聖夜の動乱編

第140話 聖夜の動乱篇① 序章~仮初夫婦の(哲学的)夜の会話

 *



 12月24日。午後19時00分。秋葉原中央通り上空。某テレビ局報道ヘリより。


『テレビの前のみなさん御覧ください! クリスマスで賑わう秋葉原は今、物々しい雰囲気に包まれています。ご覧になれるでしょうか、あのアキバヒルズタワーから先、末広町駅がある蔵前通りに至るまで、完全な交通規制がされています。一部負傷者も出ているとの情報があります。くれぐれも市民の皆さんは野次馬などには出かけないよう…………たった今情報が入りました。警察ではなく自衛隊対応、自衛隊による対応を政府が決定しました。これは自衛隊法78条による防衛出動ではなく、年明けに施行されるという日米共同法案、『非対称戦争対テロ法案』に基づく決定であるとして――』



 *



 12月24日。午後16時30分。

 千代田区神田明神鳥居前。


「誰、誰かが私を呼んでる……?」


「おい、セレスティア、どうしたんだ?」


「呼んでるの、誰かが私を」


「は? 別に何も聞こえないけど……あ、おい勝手に行くな! セレスティア!」



 *



 12月24日。午後16時50分。

 お茶の水駅前、聖橋。


「見失った……? おい、クソ、どうせその辺にいるんだろう工藤!」


「はいッ!」


「うおおっ――ホントに居やがった。マジでストーカーかよおまえ?」


「いえ、自分は日本に不慣れなズムウォルト中尉とセレスティアさんを見守るべく……」


「そんなことはどうでもいいから、とにかくあいつを探すのに協力してくれ!」


「もちろんです。今、非番の仲間全員で探しています。見失ってからまだ時間もそんなに経ってません。すぐに見つかるでしょう」


「……頼む」



 *



 12月24日。午後17時00分。

 神田駿河台ニコライ堂、聖堂内。


「歌……? 誰なの、私をずっと呼んでるのは?」


「こんにちは、初めまして、セレスティアさん。私の名前は綾瀬川心深。ねえ、そこは寒いでしょう。こっちにいらっしゃいよ……」


「……うん」



 *



 12月24日。午後18時。

 秋葉原駅前電気街口、UDX前広場。


「遅いわよ、荷物係。もっときりきり歩いてよね」


「なあ、おまえってどうして僕だけにそんな厳しいんだイリーナ?」


「……あんたさあ、百理ちゃんになにかしたでしょ?」


「はあ? 僕が百理に? というか、あの事件が終わって死にかけてから全然彼女と顔を会わせてないんだけど?」


「絶対ウソ。じゃなきゃ百理ちゃんみたいな子が、あんたのことであんなに……」


「なに? あんなにってどんなに?」


「うるさい。次、ヨドバシで新しいノートPC買うから。『Mac Book pro』の最新型がいいかなー。それとも『Surface』の最新型にしようかなー?」


「うわ。ブルジョワめ」



 *



 12月24日午前0時10分。成華・エンペドクレス・タケル自宅にて。


「涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない……か」


「と、突然なにを言い出すんですかエアリスさん……!?」


 ビックリだった。

 僕はぎょっとして眼の前に座るエアリスを見つめた。


 昨日は――といっても日付が変わったのでもう一昨日の話だが、学校の終業式だった。


 そして祝日だった今日は、僕は例によって人工知能進化研究所に通い詰め、そして小一時間ほど前に帰ってきたばかりだった。


 エアリスは当然のように起きていてくれて、嫌な顔ひとつせずに出迎えてくれた。


 風呂に入って、軽くとは到底言いがたいヘビィな食事を胃袋に詰め込み、そして今は眠くなるまでの間、イリーナが提出してきた『プルートーの鎧』の触媒修復計画書に目を通しているところだった。


 人工精霊である真希奈の計算速度を遺憾なく発揮した、人類史上初の試みによる金属修復とあって、正直大半が理解不能であった。それでもせめて、努力のあとだけは見せておかないと、イリーナは僕を厳しく叱責してくるだろう。


