第169話 人理に背きしもの篇⑥ 今そこにある危機〜地球滅亡へのカウントダウン

 *



 12月26日 午後19時22分

【JAXA、内之浦宇宙空間観測所うちのうらうちゅうくうかんかんそくじょ内、探査衛星あやせ・・・オペレーションルーム】


 スミスが英雄に祭り上げられ、日本国内では世論が『秋葉原テロ事件』一色になっているその裏で、とある重大な事件が起こっていた。


「あやせ、最終シーケンスに移行します。伸展マスト展開完了。及び格納信号確認。成功です、おめでとうございます」


「ありがとう。いやあ、なんとか間に合った。これでようやく2日遅れのクリスマスが祝えそうだな」


 職員たちから笑い声と共に弛緩した空気が流れる。

 ここは去る12月10日に打ち上げられたばかりの探査衛星『あやせ』の運用と観測を行うオペレータールームだった。


 宇宙という見果てぬ世界に邁進し、来たるべく宇宙時代に備えて、職員は誰もが夢や希望、そして意欲に溢れている。


 だからだろうか、今や世間はテレビも新聞もネットも『秋葉原テロ事件』に席巻されているというのに、ここではそんな流行はどこ吹く風であり、ただひたすら自分たちの職務を遂行することにのみ重きが置かれていた。


 そんな職員たちがクリスマス返上で行っていたのは、ジオスペース探査衛星『あやせ』の運用試験だった。


 地球近傍の宇宙空間、通称『ジオスペース』に存在するメガエレクトロンボルトを超える高エネルギー粒子の領域、放射線帯ヴァン・アレン帯


 このヴァン・アレン帯では太陽風による宇宙嵐の発生に伴い、生成と消失を繰り返す高エネルギー電子が捕捉されているのだ。


 その高エネルギー電子がどのように発生し、宇宙嵐がどのように発達していくのかを明らかにする役目を持つのが『あやせ』なのである。


 現在『あやせ』は地球との距離、約1万8千キロメートルの宇宙空間に存在する。

 最終遠地点3万3千キロメートルの半分を過ぎたところだ。


 これから様々なミッション、低ネルギー電子分析、中間エネルギーイオン質量分析、超高エネルギー電子分析、プラズマ波動・電子観測……などなどを行う予定である。


 そのために搭載された『あやせ』各所のギミックの動作テストも成功し、年内のミッションは全て終了した。ようするに彼らにも仕事納めの時が訪れたのである。


「年明けにはヴァン・アレン帯での観測ミッションが待ってる。だがその前にようやく骨休めができそうだな。明日の忘年会は何時からだったっけ?」


「シャトルバスが到着するのが午前と午後の二回です。夜には温泉旅館の大広間で宴会ですよ!」


「ああ、楽しみだな。監視業務がある者以外はできるだけ参加をして――」


 ピーっと警告音が鳴った。

 それは『あやせ』に搭載された計器が異常を検知した音だった。


「緊急! 『あやせ』からの信号途絶しました!」


「馬鹿なッ! 一体何が起こった!?」


「わかりません、信号途絶寸前までのデータを解析中!」


『あやせ』にはあらゆる事態を想定して、様々な緊急対策を施してある。


 もはや伝説となり映画化までされた『はやぶさ』から持ち帰ったデータと共に、宇宙の各所に存在する高エネルギースポット――それこそ太陽風放射であったり、宇宙電磁干渉領域に接触して計器が故障したとしても、他の機器が補助しあって、同じ役割をこなすよう、幾重も対策が講じられているのだ。


「狼狽えるな。大丈夫、こんなことはよくあることだ。信号が途絶したといっても、電波干渉宙域に接触したとか、恐らくそれくらいの――」


「所長、『あやせ』の解析結果出ました……!」


 早い。やはり大した問題ではなかったのだろう。電波干渉宙域を抜ければ信号も届いて健在を確認できるはずだ。


「どうした、結果は――」


「90%の確率で、『あやせ』が破損、もしくはミッション継続不可能な状態になったと推察されます……」


 なんてことだ……!

