第146話 聖夜の動乱篇⑦ イブデートin秋葉原~家族で過ごす聖なる祭日・後編

 *



「ディナーはどこにしよっかなー。話には聞いてたけど、秋葉ってこんなに食べ物屋さんがあるんだね。和食に洋食に中華、イタリアンもある。あは、迷っちゃうなー」


「イリーナ、頼むから今僕の前でそういう話をするのはやめてくれないか。うぷっ」


 どうにか全てのごはんを食べきった僕は、まろび出るように店を飛び出した。


 店主と僅かな客の喝采を背にして食い逃げみたいに走った。真希奈にナビしてもらい三人に合流する。だがそこまでだ。やっぱり魔力が回復しつつある僕は、もうそれほど食事に頼らなくていいようになっていた。


 何が言いたいかというと、お腹がパンパンで今にも吐きそうなのだった。


「ほらほら、ここのスイーツ美味しいって評判なんだよ、好きなもの頼んでー」


 イリーナたちはそんな僕を尻目にして、ドンキの下にあるクレープ屋さんで食後のデザートと洒落込んでいる。


 食べて食べてと、エアリスにできたてのクレープを手渡すイリーナ。なんか久し振りに孫に会った田舎のばあちゃんみたいなノリでしこたま食べ物をふたりに与えている。


 いや、本来僕がしなければならない家族サービスを女の子の目線で的確に行ってくれてると思えばありがたいことなのだが……。


「これは――、まるで腹に溜まる感じがしないのに、恐ろしく美味いな!」


 エアリスはアウラを抱えた手で、今にも零れ落ちそうなプレミアムクレージークレープ――見た目はクレープ生地に包まれたパフェ――をフォークでせわしなくつついている。


 自分自分アウラ、自分アウラアウラ、くらいの忙しないペースで、ナッツやいちご、スポンジムースをパクパクと平らげていた。


 デザートは別腹とはよく耳にするが、僕に7キロものごはんを食べさせておいて、イリーナは後のデザートのことまで考えていたようだ。なんて計算高い子だろうか。


「はいはいエアリスちゃん、こっちもあーん」


 そう言ってイリーナが自分のスプーンを差し出す。彼女はどうやらヴァニラ&イチゴにしたようだ。まさにミックスソフトといった感じのツイストタワーがワッフルコーンの上にこれでもかとそそり立っている。


「んん……。おお、これも美味いな。口の中であっという間に溶けていく。冬に冷たいのというのもなかなか乙だな」


「そうだねー。夏の炎天下はかき氷って感じだけど、ソフトクリームとかアイスは冬こそ食べたいスイーツかもね」


 はいアウラちゃん、と今度はアウラの目の前にスプーンを差し出す。クリっと小首をかしげてパクリ。丸く見開かれた眼が何度も瞬きされる。ブラブラゆらゆら、足やカラダを揺すりだした。


「アウラよ、もしかしてこちらの方が気に入ったのか?」


「う、ん……」


「そっかー、じゃあ交換しようか。エアリスちゃん、少しだけトッピングさせて」


「すまないな。ありがとうイーニャ」


 そうして三分の一くらいのソフトクリームをエアリスのクレープに載せてからトレード。まだまだたっぷり残った冷たいヴァニラ&イチゴを口に入れる度、アウラが目を白黒させて、ニコニコと喜んでいる。それを見守るエアリスもイリーナも実に嬉しそうだった。


「何よ、物欲しそうな顔しちゃって。あんたも欲しいの?」


 微笑ましい光景に頬を緩めていただけなのだが、目ざといイリーナはやっぱり絡んできた。思い出したみたいにイチャモンつけないでくれるかな。というかお腹はまだパンパンではあるのだが……。


「ああ、デザートは別腹だっていうしな。僕の分も頼むよ」


 しょうがないわねえ、と言ってイリーナは自分のクレープを預けてくる。どうやら動けない僕のかわりに買ってきてくれるようだ。後でエアリス達の分もまとめてお金を払っておこう。


「あ、私あんたと間接キスするの嫌だから口つけないでねそれ」


「しないよそんなこと」


「どうだか、タケルってむっつりタイプっぽいよね~」


「べー」っと舌を出しながらイリーナはクレープ購入の列に消えていった。


 まったく失礼な。僕がむっつりだなんて根も葉もない戯言だ。たまたま、本当に偶然風呂上がりのエアリスとか、料理してるエプロン姿とかを目で追ってしまうことがあるけれど、それは健全な証拠である。