 まあ専門外だからと僕の方は言い訳ができるが、同じ科学者としてマキ博士の苦労は目の上のたんこぶというか、相当なものだと思う。


 さて、そんなわけで、今晩も真希奈は人研にお泊りすることになり、実は先程まで僕と電話で話をしていたのだ。


 肉体を持たず、高度な情報生命である真希奈は、僕の娘――あるいは従者という立場にやたらとこだわる。やっぱりそうやって少しでも自分自身のアイデンティティを確立させておかないと、彼女のような存在は現実世界に足を付けている感じがしないのかもしれない。


 ひとしきり「おやすみなさい」「本当におやすみなさい」「ホントにホントにおやすみなさい」「晩安」「Good Night」「スパーコィナイノーチ」などと漫才のように言い合ってから通話を終え、僕が室内の暖かな空気に身を任せながら、タウンページみたいな計画書を流し読みしていたそんな折りだった。


 エアリスが先程の言葉を呟いたのは。


「むう。これは一体どういう意味なのだタケルよ?」


 部屋の隅に寄せた丸テーブルの上にモバイルノートを広げたエアリスが、顰め面をして画面から顔を上げる。


 僕はふすまに背中を預けながら座布団の上にあぐらをかいており、テーブルの対面にエアリスが足を崩して座っている。


 右手はキーボードの上に置かれており、左手は後ろ手に――二組並べて敷かれた布団の上で寝息を立てるアウラの頭を撫でている。そのため、僕への問いかけも随分と声を潜めてのものだった。


「その手の名言ってのはいろいろと個人によって解釈がわかれるものなんだけどな」


 エアリスは最近、あまり副業はこなしていないようだ。


 彼女に備わった天性のアビリティ『勝負勘』みたいなものを遺憾なく発揮して僕らの生活を支えてくれていたのも最初だけ。


 ある程度の蓄えができたので、そんなにやらなくてもいいよと僕が言うと、彼女は「そうか」とあっさり取引から手を引いた。


 お金を得るために仕方なしにやってくれていたのかな、と思うと同時に金儲け自体には本当に興味が無いんだとわかった。


 そんなエアリスは今、日本語の勉強の傍ら、ネットサーフィンをしながら様々なサイトを閲覧しているようだった。


 世界中の偉人が残した名言をまとめたページを巡回して、疑問に思ったことをちょくちょく僕に質問してくる。これも最近ではよく見られる毎晩のやりとりだった。


「僕が読んだ解釈のひとつでは『人生は常に苦渋に満ちているから、パンの味も必然マズいものになる』みたいな意味で捉えていたな」


「なんだその悲観に満ちた解釈は。私は今毎日が充実しているぞ。食事の質も向こうの世界にいた時より格段に向上した。何も不満に思うところなどない」


「お、おう、そうか。そりゃあよかったよ」


 こんな六畳一間のおんぼろアパート生活が幸せだなんて、男としてはちょっとばかし泣けてくるな……などと思いながら、僕は「はて」と首を傾げる。


 これではまるでエアリスと結婚して、しがない貧乏生活を強いていることに罪悪感を覚えているダメ夫みたいではないか。


「……ほ、他には、『食べ物を得るために苦労した者にしか、人生の醍醐味はわからない』という意味だったかな」


「それも結局は苦渋や貧困が根底にある話ではないか。なぜそのように思うのか理解に苦しむな」


 確かに。向こうの世界で、もうすでに苦労を重ねてきたエアリスにはわからないことかもしれない。彼女に理解してもらうにはなんと説明すればいいのか……。


「うーん。エアリスは日本ってどんな国だと思う?」


「日本か。まだわずか三ヶ月と少ししか滞在したことがないが、少々出来過ぎのような国だと思うな」


「出来過ぎってどういう意味で?」


 エアリスは手慰みなのか、アウラが起きない程度にさらさらと浅葱色の髪を梳いている。たまに気持ちよさそうに身じろぎする我が子に目を細めながら彼女は言った。


「まず、私の目に見える範囲ではあるが、誰もが住処を持ち、他者に脅かされること無く日々の仕事に邁進し、毎日きちんと三度の食事が摂れ、各家庭の子供は必ず学校に通っている。こんな国は向こうの世界では考えられなかったことだ」


