第159話 聖夜の動乱篇2⑦ 大蛇VSブラック・ウィドウ~母と娘と精霊の唄・その三

 *



「What is that?(何だあれ?)」


 世界のどこかで、誰かが呟いた。


 それは、今話題となっている日本は秋葉原の様子をリアルタイムで配信している実況動画だった。自宅マンションのベランダからだろう、高所から俯瞰する秋葉原の様子は、常にあるサブカルチャーの発信源とは一線を画す物々しい雰囲気だった。


 画面の中央に鎮座するのは、ドーム状の謎の物体。

 藍色の輝きに包まれ、時折鳴動と明滅を繰り返すその様子にネット上では、あれはUFOだ、いや何某か巨大生物の卵でもうすぐ生まれるんだ、と大騒ぎだった。


 当然それはウィットに富んだジョークの類であり、誰もが本気で書き込んでいるわけではかった。


 しかし、たった今現出したばかりの光景――遠く海を隔てた島国で起きている事件は、世界中の人々に恐怖を与えた。


「Что происходит?(何が起こってるの?)」


「Este real?(これ本物?)」


「Het was Chima 'gebeurde Japan?(日本はどうなっちまったんだ?)」


「Film Godzilla baru?(ゴジラ映画の新作?)」


「Apparemment, cela va probablement serieusement.(どうやらマジらしいぞこれ)」


「Isso robot'm que a partir dele?(それよりあのロボットは何なんだ?)」


「Inaonekana robot ya Forces Self-ulinzi.(自衛隊のロボットらしいぞ)」


「It impossible. There is no reason to win with such a robot.(無理だ。あんなロボットで勝てる訳がない)」


 クリスマスの夜――聖夜に起こった動乱は、速やかに世界中の人々へと認知されていった。



 *



「ウソ、でしょ……!?」


 真希奈の誘導により、御茶ノ水駅付近まで避難させられていたイリーナは、神田川に跨る水橋のたもとで驚愕していた。


 先程まで自分がいた秋葉原の方角――視界に映る空いっぱいに、何か巨大なものが立ち上がる姿を認めたからだ。車道の方でも車を停めた人々が、呆然とそれを見上げている。


「八つの首を持った……蛇?」


 日本通のイリーナであっても、日本書紀や古事記は知らない。

 だが、日本人ならば、生まれてこの方一度は耳にしたことがあるその怪物の名。

 あらゆる物語、ゲーム、映画にも登場し、共通する特徴と姿形はあまりにも有名。


 だが、それを知らないイリーナであってもわかることがひとつだけある。

 あれは、人間の軍隊が束になっても勝てるものではない。

 遥か宇宙の彼方からやってきた光の巨人の領分ではないか――と。


「タケル……エアリスちゃん……真希奈ちゃん……」


 事態は自分が思っているよりもずっと深刻だった。

 いくら彼の者たちが魔法を使えるとはいっても、あんな巨大怪獣に勝てるとは思えない。それでも――


「お願い、無事でいて……!」


 我が身よりも三人を心配するイリーナ。

 祈りは白い息となって、冷たい夜空に消えていく。


 その背中、ずっと眠りに付いていたはずのアウラが小さく身じろぎした。


「マ、マ……」


 空を見上げるイリーナは気づかない。

 アウラの小さな体全体が、仄かに深緑の光を発し始めていることを。



 *



「し、視聴者のみなさん、ご覧になれますでしょうか。私は自分の目が信じられません。ですがこれは紛れもない現実です。CGや映画の特殊効果などでは断じてありません。どうかありのままの真実を御覧ください。巨大です。あまりに大きな怪物が突如として現れました――!」


