第129話 追いすがる過去と今④ 乱痴気登校風景~脱童貞おめでとう!
* * *
どうも皆さんお久しぶりです、成華・エンペドクレス・タケルです。
のっけから早々申し訳ありませんが、みなさんは『吸血鬼』ってご存じですか?
そうです、古今東西様々に、愉快な解釈が溢れるあの『
前々から思っていたんですが、吸血鬼の説明をするときって、何故か弱点ありきで語られますよね。
陽の光に弱かったり、聖水が苦手だったり、鏡に映らなかったり、十字架やにんにくがダメだったりと。
夜を生業とする彼らは人間の生き血を主食としながら、時に嗜好の対象で吸血することもあるそうです。
総じて人間以上の怪力と寿命を持ち、基本的には不死とされてたりします。
――などとまあ、どうしていきなりこんな話を始めたかというと、僕自身がその『吸血鬼』とやらになってしまったっぽいからなんです。
え、お前は魔族種だったんじゃないかって?
仰るとおりですねー。
ディーオ・エンペドクレスのきまぐれなのか運命なのか、僕は彼の強大な力をまるごと譲り受けることになりました。まるでよくある漫画か小説のように、神様から突然チートを与えられたのです。
いろいろと使い勝手が悪い力ではありますが、そのおかげで僕は『吸血鬼』になる前から不死身……のはずでした。
僕が不死身なのは、ひとえに膨大な魔力のおかげです。
無色透明な生命エネルギー――魔力のおかげで、僕は怪我をしても一瞬で治るし、原子分解されても元の姿に再生することができます。
でもそれは厳密には怪我の回復が異常に早いだけで、魔力が失われてしまえば、僕は実にあっさりと命の危機に瀕してしまうことになります。
唐突ですが、僕の魔力をパソコンのメモリーに置き換えて考えてみて下さい。
魔力というメモリーの最大値は決まっています。その中で僕はメモリーを食いつぶしながら、魔法という多くのソフトウェアを起ち上げていました。
それは魔法の操作だったり、魔素への働きかけだったり、最近では僕が創りだした人工精霊真希奈への魔力供給もありました。
魔法で空を飛ぶことひとつをとってみても、風の魔素を纏って身体を浮かせて、爆発させた炎の魔素を、風の力で束ねて後ろに押し出すことで推進力にします。
強靭な
その中でもとりわけ一番魔力食いなのが僕の中にある『聖剣』と呼ばれる存在でした。
聖剣。
オクタヴィア・テトラコルド――かつて魔族種白蛇族の長である幼女が教えてくれたのです。
聖剣とは魔法世界の危急を幾度も救った伝説の存在であると。
それはヒトならざる神の御業によって造られ、世界の調停と安寧のためだけに現出するのだと。
僕は地球へとさらわれてしまったセーレスを追いかけるため、聖剣が生み出す異界への門『ゲート』の魔法を渇望しました。
狂気とも言える執念でどうにかこうにか聖剣を手に入れた僕は、エアリスと共に地球へとやってきて現在に至るわけですが……日々の忙しさの中で、ついつい忘れてしまっていたのかもしれません。
僕は、自らの力の源泉である内なる世界、『虚空心臓』内に聖剣を囚え、魔力という対価で無理やり従わせてきたのです。
いつ逆襲され、殺されてもおかしくない猛獣を体内に宿しているという事実を、僕は生きるか死ぬかというギリギリのタイミングで思い知らされました。
聖剣が暴走したのです。
他の魔法制御に多く魔力を費やし過ぎた結果、聖剣はここぞとばかりに僕の内で牙を剥きました。
緊急措置として全ての魔力を費やして再び聖剣を押さえつけ、最悪の事態――聖剣が僕という宿主を喰らい尽くし、この地球上で無尽蔵に解き放たれてしまうことだけは防ぐことができました。
その結果僕は
真希奈がなけなしの魔力でとっさに衝撃を和らげてくれなかったら……。
また、皆が僕に預けてくれた『プルートーの鎧』がなかったら、僕はきっと今こうしてみなさんにご報告なんてできなかったかもしれません。
それでその後どうなって、吸血鬼になるハメになったのかは、まあおいおいご報告させてもらいます。
*
12月なのに日差しは温かい。
そんな冬休みを直前に控えたとある日、僕は通勤通学でヒトが溢れる学校までの道のりを、エアリスと一緒に登校中だった。