「ふむ。そっか」


 僕が滞在した魔法世界とはごくごく狭い範囲のものだ。

 リゾーマタと呼ばれる魔の森に面した小さな領内。

 そしてそこから聖都と王都に続くミュー山脈までの道のり。

 それ以外に立ち寄ったことは殆ど無い。


 あとはマンドロスという商人の護衛で聖都近隣の宿場町に出かけたことがあるくらいか……いや、エアリスに連れられ、魔の森の中心、根源27貴族の一角、白蛇族のオクタヴィア・テトラコルドの居城を訪れたこともあったが、まあだいたいそんなものだ。


 生活レベルは産業革命前の質素な暮らしばかりで、現代の文明の利器を使用した聖都の暮らしは、現地の人々には夢のように映ったことだろう。実際日本の暮らしを体験したエアリスが『出来過ぎ』というのだから間違いない。


「でも日本以外に目を向ければ、向こうの世界と変わらない暮らしをしているヒトたちもいるし、日本自体が豊かになってきたのだって、ここ4,50年くらいの話だって聞くぞ」


 日本に義務教育が根付いたのは尋常小学校の授業料を無料化した1900年以降の話だ。


 僕がプルートーの鎧を纏って戦ったシリアなどの子供たちは、今は学校なんて通っている余裕はまったくないだろう。


 難民キャンプでボランティアが勉強を教える活動をしているとは聞いたことはあるが、すべての子供たちに教育が行き渡ることはない。


 働き手が欲しくて子供を学校にやらない、なんて家庭だって世界中にはまだまだあるという。


 高度経済成長期から一時は絶頂を極めた日本だが、バブル崩壊以降でもやはり経済力では世界のトップを走り続けている。


 そういう意味で、衣食住に困っていた時代というのは確かに過去のものになりつつあるのかもしれない。


「そもそもその言葉が出てきたのは今から200年も前の話だし、言葉の意味自体は時代にそぐわないのかもしれないな。あとは個々人それぞれが、自分に照らしあわせて、実感として使ってるのかも」


「自分に照らし合わせて……。では貴様はどのような意味で捉えているのだ?」


「そうだな……」


 最近になってわかったのだが、エアリスが使う二人称『貴様』にはふたつの意味がある。


 完全敵対する者に対して憎悪を込めて言う『貴様』。

 そして心から認めた相手に対する敬愛と畏怖の『貴様』。


 彼女が僕を呼ぶ場合はどうやら後者に属するもののようだ。

 ちなみに目上には『そなた』を使う。


「その言葉を言った本人は、すごく裕福な家庭に生まれたヒトみたいだし、衣食住で苦労した経験はなかったと思うな」


 もともとの原文を読むと、意味も違うしもっと長い。

 だいたい『人生の味』などという言葉自体でてこない。


 英訳された際に新たな解釈が追加されて、それが共感を得て現代にまで語り継がれたのが本当なのだ。


「多分幸福ばかりの人生の中にいたら、段々とその幸福に慣れて、自分の今の状況がわからなくなっていってしまうんじゃないかな。それでふとある時、大変な目に遭ってから、ようやっと元の生活に戻ったとき、『ああ、自分がなんとも思ってなかった生活って、あの時の大変さに比べたらなんて幸せだったんだろう』ってようやく気づけると思うんだよ」


 それはまさに今の僕が噛み締めていることだ。

 突然違う世界で目覚めて大変なことになったと思った。

 最初は地球にいた頃の引きこもり生活が恋しくて仕方なかった。


 でもセーレスと過ごす内に、そんなことはどうでもよくなった。

 もっと大きな幸福が訪れて、それを必死に守ろうと誓った。


 でも僕の幸せは壊され踏みにじられた。

 今はそれを取り戻そうとしている最中なのだ。


 まだ全然、なにひとつ取り戻せてはいないけど。いないけど……ただ憎しみと焦りだけに掻き立てられていないことは、目の前にいてくれてるエアリスのおかげだとも感じている。