 その場にいる誰もが心の中で叫んだ。

 誰ひとりとしてそう口にしなかったのは、あまりにも腑に落ちない突然の出来事だったからだ。


 その後、彼らは仕事納めも返上して『あやせ』破損の解析に当たることとなる。

 だがもう間もなく、その原因は目に見える形で、地球へと襲い・・・・・・かかってくるのだった・・・・・・・・・・



 *



 12月26日 午後23時05分

【人工知能進化研究所所長室】


「そして誰も居なくなった……か」


 ようやく。

 警察での取り調べで丸一日拘束されていたマキ博士はようやく人研に帰ってくることができた。


 現在の人工知能進化研究所は封鎖されていた。

 無期限の業務停止命令。


 テロリストとの関わりは否定されたが、研究所としては終わりだった。

 奇しくも現在は正月休み中ではあるが、年が明けてもしばらくの間は業務再開は無理だろう。


 正門と裏門には警察官により出入りが厳しく監視されている。

 その周りには十重二十重とマスコミ関係者が詰めかけ、タケル・エンペドクレスによって強盗監禁されていた(という名目の)マキ博士は、つい先程もコメントを求められて報道陣に取り囲まれる事態となった。


「警察の取り調べ中ですー」


「詳細は捜査の進展までお話できませんー」


「私個人は別に非道いことはされてませんー」


 その三言を延々繰り返しながらマキ博士は正門の前――ポリカーボネート製のライオットシールドを構えた警察官の前に立つ。


「現在当施設は封鎖されてます」


 顎をツンと上向け、虚空を睨んだまま警察官は慇懃にそういった。

 白衣のポケットに手を突っ込んだままマキ博士は「はあああ」っと大きなため息をついた。


「封鎖ってなんのことよ。施設内の鑑識や取り調べは、今日一日かけて終了しているはずでしょう?」


「お答えできません」


「キミ、上からの命令でとりあえずここに立っておけって言われたの?」


「……お答えできません」


「ふーん。あっそう」


 マキ博士はスマホを取り出し、どこかにコールする。

 取り調べの際、内部記録の一切を閲覧され、プライバシーもクソもなくなったスマホである。


 別に高校生男子のようにエロサイトを閲覧していたなどということはなかったが、密かに婚活支援サイトに会員登録してた事実がバレたのは死ぬほど恥ずかしかった。ちくしょう。


「あーもしもし、どうもー先月の首都防衛フォーラムではお世話になりましたー人研の安倍川マキですー。夜分に申し訳ありませんー。緊急の用件でしてー。ええ、はい、そうなんですー。いえいえ、私は別段被害はなかったんですー、お気遣いありがとうございますー。それでちょっとご相談なんですけど、今うちの施設、警察官がいっぱいで入れなくって。これってどこから命令出してるのかなーって」


「え、あの、どこに……?」


 巌のような警察官もさすがに会話が気になるようだ。

 というかわざと聞かせるために目の前で電話している。


「はい、ああ、やっぱりマスコミ対策でいてくれてるだけなんですねー。それはありがたいんですけどー、現場までちゃんと伝わってないみたいでー、私まで締め出されてるんですよー。ええ、ホントですか? いえいえ、そんなわざわざ。いいんですかー、申し訳ありません、助かりますー」


 マキ博士はスマホを耳に当てながら一生懸命お辞儀をする。

 男性警察官は冷や汗が止まらずガタガタと震えていた。

 そんなやりとりをマスコミ関係者もジッと見守っているのだった。


「はい。代われって」


 マキ博士がスマホを差し出す。

 警察官は目を剥きながら首を振った。


「いえ、自分は公務中で、上司以外からの命令は受け取れません――!」


「だからその上司・・を呼んだんじゃないのさ。キミね、素直にこの電話受けたほうがいいよ。私をこれ以上怒らせる前にね……」


 トロンとした瞳を向けるマキ博士。

 その光彩の消えた暗い目に自分が映り込み、警察官はブルリと震え上がった。


「も、もしもし――」


『こんばんは、小池紗友里こいけさゆりです』


 ガラン、とライオットシールドを取り落とす。

 聞こえてきた名前は、今やイケイケどんどんの東京都知事のものだった。


 日本の警察組織は都道府県が主体となって設置され、一般的には自治体警察とみなされている。警視庁とは東京の地方警察のことであり、都の公安委員会によって管理されている。そしてその公安委員会は東京都の組織であり、議会承認の任命権を持つのが誰であろう東京都知事なのだ。


