第143話 聖夜の動乱篇④ 甘い誘いと精神掌握〜踏みにじられる恋心

 *



「わ、私はどうすれば――どうしたらあいつを助けられるんですか!?」


 長い懊悩から帰還した心深は、自然とスミスたちにおもねる発言をしていた。


 一瞬だけ虚を突かれた顔でお互いを見た後、スミスと楓は静かに嘲笑・・った。心深に気づかれないよう、イヤらしく口角を歪ませ合った。


「それは――私たちにご協力いただけると考えてよろしいんですね?」


 真摯な表情を作り、スミスが問う。


「はい。あいつを――あのバカを私は助けたい。そのためならどんな協力も惜しみません」


 もはや心深にスミスたちを疑う気持ちは微塵もなかった。

 いっそ晴々しいほどの顔をして、そう宣言するのだった。


「ありがとうございます。あなたのその覚悟に敬意を評して、私達もお教えできる情報のレベルを上げようと思います。楓さん」


「はい。心深さん、こちらの写真を御覧ください」


「あ」


 傍らのファイルから取り出されたのは、一枚のアナログ写真。

 見覚えのある建物が写しだされており、心深は思わず声をあげていた。


「こちらは二日前、都内の某ホテルで撮影されたテロの可能性が考えられる破壊工作の証拠写真です。外壁が鋭利に切断され、大きな穴が開いているわかりますね?」


 紛れもない。それはタケルとともに入ったあのラブホテルの写真だった。


「犯人は不明。どのような手段を用いて壁を破壊したのかも不明。そして驚くことに、当時は多くの野次馬がいたのにもかかわらず、リアルタイムで撮影されたデジタル画像はひとつも存在していません。恐らくは何者かが強力な通信妨害や電子機器を狂わせるジャミングを意図的に起こしていたのではないと私たちは考えています」


「――ッ!?」


 心深には覚えがあった。

 あの時、あまりに変わり果てたタケルの姿に怯え慄いていたあの時。

 夢うつつの中で、タケルがそのような指示をしていたのを思い出したのだ。

 心深の疑念は再び、第三者によって裏付けされてしまった。


「そしてですね、これはテロ対策の専門家であっても懐疑的な見方をしてしまう事実がありまして――」


 もう何度目か。言いよどむスミスに苛立ちを覚える。

 だがそれは、話が始まった頃の忌避する感情とは違い、タケルに関する情報を欲する気持ちや焦りがそうさせていた。


「実は、我々が捜査をしているテロリストは、通常ではありえない不思議な手段を用いて事件を起こしているのです。『超能力』、あるいは『魔法』とさえ呼べるような人智を超越した力。そしてそれを使って一般市民にさえ害を成そうとしているのです」


「魔法……」


 何をバカな、と心深は思わなかった。

 なぜなら自分は既にそれを目撃したはずではなかったか。


「今度はこちらをご覧ください」


 スミスが差し出してきたのは新たな写真。

 今度は部屋の内部――そこは確かにタケルと心深が宿泊した部屋のものだ。

 壁が切り取られた部分に『KEEP OUT』のテープが貼り付けてある。


「内壁の断面を見て下さい。まるで鋭利な刃物で切断されたように見えますが、科捜研で分析してもらった結果、物質の分子結合を寸断するという、実験施設で大型の装置を使わなければできないような方法で破壊されているのです。このような方法を至極簡略的に、そして即座に行えるもののことを、我々は便宜上『魔法使い』と呼称しているのです」


