第138話 追いすがる過去と今⑬ 放課後デートと告白〜僕好きなヒトができたんだ
*
「…………」
「…………なあ」
「…………」
「おいったら」
「いいから黙って歩きなさいよ」
「……わかったよ」
僕こと成華・エンペドクレス・タケルは今、幼なじみの少女と夕方の雑多な繁華街をあてどもなく歩いていた。
綾瀬川心深――心深は何故か僕の前も隣も歩かず、真後ろにピッタリとくっついていた。
先程から心深の鋭い視線を背中に感じる。彼女は手に何も持っていないはずなのに、まるでナイフか拳銃でも突きつけられているような殺気を放っていた。
――数十分前。
僕は人生初となるカラオケ店にいた。
転入初日。エアリスが発端となり、そしてエアリスが原因で結局行けずじまいだったカラオケという大衆文化。前々から興味はあったけど、結局行く機会がなかった。
今日初めて入店し、8人がけの大部屋に案内され、そして初めて耳にした他人の生歌は紛れも無くプロのもので――それが幼なじみの女の子歌声だなんて。皮肉というか運命的というか。とにかく心深の歌は素晴らしいものだった。
カラオケ店に向かう道中、僕は留学生らしく無知なふりをして心深のことをみんなに聞いてみた。曰く、今年の夏に行われた声優の公開オーディションで優勝を果たし、見事有名な某アニメ監督の映画作品に主演が決まったのだという。
実際、星崎くんたちもそのイベントで初めて心深を知ったようで、あとはネットで過去の出演作品をまとめたサイトや動画が口コミで広がり、自分たちが通う学校に在籍しているとわかれば、自然と彼女を応援するようになっていったそうだ。
最近では例の『ブラックホールの祭日』と呼ばれる、僕が聖剣を使用した事件をきっかけにチャリティーのWEBラジオに出演し、毎日八時間の公開生放送を半月あまりに渡って行い、その活発で勤勉なキャラが好評を博したのだという。
そして今心深が歌っている曲は、以前彼女が出演したアニメ作品のエンディングテーマだそうだ。
心深の親友であるという朝倉さんと支倉さん。そして甘粕くんや針生くん、星崎くんもワイワイ騒ぐようなことはなく、その歌声に目をつぶり、静かに肩を揺らしたり指先でリズムを取りながら聞き入っている様子だった。
伸びやかでいて奥行きがあり、そして透明感のあるクリアな歌声と美声というだけではとても表現できない独特の色気。
かつてその特徴的な声でイジメを受けていた彼女だが、今ではその特徴を武器にして、声優として立派なスキルを身に着けたようだ。
そうして、僕が感慨に耽っている間に、心深はまるまる一曲分を歌い上げた。
「すごい、エライ、可愛い! いやあ最高だね!」
「ホント、生歌は違うね、私ちょっと感動しちゃったよ~」
「ふたりとも大げさすぎ。前にも聞かせたことあったでしょ?」
「いやあ、いいものは何度聞いてもいいというか」
「うん、前に聞かせてもらった時もよかったけど、今日のは特にすごかったよ」
朝倉さんと支倉さんに手放しで褒められ、心深は頬を赤らめながらテレテレの様子で頭を掻いていた。
「いやあ、マジでいいもの聞かせてもらったわ」と、針生くんも褒め称え、星崎くんも珍しく言葉少なげに拍手を送っていた。どうやら本気で感動しているらしい。
「いい曲だな。今のはこれでいいんだろうか?」
甘粕くんのスマホには大手の配信ダウンロードサイトが表示されている。
心深はテーブルに身を乗り出して彼の手元を覗き込んだ。
黒髪のロングヘアが肩から零れてふわっと僕の前で広がった。
「あ、それテレビサイズの方だから。放送前に先行配信されたやつね。もしよかったらこっちのフルサイズの方にしてよ」
「うむ。では購入しよう」
「毎度あり~」
「俺も買うわ。甘粕、それどこのサイトだ?」
「僕もや! 今までの曲、全部買ったるで!」