 そうして僕が植え込み前の鉄柵に腰掛けていると、ソフトクリームを完食したエアリスが満足そうな表情で隣に腰を下ろした。


 不意に良い機会かもしれないと思い、僕は彼女の方は見ずに、ずっと胸のうちに秘めていた言葉を切り出した。


「あのさ……ごめんな、エアリス」


「ん?」とエアリスが振り向く。汚れたアウラの口元をハンカチで拭い、胸元に抱き直しながら「何の謝罪だ?」とキョトン顔で問うてくる。


「いや、本来だったらもっと早くに僕自身がお前とアウラをこういうところに連れてこなきゃいけなかったんだと思ってさ……」


 僕が針生くんに喧嘩を売られていたその裏で、星崎くんはエアリスをナンパしていたという。「センセ、なんや忙しいみたいやけど、喫茶店くらい連れたってもバチは当たらんと思うで?」と、後日こっそり言われたときは頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。


 あの時――聖剣を手に入れて地球へ帰還しようと躍起になっていたとき。僕は本気でたったひとり、地球へと渡りセーレスを探すつもりだった。正直、エアリスを連れてきてしまったのはその場の勢いもあったと痛感している。


 あのまま敵のさなかに放っておくことはできなかったし、命をかけて時間を稼いでくれた彼女への感謝の気持ちも確かにあったのだが。


 地球は僕の生まれ育った星だ。今度はエアリスの方が異世界に放り出され、僕が助けて行く番だと思った。そのはずだったのに……。


「結局、僕がおまえにしてやれることなんて全然なかった。情けないけど地球に来てからこっち、僕の方がずっとおまえに助けられてる……」


 僕の目的。

 セーレスを助けること。

 言い換えてしまえば僕個人の『我が侭』。

 誰かが支えてくれているから夢だって見ることができる。


 例えばそう。

 家に帰っても誰もいない。

 それは僕の日常だった。

 ごくごく当たり前の光景のはずだった。


 仕事から、学校から、人研からの帰り道。

 駅の雑踏を抜け、住宅街に入り、角を曲がるとアパートが見えてくる。


 二階の隅っこに煌々と灯った小さな灯火。

 まるで灯台の光波のように、その窓の灯りを目指して家路を急ぐ。


 ――ああ、帰ったか。おかえりタケル――


 ドアを開けたときに誰かがいて出迎えてくれる。

 セーレスとそしてエアリスが、僕にそれを教えてくれた。

 それなのに僕ときたら、今のエアリスにどれほどのことができているのだろう。


 僕は自分のことばかりで、エアリスになんにもしてやれていないことを恥じていた。申し訳なさと情けなさでいっぱいになっていると、エアリスは何でも無いことのように言った。


「なにを言い出すかと思えば、そんなことか」


「いや、そんなことって……。もう地球に来て三ヶ月以上も経つのに、僕ってばこんな甘い食べ物だってロクに食べさせたことなかったし……」


 僕が足元に目線を落としていると、エアリスは「なんだこんなもの」と、ポケットから折りたたんだコーンのスリーブを取り出し、指先で弄びながら言った。


「確かに美味いは美味いが、貴様がいちいち気に病むというのなら、もう二度と食べられなくていいぞ私は」


「な、なんでそうなるんだよ。それにこういう風に遊びに連れてくるのも初めてだし……」


「構わん。そもそも今は雌伏のときなのだ。貴様は静養中の身でもあるし、今日は特別な祭日なのだろう。そうでなければ何をサボっているのかと叱りつけているところだ」


 ええー。なんかこっちが意図していた雰囲気に全然ならない。ここはもっとしんみりとする場面のはずなのに、エアリスは「何をふざけたことを言っている?」みたいな顔でこちらを覗き込んでくる。僕の方がおかしいのかこれ?


「それにな、貴様は私に助けられてばかりだと言ってくれるが、それこそ間違いだぞ」


 アウラの頭を優しく撫でながらエアリスは、最近ごくたまに見せるようになった深い笑み――慈母の表情で我が子を見つめる。


 指先をおしゃぶりしながら不思議そうに首を傾げいるアウラをそっと、だが強く抱き締めている。まるでこの子こそが自分の宝物なのだと言うように、仁愛の笑みを一層深めた。


「私はもう十分すぎるほどの対価をもらっている。あとは貴様の問題だ。コレ以上のことを話し合いたいというのなら、更にもうひとり・・・・・交えなければならない者がいるはず。――そうだな?」