「ああ、そう。うん、大丈夫。いや平気だって。なあ、もう切るぞ?」
僕は首からストラップで下げたスマホを耳元にあてがい、もう何度目になるのか通話を終えようと試みていた。
『お待ち下さいタケル様、真希奈はまだ言いたいことは山程あります。いいですか、決して無茶はなさらないでください。聖剣の暴走が収まり、再び魔力を肉体再生に使えるようになるまで、しばらくは不自由な生活が続くのですからね。タケル様はなんでもかんでもご自分ひとりで行おうとするきらいがあります。どうぞ今そこにいる
「わかった、わかったから。というかこの流れもう今朝から三回目だぞ?」
『お戯れを。四回目ですよ』
「なお悪いわ――っぷ!?」
歩きながら通話していたら前の歩行者にぶつかってしまった。
というかエアリスさんだった。
見れば赤信号の横断歩道である。
危ない危ない。
僕はかつて交通事故に遭ったことがある。その時は全治二ヶ月の重症だったが、今の僕がトラックに轢かれたら普通に死ぬと思う。地球を道連れにして。
「危ないぞ貴様」
「ああ、ごめん。真希奈、話しながらは却って危険だから、もういい加減切るぞ。授業中にはかけてくるなよ。昼休みにしてくれ」
『タケル様、まだ真希奈の話は終わってません、タケル様――!』
終了ボタンをタッチしてスマホを離す。
ブラン、と垂れ下がるかと思いきや、スマホは目の前の胸の谷間にキャッチされた。
「エアリスさん」
「なんだ?」
「近い。あとなんでこっち向いてるの?」
そう、先ほどエアリスにぶつかったとき、僕は意外な感触に内心はドキっとしていたのだ。
だって彼女は信号待ちをしながら僕の方を向いて立ち止まっていたのだ。
普通なら背中にぶつかるはずが、『ムニっ』と魅惑の柔らかさに包まれてしまったではないか。
今の僕はなかなか重症な風味だ。
大きな怪我を最優先で回復しているためか、細かな傷が全く回復しない。
なので頭に包帯をぐるぐる巻いて、体中も包帯だらけ。
おまけに右腕はギプスで固定され、アームホルダーで吊られている。
どの右腕に、エアリスさんの豊かなお胸が当たって、イヤらしい感じに潰れていらっしゃる。
ここは往来の横断歩道。
当然僕たち以外にも信号待ちしているヒトたちはいるわけで。
そのヒトたちが何事かとこちらに注目してくる。
いけない。エアリスのイヤらしいお胸を衆目から守らなければ。
「なんだ?」
「いや……」
僕はグイッと、左手で彼女の肩を抑えながら一歩後ろに下がる。
当然のようにエアリスさんは距離を詰めようとするので「ちょっと待って」と言って押し止める。
「ぐッ」
「どうした、まさかどこか痛むのか!?」
一瞬痛みにうめき声を上げた僕をエアリスが気遣おうとする。
「いや、大丈夫。それよりも少し離れて。周りの目がやばいから……」
「なんの話だ?」
あなたそれだけ綺麗なお顔とユニバース級のスタイルしていて自覚ないんですか。というか僕っていつも周りから嫉妬される女性と歩いている気がするなあ……。
「まあ、本当に大したことがないのならいいが。少しでも痛みがあれば言うのだぞ」
そう言ってエアリスは半歩だけ下がる。
エアリスは僕と向かい合ったまま、まるで車道側から僕自身を守るように立ち塞がって、チラチラと首を巡らせて信号が青になるのを待っている。
周りには老若男女を問わずヒトがいっぱい詰めているわけで。
さっきから男たちの視線がものすごく怖いよう……。
「妙な視線を感じるな。殺気とまではいかないまでも、何やらねっとりと絡みつくような不快な視線だ。気をつけろタケル」
「それ多分嫉妬だから」
「なんだとどういう意味だ?」
「いや……あ、青になるぞ」
「うむ。では決して私から離れないようついてくるのだぞ」
「はいよ、エアリス母さん」
「何を言っている。私はお前の母ではないぞ?」
「ああ、でも頼りにしてるよ」
「任せろ。この生命に替えても貴様を守りぬく」
なんて逞しい背中だろう。
肩を怒らせてのっしのっしと歩く美貌のエアリスに、周りは必然道を譲る。その後ろを虎の威を借るきつねのように着いて行くのが誰であろう僕だ。
もう男たちの嫉妬の視線が痛いのなんのって。
