第132話 追いすがる過去と今⑦ 噂の冴えない留学生〜考察・セレスティアの正体
*
「もう冬休みだねー、クリスマスはふたりともどうするの?」
夢が放った何気ない言葉に私と希は凍りつきました。
「そんなこと聞いてどうすんだよ。どうせこちとら部活ですよーだ」
「私も、その日は多分お仕事が。下手に予定入れてるとファンがうるさくって」
「ええー、せっかく三人でパーティしようと思ったのに」
夢……。なんていい子なの。
「ごめんね、時間ができたらそのガラケー……、ラインはできないと思うけど、メールとかは受信できる、よね多分。それに連絡するから」
「うん、きっとだよ」
なんて屈託のない笑顔。
夢と結婚するヒトは幸せものだなー。
婿養子は確定らしいけど。
「それにしても、みんな元気そうでよかったよ。学校じゃなにか変わったことなかった?」
私が何気なく話題を振ると、希も夢も、そしてクラスメイトも異口同音に「あった」といいます。
何この連帯感。
そこからは堰を切ったように説明が始まりました。
曰く、二週間前ほど前に季節外れの留学生やってきた。
曰く、美貌の二年生女子と、冴えない地味な一年生男子。
曰く、だがその二年生の先輩が何故か一年生の男子にベタ惚れ。
曰く、姉弟とのことだが、血の繋がりはない模様。
曰く、ふたりの間にはもうすでに子供もいる。
「なにそれ、超面白そう!」
「でしょでしょ、今校内はその話題で持ちきりなんだよ」
「かっこよくて綺麗だよね、エアリス先輩」
「エアリス先輩! 名前の響きも素敵すぎでしょ!」
「いやホント、心深もすげえいい線いってると思うけど、あれはモノが違うというか、まるで違う星から来た生き物というか」
「すごいよね、お肌も綺麗なチョコレート色で、髪なんかキラキラ輝く銀色で」
「うわあ、ホントに? そんなアニメの世界から飛び出してきたようなヒトが現実に? 誰か、写メとか撮ってないの?」
私がそう言うと、希と夢はピタリと動きを止めました。
「そういえば、ないな」
「ないね、そういうの」
「なんで? 写真撮らせてもらえばいいじゃない」
うーん、とふたりは仲良く腕を組んで考え込みます。
「なんかね、そういうのダメっぽいっていうか」
「あー、写真嫌いなのかな外人さんは」
「いや、そういうのを聞いたこともないというか」
「なにそれ?」
どうにもふたりの説明は要領を得ません。
「あのね、ホントは悪いことなんだけど、結構みんなしてエアリス先輩のこと、写真撮ろうとしたの勝手に」
「勝手にはダメでしょ。私だってイベントの時は野放図に撮られちゃってるけど、それは会場限定だもん。お仕事が終わってまでつきまとうヒトにはやめて下さいってちゃんと言うよ」
「そうじゃないの心深ちゃん」
夢が、ホント夢見るみたいなポワポワした彼女が、キリっと真面目なお顔で口を開きます。
「なんでだかね、エアリス先輩をスマホで撮影しようとすると、みんなみんな壊れちゃうの」
「ええ、ウソでしょそんな」
「ホントホント。みんな再起不能だってさ。なにせ本体がスパっと、カマイタチにでも切られたみたいに真っ二つにされちゃうんだって」
希が自分のスマホを見せながら指先で画面を袈裟斬りにします。
そんな馬鹿なことってあるのでしょうか。
まさか撮影を嫌がったそのエアリス先輩が?