 もちろん都知事が現場への指揮権を持つことはない。

 現場の警官の上の上の更に上の上……、警視総監であっても、警察庁長官であっても、都知事の命令を受ける謂れはない。だが、確固たる立場の人間から事実・・を告げられることは大いに効果があった。


『公務お疲れ様です。人研の対応については私の方でも把握しております。あなた方は今、マスコミ対策として施設の警護任務についておられるはずです。そこにいらっしゃる安倍川マキさんは該当施設の所長さんです。私の方でももう一度確認を取りますが、入所は問題はないはずです。どうか通してあげてくれませんか?』


「はい、直ちにぃ――!!」


 ありがとうございます、と通話が切れ、警察官はスマホをストレートパンチのような勢いでマキ博士に突き返した。そして地面のシールドを拾い上げながら真横を向き「どうぞお通りください」と敬礼をするのだった。


「どーも」


 おお〜っと報道陣から歓声が上がる。

 マキ博士は内心「見せもんじゃねーよ、ペッ」とツバを吐きながら、堂々と正門をくぐっていくのだった。



 *



「ほがほがほーじゃ、なんじゃらほーだ、何がどうして、こうしたらー」


 ささくれた気持ちを抱えたまま、マキ博士はズンズンと所内を進んでいく。

 ガラス片が散乱したままの正面玄関をまたぎ、大勢の土足による足跡が残る廊下を踏み越えていく。


 丸一日かけて行われたマキ博士の取り調べは、それはもう酷いものだった。

 何が酷いって、警察官によるタケルに関する認識と罵詈雑言のことである。


 国際テロリストという名目で、彼は今や日本全国に指名手配される身である。

 そしてマキ博士はそんなタケル・エンペドクレスによって人質となっていた被害者。たまさか彼が潜伏先に人気の少ない首都近郊の研究所を選び、ひとり所内に残っていたマキ博士は運悪く人質となってしまった。


 無残にも縛り上げられ、自由を奪われ、そうした結果――人研の被害はゼロ。

 盗まれたもの、壊されたものは皆無。病棟施設とお風呂場と自動販売機に使用痕跡が認められたのみであり、SATの隊員がズカズカ踏み込んできて壊したものの方が圧倒的に多いという始末。


 いくら我が身を守るためとはいえ、自分を慕ってくれていた少年を悪者にしなければならず、また彼本人をよく知りもしない第三者が、テロリストというレッテルだけで、タケルのことを人非人のように非難し続けることに、むかっ腹が立ってしょうがないのだった。


「だけど今や日本中が……世界中がそうなんだよねえ」


 暖房が切れた冷たい廊下に、その声は虚しく響いた。


「アダム・スミスぅ? 軍人? 研究者? いやさ、とんでもないデマゴーグだわ」


 デマゴーグとは、人々を自分の思った方向へと扇動する政治家のことを言う。

 取り調べの合間に見せられたあの会見。アメリカとロシアの大統領を両翼に侍らせ、聴衆の目の前で華麗にテロを鎮圧して見せた世界の英雄アダム・スミス。


 日本も批准国となっている『非対称戦争対テロ法案』――通称AAT法案は、国境を超えたテロリストの捜査権限拡大と、超法規的な逮捕権を含み、さらにあのようなSFじみたロボットの各国へのライセンス生産、パイロットの育成から運用のノウハウまでワンセットで提供するという。


「テロリストの捜査権限拡大はいいとして、あんなロボット兵器を世界中に普及させてどうするつもりなんだろう。戦争でも始めるのかね?」


 歩兵拡張装甲。

 テロと戦う兵士、警察――いわゆる戦闘の最小単位『歩兵』の強化を主眼にした究極の近代兵器。しかし、門外漢のマキ博士であっても並の人間に乗りこなすことはできないだろうと思われる。