ずっと針のむしろで朝から変に疲れてしまう。
そんないつもとはかなり趣の違う通学風景の中、不意に「タケルよ」と、こちらには振り返らず、エアリスが僕を呼んだ。
「うん、なに?」
「……いや、なんでもない」
「そうか」
「ああ。呼び止めてすまなかった」
「何言ってんのさ。僕の方がずっと迷惑かけてるんだし、全然気にしてないよ」
「迷惑などではない。我が主に仕え、守るのは従者として当然のことだ」
「ああ、ありがとうな」
僕はエアリスの背中を見つめたまま感謝を口にする。
エアリスもまた振り返らず、油断なく前だけを見据えながら僕へと頷いた。
*
シリアでの事件から四日が過ぎていた。
『G.D.S』のメンバーは全員救出され、大々的なニュースとなっていた。
人質の救出を行ったのはアメリカ軍の特殊部隊であり、犯行グループは全員拘束。
そのスマートな手腕は高く評価され、世界中からは賞賛の声が届いている。
百理やイリーナがもたらしてくれた情報によれば、すでに『G.D.S』メンバーはアメリカ軍に保護され、現場の病院にいた怪我人たちも無事相応の施設に搬送されたとのことだった。
結局。
格好つけて救出に行ったはいいけど、僕は最後まで責任を持つことができなかった。
最大の脅威を排除したからといって、はいさよなら、ではやっぱり助けましたとはいえないと思う。
『G.D.S』メンバーを全員安全地帯に送り届けた連中こそ『救出した』と大手を振って言えるだろう。
「ん?」
ふと視線を感じて顔を上げる。
エアリスが肩越しに振り返っていた。
僕と目が合った途端、スッと視線を外して前を向く。
きっと僕が考え事をしている間中、ずっと見守ってくれていたのだろう。
エアリスは、恐らく僕に聞きたいことがあるのだ。
でも僕も核心が持てないことでもあるし、今聞かれても答えようがない。
お互いそれがわかっているから、どうにも気まずい雰囲気になっている。
『おまえのせいでお母様は――!!』
お母様、か。
そう言うということは、おそらく彼女は――
「どないしたん、センセ!?」
突然の声に僕の思考は中断された。
横合いから歩み寄ってきたのは、例の三人組だった。
甘粕士郎。
針生清次。
星崎一平。
クラス内ではまことしやかに三バカなどと呼ばれている彼らだ。
強烈な印象を残した唯我独尊・甘粕士郎くんと。
僕に真っ向勝負をしかけてきた針生清次くん。
そしてその裏でエアリスをナンパしていたという星崎一平くんだ。
今ではエアリスのことで僕への嫉妬に狂う男子生徒の中で、唯一忌憚なく会話ができる得難い友人となっている。
「おいおい、どうしたっていうんだよ、マジで重症じゃねーか!」
これは針生くんだ。
まあ彼らが驚くのも無理はない。
確かに今の僕は事実重症なのだ。
自身の魔力による回復ができず、怪我の治りもまるで遅い。
カーミラのおかげでどうにか瀕死からは脱することができ、こうして出歩くこともできるようになったが、それでも無茶はできない。
頭には包帯を巻いて、右手はガチガチにギプスで固定されて、露出した肌も包帯でグルグルになっている。
週末を挟んで一昨日と昨日は学校を休み、明けてこの有様だったらビックリするだろう。
「うん、ちょっと転んじゃって。大げさにしてるけど、割りと平気だから」
「とてもそうは見えへんけどなあ」
「おう、20トントラックにでも激突した風味だぞ」
「はは、まさか」
ちょっくら戦闘機と追いかけっこして、聖剣に右腕を食われて、地面に激突したあとテロリストに集中砲火を浴びて、最後は水の蛇に貪り食われただけだよ、なんて。
熱心に僕を心配してくれる針生くんと星崎くん。
うーん。やっぱり友達っていいなあ。
昔の僕だったらそんなこと絶対思わなかっただろうけど。
そんな中、ふたりとは対照的に一歩距離を置いて僕のことをじっと観察しているのは甘粕くんだ。
彼はちょっと変わっている。
個人の嗜好をどうこう言いたくはないけど、エアリスは彼を天敵のように警戒している。
「あの、どうかした甘粕くん?」
「ふむ」
彼はジロジロと僕のつま先から頭の天辺まで舐め回すように見てくる。
なんだ? まさかアウラだけじゃなくそっちの趣味まで?