「わあ、ホントに? すっごく嬉しい。毎週ダウンロード数教えてもらってるから、これで確実に三人分増えたね、ありがと!」
ちなみに僕らは対面式の座席に男女分かれて座っている。部屋の奥には40インチの液晶テレビが鎮座し、奥の席に右から朝倉さん支倉さん、そして心深。入り口側の長ソファには奥から針生くん星崎くん甘粕くん、そして僕。つまり僕の対面には心深が座っているのだ。
「痛ッ」
「む。どうした成華? まさか怪我が痛むのか?」
「いやいや、違う違う。なんでもないよ」
隣に座る甘粕くんは妙な勘の良さを持っている。
僕は必死に誤魔化した。
テーブルの下、僕の爪先にはローファーが乗っていた。目を向ければ、液晶テレビの方を見ていた心深が、素知らぬ顔でオレンジジュースの入ったグラスを傾けていた。
グリ、グリグリ、っと僕の足が抉られる。
魔力が枯渇してから普通に痛みも感じる。
でも肉体的な痛みよりも、この手の嫌がらせは心にくるものだ。
僕はグググっと爪先を持ち上げて抗議する。スッとローファーが引かれ――
「いッ――!?」
『センセ?』
マイクを持って次曲を選んでいた星崎くんが声を上げる。
僕の爪先にはドンと踵が突き刺さっていた。
油断した。変な声出ちゃったよ。
「あ、ゴメンゴメン。私の足がぶつかったみたい。ホントにごめんなさいエンペドクレスくん?」
「ううん、気にしなくていいよ、綾瀬川さん」
心深は昼休み以降、僕のことを『エンペドクレス』と呼ぶ。
甘粕くんを始め、朝倉さんや支倉さんたちが『成華』『成華くん』と呼ぶと眉間にギュッとシワが寄ることに僕は気づいていた。
彼女は死んでも僕を『成華』とは呼ばないつもりらしい。でも他人が僕を『成華』呼ばわりするのには怒りを感じるようだ。そして被害は全部僕のところにやってくる。なんじゃそりゃ、って感じだった。
そうこうしているうちに星崎くんが高校生らしいロックな曲を選択する。さすがの僕も知っている。両親ともが有名大御所歌手で、その息子がボーカルをやっているバンドの曲だ。昔好きだった漫画が実写映画化されて、その主題歌にもなっていたやつである。
朝倉さんが「おお、いいねえ」と手をたたき、支倉さんも「私これ好きぃ」と盛り上がり始めた。イントロが流れ始めると、針生くんも甘粕くんもテンモクやスマホから顔を上げて星崎くんに注目する。そうか、歌うときは相手を見るのもマナーなのか。
僕は全てが初めてだらけのカラオケルールを学びながら、懸命に足の痛みを我慢する。いい根性をしている心深は、いよいよもってテーブルの下で僕の足をスタンプし続けた。僕が意地でも彼女を見ないようにすれば、まるでそれに不満を漏らすかのようにますます力を込めてくる。
いい加減ムッとしながら目を向けてみれば、顔だけは歌う星崎くんに向けたまま、心深が横目で僕をバッチリと見ていた。
その瞳が「ようやくこっち見たわねこの野郎」と言外に言っていた。そして視線が僕のすぐ後ろ、ドアの方へと動いた。
はあ、とため息をつきながら、僕は星崎くんが一曲歌い終わるまで足の痛みに耐え続けるのだった。
*
「ごめん、僕ちょっとトイレ」
星崎くんが歌い終わると同時、そう言って席を立ち、僕は廊下で待機する。しばらくすると心深が当然のように部屋から出てきた。
「行くわよ」
「行くってどこへ? ここの支払いだって……」
「知らないわよ。私の分は希たちに預けてるから」
「うわあ」
横暴過ぎる。かと言って腕を組み、苛立たしげに踵を鳴らす心深は導火線に火が付いた爆弾を彷彿とさせる。色々な感情が決壊寸前で、それを抑えつけるためにストレスも一緒に溜め込んでる風味だった。
「何よ、何か文句があるわけ? ないでしょ? ないわよね? ――だったらさっさと歩きなさいよ。早く――!」
