第167話 人理に背きしもの篇④ AAT法案発動〜そして男は英雄となる
*
12月26日 日本時間午前零時ちょうど。
ワシントン現地時間午前10時00分
【アメリカ合衆国議会議事堂内会見場】
「この放送をご覧になっている全てのみなさん。どうかその目で新たな歴史の証人となってください」
彼が声を発した瞬間、雷光のようなフラッシュが炸裂する。
主要メディア――ウォールストリート・ジャーナル、USAトゥデイ、NYタイムス、ワシントン・ポストだけに留まらず、各種ネットメディアも見守る中で行われたその会見は、本来年明けに控えた『非対称戦争対テロ法案』――通称AAT法案の名の下に行われるはずのものだった。
だが最大の批准国である日本に於いて、未曾有のテロ事件発生との報を受け、急遽会見と法案発動を前倒しすることとなったのだ。
大統領
人々の目を惹いたのは、男の瞳だった。
左右で虹彩の異なる色をしている。
美しもあり、どこか妖しくもあるその瞳から目がそらせない。
壇上で行われる男の演説は彼の容姿と相まって世界中の人々を魅了した。
*
大統領による緊急記者会見が行われる。
さらに年明けに予定されていた重要法案が特例で前倒しになるらしい。
その話を聞きつけ、クリスマス休暇を楽しんでいたはずの記者たちは、家族との予定やバカンスを切り上げて会見が行われるワシントンD.C.へと集まっていた。
当初、その重要法案に対する認知度と理解は薄いものだった。
だが、日本時間の24日未明に起きた『AKIBAテロ事件』は、今や全世界の関心を集める一大事件であり、その事件に関係した新たな対抗措置も包含するともなれば、記者たちの関心を一気に惹くこととなる。
会見が行われるのは奇しくも大統領の就任演説が行われた連邦議会議事堂前であり、幸い晴天には恵まれたものの、零下に近い気温の中、詰めかけたマスコミ関係者、そして会見を一目見ようとナショナル・モールを訪れた多くの市民たちは、白い息を吐きながら奇妙なオブジェに目を丸くすることとなった。
議事堂の各所にはゴンドラに乗った中継カメラや黒服のSP達が配置され、会見が始まるのを今か今かと待っている。そんな壇上の背後には、本来なら大統領の所属する共和党の議員たちが並び、大統領の登場を拍手で迎えるはずなのに、誰ひとりとしてその姿が見えない。
その代わりに、大きなシートを被せられた、何か大きなオブジェが壇上の背後に安置されているのだ。
何かの舞台装置だろうか。車……にしては大きい。高さは5メートルほど。幅も同じくらいありそうだ。あれは一体なんだろうか……。
そして10時ちょうどを告げる鐘が鳴り響く。
多くの聴衆から拍手が巻き起こり、演説台へとつながる花道に姿を現すアメリカの大統領。僅か一ヶ月前に就任式を行ったのと同じ場所で、世界に名だたる大きな法案の説明演説を行うためだ。
ザワ――っと、人々が一斉に吐き出した声が、周辺のキャピトル・ヒルに響き渡った。壇上へと向かう大統領のすぐ後ろに、もうひとり誰かがいる。どよめきがさらに大きくなる。カメラのシャッター音が加速する。テレビカメラが大統領に、そしてその背後の人物にズームする。
これは夢なのか――
人々は同じ思いを胸中に抱いていた。
大統領と一緒に現れた人物。
それはステイツの表と裏。
唯一対局を成すことができる存在。
冷戦時代はアメリカ同様『超大国』と称されたロシア連邦の大統領が現れたのだ。
経済力では大きく劣るものの、軍事力、そして核保有数に於いてアメリカに次ぐのはロシア――旧ソビエト連邦のみである。二人が肩を並べて登壇するなどありえない。この衝撃はアメリカのみならず、中継を視聴する世界中すべての人々に速やかに伝播していった。
これから一体何が始まるというのか。
まさか第三次世界大戦の宣誓でも行われるのだろうか。
世界をふたつに分断して、米英日VS露中の戦いが始まってしまうのか。
このふたりの大統領から連想されるもっともシンプルな答えに人々はありえないと思いつつも戦慄する。
だが登壇したアメリカの大統領はとてもにこやかな笑みを浮かべ、両手を広げて手を振りながら、皆を落ち着かせるジェスチャーをするのだった。
「ありがとう、ありがとう。みんなの驚く顔がここからでもよく見えるよ。私は今日、みんなに良き知らせを持ってきた。世界中の畏敬、畏怖、軍事力を束ねるふたつの国の、それぞれの大統領がこうして同じ場所に立ち、同じ光の元、たったひとつの志を胸に手を取り合える日が来たことをここに宣言する。二度の世界大戦、長く苦しい冷戦時代、そして中東諸国を舞台にした新冷戦……。そんな血で血を洗う世界は、今この瞬間より過去のものとなった――」
おおおおおおっっ――――――!!!!