 戦闘機のパイロットでも9,5Gを超える機動は肉体への負担が大きいため推奨されない。人間の身体は最大でも12Gに耐えられるようになっているが、それもちゃんと耐Gスーツを着用し、後にどんな後遺症が出ても構わない場合に限られる。


 戦闘機であってもそうなのだ。ましてやそれよりも少ないGではあろうが、連続で前後左右上下から負荷がかかることが予想されるあのようなロボットの戦闘機動に、果たして生身の人間はとても耐えられないだろう。


「するとあれか、あのふたり……マリアちゃんと心深ちゃんだっけ。あのふたりが着ていたスーツが必要なのか」


 水の魔法を添加したというボディスーツ。だがしかしあれは魔力に対して適合性のある人間にしか着用ができないとアダム・スミスは言っていた……と心深が証言していたではないか。


「はっ――、とんだ詐欺師だわね。これ見よがしにロボット使ってあんなパフォーマンスしておいて、実際みんなには使えませんってか〜?」


 恐らく秋葉原テロ――秋葉原事件の時に活躍した自衛隊のあのロボット。マリアが乗っていた長身で細身の黒いのは違う――他の自衛官が乗っていたずんぐりとしたロボットの方――あれを普及させるのが目的なのだ。


「なんだろうなー、ライセンス生産とか言いつつ、根幹の技術はブラックボックス化して、例えば機体を制御するシステムに時限爆弾を仕掛けるとか?」


 歩兵拡張装甲を使い、アダム・スミスやステイツに仇なすものが現れたら、機体を自由に破壊できる、とか?


「いやいや、それだったら最初からライセンス生産なんかしない方がいいでしょう」


 するとあれか。

 かつてF4ファントムをライセンス生産した日本が技術を吸収してF2を作ったり、現在純国産機のF3を開発してたりするように、技術発展が目的なのか。


「いやいや、日本の設楽重工業がもう既に歩兵拡張装甲の開発に協力してるって話だし、あのラプターだっけ? あれは純国産機って言ってたじゃん」


 今更技術のノウハウがない国にライセンス生産をさせて技術発展が望めるものか。新技術ができたとしても、それが普及するのは何十年単位で先の話になるだろう。


「だーわけわかんねー! 燕雀安えんじゃくいずくんぞ鴻鵠こうこくの志を知らんやじゃない! キチ○イの考えなんて天才たる私にわかるかーっ!」


 小人物には大人物の考えがわからないことの例えだが、あんな怪しい男の考えをトレースしたところで時間のムダである。結局マキ博士は、いつもなら五分もかからない道のりを、フラフラ三倍近くもかけて、所長室へとたどり着いたのだった。


「めぼしい資料はもってかれちゃったなー、ちくしょう。後で目一杯コネ使って全部取り返してやる」


 それでもタケルに関する資料だけは警察の手に届かないようにしてある。

 例えマキ博士のPC端末を没収されても、中身は全てダミーに入れ替えてある。


「はあ。業務再開もしばらくは無理。百理様とは連絡取れないし、職員みんなには無期限で暇を出さないとダメかなあ……」


 とりあえず寝るか。

 そう思いマキ博士が寝袋を取り出したときだった。


「あん?」


 ピーピーピー、ガーガーガーっとやたらとアナログチックな音を立てて、ファクシミリが起動していた。ベーッとロールタイプの感熱紙がびっしりとデータを印字しながら吐き出されている。


「ちょっとこれ、え、マジ?」


 そのファクシミリは、通常起動してはならない類のものだった。


 人工知能進化研究所の最大の目的は、御堂財閥が提唱する『滅びの日』『厄災の日』『カタストロフ』を人工知能の統計データから事前に察知し、国内外に注意喚起、首都を始めとした都市を防衛することにある。


「これは――内之浦宇宙観測所からの調査依頼? 探査衛星『あやせ』が直前まで発信していたデータ? と、それからこっちはNASAから? 重力レンズ効果の定期観測衛星から異常を示す数値が増大中……???」


