第145話 聖夜の動乱篇⑥ イブデートin秋葉原~家族で過ごす聖なる祭日・中編

 *



『タケル様、まさかまさか聖なる夜に真希奈をひとり人研においたままにするおつもりだったのですかっ!?』


 うわ……首からぶら下げたスマホから真希奈が追求してくる。

 人研から移動中、そして秋葉についてからも彼女はずっとこんな調子だった。


「いや、そんなわけないだろう。もちろんあとで電話とかするつもりだったよ」


『電話!? 真希奈に直接会いにきてはくれないおつもりだったのですか!』


「ごめん、そんなに違いがわからないんだが、やっぱりおまえの定位置は僕の『虚空心臓』の中ってことなのか?」


『当たり前ではないですか。真希奈はタケル様の中に入っていないときは単なる石つぶてにすぎないのですよ。暇で暇で暇すぎて、ペンタゴンに不正アクセスを繰り返してして遊んでましたよ!』


「そうか、それは悪か――なに?」


 今かなり聞き捨てならない言葉を聞いた気がするが、藪蛇になりそうなので突っ込まないでおく。僕たちは今、秋葉原の電気街口から、人通りの多い中央通りを避け、UDX前通りを歩きながら末広町方面へと向かっている最中だった。


「遅い! 寒いわよ!」


 イリーナとの待ち合わせに遅れること二時間あまり。電気街口を出た駅前広場の真ん中で仁王立ちしていたイリーナの第一声はそのようなものだった。


 遡ること四時間ほど前。

 僕は朝食もそこそこに人研へと向かい、昼間から飲んだくれている――かと思いきや、悟りを開いたかのような穏やかな表情で仕事をしていたマキ博士に右腕が復活したことを説明し、真希奈が宿った賢者の石シードコアを渡してもらい、さらに魔力の有無を検査してもらった。


 結果から言うと、完全復活とは程遠い状態だった。

 ガワだけ元に戻ったように見えるが、まだまだ中身はスカスカの状態で、現在僕がなんとか作り出せる魔力は、せいぜいビートサイクル・レベル5〜6といったところだった。


 がっかりするよりも確実に回復の兆しを見せていることに希望を持ちつつ、そんなこんなでイリーナとの待ち合わせにはすっかり遅刻をしてしまったのだった。


「遅いって、ちゃんと人研に寄るって連絡しただろう?」


「それでも遅い。待ってる間、ずーっとチラチラ見られるし、なんか知らないけど写真いいですかーとか聞かれるし、一応これでも歩く国家機密なんですけど私!」


 イリーナはずっとひとりで待っていたつもりのようだが、実際は御堂が配したガードマンが移動の最中から密かに彼女を護衛している手はずになっている。いやしかし、それにしても……。


「え、ちょ、なに――?」


 僕はズズっと洟をすするイリーナに手を伸ばし額に触れた。その手を下げ、甲の部分で首筋に触れる。どうやら熱はないようだが、手はすごく冷たくなってるじゃないか。


「は、離しなさいよ! なに、なんなのあんた! ついに私にまで毒牙を――!?」


「なんだよ毒牙って。てか、寒いって言うなら近くの喫茶店にでも入って待ってたらよかっただろ?」


 ざっと見渡してみてもベックスコーヒーやヴィ・ド・フランスもある。なんならアトレの中にでも駆け込んでいれば寒さはしのげただろうに。


「そりゃそうかもしれないけど、でも違う、そうじゃないの!」


「何が違うっていうんだよ。鼻のてっぺん真っ赤にしやがって。風邪でも引いたらどうするつもりだったんだよ」


 イリーナは下から僕を睨みつけ「うう~」と唸った。


「バカ、タケルの鈍感! 今日はエアリスちゃんとアウラちゃんと一緒に秋葉で遊ぼうってすごい楽しみにしてたの! それなのに私ひとりでお店に入るなんてなんかイヤだったんだもん!」