「…………」


「心深さん、どんな些細なことでも結構です。あなたのご存知のことを我々にお話し願えませんか?」


「心深さん、どうかお願いします。私たちは絶対に秘密は守ります。これ以上彼が遠くに行ってしまう前に、彼を救い出しましょう」


「…………はい」


 楓の一言が決定打となった。

 気がつけば心深は、自分が知りうるタケルの情報を洗いざらい話していた。


 ずっと引きこもりだったこと。

 毎日部屋にこもってネットゲームばかりしていたこと。

 能力はあっても本人の性格のせいで、周りに誤解ばかりされていたこと。


 心深との決別。

 そして火事と失踪。

 半年ぶりとなる再会。


 学校での噂話はもちろん、彼が留学生という立場でやってきたこと。

 傍らに見ず知らずの異国美女を連れていたこと。


 彼を誘い、写真のホテルに行ったこと。

 変わり果てた姿に衝撃を受けたこと。

 そして――自分は空を飛んだこと。


 それらすべてを、特にホテルのくだりなど、自分の恥部さえも心深は話していた。

 タケルは言っていた。綾瀬川心深の知っている成華タケルは死んだのだと。


 あとは何かよくわからないこと――『聖剣』や『地球に戻ってきた』などという話は割愛しておいたが。



 *



 小一時間ばかりもかけて自分の知る成華タケルという男を語り終えた心深は、いつの間にか目の前に用意されていたミネラルウォーターで喉を潤した。


 対面のスミスは隣の楓に何かを耳打ちし、お互いに何度も頷きあっていた。


「ありがとうございました心深さん。大変有意義な情報を得ることができました。まさか彼の支援者となる存在があの『カーネーション』や『御堂』であったなど、これは捜査に大きな進展がありそうです」


 すっくとスミスが立ち上がる。

 楓もまた心深を覗きこむように身を屈めてお礼を言ってきた。


「あなたがお話下さった内容は、匿名からの情報として捜査に活用させてもらいますね。後のことは私たちにお任せください」


「ご承知おきのことと思いますが、今日我々と接触したということは他言無用に。もちろんお話したことについてもです」


「あ、あの……!」


 暇を告げようとするふたりに心深は慌てた。

 このままスミスたちを行かせてはならない。


 もう二度とあいつに関する情報が手に入らなくなる。

 そしてあいつに関わることもできなくなってしまうかも。


 だが、公的な立場のある人間に、自分はなんと言って食い下がればいいのか。


「あいつは、これからどうなってしまうんですか……?」


 心深が齎した情報のせいで逮捕されてしまうのかも。

 そうしたら刑務所などに入れられてしまうのだろうか。

 ここは日本だ。まさか銃で射殺されたりはしないと思うが……。


「逆に質問させてもらいますが、あなたは彼をどうしたいのですか?」


「え……?」


 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかった。

 今は子供の我がままを言っている場合ではない。

 そんなことくらいわかっている。


 それでも心深は自分が本当に望んでいることを、純粋な胸の内をスミスたちへと訴えかけた。


「私はあいつを助けたい。あいつが魔法なんてもので誰かを――無関係なヒトを傷つけてしまう前に救い出したい。だから――」


 胸の奥が熱い。真摯に誠実に、心深はその熱さを声に載せる。

 まれに演技の最中に『超集中状態ゾーン』に入ってしまったときのように身体がほんのり赤く染まっていた。


「私にもお手伝いをさせてください。きっとあいつはあのエアリスって女に騙されているだけなんです。私にとってのあいつはとても大切な存在なんです。どうかお願いします――!」


 深々と頭を下げる。

 他でもないタケルのためなのだ。

 地面に額を擦りつけてでも、彼を取り戻したかった。


「綾瀬川心深さん」


 スミスはそっと心深の肩に手をおいた。

 顔を上げれば、とても綺麗な瞳が心深を写していた。


「あなたはとても強い意思をお持ちのようですね。どうでしょう楓さん、今回に限っては彼女にご協力いただいてみては。もしかしたら彼女は『適合者』かもしれませんよ」


「そうですね。試してみる価値はありますね。それに、いざというときに、彼の良心に訴えかける存在は有効だと思います。彼女の言うとおり容疑者はテロリストから与えられた現地妻の言いなりになっている可能性もある。心深さんの安全は確保しつつ、彼を説得してもらう方法を考えましょう」