いやいや、手も触れずにそんなこと不可能なはずです。
「じゃあ、正面から撮影して下さいってお願いしに行けば?」
「それができたら苦労はしないよー」
「もしかして怖いヒトなの?」
「別に怖くはないけど、なんか近寄りがたい感じはするかなあ」
夢の説明は主観的でまったくわかりません。
でもこの時点で私の好奇心はムクムクと大きくなっていました。
「エアリス先輩はね、少しでも時間があれば一年生の教室に行くんだって。そこに彼女のご主人様がいるから」
「ご、ご主人様~?」
夢から飛び出したとんでもない単語に思わず仰け反ってしまいます。
ご主人様って。
去年やったアニメのヒロイン役で、いっぱい女の子のメイドを侍らせたハーレムモノがありました。結構人気が出て、来年二期目が放送されますが、演技じゃなきゃ絶対ご主人様なんて言えないです私。
「うん、なんとかのなんとかクレスっていう、すごく長い名前の留学生で、どこかの国の王子様だっけ?」
「いや、私が聞いた話だとリゾーなんとかって小国の宗教指導者って言ってたぞ」
「な、なんでそんなすごそうなヒトがウチの学校にきたのよ?」
豊葦原学院に国際交流の制度はありますが、それはアメリカの姉妹校との交換留学です。時期だってもっと暖かくなってからだし、こんな冬の寒い季節なんかじゃありません。
「彼の推薦人がね、あの御堂財閥とカーネーショングループなんだって」
「え、あの大財閥の御堂と、あとこれの?」
私は鞄の中から愛用している化粧水と乳液を取り出します。
カーネーションブランドはちょっとお値段が張りますけど、手が出ないほどでもないし、とにかく肌に馴染むので使い続けているのです。そういえばお母さんも使ってたかも。
「うわ、いいなあその乳液。一介の高校生には手がでないよ」
「え。私もお家で使ってるよ。お母様がこれにしなさいって買ってくれるの」
「格差社会バンザイ」
涙に暮れる希は放っておきます。
「なるほど、そんなビックネームの後ろ盾もある子なのか。美人のエアリス先輩とやらにも惚れ抜かれてて、よっぽどカッコいい男の子なんだろうね、その一年の留学生って」
さっきから連帯感がすごいです。
みんなが一斉に口を真一文字にして眉間にしわを寄せました。
「いやあ、それがお世辞にもカッコいいとは言えないかなあ。髪はボサボサだし、おっきなメガネで顔も殆ど見えないし。背もそんなに高くないし……」
「ええ、そんなの関係ないよ希ちゃん。エアリス先輩はそんなとこじゃなく、ちゃんと彼の内面を見て好きなってると思うな私」
ふーむ。周りにはわからない、でもエアリス先輩にだけわかる魅力か。
なんというか、妙な共感を覚えてしまいます。
私の恋も茨だったからなあ。
「子供がいるっていうのはホントなの?」
私は一番気になっていたことを質問してみます。
学生結婚している間柄なら、私達の邪推は失礼ってもんです。
「あ、それは違うみたい。な?」
「そうだね、エアリス先輩とふたりで幼稚園くらいの女の子の親代わりをしてるんだって」
「なんだ、すごくいい奴じゃん。きっと夢の言うとおりだよ。ちゃんとその女の子を大切にしてくれるからエアリス先輩だって彼のこと好きなんじゃないの?」
私たちを取り囲んでいた周りのクラスメイトたちもザワザワとし始めます。
特に男子なんかは「うーん」と複雑そうな表情。
そんなにか、と私は驚きます。きっとこの学校の男子すべてが、そのエアリス先輩とお近づきになることは絶対にできないのです。それがわかっていながら納得できない。
なんとかクレスっという一年生の留学生は、そんな美人に全く釣り合わない男の子のようです。少なくとも、周りにはそう思われている子なのでしょう。
「ふふふ、気に入った。超面白いじゃない。ぜひともその冴えない留学生くん、この目で見てみたくなったよ。エアリス先輩ともあっという間に友達になってやる。希、夢」