 それは周囲のビルをも飛び越える長い首と、大きな頭部を持つ蛇だった。

 八岐の大蛇ヤマタノオロチ。八つの頭を持ち、八つの銅を持ち、八つの峰と谷に跨るほどの巨体を持つという、日本神話最大にして最強の怪物である。


 セレスティアは意図してのこの姿を取ったわけではなく。

 恐らくは、心深が発した「全てを壊す」にふさわしい姿が偶然これだったのだ。


 八首のオロチは見上げるばかりの威容で周囲をグルリと見渡すと、口から何かを吐き出し始める。その正体を一瞬で看破したマリアは、すぐさま通信に檄を飛ばした。


「マザー1より全機ッ! 退避だ! その場に集まってる野次馬引き連れて全員退避しろ!」


『教官、あれは一体なんでありますか――!?』


「説明してる暇はねえ! とにかくそこから全員離れさせろ!」


 オロチが吐き出しているのもの。それは『ブレス』だった。

 アクア・ブラッドが霧状になったものであり、『アクア・ブラッド・ブレス』とでもいうのか。


 ここは首都圏のど真ん中である。あれが地上に拡散されれば、数十、いや数百万人からが『停止』してしまう。


「クソッ、間に合わねえ――!」


 マリアはオロチの注意をなんとか自分に向けさせようと試みる。

 だが弾薬が圧倒的に少ない。それも当然。名目は対テロ出動なのだ。

 歩兵拡張装甲部隊も、対人を想定した最低限の武装しかしてきていない。


 マリアが銃口をオロチの一匹に狙いを定めたその時――突如として猛烈な上昇気流が巻き起こった。


「風よ・風よ・風よ――害意ある水の魔素を浄化せしめよ――」


 遥か天空にエアリスが屹立していた。

 彼女の操る風が、眼下のアクア・ブラッド・ドームをすっぽりと包み込んでいる。


 それはブレスを決して外に漏らさないようにする気流の結界。

 間一髪、アクア・ブラッド・ブレスは地上に向かう前に巻き上げられ、エアリスというフィルターを通して空へと浄化拡散されていく。だが――


「くッ――霧状になっているのに何という密度だ! これは、あの異界と同じ!?」


 エアリスほどの風の精霊魔法使いでもアクア・ブラッドそのものを浄化することはできなかった。だというのに、オロチは今もなおブレスを無尽蔵に吐き出し続けている。地上に行き渡らないよう、上空に循環させておくのでエアリスは精一杯だった。


 エアリスが身動きを封じられているその時、ついにマリアが動き始める――


「フォックス3――!」


 近隣ビルの屋上に陣取ったブラック・ウィドウは右手首の下――せり出した砲身を大蛇へと差し向け、40ミリ、そして60ミリ榴弾を立て続けに発射する。3発ずつ、合計6発のグレネード弾は、見事三匹のオロチに炸裂した。だが、ただそれだけだった。


「やっぱりこの程度じゃダメか。120ミリ――でも無理だな」


 アクア・ブラッドを知っているからこそ。

 そしてその恩恵を受けているからこそマリアにはわかる。

 人間の使う近代兵器ではアレには傷一つ与えられないことを。


 だが八匹のうち三匹だけ、マリアの方へ注意を引くことには成功する。

 ブレスを吐き出すのをやめた三匹が首を巡らせて、ブラック・ウィドウを――マリアを見据えた。蛇目の瞳孔がキュウっと窄まり、尖端の蛇舌をチロチロと出し入れしている。


「身体が山ほどもあって、首が八つもあるドラゴン――なんだ、キングギドラって言うんだっけか?」


 ハズレだが間違ってはいない。大蛇オロチとは転じてドラゴンのことなのだ。三つ首だろうが八つ首だろうがマリアにとっては大差のないことだった。


 弾薬はゼロ。おまけにすぐには援軍も期待できない。

 それでも首都を防衛し、市民を守れるのはマリアしかいなかった。


 重い。重責ばかりが肩にかかり、引くことの許されない状況。

 シリアでテロリスト相手に暴れたときとは比べ物にならない緊張感だ。


「それでもやるしかねえよなあ! セレスティア、ケツ引っ叩いてでも正気に戻してやるぞ!」


 マリアは吼えるなり、ブラック・ウィドウを駆動させた。


 ――ジャンプユニットの起動。

 ――ピンポイントバリアの展開。

 ――ハーケンの頭上射出。


 全てが一挙動のうちに行われる。

 漆黒の機体は、一瞬で遥か上空へと舞い上がっていた。


 上昇する一瞬、アクア・ブラッド・ブレスを引き受けているエアリスと目が合った。


 マリアには彼女ほどの魔力も、魔素を従える力もない。

 だがそれでも自分は人類最強の兵器を扱う地球の魔法師なのだ。


 機体が頂点に達する直前、両膝脇のジャンプユニットをクイック展開。僅かな挙動のブレを巧みに捉えたマリアはクルリと機体を反転。勢いを殺すことなく上下逆さまの状態になると、思いっきり空を蹴り上げた・・・・・・・