 あら、まあ。

 まさかそんな返しをされるとは思ってなかった。

 なんならちょっと涙目になって、イリーナは割りと強めに僕を殴りつけてくる。


「タケル。ここは貴様が謝るべきところだと思うぞ」


「ああ、こんな可愛いこと言われたらすごく申し訳ない気分になってきたよ」


「か、可愛いって言うなー!」


 ポカポカ、と手を出してくるがまるで痛くない。

 はっはっは。小さな猫がじゃれついてきてるみたいな生暖かい気分になってきたぞ。


「ふぐッ――!」


「あ、効いた」


「お、おまえなんて恐ろしいことを」


 効いたじゃないよ。効くに決まってるだろ。だって男の子だもん。

 まだ完全復活してないから痛いものは痛いんだもん。


「イーニャ、すまないが我が主のそこ・・を攻撃するのは勘弁してくれないか」


「うん、そうだね。困るもんねエアリスちゃんが」


「うん? 私が困るとはどういうことだ?」


「アウラちゃんも妹か弟が欲しいもんね~」


 一瞬、喧騒が止んだ気がした。

 僕は前かがみになった状態で恐る恐るエアリスを見る。

 あ、なんでもない顔しているけど真っ赤だ。唇の端がヒクヒクしてるし。


「い、いい加減移動した方がいいのではないか。こ、ここは人目につくようだ」


 おお。エアリスがスルースキルを発現させた。

 僕も「そうだな、それがいいな」と前かがみのまま同意する。

 イリーナが「似た者夫婦め」とか言っていたが無視した。


 でも実際、僕らは注目の的だった。

 イリーナは写真まで撮られそうになったそうだが、それも当然だろう。


 今日の彼女は真っ白いフレアコートに真っ白いロシアン帽、膝下カットブーツにニーソックスという出で立ち。帽子から覗く亜麻色の髪も、初めて会ったときのようなボサボサなどではなく、軽くブローがかかっていてバッチリ決まっていた。


「なによ」


「いや、今日はカッコイイなと思って。でも白を基調にしているのは百理の影響なのか?」


「う、うっさいわね。せっかくの日本観光なんだからこれくらいのオシャレ当たり前でしょ。それにしてもアンタは……はあ。そういうの期待してたわけじゃないけど、なんかねえ?」


「悪かったな。一応これでも精一杯めかし込んだつもりなんだぞ」


 僕の格好は冬物のGAPパーカーにジーンズというごくごく普通の出で立ちだ。

 ちなみにエアリスも今日は彼女一番のおめかしをしている。つい先日、学校帰りになんとなく足を止めた古着屋で、エアリスは運命の出会いを果たしたのだ。


「タケル、これは見事だな!」


 エアリスが珍しく弾んだ声を上げていた。

 彼女が手にしているのはドラゴンの刺繍が入ったスカジャンだった。


 五色の玉をいただく黄龍がとぐろを巻いており、なんなら袖口の方にまで龍の文様が描かれている一品だった。


 正直言って僕からすれば「ええー」と思うような派手派手なデザインだったが、エアリスはもうトランペットを目にした少年のように目をキラキラとさせていた。どうやら龍神族つながりでこのドラゴンを気に入っているらしい。


「見れば見るほど見事な刺繍技術だ。このような精緻な施しなど初めてだ」


 地球に来てからこっち、こんなテンションの高いエアリスは見たことがない。

 僕が「じゃあそれ買おっか」というと、エアリスは途端に眦を釣り上げた。


「何をバカな。私は意匠が素晴らしいと褒めただけだ。そのような邪な心づもりは毛頭ないぞ」


「ふん」と彼女はスカジャンをもとに戻した。

 だけど僕の気持ちはもう決まっていた。


 決して安くはないそのスカジャンを問答無用で購入する。そして「おまえが要らなきゃ捨てる」とまで言い放つと、彼女は渋々「それはもったいないな……ありがたく頂戴しよう」などと言いながら包みを大事そうに抱きしめるのだった。


 ――ということがあって、エアリスはスカジャンにスキニーパンツ、スニーカーという出で立ちなのだが、これがまた恐ろしいくらいに様になっているのだ。


 スラリと長い足を着飾るタイトなパンツもそうだが、ちょっと大きめでダボッとしているスカジャンがいい感じに80年台ぽいというか、彼女自身の端正な容姿とのギャップがたまらなくコケティッシュで、先程から人の流れの最中にあって、主に男性の視線を釘付けにしていた。


 そしてそんなエアリスの印籠というかお守りになっているのが、腕に抱かれている我らが娘アウラだった。


 今日も彼女はカーネーションブランドの洋服一式と、キャラメル色のダッフルコートに身を包んでいる。隠しても隠しきれないその浅葱色の髪はツインテールになっていて、エアリスの腕の中で身じろぎする度に可愛らしく左右に揺れている。