「心深ならそう言うと思ったよ。狙い目は昼休みだ。エアリス先輩は必ずE組の留学生のとこに重箱弁当持っていくんだって」
「ねー、仲良く『あーん』ってしながら食べ合うみたい」
「ほうほう、それはお熱いことで。こちらもご相伴に預からないと」
暮れも押し迫る師走に季節外れの台風がやってきたようです。
休みを前にして浮ついた空気の中、みんなすごく楽しそう。
私も、久しぶりに希や夢と会えてすごく嬉しいです。
冬休みになったらすぐクリスマスです。
イベントやラジオの収録に、録り溜めできる作品は駆け足で収録があります。
お正月は休めるはずだから、希と夢と初詣に行って遊び倒すつもりです。
ああ、本当に。
あの馬鹿はどこでなにをしているのでしょう。
逢いたいなあ。
この賑やかな輪の中の片隅で、居心地が悪そうな顔でもいい。
あいつが居てくれたら、私は本当に心の底から幸せを感じることができるのに……。
*
「で、あるからして……」
授業中。
この日の1年E組は緊迫した雰囲気に包まれていた。
教鞭をとる先生も、身体を黒板に向けながらもチラチラと後ろを、正確には僕の方を見てくる。もっと正確に言えば僕の後ろ……。
「なんだ、どうした?」
先程から背中にものすごい視線を感じている。
エアリスさん、頼むから僕じゃなくて黒板を見てくれないかな……。
事の発端は一時限目が始まってすぐのことだった。
「起立、礼。――さて、テストも終わって冬休みも目前だが、終業式まで授業はある。テスト休み? そんな軟弱な制度は忘れろ。それにしても一年生の冬期講習の自主参加者が少ないぞ。30日の午前中までだというのに。今から受験戦争は始まっているのだ。ギリギリまで頑張ろうという気合の入ったものおらんのか――ってなんだチミは!?」
なんだチミはってか?
なにを隠そうエアリスさんである。
ガラガラと、突如として現れた彼女の手には机と椅子が抱えられ、遠慮もなしに教壇の真ん前を通り、呆然とするクラスメイト(僕を含む)の視線もなんのその、列の最後尾――つまり僕の真後ろに陣取った。
「チミ、いや。なんだキミは? 確か二年の成華・エンペドクレス・エアリスだったか――ヒッ!?」
わりと体格のいい男の先生がビクリと仰け反る。
エアリスさん、まだその名前で呼ばれると舞い上がるんですか。
でも照れ隠しに相手を睨むのはやめて下さい。
「すまないが、私は主の怪我が治るまでの間、こちらで授業を受けさせてもらう。見ての通り彼は利き腕が使えない有様で日常生活にも何かと支障をきたしているのでな」
「いや、二年生が一年生の教室に滞在するなど、本来の学業に支障を来す。気持ちはわかるが戻りなさい」
まったくもってそのとおりだ。
エアリスの眼光にたじろいでも、言うべきことを言うとはなかなかいい先生だった。
「ハイハイ先生、もう終業式は明日やないですか。とすれば実質今日いっぱいおったとしても全然問題ないと思います。ここは成華くんを想うエアリス先輩の気持ちを尊重するべきやと思います」
挙手しながら星崎くんが援護射撃を。
それで水を得たのか次々とクラスメイトがそうだそうだと同意し出した。
結局先生は折れた。
最後はエアリスに、「あなたが同意しないというのなら仕方がない。我らの後見人となっている御堂とカーネーションに相談させてもらう。時に教諭、あなたのお名前はなんとおっしゃられたか?」と言われ、あっさり意見を翻した。可哀想に震えてたよ先生……。
げに恐ろしきはエアリスの適合性。
私立学校のスポンサーでもあるビッグネームを出して教師を脅すとは。
いつの間にこんな腹芸も覚えてしまったのだろう。
とにかく、僕としては実に心が休まらない一時限目が幕を開けた。
*
うん。
感じるね。
すっげえ視線を背中に。
まあいいさ、僕の背中が針のむしろになるだけでエアリスが安心してくれるのならそれはそれでいいことだようん。