 エアリスが笑う。まるで彼女を祝福する風の魔素が満ちるあの空のような、なんの気負いも感じられない爽やかな笑顔だった。


 僕は半分引きつった笑みを浮かべ「はあああ……」と息を吐き出した。


「ホント、魔族種だ龍神様だって言ってもこんなもんだもんな僕は。エアリスさんには逆立ちしても勝てませんよ……」


「今頃気づいたのか、バカものめ」


 エアリスは器用に片方だけ頬を釣り上げて「ククク」っと笑った。

 僕もなんだか胸のつっかえが取れたというか、気持ちがすごく楽になっていた。


 本当に、あとはセーレスを取り戻すだけだ。

 それで僕は――僕らは完璧になれる。


 そうなるために。

 そうなれるように。

 僕は戦わなければいけない。


 取り戻すため。

 完璧になれるよう。

 僕らの未来のために。


「おまたせー。ほいタケル」


 十分くらいも経った頃、香ばしい匂いを漂わせてイリーナが戻ってくる。


「おお、サンキュー! 青のりとソースの香りがたまらなく食欲を刺激して――っておい!」


 イリーナが買ってきたのはスイーツなどではなくたこ焼きだった。築地銀ダコのだんらんパック24個入りである。バカじゃねーのっ!?


「何よ、せっかく買ってきてあげたのにそんな言い方ないでしょう!」


「デザートは!? スイーツを買ってくるんじゃなかったのか!?」


「買おうと思ったけど、スイーツ(笑)がいっぱい並んでるんだもん。だからこっちにしておいたわ」


「僕は・さっき・7キロものごはんを・食べたばかりだぞ!」


「ええ~、あんたまだお腹減ってないの? じゃとりあえずエアリスちゃんあーん」


「んぐ。んん。おお。カリッとした衣の中にネットリとした熱い汁が。その中心で存在感を主張するこの噛みごたえのある淡白な味わいは一体……?」


「タコだよタコ。デビルフィッシュ。はいアウラちゃんは――ちょっとフーフーするから待ってね。フーフー……はい!」


「あー。……おいし」


「よかったー。じゃあ私もひとつ。……うん。さすがの美味しさ。ほいタケル、あとよろしく。お残しは許しまへんでっ!?」


「どこの最強系食堂のおばちゃんだおまえは! というかもうホント無理だから……!」


「真希奈ちゃん、ライブ配信準備よ!」


『――了解です……。タケル様……、たこ焼き? ですか。そうですか。真希奈は肉体が無いので味わうことも匂いを嗅ぐこともできませんが、まあ一気食いしてください……。もうお顔にモザイクいりますか? いらないですよね、ええ。もうこのまま配信します……』


「なんかすげえやさぐれてる!?」


 エアリスとの会話の最中、空気を読んでずっと黙っていてくれた真希奈だがやはり限界だったようだ。すっかりダークサイドに落ちたダウナートーンでライブ配信やらツイキャス配信を始めようとしている。


 イリーナは面白がって手を叩き、エアリスはアウラの手を引いて自分たちが写り込まないよう早くも距離を取っている。


 周りのヒトたちも僕がひとりでファミリーサイズのたこ焼きを平らげるのかと期待に満ちた目で見ていた。


 今だけでもいいからもう一回くらい聖剣暴走してくれないかなあ……と割りと本気で思うのだった。



 *



 それから僕たちは、さんざん食事をごちそうしてくれたイリーナのリクエストで買い物に付き合うことになった。


 ネットフリークスなイリーナはおしゃれな洋服よりも秋葉にある数々のガジェットに興味津々のようだった。


 既製品の高性能ノートパソコンと、自作でデスクトップPCを一台組むつもりらしく、全員でパーツショップ巡りとなった。ちなみに当然僕が荷物持ちだった。


 そうして、陽が傾き、街全体が夕日に染まる頃、僕らは秋葉中をぐるぐる回って、UDX下の秋葉広場へと戻ってきた。


 気の早いイルミネーションが煌々とともり始め、既にフリーマーケットは殆どの店が片付けを始めていた。


 僕はイリーナに少しの間だけアウラを預けると、山のような荷物をその場に置いてエアリスの手を引いた。


 目指すはシルバーアクセを売っている露店である。


 様々な形のアクセサリーが、電飾の光を浴びて色とりどりに煌めいている。


 未だに状況がよくわかっていないエアリスの左の薬指に、僕は次から次へとリングをハメていく。


 ようやくサイズがあったひとつを購入し、エアリスに渡した。


 彼女は呆然としているようだった。


 僕は正直、慣れないにもほどがあることをしてしまったため、恥ずかしすぎて顔を上げることができなかった。


 横目でチラっと見ると、店番のお姉さんがすっごいニヤニヤした顔をしていた。


「とりあえず、その、メリークリスマス、ってことで――」


 ようやくそれだけ言って、僕は顔を上げた。


 泣いているような、笑っているようなエアリスの肩越しに彼女と・・・目が合った。


 亀裂のような邪悪な笑みを浮かべて、何故か綾瀬川心深が立っていた。


 続く。

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