「あ、ありがとうございます――!」


 これでエアリスから彼を取り戻すことができる。

 だが、胸の前で両手を合わせ感激する心深は気づいていなかった。


 スミスのつり上がった口角の意味を。

 平坦な瞳で心深を見つめる楓の真意を。

 無垢な少女は一切気づけずに掌の上で踊っていた。



 *



「今更かもしれませんが心深さん、ここから先は完全に部外秘です。聞いてしまったらもう戻れませんよ。それでも――」


 さらに小一時間が経過し、しばらくの間、心深は応接室に取り残された。

 時刻が正午に迫ろうかという頃、楓を伴ったスミスが、巨大なスーツケースを引きずって現れた。


 楓もまた、机の上に大型のラップトップを広げ、目にも留まらぬ速さでタイピングを始めている。


「構いません。例え危険な目に遭おうとも、タケルを私の元に取り戻すことができるなら――」


「素晴らしい。あなたのその純粋な気持ちはきっと彼を救うことでしょう」


 そう言ってスミスはスーツケースを開ける。途端、淡い光が溢れる。


 驚いたことにケースの中身は液体だった。

 ペットボトルを二回りは大きくしたような入れ物に、青白い輝きを放つ水が封入されているのだ。


「綺麗……」


 思わずそう呟いてしまうほど、その水は清らかで美しい光を湛えていた。


「この液体はアクア・リキッド。ステイツの技術部門が密かに開発した対魔法・・・兵器の一種です。心深さん、こちらを」


 ケース内部のバンドに固定されていたビニールパッキン。真っ黒い中身は、折りたたまれた服のようだった。


「これはアクア・リキッドスーツ。この液体を薄く体表面に循環させることによって、適合性のある人間の身体機能、生理機能、そして対魔法力を格段に向上させることができるという――まあアメコミとかでよくあるパワードスーツのようなものです」


「は、はあ……」


 スーツを手渡された心深は首を傾げる。

 タケルを救うために協力を申し出たが、どうして自分がこれを着用する必要があるのだろうか。


「心深さん、あなたの想い人は超常のテロリスト『魔法使い』である可能性が高い。あなたの身の安全を最大限に確保しつつ、彼と直接対峙するためにはあなたにも対魔法力のあるアクア・リキッドスーツを着用してもらうしかないのです」


「な、なるほど。そんな貴重なものを、私の我が侭のために貸してくださってありがとうございます……」


「いえいえ、あなたの目的と私達の利益は一致しています。ギブアンドテイクですよ」


 ぐっと親指を突き出し、バチッとウインク。

 心深は「はは」っと乾いた笑いを零した。


「でもさっき『適合性』って言ってませんでしたか? 私、これを着ても大丈夫なんでしょうか」


「もちろんです。彼のことを想うあなたの強い意志――『愛』の意志があれば、必ずや着こなせるはずです」


「あ、愛って……!」


 カアっと心深は顔を赤くした。

 いや、あいつとラブホテルに行ったという話だってぶっちゃけてしまったのだ。今更慌てて否定したところで無意味だろう。


「さあ、どうぞ今すぐ着用してください」


「は、はい――えっと」


「どうしました。そのスーツはフリーサイズです。NASAが開発した特殊な素材を使用しています。サイヤ人の戦闘服のように伸ばせば伸ばした分だけ広がります。なんならスモウレスラーだって着用できる優れものなのです。もちろん多少の調整は必要でしょうがそれはこちらのほうで手ずからさせていただきますので問題はありません。さあ、彼を助けたいと願うのならば早く――」


「だったらさっさと出て行きなさい、このスケベオヤジ!」


 楓の拳骨が炸裂する。「ぐべぇ!」っと潰れたカエルみたいな悲鳴を上げたあと、スミスは主人に叱られた犬のように「キャイーン」と四足で逃げていった。


「まったく。大変失礼しました心深さん。どうぞ着替えてください。地肌に着けないと意味がないので下着も全部脱いでくださいね」


「は、はあ……」


 下着まで全部と聞いて心深は躊躇ったが、迷っている場合ではないと覚悟を決めるのだった。



 *



「おおっ、すっごくよくお似合いですよ心深さん!」


 十分後、廊下で何故か正座をして黙想をしていたスミスは室内に入るなり、感嘆の悲鳴を上げた。


「いやあ、いいですね、実にいいですね。エヴァンゲリオンのアスカみたいですねえ。スレンダーでキュッと腰もくびれていて。イベントの時にはいつもふわっとした衣装を着ていますが、もしかして身体のラインを出すのを嫌がっているのですか?」


「えっと、まあ事務所の意向もあってといいますか、結構ダンスの振り付けも激しいので露出的に問題が……」


隊長・・、セクハラですよ思いっきり。というか私達が着用したときにはそんな風に褒めてくれたこと、ありませんでしたよねえ……?」


 ラップトップ前に陣取る楓は唇を尖らせて不満気だ。

 ああ、このヒトもこのスーツは着たことがあるのか。

 でも隊長ってなんのことだろう?