 機体が上昇から落下に転じる一瞬を狙いすまし、頭上に展開したピンポイントバリアを踏み台にしたのだ。


 結果、落下速度と主脚による蹴り込みで、ブラック・ウィドウは加速。風の結界の上昇気流を引き裂き、マリアに注意を向ける三匹のオロチへと急接近した。


 オロチもただでは接近を許さない。

 グバァ――と、ブラック・ウィドウを飲み込まんと大口を開ける。

 だが接触の直前、黒い機体がありえない軌道で曲がった・・・・


 一瞬だけ主翼である肩部アーマー、しかも左側だけを緊急展開。

 ミシッ――と破滅の音と引き換えに、ブラック・ウィドウは無防備なオロチの喉元に潜り込むことに成功。そして――


「オラァ――!」


 ビシャンッッッ!

 水を叩く――というより、水面が爆発するような轟音が響く。


 ありえない体制から繰り出された渾身の一撃。折りたたんだ両膝脇のジャンプユニットをインパクトの瞬間叩きつけるという激甚なる蹴りが、オロチの巨体を弾き飛ばしたのだ。


 その結果、弾き飛ばしたオロチは、今なおブレスを吐き続ける別の一匹に接触。

 風の結界に触れ、時計回りの気流に巻き込まれた途端、なんと他の四匹をも巻き込んで将棋倒しさせることに成功する。


 完全な偶然ではあるものの、これでブレスを吐き続けるものはいなくなった。

 だがマリアはそんな功名には目もくれず、すでにして回避機動を取っていた。


「――くッ!」


 健在な二匹のオロチが間髪入れずブラック・ウィドウへと迫る。

 接触の直前、マリアは主脚を横薙ぎに蹴り払った。


 するとどうだ。ピンポイントバリアを壁にした機体は真横に流れ――次の瞬間には真上へと飛び上がっていた。射出されたハーケンにより機体が釣り上げられると、横合いからすんでのところをオロチの頭が通り過ぎていく――


「――ちぃぃぃ――!」


 マリアはコックピットの中、直線的で直角的な機体制御の連続に、歯を食いしばって耐えていた。


 急激すぎるGは、アクア・リキッドの保護があってもマリアを酸欠状態に陥れる。しかもアクア・リキッドで満たされたヘルメットの中、慣性に従って目鼻や口から逆流したアクア・リキットが直接脳を圧迫しているのだ。


 そう、今のマリアの動きは想定されていた第三世代型歩兵拡張装甲の耐G機動をも凌駕していた。限界領域ギリギリの機体制御能力がマリア自身をオロチから生かしながら、同時に殺しつつもあった。


「ま、まだまだァ――!!」


 再びの上昇、そして急転直下。

 迎え撃つオロチは三匹。


 下手に攻撃を躱せは残りの四匹の餌食になる。

 故にマリアは止まらない。攻撃は最大の防御とばかりに機体を進める。


「――そこぉ!」


 天地逆さまの視界の中、一番右端のオロチの更に右――何もない空間にハーケンを射出。狙い違わず投射展開された電磁バリアによりハーケンは空中に静止した。


 オートリバース機能が働き、迅速に機体が引っ張られる。肘関節内部に搭載された超電導モーターがハイコーネックス・ナノワイヤーを高速で巻き上げる。


 加速に次ぐ加速。ぐんぐんオロチの巨体が迫り、オロチもまたブラック・ウィドウを飲み込まんと大口を開けて待ち構える。


「今だ――!」


 マリアは肩部アーマーを前面に展開。

 人間で言う鎖骨部分で180度稼働できる肩部アーマーは、水平に広げるだけでなく、折りたたんだ状態で背部に、そして前面にも展開できる。


 だがしょせんそれは防御たり得ない紙の盾であり、大蛇の牙に触れただけであっさりと破壊されてしまう。


 だがいい。それがいい。

 たった一度だけ、身代わりに・・・・・なってさえくれれば――


「頼む、保ってくれよ――!」


 機体も己自身の身体も。


「うおおおおおおお――ッ!」


 見事、オロチの脇をすり抜けることに成功したブラック・ウィドウは、そのまま空中を走った・・・・・・。惜しげもなくピンポイントバリアを展開し、力場の上を八艘飛びの要領で走る、奔る、疾走る――!