急かす彼女のその声には、再び若干の魔力が込められ始めていた。ズンズン、とお腹に響くサウンドがそこかしこの部屋から響くカラオケ店の廊下。
こんなところでまたぞろ心深が『言霊の魔法』を使えば、学食の二の舞いになりかねない。
「わかったよ」
出口に向かって歩き始めると、心深が後ろからピッタリとついてくるのがわかった。僕は看守に見張られながら外出を許可された囚人のような気分になった。
*
「……っていうかさあ、あんた今何してる訳? エンペドクレスってなに? あのエアリスって女とはどういう関係なの? 子供が居るって冗談よね? 昼休みは他人行儀にすっとぼけてどういうつもり? てか半年以上もどこで油売ってたのよ?」
心深の声優ボイスは雑踏の中でもよく響いた。
後ろから背筋を上ってくる怨嗟のようなねっとり絡みつく魔力つきの詰問だった。
もし万が一、これを何の抵抗力も持たない一般人が聞いてしまったら、自白剤を打たれるよりも強力な、何でもかんでも言いなりになってしまう人形に成り果てるだろう。
「それからあんた――」
「ぎッ、がぁ!?」
心深が後ろから手を伸ばし、包帯の巻かれた僕の首筋をつねりあげた。
ポツリと「マジなのね」という呟き。
そんな怪我の確認の仕方があるか! と突っ込みたかったが、やっぱりこの
「何黙ってんのよさっさと答えなさいよ! 私、本気で怒ってるんだからね!」
「……そうですか」
心深の声に反応して何人かが振り向く。
きっと今の僕って首輪に繋がれた哀れな子羊に見えてるんだろうなあ。
僕は――先ほど心深が立て続けにした質問ひとつひとつに弁明するよりも、一番伝えたかったこと、言わなければならないことを口にする。
「僕さ、実は好きな子ができたんだ」
…………。
反応がない。
僕はしばらくスタスタと歩きながら、不意に後ろの気配が消えているのに気づいた。
足を止めて振り返れば、人混みの向こうで心深が立ち尽くしていた。
最初は呆然と。そしてその表情がみるみると強張っていく。
やれやれ……と、僕は彼女の方へと歩み寄った。
「い、いきなり変なこと言うからビックリしたでしょ……」
「変ってなんだよ。本当だよ」
「またぞろゲームの話でしょ?」
「違う」
「ど、どうせ遠くから見てるだけとか、憧れてるとかそういう……」
「いや、今は事情があって離れ離れになってるけど、一時期一緒に暮らしていたし、向こうもこんな僕のことを好いてくれていた」
それは紛れもない事実。まあゲームみたいなファンタジー世界に行って、お伽噺に出てくる妖精か女神のような女の子に出会ったのは否定しないけど。セーレス然りエアリス然りである。
「は、ははは……あんたのことなんて好きになってくれる女の子、現実にいるわけないじゃない。何いってんの? 冗談でしょう?」
「僕もそう思う」
「誰にも興味のなかったあんたが、誰かを好きになるなんてウソでしょ?」
「……僕もそう思うよ」
人通りの激しい雑踏の中、立ち止まって話す僕らは周囲から浮いていた。
でも心深は立ち尽くしたまま動こうとしない。
俯いた前髪から底冷えするような眼光が見上げてくる。
力なく肩を落とす彼女からは仄暗い空気が漂い始めていた。
「あ、あのな心深……?」
あまり刺激したくはないが、なにせ本当のことなのだからしょうがない。
異世界で目覚めただとか、そこで一度死んで生き返ったこととか、魔法が使えるようになったとか、そんなことは重要ではないのだ。彼女にとっては。
今一番大切なことは、僕自身の行動原理、その根幹である。
僕が死の運命を撥ね退けたのも、初めてヒトを殺したのも、世界を滅ぼしかけたのも、すべてはセーレスを取り戻すという最大の目的のためである。
一切合財を包含する、一番強固な動機であり、僕の大事な立脚点なのだ。
「その好きな子って……あのエアリスって女がそうなの……?」