拳を掲げ、力説するアメリカ大統領の姿に、人々は圧倒されていた。
火と水、光と影、陰と陽。
世界中の戦火の発端は、アメリカとロシアにつながると言っても過言ではない。その二大強国が万が一、同盟を結ぶなどということになれば、『世界平和』という虚構も、決して夢物語ではなくなるからだ。
聴衆に手を振りながら、アメリカの大統領が横に退く。
場所を譲られたロシア連邦の大統領は、胸に手を当て、わずかに目礼をする。
しぃん、と人々の興奮と熱気が静まった。
ロシア連邦の大統領がこの議事堂の壇上でそれをする意味。
もちろんそれは、ステイツへの敬意を示したということに他ならない。
少なくとも多くのアメリカ国民はそう受け取った。
「私たちは、お互いの愛すべき国民たちに銃を向けあって生きてきた。だがそれはとても不幸なことであり、意味のないことだと気付かされた」
ロシア語の演説は英語通訳が同時に読み上げられる。
それは中継を見る各国の翻訳者たちによって母国語に変換され、時差も国境もなくリアルタイムで、速やかにかつ正確に世界中へと発信されていく。
「たったひとつの世界で人間同士が潰し合い、騙し合い、欺くことの愚かさを痛感した。そして私たちは、長く分断されていた傷を共に癒やしていかなければならない――」
おお……、と感嘆が漏れる。
最後のフレーズこそ一月前、アメリカの大統領が就任演説で使った言葉だからだ。
アメリカの大統領選は、出馬から就任までの期間、ライバルたちと血みどろの切り合いを繰り広げなければならない。他の候補者を罵り、あげつらい、散々に揚げ足を取る。そして候補者を支持するそれぞれの民衆とも敵対していかなければならないのだ。
だが大統領選が終われば、偉大なる祖国のために一丸となって結束していく必要がある。そのために憎しみや怒りに囚われていた心を癒やし、許し合っていくことが重要だと唱えたのだ。
アメリカとロシアにも同じことが言える。
それをあえてロシア連邦の大統領が引用した。
険悪なものではない。真に融和的な演説なのだと人々は理解し始める。
「アメリカ合衆国大統領、副大統領、そして全ての関係者の皆様へ。私たちロシアはあなたたちとどんな対立も望まない。そしてアメリカのみならず、私たちロシアも、祖国だけでなく、他の国の利益についても考え、尊重しなければならない。それは経済活動においても、軍事活動においても、そしてすべての活動においても同様だ」
もう何度目か。
人々は興奮と歓喜に包まれた。
何故ならAAT法案の発表とは名ばかり、米露同盟の記者会見が行われているからだ。今まさに自分たちは、新たな歴史の証人となっている。
再び、アメリカの大統領がマイクの前に立った。
「みなさん、私たちは終わりのない支配者の欲を脱する決意をしました。ですが、まだ困難な道は続いています。私達を分け隔てているものは数多く存在します。人種の壁、宗教の壁、言語の壁……。ひとつひとつはとても困難なものです。ですが、私たちはひとりではない。今日こうして偉大なるロシア連邦と友になることができた。そうして一緒に歩んでいけば、私たちは必ず真の世界平和を成し遂げらるはずです――!」
衝撃。
そして爆発。
喜びの雄叫びが、あらゆる映像メディアの許容限界を超えて発散される。
各国の字幕テロップには『不意の大音量にご注意ください』の文字が踊っている。
ホワイトハウスには祝電の電話が鳴り止まない。
タイの王室、イギリス王室、ローマ法王、そして日本の皇室。
この演説の視聴率は未来永劫――、時のオリンピック中継でも決して破られることのない不動のものとなった。
そして熱狂の渦は収まっていく。
人々の興奮は急速に疑問へと塗り替えられていく。
両大統領のさらに奥から、もうひとり別の男が現れたからだ。
ロシア連邦の大統領は男と両手で固く握手し、アメリカの大統領とは肩を組み、頬を寄せ合う。
やがて人々は理解し始める。
本物の主役が現れたのだと。
アメリカの大統領が肩を抱きながら演説台の真ん中へと男を誘導する。
男は眼前の聴衆はおろか、世界中の数十億人に注目されているにもかかわらず、一切気負った様子がない。まるで光を仰ぐように、眩しそうに目を細めている。
口元にはアルカイック・スマイルとでもいうのか、どこかヒトではない超然とした笑みを讃えており、それはまるでこの場所に立つことを夢見て、そのために長い時間努力をし、ようやくそれが叶ったかのような――細身の男からは、そんな積み重ねてきた歴史の重さのようなものが感じられた。