 密集した三匹のオロチは動きが鈍い。

 頭を巡らせ、自分の周りを縫うように、それこそ縦横無尽に駆けるブラック・ウィドウに戸惑っている。マリアはまるで軽業師のような軽快なステップで三匹を弄んだ。


 ――ついに。埒が明かないとばかりに復活した四匹目のオロチがマリアに牙を剥いた。さしものマリアにも疲れが見えたのか、挙動が鈍くなった機体はその大口に捕らわれてしまう。


 胴体から下に齧り付かれ、そのまま空中へと掲げられる。

 まさに絶体絶命のピンチ。だが――


「バーカ、わざとだよ」


 ブラック・ウィドウはオロチの口部から上半身だけ露出させ、両手を上げてまるで降参のポーズをしているようだ。その右手――袖の下のハーケン射出口から何かが伸びていた。


 あまりに細く、あまりに強靭なハイコーネックス・ナノワイヤーを先程からリリースモードのままにしておいた。


 三匹のオロチの間を・・・・・・・・・駆け回っていた・・・・・・・間中ずっとである・・・・・・・・


 そしてその始点――ナノワイヤーにつながれたクーロンハーケンはオロチたちの首の側に転がったまま放置されている。


「はーなーすーなーよー――踊れオラァ!」


 左手の袖の下にある電磁投射口からバリアが射出される。

 それはクーロンハーケンと結びつくことにより、絶対強固な固定点と化す。


 オロチが首をもたげ、口元のブラック・ウィドウを叩きつけんと大きく振りかぶる。その瞬間を見逃さず、マリアは超電導モーターをリバースモードにした。


 ガクン――グググと、三匹のオロチの首が互いに締まり合っていく――


「ギッ――ガァッ!」


 モーターが悲鳴を上げ、ブラック・ウィドウの肘関節から火花が散る。

 アクア・リキッドスーツの疑似神経に痛覚が反映され、マリアは歯を食いしばって激痛に耐えた。


「ガァアアアアアアアアアァァァ――!」


 ついにオロチが首を振り抜いた。同時にブラック・ウィドウの右腕も引きちぎれるが、ナノワイヤーによって釣られた三匹のオロチも折り重なるように倒れ伏した。


 ズズンッ……と重く鈍い音が響き、アクアブラッドの水柱が立ち上る。

 八首のオロチからすれば矮小な漆黒の巨人が一矢報いた瞬間だった。


 人間の知恵と勇気を武器に、圧倒的不利な状況でも互角以上の戦いを繰り広げる。その姿はまさしく人類の剣たる誉れ高い姿だった。



 *



「――ちょっとばっかり無茶、しすぎたかな……」


 レッドアラートが鳴り止まないコックピット内で、マリアは呻くようにつぶやいた。


 ブラック・ウィドウの下半身は未だにオロチの口部に囚われたままだ。

 バッドステイタスには機体放棄が推奨されているが知ったことではない。


「だけど……なんだ?」


 機体にかぶりついたままのオロチが沈黙している。

 再び叩きつけようとするわけでも、飲み込もうとするわけでもない。

 だらりと頭を投げ出したまま一向に動こうとしないのだ。


 いずれにしろ、折りたたんだジャンブユニットを口内に叩きつけて脱出しよう。

 未だ健在な左のクーロンハーケンを射出しようとした――その時だった。


「マリア」


 懐かしい声に息を呑む。

 僅か数時間前まで心が通じていたはずの、妹のような娘のような、無二の友の声だった。


「セレスティア」


 すぐ目の前に、あまりに美しい裸体を晒すセレスティアが居た。

 マリアを拘束するオロチの上に屹立し、ブラック・ウィドウを見下ろしている。


「ようやっと出て来やがったな。ギリギリだ。あと少し遅れてたらあたしもキレてたぜ。このねぼすけ娘が」


「なにそれ?」


 クスクスとセレスティアが童女のように笑う。

 いや、実際彼女の内には童心しかないのだが、一糸まとわぬ姿でそのような無邪気な表情は非常に目のやり場に困ってしまう。


「と、とにかく。今すぐこのアクア・ブラッドを消して中にいる人達を解放するんだ。今ならまだあたしは――軍人じゃなくおまえの味方でいられる」


 ギリギリと言ったのはそういうことだ。

 セレスティアの味方になるという誓いを反故にしなくてすむ、最後のデッドラインがマリアにとってまさにここまで・・・・なのだ。


 アクア・ブラッドとは世界一優しいゆりかご。