「だから、パンを食べる行為を毎日の生活に、苦労ってのを突発的に起こる人生の災難だと置き換えてみれば、不幸が起こったときにこそ、本当の幸福はなんなのかってことにようやく気づける、って意味だと僕は思うな」


「そうか。貴様が言うと妙に説得力があるな」


「そりゃどうも」


「ママ……」


 ピクっとエアリスが手を引く。

 どうやら髪を梳いていて起こしてしまったわけではなく、単なる寝言のようだった。


 一際笑みを深くして、ことさら優しげに頭を撫でたあと、エアリスは手をテーブルの上に戻した。カタカタと随分早くなったタッチタイプで新たな疑問をぶつけてくる。


「次で今日は最後にしようか……。『何ものも求めない者はすべてを得、自我を捨てると、宇宙が自我になる』と。さっぱりわからん。これはどういう意味なんだ?」


「それは……上手く答えられる自信がないな」


 有名なイギリスの東洋学者が残した言葉だが、僕にとっては小学生の時に読んだ漫画で引用されていたのを思い出す。その漫画はまさに現代のファンタジーとも呼べる内容で、僕と同じくらいの少年が大冒険をする話だった。


 そうして大冒険を終えて元の生活に戻った主人公は、ちょっと天狗になってしまうのだ。すっかり緊張感を失くし、いっそ無気力にもなってしまって。それを見かねた主人公の祖父が生命を賭けた真剣勝負を挑んでくるのだった。


「ほう、それでどうなるのだ?」


「うん。最後は勝負のことなんてどうでもよくなるんだ」


「なんだそれは? 自分を殺そうとした祖父を倒して終わりではないのか?」


「いやいやいや。そんな物騒な話じゃないから。主人公のおじいちゃんが伝えたかったのは勝ち負けなんて些事にこだわらない、もっと大きなものだったんだよ」


 あの物語で主人公が辿り着いた境地は、大いなる『愛』の存在だった。

 自分を支えてくれている仲間。旅を通じて知り合った人々。

 果てには憎しみを持って戦った相手にすら『愛』の意思を感じていた。


 そして仕舞いには、自分が今ここに存在していられるのも、大いなる宇宙の愛なのだと気づく。


 そして彼は人間としての『位階』を一瞬で駆け上ってしまう。

「なにか掴んだか」と問う祖父に、「さあ? でもそんなことはどうでもいいんだ」と。


 憎しみも怒りもない、晴れ晴れとした笑みを浮かべて。

 最後は昇る朝陽を指さし、アレこそが『大いなる愛』なのだと告げて物語は完結する。


「…………」


「そんな顔するなよ」


 エアリスは半眼になって、じとーっと胡散臭そうに僕を見ていた。

 最初読んだ時は僕もおんなじような顔をしていたと思う。

 まあ、知らない話を切り取って聞かされても理解はできないだろうな。


「エアリスはさ、もっと贅沢な暮らしをしたいと思うか?」


「なんだ唐突に。贅沢とは王侯貴族のような暮らしのことか?」


「まあ極端に言えばそうかな。でも例えば、カーミラの邸宅とか、百理の屋敷に住みたいとおまえは思うか?」


「私は――別段そうは思わないな。カーミラ殿も百理殿も、上に立つ立場のものだからこそ、あのような大きな家に住んでもいるのだろう。そういう意味ではある程度の贅沢をするのもわかる。だが――」


「エアリス自身はそれをする必要を感じない、と?」


「そうだな。私には不要なものだ」


 軽く腕を組み静かに頷く彼女は、無理をしているとか僕に気を使ってるとか、そんな雰囲気は微塵も伺えなかった。本当に心からそう思っているのだろう。


「それが多分『何ものも求めない』ってことに近い状態だよ。つまりエアリスは今の生活や環境に十分過ぎるほどの幸福を感じてる。……感じてくれている。必要なものは全部満たされていて、それが『すべてを得ている』ってことにならないか?」