「みなさん、初めまして」
左右で異なる虹彩をしたその男は、マイクを前に、ゆっくりと口を開いた。
*
フラッシュの洪水が男――スミスに襲いかかる。
だが彼は瞬きひとつせずに、朗々と演説を始める。
「私の名前はアダム・スミス。合衆国に忠誠を誓う軍人であり、兵器関連の開発と研究をしています。この度は『|アシンメトリック・ウォー・アンチテロリズム・ビル《Asymmetric war Anti-terrorism bill》』――通称AAT法案であるところの、非対称戦争対テロ法案に、こちらのロシア連邦大統領閣下に批准していただくため、特使として、ワシントンよりも遥かに寒い寒いモスクワの地へと行って参りました」
ドっ――と、人々が吹き出す。
ひとつひとつは小さな笑い声でも、ナショナル・モールに集まる数十万人が同時にすれば、まるで地鳴りのように聞こえるのだった。
「その結果は言うまでもありません。ロシア連邦の大統領を、こうしてアメリカ議会の中枢であるワシントンへとお招きすることが叶いました。お招きしてもいないロシア側のSPが100名以上も無理やりついて来ましたが、それはまあ仕方のないことです」
今度は大きな笑いが湧き起こった。
まるで雷鳴のような音だった。
「ロシア連邦の大統領をお招きしたのはもちろん、アメリカンステーキとボルシチの食べ合わせをお願いするためでもなく、ましてやハンバーガーとピロシキを食べ比べるためでもありません――」
会場は先までの厳粛な空気が吹き飛び、爆笑に包まれていた。
アメリカとロシア、それぞれの大統領は強めにスミスの肩と背中を叩き、振り返った彼に、オーバーアクションの身振り手振りで「いい加減にしろ」「何を言ってるんだおまえは?」と訴えた。
各国の放送テロップで再び『不意の大音量に注意してください』と表示されることとなった。
「大変失礼をしました。栄光ある連邦議会の壇上に立ったことで、無意識に緊張していたようです。私がモスクワを訪ねたのはもちろん、米露の食文化の研究――などではありませんはい」
後ろの両大統領から「ドンッ」「ドカッ」とキツめにツッコミを入れられ、慌ててスミスがボケを引っ込める。だが先程から聴衆は大ウケだった。視聴率はさらに上昇した。
「世界はいま新たな脅威に晒されています」
急にトーンが変わったスミスの声音に、人々は笑いを収め息を呑んだ。
抜けていた人々の肩に力が戻り、ピンと背筋が伸びていく。彼のその落差に、人々の集中力は一気に高まり、吸い込まれるようにスミスを注視していく。
「かつて戦争とは、国対国、もしくは連合国や同盟国が敵対して行うものであり、実働部隊は各国の軍隊でした。ですが、今は強力な火力を持った一個人が、たったひとり街中で、無差別なテロリズムを始める時代になってしまいました。狙われるのはなんの罪もない、戦う手段すら持っていない、非戦闘員――みなさんのような一般市民がターゲットなのです」
アメリカ国民ならば誰でもあの日の悲しみは胸に刻んでいる。
9.11米同時多発テロの恐怖。
それ以降にもシャルリー・エブド本社襲撃事件。
バルド国立博物館での銃乱射事件。
パリ同時多発テロ。
ニーストラックテロ事件などなど。
テロリズムの脅威に一般人はあまりにも無力。戦う手段などなく、テロと疑われる事件が起こった場合、通常身をかがめ、素早く逃げることが推奨される。映画スターのように反撃に出ることなど不可能。逃げる以外にできることなど皆無なのだ。
「そして誠に残念なことに『AAT法案』の批准国のひとつとして、本来この場にいるはずの日本国の総理大臣には、お越しいただくことが適いませんでした。みなさんも御存知の通り、首都東京に於いて、人類史史上類を見ない大規模なテロ事件が起こったからです」
それは昨夜からのトップニュースにもなっていた。
突如として街中に現れた巨大なドーム状の物体。閉じ込められた多くの人々。
そして、あの身の毛もよだつような八つの首を持ったドラゴンの出現。
情報が錯綜し、テレビ局の報道ヘリが捉えた不鮮明な映像や、近隣住民が撮影した動画が今やネット上には溢れかえっている。そして、それらすべての映像の最後では、八首のドラゴンは光の流星となって、空に解けて消えてしまった。テロに巻き込まれた被害者は数万人にも及ぶという。