「……違う。エアリスじゃない。でも彼女も大切な存在だ。全てに決着がついたら、僕は、僕の正直な気持ちをエアリスに伝える。もちろん、僕の好きな子にも包み隠さず話す。どんな結末になろうとも、僕がしなければならないことだと、そう思う」
「…………ッ!?」
心深の顔が歪む。まるで福笑いのようだった。
猜疑と懐疑、あらゆる「腑に落ちない」と言った感情を目一杯詰め込んだ顔。
面を上げた心深は、アイドル声優と呼ばれる存在が絶対にしてはいけない表情をしていた。
「違う。あんたは私の知ってる成華タケルじゃない……。誰? あんたは誰なの!?」
「だから言っただろ。僕は『成華・エンペドクレス・タケル』だって」
「だからエンペドクレスって何なのよ!? あんたは『成華タケル』のはずでしょ!? 人一倍偏屈で、自分のやりたいことしか興味がなくて、周りの大人がなんと言おうとも我が道を突き進んで誰の迷惑も顧みない――!」
「うん、ホント酷いな僕って……」
我がことながら改めて言われると忸怩たるものがあるな。
そう思えるようになっただけマシになったとも言えるが……。
「でもでも、それだけ滅茶苦茶してても、我を通せるだけの能力をちゃんと持ってるのがあんただった!」
「ん?」
「こっちはあんたに少しでも近づきたくて、何か頑張れることがないかって必死に探して、偶然それが『声』や『演技』だったから、だから声優になって、それで――!」
「心深さん?」
周りに人垣ができつつあった。
衆人環視の中で大声でしゃべり続ける心深の姿に、何事なのかと足を止める者が急増していた。
「ようやく胸を張ってあんたに報告できると思ったら、あんたはずっと部屋に閉じこもったままのゲーム三昧って……! お母さんだけじゃなく友達みんなからも『あんなバカと関わるな』って言われたときの私の気持ちがわかる――!?」
「え、ええ……?」
心深の発する声には、確かな魔力が込められていた。僕にはいくら効かないとは言っても、懸命に自分の心の内を伝えようとするその意志は伝わってきた。そしてその意地らしくも必死な感情は、耳にする不特定多数の足をその場に縫い止めるだけの力を有している。
故に人々は必死に、そしてハラハラとしながら心深を見守っている。グルリと僕らを取り囲むよう、今や大勢が僕たちを取り囲んでいた。
「本当のあんたを知ったら、絶対に誰も文句なんて言えなくなるはずだから、だから私がそれをみんなに伝えようと思って、受験のときも――!」
「お、落ち着け心深、ちょっと声が大きすぎるぞ――」
拡声器を通したわけではないのに、声の通りの良さに僕は圧倒されていた。
これは魔力によるものなのか? それとも声優が本来持つ能力なのか?
「それなのにあんたはまた自分の殻に閉じこもって、私を拒絶して、……火事になって、ずっと半年以上も……それでようやく再会したら他に好きな女の子がいるって……わけわかんない……グスっ」
尻すぼみになっていく声。
心深は肩で息をしている。
その時、周囲の野次馬の中から誰かが「ねえ、あれって綾瀬川心深じゃない? ラジオとかの」と口にした。ざわざわと囁き声が爆発的に広がっていく。
綾瀬川って声優の……?
公開収録で……。
今やってるアニメの……。
今度映画が……。
これも撮影……?
あの男誰だよ……?
不味い。
僕はとっさに心深の腕を掴み、人混みをかき分けて走りだした。
心深は力なく俯いたまま、僕に手を引かれてなすがままになっている。
とにかくどこか、人目につかないところまで行かなければ。
そうして数分ほど、闇雲に夜の街を走っていると、どうにも周りの風景が変わり始めたのに気づく。
やたらとケバケバしい赤色やらピンク色のネオンが目立つ場所だ。
さあ――っと僕の顔面から血の気が引いていく。
不味い……無意識だったとはいえなんてところに迷い込んじまったんだ!