 まさに歩く広告塔と言った風情で、もしかしたら全てカーネーションの洋服だと気づくヒトは気づくかもしれない。


 まあそんな驚嘆すべき少女たちの中にあって僕だけがうだつの上がらない地味な格好をしているのだった……放っとけよ。



 *



 ひとまず僕らは食事をするべく、イリーナが行きたい! と言ったお店へ向かっていた。


 UDX下の秋葉広場の前を通りがかると、今日はフリーマケットをやっているようだ。日用雑貨から洋服、おもちゃ、アクセサリー類などが売られている。


 あとで覗いてみようか、などと言いながら先導を切っているイリーナの手元、マップを表示しているスマホから突如として音声が溢れた。


『イーニャさん、イーニャさん!』


「およ? なになに真希奈ちゃん?」


『やっぱり私、あのお話を受けようと思います』


「おお~、本当に本当? ありがとー! 真希奈ちゃんが全面協力してくれれば絶対うまくいくよ!」


『でもその代わり、【見返り】の件、よろしくお願いします』


「まっかせておいて。もうすんごいの造っちゃうから」


『それでその、あの、このようなことを言うとはしたないと思われるかもしれませんが、その……』


フスョー・ニシュチャークオールオッケー。ちゃんとそういう機能・・・・・・も考えてるから。安心していいよー」


『ああ、嬉しいです。ありがとうございます!』


 なんだろうねこの会話。ふたりは人研においては僕なんかよりよっぽど親密に検査やらデバックやら、他にも色々ゴソゴソしているのは知ってるけど、どうにもその内容に僕が綿密に関係していて、なおかつ危険を感じるのは気のせいだろうか。


「なんだ、プルートーの鎧の話かなんかか?」


 イリーナが提唱したプルートーの鎧触媒修復の膨大なシュミレートに、人工精霊である真希奈の計算速度が必須という話は聞いている。そのあたりの打ち合わせかなにかだろうかと思い、僕としては気さくに会話に混ざりたかっただけなのだが、案の定イリーナからは冷たい眼差しが返ってきた。


「女の子同士の秘密の会話に聞き耳立てるなんてさいてー」


「いや全然オープンだっただろ。まる聞こえだったじゃないか」


『タケル様、真希奈も色々とタケル様に言えないことが増えてきたのは事実です。ですが、それもこれもすべては真希奈とタケル様の輝かしい未来のための。真希奈の心はずっとタケル様のものです』


「そういうレベルの話なの!?」


 イリーナを信じてないわけじゃないが、あんまりうちの子に変なことを教えないで欲しいなあ父親としては。


「イーニャよ、さっき言っていた店はここではないのか?」


 中央通りを横断し、有名PCパーツショップが軒を連ねる裏通りを進んでいくと、何やらいい匂いが漂ってくる。


 右手にTHE肉丼の名店『すた丼』があり、その向かいにはこれまた有名なラーメン店『九州じょんがら』があった。おお、こんなB級グルメの究極とも言える店をチョイスするとは。ネットフリークスなイリーナめ、なかなかいいセンスをしている。


「うんそう、ここここ」


「ん?」


『すた丼』か『九州じょんがら』か、そのどちらかに入るかと思いきや、イリーナはそのどちらでもない第三の店を選択した。『食事処あだち』。レトロな雰囲気が漂う大衆食堂だ。あれ、なんか以前僕もネットの噂で聞いた覚えがあるような……。


「タケル、アンタは自分の都合で女の子を二時間も待たせるという大罪を犯したわ」


「そこまでのことじゃ……いえ、その通りですごめんなさい」


 エアリスがジトッとした目で見てきたので素直に認めておく。

 うう、早くも尻に敷かれてる僕……。


「でもここの食事は私がごちそうしてあげる。ありがたく思いなさい」


「え、ほんと? それはありがとう」


 なんなら勘定は男である僕が……と覚悟はしていたのだが、実際イリーナの方がお金持ちなのだ。


 ロシアにいたときから色々と研究の手伝いをしていたらしく、お父さんとお母さんが管理していた貯金がちょっとシャレにならない額あるとか。さらに、人研でも客員教授待遇の給金が百理の計らいで出ることになっているらしい。