「まま、それは言わぬが花と言いますか、口に出さないだけで私はいつもあなた達の戦装束にも賞賛を送っているのですよはい」


「なるほど。心のなかでは絶賛セクハラをしていると。みんなに伝えておきます」


「すみません! マジでやめてください! マリアさんに殺されます!」


 先程までのシリアスな雰囲気が一変、スミスと楓のやりとりはとても賑々しいものだった。ああ、普段はこんな感じなんだ。羨ましいな、と思う。


 いつか自分もタケルとこんな恋人同士になりたい。いや、スミスたちは別に恋人同士ではないのだろうが、気の置けない間柄というか、気軽に冗談を言い合えるくらいの仲にはなりたいのだった。


「さて、おちゃらけるのはこの辺にして。始めますよ」


 コホンと居住まいを正したスミスはアクア・リキッドが入ったボトルケースを机に並べ、飲み口のようなコネクタの天辺に仰々しいホースを取り付ける。そのホースの反対側は心深の首の後ろへと取り付けられた。


「スーツ起動。コネクタの接続を確認」


 ラップトップを操作した楓がそう言うとスーツに軽く電流のようなものが走る。

 地肌と見紛うほどフィット感抜群のスーツが、本当に身体の一部になったかのような感覚がした。


「さて心深さん、改めて魔法というものをお教えしましょう。タケル・エンペドクレス、そしてエアスト=リアスが使用する魔法の特性から、私達は彼らを『魔法使いエレメンタル・マギウス』と呼んでいます。彼らの魔法は超常の存在ではあるものの、自然の法則に則ったものなのです」


「エレメンタル・マギウス……? 自然の法則、ですか」


「はい。私達の周りにごくごく自然に溢れる4つのエレメント、『炎』『水』『風』『土』。そしてそれを操るエネルギー源は、人間に本来備わった潜在的なパワー、『魔力』なのです」


「魔力……。なんかホントにゲームみたい」


 ええ本当に、とスミスは頷く。


「ですが魔力とはかつての――太古の人類にはごくごく当たり前に備わっていた生命エネルギーなのです。我ら西洋圏では、始祖たる人類――アダムとイヴ。彼らが居た永久とこしえの楽園は病気や怪我とは無縁の正にエデンだったと言い伝えられています。ですが、そこから追放されてしまったふたりがたどり着いた地上は飢餓や病気、欲望や寿命といったものが溢れる場所だったと。……いいえ、それもこれも楽園を追放されてしまった人類の魔力が枯渇してしまったため、それらの業を背負うことになったのだと考えられているのです」


「は、はあ……」


「さて、そんな生命エネルギーである『魔力』を4つのエレメントと結びつけて超常の現象を引き起こすのが魔法であり、私達も魔法を使用できる可能性のある人々を世界規模で探しているのです」


「え――それじゃ、私は……?」


「はい、偶然とは恐ろしいですね。タケル・エンペドクレスにゆかりの者であるあなたが、私達が探していた『適合者』だったなんて。いえ、これもまた天命――天の意志なのかもしれません」