 内部に閉じ込められた一般市民も恐らくは無事だろう。


 もともとこの魔法は、母であるセーレスを守るためのものなのだから。

 だというのに――


「うんとね……ヤダ」


「あ……? なんだって?」


 セレスティアが自らの肩を抱く。

 豊満な乳房が押しつぶされ、腕の間から柔肉が零れ出る。

 その表情は無邪気とは対照的な――赤く上気した扇情的なものだった。


「ダメだよ、私のお腹の中のこいつらは・・・・・一匹残らず私のご飯・・にするんだから」


「お、おまえ――!」


「お腹ね、空いてるんだ。もうね、さっきからずっと……一度もしたことはないけど、多分できると思うの。お腹の中でじっくり溶かしながら人間の命を魔力に変えるの。そうすると私はもっともっと・・・・・・大きくなれるの・・・・・・・。そうしたら――」


 バッと両手を広げる。

 腕を縮めてまた広げる。

 それを繰り返す姿はまるっきり園児のお遊戯会だった。


私がこの星になるの・・・・・・・・・。陸地も海も空も、全部を私で満たすの。そしたらもう怖いことはなくなるでしょ。誰も痛いことしなくなるでしょ。そうして、私はこの世界を壊すんだ――」


 マリアは絶句していた。

 コロコロと笑うセレスティアの瞳の奥を見てしまったからだ。


 かつて太陽のように輝いていた瞳には闇が――コールタールのようなドロドロとしたもので満たされ、無機質にマリアを写していた。


 何が。

 僅かな間に何が起こった。

 誰が彼女をこんな風にした。

 誰がセレスティアを壊した――!?


 一緒に笑い合っていたはずだ。

 アイスが美味しいって。

 抱っこして欲しいって。

 頭をなでて欲しいって。

 それがどうしてこんなことに――


「ぐぅぅ――! させねえ、そんなこと絶対させねえぞ、ぶん殴ってでも止めてやる、セレスティアァァァ!!」


「どうやって?」


 ミシ――ボギンッ!


「あ」


 破滅の音がした。

 ゴロン、とブラック・ウィドウは転がった。

 フレームごと噛み砕かれ、上半身だけの姿に成り果てる。


 強制カットされた疑似神経接続。

 腰から下の感覚が消え失せたことよりも。

 羽虫を潰すくらい実にあっけなく。

 セレスティアが自分を攻撃したことのほうがマリアにはショックだった。


「まだ、まだァ――!」


 ピンポイントバリアを展開。

 射出したハーケンを突き立てて宙吊りになる。


 重量バランスが崩れているので機体が全く安定しない。

 でもまだ動く。戦える――!


「無駄だってば」


 セレスティアが手の甲を上に、ゆっくりと右腕を持ち上げる。

 ズオオオっと背後から一匹のオロチが立ち上がった。

 拳を握り込んでから勢い良く開く。


 パーンと花火が弾けるようにオロチが引き裂かれ――違う。分裂したのだ。


 大きな一匹が小さな無数に。

 巨木が繊維単位で解けるほどの、膨大な数の蛇が現出する。


 マリアの視界を覆い尽くす程の蛇が、一斉に襲いかかってきた。

 その勢いは凄まじく、ハーケンで固定してた左腕は引きちぎられ、各種装甲も次々と食い破られていく。けたたましいレッドアラートが悲鳴のようにコックピット鳴り響く。


「ガハッ」


 アクア・ブラッド・ドーム側の高層ビル。

 その壁面へと叩きつけられる機体――否、ただの残骸。

 コックピットハッチは虫食いのように穴だらけになり、首も両腕も存在しない無残な塊が磔にされる。


「決めた――」


 その声はすぐ外から。

 コックピットハッチが剥ぎ取られ、目の前にはセレスティアが立っていた。


 オロチに騎乗し星の数ほどの蛇を従えた彼女は、獲物の首に手をかける寸前の余裕と、堪えきれない恍惚とした笑みを浮かべながらマリアを見つめている。


「私の初めて・・・はマリアにする。一番最初に私の糧にしてあげるね」


「――ちッ、クソ、が……!」


 セレスティアがではない。

 こんな極上の美女に裸で迫られ、初めてをあげるなどと言われて。

 それも一瞬悪くないなと思ってしまった自分自身をマリアは唾棄した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る