 対して僕は、ガテンの仕事をしていたときのバイト代や、その時うっかり縁を結んでしまった反社会勢力的なヒトたちの用心棒をしていて稼いだお金を9割方エアリスに預けて、そうして余ったお金をやりくりしている。


 でも実際生活費の殆どはエアリスが副業で稼いでくれたお金で十分賄えるし、今はアウラのモデル代も家計を支えてくれている。


 そしてついこの間、エアリスから渡された通帳に僕が預けた9割方のお金がまるっと手付かずで入っていたときは、人知れず枕を濡らしたのだった……。


 だからまあ、全員の食事を奢るくらいなら問題はないのだが、僕とは経済力に雲泥の差があるイリーナがごちそうしてくれるというのなら、ちょっぴり情けないけど文句はないのだった。


「注文は私がするから、あんたは残さず全部食べること。いいわね?」


「あ、ああ」


 いらっしゃーい、と店内に入った途端、優しそうなご主人の声が迎えてくれる。テーブル席に座ると温かいお茶が出てきて、イリーナはさっそく注文をした。


「おじさん、『あだちランチセット』ふたつ。ひとつはごはん『大盛り』で!」


 おお~っと店内がどよめく。僅か三人しか先客はいなかったのだが、「本気か?」みたいな目で僕らを見ている。


「あいよ、ランチセットふたつ。ごはん大盛りね」


「もうひとつはごはん『擦り切れ』で。あとおわんふたつちょうだい」


「大盛りはそっちの兄さんでいいんだね?」


「そうそう。こう見えて食べるからコイツ」


 ニヤ、ニカっと笑いあったイリーナとご主人はなにか通じ合っているようだ。ほどなくして目の前にドン、と小山が置かれ、そこで僕はようやくここがどんな店なのかを思い出していた。


「イリーナ、僕をハメたな!?」


「別にぃ。今のタケルなら余裕でしょ〜」


 そうなのだ。ここは秋葉でも有名な『大食い』の店なのだ。彼女が注文した『ごはん大盛り』とは米二升分。なんと7キロにもなる。


 僕の目の前にそびえる銀シャリの山は、どんぶりというか桶のような器に盛られていて、大食いのプロでも攻略が難しいほどの量である。


 さらにランチセットのおかずは、唐揚げにコロッケ、天ぷらに玉子焼き、サラダに煮物に冷奴に味噌汁という無節操極まりないライナップだった。


 僕はそれらをひとりで。イリーナはエアリスとアウラとで一人前をシェアするようだ。彼女たちの頼んだごはん『擦り切れ』は一番小さいサイズだが、それでもどんぶり(ごくごく普通の大きさ)に山盛りになっていて、三等分するくらいが女性にはちょうどいいのだった。


「私が奢るんだから残すんじゃないわよ」


「いや、確かに身体の回復のために食事の量を増やしてはいたけど、今朝腕も生えたし、なんならちょっと食べるのを普通に戻そうと思っていたんだけど……?」


「はあ? なに情けないこと言ってるの。もしお米一粒でも残したら、タケルにエッチなことされたって百理ちゃんにあることないこと言いふらしてやるから」


「マジでやめて! どうしてお前は僕が築き上げた百理との信頼関係を壊そうとするんだ! ただでさえ最近避けられてるような気がするのに!」


「それ、気のせいじゃないと思う」


「ウソだろ?」


 僕、百理に嫌われるようなことしたかな。まったく身に覚えがないんだが……。


 ちなみにだが、イリーナは別にカーミラやベゴニアのことを苦手とはしていないそうだ。人研で顔を合わせれば挨拶もするし、立ち話とかもするそうだ。


「ああ、ファンデなしでまるで輝くような艶肌。キメも細かくて血色もいいりんごほっぺ。でもそのプレシャスタイムは長続きしなくてよ。ウチの製品が必要だと感じたらいつでも相談にいらっしゃいな」などと言いながら頬ずりをかましてきてベゴニアが引剥してくれるそうだ。