「――アクア・リキッド注入開始」


 楓がそう言うと、ホースの中身が煌めく液体で満たされる。

 心深の首の後ろからプシューッとホース内の空気が抜ける音がして、何か冷たいモノが流れ込んでくるのがわかった。


 心深は「ひゃッ!」と叫び声を上げた。


「冷たいのは最初だけです。アクア・リキッドとは命の水。あなたの魔力と結合すれば、例え極寒の大河で寒中水泳をしていても、あなたを守ってくれるでしょう」


「あ――、これはっ、ぐぅう……!」


 漆黒だったスーツの表面が、アクア・リキッドによって覆われていく。

 淡い水色を湛えた煌めきが、まるでスーツを透過して心深の皮膚から身体の内部へと浸透してくような、そんな感触に身悶えているのだ。


「アクア・リキッド充填完了。スーツ内循環開始」


「心深さんの魔力は?」


「たった今検知しました。アクア・リキットとの結合確認。適合率100%を突破。標準濃度のアクア・リキッドしか持ってきていませんが、アクア・ブラッドから希釈した場合、恐らく希釈濃度記録を更新しているものと思われます」


「適合率だけならマリアさんを超えますか。おめでとうございます心深さん」


「これが、私――?」


 己が身体を見下ろす。全身が美しい水色の光に満たされている。

 先ほどまであった冷たさなど微塵も感じない。

 まるで春の風の中に裸体を晒しているような、暖かさと爽やかさに包まれている。


 だが、胸の奥だけは熱い。

 そこだけ炎が灯っているかのような、灼熱を感じた。


「気分はどうですか心深さん」


「はい、大丈夫――いえ、身体の底から力が溢れてくるみたいです」


 気分の高揚に従い、心深の全身が輝きを増す。

 それに満足そうに頷くと、スミスは突然、朗々と語りだした。


「綾瀬川心深。16歳。豊葦原学園高等部1年A組。幼い頃からその特徴的な声質でイジメに遭い、ついたあだ名が『怪音波女』『ギャオス』でしたか」


「え――どうしてそれを」


 スミスはニッコリと笑いながら心深へと手を伸ばす。

 その手にはカチューシャのようなヘッドセットが握られており、まるで王妃に冠を頂くように恭しく心深の頭へと被せた。


「己がコンプレックスを克服するために子役劇団に入り、役者としての頭角を現し始める。小学六年生のときに声優業を進められ、そこでもまた非凡なる才能を発揮し、以降本格的に声優を志す」


「アクア・リキッドスーツとアストラル・コネクタの同調完了。精神掌握開始――」


「う、あ――!」


 ズシンと、頭の上から強烈なプレッシャーを感じて心深は蹲った。


 見上げた視界の中では光がハレーションを起こし、スミスたちの姿はシルエットでしか認識できない。耳鳴りを通じて、スミスの声が直接脳に響いてくるようだった。


「周りの大人たちが見捨てた幼馴染、成華タケルを献身的に支え、時には学校側に働きかけ、一緒に難関高校を受験し見事に合格。だが、あなたが夢見たスクールライフはついぞ訪れず、成華タケルは失踪し、そしてつい二日前に再会を果たす」


「あ、あなたは……!」


 おかしい。

 確かにその情報は自分が先ほど話して聞かせたことではある。

 だがスミスの口ぶりは、予め心深やタケルのことを知っていたかのようだった。


「調べましたとも、ええ。日本に潜入させていた秋月楓の元にたまたまタケル・エンペドクレス本人が現れたときからずっと。そしてあなたの意外なアビリティが顕現し、利用させてもらうことを思いつきました。あなたは非常に稀有な力を有しています。声を媒介にして相手の生理機能や精神を支配するという、とても恐ろしく、そして有益な『魔法使い』――」


「ナイアーブ深度上昇中。意識レベル低下。完全掌握まであと20、19、18――」


「ああッ――!」


 私が私でなくなってしまう。

 とてつもない睡魔が襲ってくる。

 目も耳も口も、そしてこの身体も――もはや自分のものではないようだった。


「安心してください心深さん。あなたの力は私が有効に使わせてもらいます。この作戦が成功した暁には、きっと彼はあなたのものになりますよ。もっともあなたも彼も、自由に口もきけない状態になっているでしょうけどね――」


「そん、な……あ――」


 心深の目から完全に光が失われる。

 意志のない暗い色に支配された瞳が、ただ無機質にスミスたちを見返していた。


「アクア・リキッドを介した精神支配に成功しました。隊長、次の指示を」


「では行きましょうか。おあつらえ向きに今日はクリスマス・イブですし。パーティを始めましょう――」


 聖夜の動乱が、幕を開ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る