与党にまで働きかけたのに相手にされなかったマキ博士は、ようやく真っ当な反応をしてくれたのがバケモノとあってか、ちょっと複雑な気持ちになるのだった。
「とにかく、いざとなったら私も人命優先で犯罪者にでもなるつもりだけど、より多くを救うためには百理様の勅命や働きかけが欲しいの。一刻も早くこの事態を知らせて欲しいのよ」
「おお……なんと高潔で立派な志か。わかり申した。しっかと伝令役、果たして見せましょうぞ!」
百々目鬼の力強い言葉に「頼んだわよ」とマキ博士。
だが何を思ったのか影女はワタワタと慌てる仕草をし始めた。
「なに、どうしたの影女ちゃん?」
「……なんでもありませぬ。この者も意欲に燃えているのでしょう」
だが真実は違った。影女は百々目鬼を心配しているのだ。
百理が幽閉されているのは御堂が誇るバケモノ封じの牢獄。
正面から行けば必滅は必至。
忍び込もうとしても死を覚悟しなければならないほどだ。
(いや、死ぬ前に必ずや、この知らせを百理様に届けなければ――!)
では、先を急ぎます、と暇を告げる百々目鬼に、マキ博士は「ちょっと待って」と引き止める。
「お酒、飲まずにちゃんと取っておくから。全部終わって、お互い生きてたら、また飲みましょう」
「それは、楽しみですな」
別れ際に約束。
これもまた人間の習慣である。
バケモノには馴染むはずもないのだが、百々目鬼は晴れやかな気分だった。
「必ずや再び相まみえましょう。しからば御免!」
九死に一生を拾うようなギリギリの淵であっても最後まで諦めない。
生が極端に短い人間のように醜くもみっともなく足掻いてみよう。
百々目鬼はそう決心するのだった。
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