 だがイリーナ曰く、「私は百理ちゃんの味方」とのことで一線を引いてるらしい。


『タケル様、ファイトです。お醤油差しのところにスマホを立てておいてください。タケル様の勇姿は細大漏らさず録画させてもらいますね!』


 肉体がなく、物理世界への干渉に制限がある真希奈がこうして現実に関わりを持とうとしてくれているのを僕は止めない。動画を撮られるなんて正直苦手だけど、真希奈が喜ぶならまあいいか、という気分になるのだ。


「ふ。いいだろう――イリーナ、おまえの望みどおり僕が残さず全てを平らげてやる! そしてこの店に新たなメニュー、大盛りを超える『超盛り』を追加させてやるぞ!」


 僕はキメ顔でそう宣言した。


「うむ。美味いな。この唐揚げは」


「私、玉子焼きもらうね。アウラちゃんはどれにする?」


「ころっけ」


「ほら、自分で食べるか? ママが食べさせてやろうか?」


「あーん」


「ふふ。甘えん坊だなアウラは」


「アウラちゃん、玉子焼き半分あげるね」


「うん」


 聞いちゃいねえちくしょう。ゆるゆりした空間を作り出しやがって。

 僕は真希奈の声援をBGMに白銀の山へと果敢に挑みかかった。


「がふ、がふがふっ! う――げほげはごほっ!」


『タケル様、左手17.2センチ前方にお茶です!』


 まあ斬新。湯呑みのある場所を的確に教えてくれるなんて。真希奈はいい子だなあ。


 それにしても、食っても食っても一向に飯が減らないぞ。そしてやっぱり魔力が回復基調にあるせいか食欲が減退してる。加えてお米とおかずのバランスがまったく取れてない。ボリューム満点のおかず類でも7キロのごはんの前には無力に等しい。味噌汁や据え付けのふりかけで量を稼がなければすぐに無くなってしまう。


「タケル、なんかおかずちょうだい」


 そう言って無邪気に箸を伸ばしてきたのはイリーナだ。待て待て待て。


「おまえね、白米だけ食べるって結構キツイんだぞ?」


「いいじゃん、日本人はお米大好きでしょ?」


 そういう問題じゃないってばよ。


「だめ……? パパ?」


「好きなだけ食べなさい」


 僕はキメ顔でそう言った。アウラに頼まれて断れるやつは人間じゃねえ。


 僕はおかずが乗った皿をアウラの前に差し出す。そうして好きなものを好きなだけ食べて早く元気になって欲しい。まあ午前中に比べたら今は格段に元気だし、問題はないだろう。


 拳大のごはんを味噌汁で一気に流し込みながら僕はアウラに笑いかける。

 すると彼女は「ニコ」っとたんぽぽの綿毛が春風に膨らむ瞬間のような笑顔を見せてくれた。うわ、こんな可愛い子の父親が僕なんだ。それって最高じゃね? ……僕も十分親バカだった。


「玉子焼きなら取ってっていいぞ。どうせ食べないから」


「え、あんた嫌いなのもしかして。変わってるわね~。はい、アウラちゃん」


 なんとでも言え。願掛けは守るのだ。

 意味のわかるエアリスだけは、「ふ――」と静かに笑っていた。


『タケル様、その調子です! 今視聴者数が2万人を超えました。【食べ方がキレイ】【悪食に走らず正道でこの量を攻略しようとは好感が持てる】【白米にかぶりつく姿がワイルドでス・テ・キ】などなどの声が多数です!』


「さっそく配信している!?」


 まだ食べ始めて十分も経ってないぞ。なんつー宣伝拡散力だよ。


『ご安心を。タケル様のお顔と声にはモザイク処理をしています』


「違う、ライブだって知ったらみんな集まってくるだろ!」


『あ』


「おじさーんお勘定まとめて置いとくね。ごちそうさまー。さて、野次馬が集まってくる前に出よっか、エアリスちゃん、アウラちゃん。タケルの応援は歩きながらスマホ越しにすればいいから」


「そりゃないだろ薄情者ぉ――!」


 僕は叫んだ。もちろんお口の中をごっくんしてから力の限り全力で。


「ほら、早くしないと晒し者になるわよ。あ、早速食いついたヤツがいる。もう近所まで来てるってー、ウケるー!」


「タケル、頑張るのだぞ」


「パパ、がんば……」


『タケル様、今視聴数が3万人を――』


「うおおおおお――っ!!」


 僕は馬車馬の如き勢いで、必死にごはんを平らげるのだった。



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