「言われてみればそうだな。過不足はなく、毎日が充足している。では後半の『自我を捨てると、宇宙が自我になる』とは一体……?」


「そうだな、それが一番むずかしいかもな」


 僕が読んだ漫画の中で主人公は、最後に宿敵と戦い、その宿敵と共に断崖絶壁から落ち、自分だけが助かって彼が生死不明になってしまったことに動揺していた。自分がヒトを殺してしたのかもしれない。そのことにショックを受けていた。


 憎しみにばかり囚われて、相手をやっつけてやろうとばかり考えていると、いつか取り返しのつかない間違いを犯してしまうと学んだのだ。


 そして作中での自我とは、フロイト先生のいうところの自我とは違い『エゴ』――つまりは強い欲望や欲求として描かれていた。


 憎しみを捨て、その宿敵のことを心から想えるようになった主人公はきっと、エゴから解放されて武の真髄へと近づいていくのだろう。


「まあエアリスも、『自分を殺しに来た相手と友達になれれば』最後の意味がわかるかもな」


「何だと、自分を殺しに来た相手と……?」


 エアリスは初めて見せるような変顔で、僕に問い返してきた。


「そんな物騒な相手と友になるなど、頭がどうにかなってしまったのではないか?」


「そんなことないさ。そういう相手とも友達になれるって最強じゃないか。敵が居ないと書いて『無敵』だぞ」


 彼の武道の神様の名言だ。

 俺に敵なんていない。

 そう言った漫画の主人公もいた。


 誰もかれもが愛からこの世に生れ落ち、愛に看取られて死んでいく。人生という過渡期において、たまさか偶発的に生まれるものなのだ『敵』などというものは。


 憎しみ合い殺し合うほどの相手に恵まれるなど、それこそ愛の成せる業ではないだろうか。


 エアリスは「やっぱりわからん」といい、「実は僕もよくわからん」と言うと目を皿のように見開いてから睨みつけてきた。


「タケル、この馬鹿者め。もう寝るぞ。明日は何時起きだ?」


「ゆっくりでいいよ。明日はクリスマスイブだからな」


「なんだそれは?」


「とある宗教における誕生祭の前の日だ。日本ではお祭りみたいな日だよ。人研も明日は休みだ。忙しいと称して仕事してるやつは寂しいヒトだけだな。マキ博士とか」


 土曜日だし、食堂のおばちゃんですら休むというのに、マキ博士は食料と酒を大量に買い出しして泊り込んで仕事をするらしい。


 ほかの職員は遠慮するどころか「またか」みたいな顔してそそくさと帰り路を急いでいたのが22日の夜のことだった。


「明日は僕も休むよ。午後からイリーナに付き合って買い物にいくし。エアリスとアウラも一緒に行こう。晩飯は奮発して外で食べようか」


「ほう。それは……聞いてるだけでわくわくするな」


「うん。僕もだ」


 言いながらガスの元栓を閉めて、電気を消す。

 オレンジ色のナツメ電球に照らされながら、僕らはそれぞれの布団へと潜り込んだ。


「タケルよ」


 真ん中で被せ合った掛布団の下、エアリスの手が伸びてきて僕に触れる。

 少しだけ汗ばんだ左手を伸ばして、僕はそれを握り返した。


「貴様は友になれそうなのか?」


 鋭い質問に僕の心臓はドキリと高鳴った。


「わかんないな。その時にならないと」


「そうか。つまらないことを聞いた。許せ」


「いや。お休み」


「ああ。お休み」


 思い浮かぶのはあの優男。

 左右で光彩の異なった瞳を持つオッドアイ――アダム・スミスだ。


 この時なら僕はまだ希望的観測を持つことができたのかもしれない。

 だが、翌日の事件を機に、僕は奴に対して激しい敵対心を持つことになるのだった。

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