そうなったらさすがにエアリスを止める自信はないなあ。
「おめでとう。男の顔になったな」
「は?」
彼は唐突にグッと親指を突き出してきた。
いきなり何を言い出すんだろう。
「隠さなくてもいい。俺にはわかるぞ。一足先に大人になったようだな」
「あ」
「おい、それって」
「なんやて!?」
その言葉に誰よりも反応したのは星崎くんだった。
「ちょセンセ、どういうことなん? ガッコ休んで何してたん自分? てか相手はやっぱりエアリス先輩なん? ――で、どんな具合やった?」
「ショックを受けてるのか興味津々なのかどっちなんだてめーは」
身を乗り出して詰め寄ってくる星崎くんを針生くんが押しとどめてくれる。
そんな彼も「マジなのか」みたいな目でジロリと僕を見てきた。
というか何故バレた。
甘粕くん恐ろしすぎる。
「なんだ、貴様ら何を騒いでいる。我が主に無礼を働いたらいくら貴様らでも許さぬぞ」
「…………」
「…………」
「…………」
針生くんと星崎くんが甘粕くんを見る。
甘粕くんは目をつぶり眉間にやや皺を寄せながらフルフルと首を振った。
「よかった、神様はまだおる!」
そう言いながら拳を突き上げたのは星崎くんだ。
というか甘粕くんはどうして他人の性経験の有無をそんな看破できるの?
「だとするとすげえな。エアリス先輩を袖にしておいて他に女がいるってことじゃねえか」
「これはチャンスなん? でもセンセ、二股は男としてどうかと思いますぅ!」
「いや、違う、そういうんじゃなくて仕方なくというか流れというか、でもとにかくエアリスには内緒にしといてくれ!」
僕らはエアリスから離れ、歩道の端っこで密談を交わす。
異様な雰囲気を撒き散らす僕らは大いに通行の邪魔だが、そのおかげでエアリスも遠巻きにするだけで近寄ってはこない。
僕が三人にそう懇願すると、彼らは「ふっ」とシニカルな笑みを浮かべた。
「下衆やなあセンセ。なんや普段のそつのない感じより今のあんさんの方が遥かに好感がもてまっせ」
「そういうのも男の甲斐性ってやつなんだろうな。後学のために参考にさせてもらうぜ」
「キミが誰とどのような関係になろうと構わないが、娘であるアウラさんを悲しませるようなことだけは許さないぞ」
ことここに至っては甘粕くんが一番まともなことを……。
僕は忘れていたかった事実を第三者から指摘されがっくりと肩を落とした。
そうなのだ。
色々と他に考えなければならないことも多いが、目下最大の懸案事項はまさにそれのことなのである。
「で、センセを大人にしてくれた相手は一体誰なん?」
「いやマジで勘弁してくれ。僕も向こうも仕方なくだから。お互い納得済みで、三人が期待してるようなことは一切ないから」
「おいおい、そんな男にとって都合のいい相手がいるのかよ! やり捨てかよ!」
ところがどっこい。まさかまさかそんな都合のいい相手がいたのだこれが。
そのおかげで生命を救われておきながら、僕自身もビックリなのだ。
口を噤む僕に対して、舌鋒鋭く甘粕くんが切り込んでくる。
「いや、恐らく相手は年上だな。所謂大人の女性というやつだ。普通の女とはかなり価値観が違っていて、人生経験が豊富で、決して自分を安売りはしないが、気に入った相手にはとことん甘くなるタイプだろう」
「やめて、そんな冷静に分析しないで! っていうか甘粕くんってニュータイプかなんかなの!?」
僕は戦慄した。まんまカーミラの性格そのものじゃないか。
「どうでもいいが、いい加減にしないと遅刻してしまうぞ貴様ら」
呆れ顔のエアリスに促され、ようやく僕たちは登校を再開する。
星崎くんはニヤニヤと僕を肘でつついてくるし、針生くんは腕を組んで感心したように頷いている。甘粕くんに至っては僕はもう恐ろしくなってしまってまともに顔を見ることができなくなってしまっていた。
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