戻ろうと立ち止まると、今度は僕の方がグンッと心深に手を引っ張られた。
角を曲がって一軒二軒三軒目、大きく口を開けた無人の入り口に飛び込み、ドアの影に身を潜める。
「心深、何を――」
「静かに」
そっと表のほうを伺ってみれば、三人の男たち――いずれもパッツンパッツンのブルゾンを着込んだ肥満体の男たちが、スマホを片手に息を切らせて走り過ぎていくのが見えた。
「あいつら知ってる……。いつも私のイベントに来て、やたらと写真や動画を撮影したり、ツイートしたりするファンのヒトたち」
「ええっ!?」
心深は鞄から自分のスマホを取り出し、何か操作をし始めた。
画面を覗きこめばツイッターのタイムラインが表示され、その男たちのひとりのものだろう、ツイートのタイトルに『声優、綾瀬川心深、彼氏と放課後デート? 追跡中にこんなとこまで来た件についてε≡≡ヘ( ´Д`)ノ』などと書かれていた。ふざけたタイトルだとは思うが、添付された画像には確かにこの近所のものと思われる妖しいネオンの風景が写されていた。
「不味い……。もう1000回近くリツイートされてる。たった数分なのに……!」
僕はツイッターなんてしたことがないので、そんな短時間でそんな回数ありえるのか……と思ったけど、心深のフォロワーがガンガン食いついて来ているらしい。
トレンドニュースにも心深のハッシュたタグが急上昇しているとかなんとか。よくわからないけど。ちなみに彼女のフォロワー数は軽く十数万単位だった。ウソだろ……!?
「心深、とにかく、見つからないうちに今すぐ逃げるぞ……」
「ダメッ!」
ダンッ、と彼女は僕を壁に押し付けると、抗議しようとする僕の口を手のひらで塞いできた。そしてギュッと身体を密着させ、目だけでキョロキョロと辺りを見渡している。
何? 何これ? こんなことする必要なんてないよね? 何してるんですかあなたは……?
「今出て行ったら絶対見つかっちゃう! 私が男の子とラブホテルから出てきたところなんて撮られたら大事件になる! いろんなヒトに迷惑がかかるし、年明けに映画だって控えてるのに全部ダメになっちゃう――!」
僕は口を塞がれたままコクコクと頷くことしかできない。
てか言っちゃったよラブホテルって。僕が必死に言わないようにしてたのに。
そう、僕らは今ラブホテルの玄関を入ったすぐ脇で、逆壁ドンされながら顔を付き合わせてこの会話しているのだ。この時点で十分にギルティだった。
「だから、あいつらが諦めるまで隠れて待つしかない。いいわね?」
「ん、う」
くぐもった声を出し了承の意を伝える。
意外と冷静だな心深さん。
確かに今の段階ならまだ事実は確定していない。
このままやり過ごせば、可能性の霧だっていずれ消えてなくなるだろう。
「それじゃ行くわよ」
そう言って心深は踵を返し、目の前の壁にドドンと嵌めこまれたパネルの前に立った。
ホテル内の各部屋の外観をわかりやすく一覧にしたカラーパネルである。
内装写真の下にボタンがあって、脇には空室・満室のランプが。
心深は迷わず空室のランプがついた4階の部屋を選択する。
ガコン、と一番下の取り出し口からカードキーが出てきた。
「ほら、早くして」
「な、何をしてるんですか心深さん?」
「何って、ここであいつらがいなくなるまで時間を潰すに決まってるでしょ」
訂正。とても冷静じゃなかった。彼女は完全に暴走していた。
「何言ってんだよ! 本気かっ!?」
「じゃあなに、あんたはこのままのこのこ出て行って、写真撮られてもいいって言うの!? あんたは全然ノーダメージかもしれないけど、私は終わるわ。事務所や制作会社、配給会社から多額の賠償請求をされて声優活動もできなくなって、社会的に抹殺されちゃうのよ。それでもいいって言うわけ!?」
「いや、それは、でもこんな……」
オロオロする俺の手を、グイッと男らしく心深が引っ張った。
土壇場でゴネだした彼女を強引に部屋に連れて行く男の中の男みたいだった。
僕はエレベーターに押し込まれ、彼女の背中でギュッと内壁に押しやられる。心深は後ろ手に僕の左腕を掴んだまま、もう片方でスマホをいじりながら扉を閉めた。僅かな振動の後、再び扉が開く。
「心配しなくてもお金は私が出すわよ」
「そんな心配は一ミリもしてないけどねっ!?」
社会的に抹殺されるか否かの瀬戸際だというのに、心深はどこか楽しそうだった。振り回される僕の方は全然堪ったものではないが。
こうして僕は幼なじみの女の子と、人生初となるラブホ・インを果たしたのだった。
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