『重力レンズ』とは、宇宙空間を進む光が、屈折する現象を一般相対性理論から導き出したものである。


 光というのは重力によって曲げられるのではなく、重い物体――大質量の恒星やブラックホールなどによって歪められた空間(時空の織物)を進むことによって曲がり、同一の対象物が複数の像になって見えることが証明されている。光が曲がるその状態が、光の屈折現象に似ているために『重力レンズ』と言われてるのだ。


 そしてNASAから齎されたデータには地球近傍圏内で観測される有名な重力レンズ効果、『ツインクエーサー』『アインシュタインの十字架』『SDSS J0946+1006』『MOA-192b』といった太陽系外からやってくる恒星や銀河の光を観測していた像の位置が、無視できないレベルでズレ始めていることを示していた。


「ちょちょちょっ――、なによこれ!? これって地球のすぐ近くに、恒星並の質量を持った天体があるってことじゃないのよさ――!」


 いや、正確にはできつつある、というところか。

 こんな大質量の天体が地球のすぐ近くに現出した場合、重力異常、地軸のズレ、そして万有引力に導かれ、天体衝突を起こしてしまう。


「えらいこっちゃ――!」


 ホンマホンマ、とマキ博士はさらなる詳細データを解析するため、超久しぶりに本気モードで脳をフル回転させ始める。


 そうし始めてから彼女は力の限り叫ぶのだった。


「人手が足りなーい! カロリーも足りなーい! お腹減ったよー!!」


 わーん、とアラサー女子の情けない雄たけびが、無人の所内に木霊するのだった。



 *



 12月28日 午前6時00分

【千葉県銚子市黒生くろはい町黒生漁港】


「っかー、さみぃなあおい!」


 頭を金髪に染めた青年、相沢マサルは、頬に突き刺さるような寒風にギュッと身を縮こませた。


「ナマ言ってんじゃねえ。春に高校卒業したら俺の跡を継ぐってんだ。今のうちから漁師の心得ってやつを仕込んでやるぜ!」


「だからって親父、何もこんな年末にやらなくても……。みんな正月を前にしてどっこも船なんか出してねえぞ!?」


「バカだなおめえは。漁師ってのは盆暮れ正月で休みを取るもんじゃねえ。海の天気ってのはな、そうそう都合よく人間様の休みには合わせちゃくれねえ。だから覚えておけ、灯台向こうの水平線に白波が一切立ってねえだろう。こういう日は絶対漁に出ろ。必ず大物が獲れる!」


「いや、まあわかったよ。でも寒いもんは寒いわ。もう一枚着込んできてもいいか?」


「馬鹿野郎、海の男が着膨れしてて戦えるか! 今日はメカジキいくぞメカジキ! おら、船の後ろに積んでるサンマ用の網、さっさと下ろせ!」


「ういー」


 マサル青年は全身を震わせながら、係留してある船に乗り込んだ。

 8月下旬から今月まで最盛期を迎えるサンマ漁用の流し網を下ろすため、船尾へと向かう。そこで――


「うおおッ!? 親父ぃ、ちょい親父ぃ!」


「なんだおめえは、積み下ろしも一人できねえのか。そんなんで漁師になるなんざよく言えたもんだなあ」


「ちげーって、これ、なんかビシっとスーツ着たプロレスラーみてえな女がいる!」


「あん?」


 そこには、幾重にも畳まれた流し網の上で、大の字になってイビキをかく大女――ベゴニアがいた。現在はがーごーっと、まさに天を食らうがごとく眠っている。


「おめえの知り合いか?」


「んなわけあっか!」


 それにしてもデカイ。身長は190センチ以上あるか。

 しかもこの寒空の下、なんて穏やかな顔で寝ているのだろう。


 顔立ちはかなり綺麗だが、呼吸で胸が上下するたびに、全身の筋肉がミリミリっとスーツを押し上げている。正直言って、すごくおっかない……。


「俺な、網カゴもってくっから、おまえが起こしとけ」


「ちょ、親父、ずりぃぞ! 海の男がビビんな!」


「うっせッ!」


 とりあえずマサルは、触って起こしたらなんか殴られそうなので、大声を出すべく深く息を吸い込むのだった。


【人理に背きしもの篇】了。

 次回【魔族種の王VS人造魔法師篇】に続く。

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