「現在ステイツは、日本の捜査当局と緊密な連携を図り、事件の真相究明に当たっています。これまでにわかっていることは、東京で起きたテロ事件は、かつて同じく東京で起きた
スミスから放たれた不意の言葉に、世界中の人々は虚を突かれた。
字幕放送、そして各国の翻訳者も、それを直訳していいのかどうか判断に迷い、不自然な間が空いてしまう。だがやはり聞き間違いなどではない。
『Magic terrorism』――『魔法テロ』と訳すしか他になく、動揺が拡がっていく。
ざわざわと、ナショナル・モールに集まった聴衆からため息が漏れる。
だがスミスは真剣な表情のまま続けた。
「お疑いですか。魔法などファンタジー小説やSF映画の中だけの話だと。ですが、魔法は確かに存在し、現実にあのような怪物を出現させました。みなさん、この世界には魔法という手段を用いて、無差別な破壊活動を行うテロリストが存在します。それは紛れもない事実なのです」
現実の世界に魔法がある。箒に跨った魔女であったり、メガネに杖を持った少年であったり、赤いマントに選ばれた髭の元外科医だったり。とかく魔法を取り扱ったサブカルチャーはこの世に溢れている。だがそれはあくまで架空の存在であり、創作物なのだと承知している。
人々の魔法に対するイメージは、あまりにもエンターテイメント性が強い。だが、そんな映画か小説の中にしか存在しないものが、八首のドラゴンとなって現れたのもまた事実なのだ。つまりそれは、あのような怪物が何者か――テロリスト自身の意図を持って無辜の人々を襲わせたということに他ならない。
「ですが安心してください。ステイツは、そしてロシアや日本を始めとした同盟国は、敢然とテロに立ち向かうことをここに宣言します。魔法テロだけではありません。あらゆるテロを許さず、決して屈さず、戦い、テロを手段とする卑怯者たちを殲滅することをここに誓いま――」
バンッ――と、不意の銃声が轟いた。
壇上を俯瞰していたゴンドラの上――テレビ局の中継カメラを載せたそこから、スタッフの腕章をつけた白人男性が、胸を血に染めながら真っ逆さまに落ちていく。
野球帽を深く被った男がそれに続き、ゴンドラから飛び降りた。
しっかと大地に足を着けた男の手には、ポンプアクション式の散弾銃が見て取れた。
聴衆から悲鳴が上がる。
まるでそれを号砲代わりに、男は猛然と駆け出した。
人々をかき分け、黒服のSPが、己の身体を肉の壁にしようと群がる。
それでも男の方が僅かに早い。
ショットガンの有効射程は意外と長く50メートルにもなる。
男は狂気を貼り付けた表情のまま、腰だめに銃を構え、スミスたちに狙いを定めた。
だが、スミスたち要人は誰一人として動かなかった。
アメリカの大統領もロシア連邦の大統領も壇上から冷めた視線をただ男に向けるばかり。
そして男が引き金を引き絞る直前、スミスたちの背後――巨大なオブジェが動いた。
大きなシートが宙を舞うと同時に銃声が鳴り響く。
ガンッ、ガンッ、ガンッ――と、よほどの殺意があるのか立て続けに三発も。
だが――
「Jesus(ジーザス)」
それは中継をスタジオで見ていたアメリカの有名なニュースキャスターが漏らした言葉だった。
人々は総立ちになった。
テレビを前にしていた者たちも食い入るように画面を見つめている。
散弾銃を手にした男――テロリストは呆然としたマヌケ面を全世界に晒すこととなった。
巨人が、壇上に屹立している。
全長にして8メートルはあろうかという巨体。
濃いオリーブグリーンの塗装にマッシブに引き締まった上半身。
ひし形の翼を折りたたんだ肩部アーマーと、カナード翼を思わせる羽がついた腕部。両脚の脇には細長い尾翼のようなものまでついている。
その巨人が、スミスたちの背後から片手をテロリストの方へと――正確には男とスミスたちとの間を隔てるように伸ばされている。
男が四発目を発射する。
だがそれは同様に、決してスミスたちに届くことなく、不可視の壁によって遮られた。
「SPのみなさん、お仕事してくださいね」
言われるまでもなく。
四方から
しぃぃぃん……と。
一連の大捕り物――テロリズムの瞬間を目的し、それが未然に防がれたというのに、人々は痛いくらいに静かなものだった。ナショナル・モールの聴衆はすべからく棒立ちになり、スミスたちを――正確には背後の巨人を見上げている。