チラチラとエアリスをのぞき見ていたクラスメイトたちも、その度に先生から咳払いの牽制をもらうので、さすがにみんな授業に集中し始めた。カツカツと板書の音だけが響き、先生の低い声だけが教室にこだましていく。
正直、僕の心はの中は授業どころじゃなかった。
人研の特別病棟にいたときは、ひとりになることができなかった。真希奈もアウラも、そしてエアリスも、みんな僕を心配してくれ、常に世話を焼いてくれたからだ。もちろんそれはありがたいことだが、どうしても僕はひとりになって考えなければならないことがあった。
地球に帰還して三ヶ月あまり。
僕にとってはあまりにも密度の濃い三ヶ月だった。
そしてまさか、こんなにも早く彼女の影に出会えるとは思わなかった。
何から何までセーレスと瓜二つの、そして性格と年齢だけがまったく異なった金髪の女。一瞬でも彼女をセーレスと見間違えた僕のことを、あの女は殺しにかかってきた。
今、改めて冷静になってわかる。
彼女はセーレスであって、セーレスではない。
『セレスティア』と言う名前らしい。
意識を失った僕の代わりに真希奈が聞いていたのだ。
黒いロボット――おそらくヒトが乗り込んで動かす本物の機動兵器がそう呼んでいたと。
そしてセレスティアは――精霊だ。
エアリスの内側からアウラが現れい出たように。
セーレスを守護する水の精霊が顕現したのがセレスティアなのだろう。それならば、セーレスと容姿が似ていたのも、セーレスと同じ水精魔法が使えたのも納得できる。
地球へと攫われたあと、彼女の身に一体どんなことが起こったのか。精霊が顕現する事態とは、宿主に危険が迫ったときだ。
エアリスは、大したことではないと今でこそ笑ってはいるが当時、地球という彼女にとっては異邦の土地で相当な無理をしていたらしい。
それと同じようにセーレスにも精霊が顕現しなければならない事態が起こったと見るべきだろう。
その考えに思い至ったとき、僕には焦りが生まれた。
それと同時に冷静にもなった。
アウラの存在にエアリスが救われたように。
セレスティアの存在もまた、セーレスにとっての幸いになったのだと、そう信じたい。
今はまだ彼女の所在はわからない。
だが多くのヒントはあった。
あのような巨大ロボット兵器を造り出すことができる国は限られているだろう。
純白のロボットに乗ってやってきたセレスティア。
それを追いかけてきた漆黒のロボット。
そして同じ頃、『G.D.S』メンバーを救い出したアメリカ軍。
それらは決して偶然などではない。
地球に魔法の素養があるものを連れて帰る。
それがセーレスを地球へと攫ったアダム・スミスの目的だったはず。
そして、僕がいない間にセーレスの身に何か不測の事態が起こり、セレスティアがあれほどまでに取り乱して僕に憎しみをぶつける結果になったのだとすれば――!!
「ッ……ん、なに?」
突然顔の脇に差し出された手。
そこには真っ白いハンカチが握られていた。
「馬鹿者。周りの者に気付かれる前に拭け」
エアリスに言われ気づく。
広げた教科書の上にパタパタと赤い雫が落ちた。
握りこんだ左の拳から血が滴っている。
無意識の内に随分力が入っていたらしい。
受け取ったハンカチで拭えば、爪先が食い込んだ傷跡は少しずつ小さくなっていく。カーミラの眷属となった恩恵はキチンと働いてるらしい。
ああ……。
思い出したらまた罪悪感が。
ダメだ今日は。
思考のすべてがマイナスの方に向いてしまう。
だからだろうか。
僕は今日この日、とても重要なことを忘れていた。
他に優先すべきことが多すぎて、わざと記憶の隅に追いやっていたのだ。
僕とあいつとの再会が、まさかあんな事件に発展するとは。
そして如何に敵が権謀術数に長けているのか。
僕は後々、それを嫌というほど思い知ることになるのだった。
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