「ありがとう。控えてくださって結構ですよ。ああ、自分で跳ね除けたシートは自分で片付けてくださいね」
オリーブグリーンの巨人が流れるような所作で手を伸ばし、無人の聴衆席を覆い隠していたシートを持ち上げる。器用に畳むのかと思いきや、折り目が上手く合わせられず、結局は丸めて足元に放置する。
その姿にスミスはヤレヤレと首を傾げ、アメリカの大統領は「まあいいじゃないか」と手をたたき、ロシア連邦の大統領は顎に手を宛てながら何度も大きく頷いていた。
本物だ。
本物のロボットだ。
CGやハリボテなどではない。
現実に存在し、両の脚で屹立し、動かすことのできる、人型のロボットである。
「ああ、少々予定が変わりましたが、みなさんにご紹介します。こちらのロボットこそ、私の長年の研究成果であり、ステイツが生み出した初の純国産機、F−22Aラプターです」
ついに。
中継は無音となった。
許容限界を超える音量により、意味のある音声にならなかったのだ。
その代わりにキーンとした音波がスピーカーから流れ、とんでもない不協和音となる。
だがそんなことなど気にならなかった。
なぜなら誰しもが熱狂の渦の中にあったからだ。
スミスは次なる言葉を、人々が大人しくなってから喋ろうとしたが、まるで収まる気配がなかった。
彼が耳元に取り付けた骨伝導マイクに某かの指示を飛ばすと、ロボット――ラプターが突如として右手を挙手する。
次の瞬間、8メートルもの巨体が壇上から消え、遥かな上空にその姿があった。
数十万人が見ているなか、ラプターは僅かに機体をスウィングさせると、議事堂前の広場に向けて落下を始める。まるで空中に吊るされていた見えないロープから手を離したかのような動きだった。
そして着地の直前、ひし形の肩部アーマーと両膝脇の尾翼を目一杯伸ばすと、ふわりと落下速度が減速、見事降り立つことに成功する。
屈伸させていた手足をまっすぐに伸ばし、アーマーも折りたたんでスックと立ち上がる。そして右手を掲げ、すこしだけぎこちない敬礼をしてみせた。
「ほおおお……!」と、人々の熱狂は感嘆のため息へと取って代わられた。
「このロボットの正式名称は『Infantry Expansion Armour』略称は『I.E.A』。その名前の通り、歩兵火力を強化するために開発された拡張兵器です。現在までこれを専門に運用する部隊は、私が隊長を務めるステイツのAAT部隊と、日本のセルフ・ディフェンス・フォースに二個小隊が存在するだけです。ですが――」
スミスは傍らのロシア連邦大統領を振り返る。
「AAT法案批准国に対して、ステイツは『I.E.A』のライセンス生産をお約束します。ロシアだけではありません。テロリズムと戦うための全ての軍、警察に対して『I.E.A』の技術提供を行う予定です」
「おおお……」という感嘆と拍手が起こる。
技術の独占支配は開発競争を促す反面、各国の緊張や対立を生む。
また、必ず情報流出が起き、それがテロリストの元へと渡っていくという危険性も孕んでいる。
だが当然のことながらスミスも全ての技術を渡すわけではない。
特に第三世代型『I.E.A』の特徴である三次元機動などは、魔法の補助なしでは絶対に成しえない。そして魔法――魔力に適正があり、アクア・リキッドスーツを着用できる人間は全てスミスが囲い込んでいる。今更第二世代から二.五世代までのI.E.A技術など渡したところでアメリカの優位性は全く揺らがないのである。
ロシア連邦の大統領も『I.E.A』の技術が手に入ると思えばこそ、スミスの誘いに乗り、AAT法案の批准に合意したのだ。
「超常のテロリズム、魔法テロに対して私たちは科学技術の結晶である『I.E.A』で対抗します。そして東京で魔法テロを行った実行犯の目星もすでについてます。既存兵力を集結させ、必ずや卑怯者を白昼の元に引きずり出し、正義の鉄槌を下します。みなさん、共に平和の光に包まれましょう――」
スミスがそう締めくくると万雷の拍手が湧いた。
『USA! USA! USA!』と大合唱が巻き起こる。
ふたりの超大国大統領を両脇に侍らせたスミスは、その功績が讃えられ、世界中から『英雄』の名をほしいままにするのだった。
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