第125話 変わりゆく世界④ デブリーフィング~デレデレの水精魔法使い

 *



「やべーやべー。勢いがつきすぎたぜ」


 漆黒の天使――YF-23ブラック・ウィドウのコックピットでマリアは大きく安堵の息をついた。


 デビュー戦が対テロリストとの多対一の戦いとなり、それは本来のI.E.Aの運用として間違ってはいないものの、やはり後味の悪い戦闘だったことは否めない。


 それに対して、今回の歩兵拡張装甲部隊との戦いはスカッと爽やかに完勝することができた。


 相手も同じ軍人だし、装甲に守られていると思えば遠慮は一切無用だった。


 本当なら模擬弾を補充してから戦闘開始となるはずが、我がまま女神様のせいでいきなりI.E.Aで空挺降下エアボーンをするハメになってしまった。


 飛び道具が一切使えない状態で三次元機動を駆使して戦ったが、なんとかなるものだとマリアは胸を撫で下ろしていた。


「――っち。最後はセレスティアにケツ拭かせちまったな。怒れねえじゃねえか」



 *



 三日前。

 セレスティアと、ついでにスミスの真実を知ることとなったマリア。

 すぐさま、セレスティアの元へ行こうとする彼女をスミスは呼び止めた。


「待ってください、どこへ行こうと言うのですか」


 正直、そのおっとりとした声にマリアは苛立った。

 肩越しに振り返り、彼女は怒気を込めて吼える。


「今の話を聞いてジッとしてられるか、セレスティアのところに決まってんだろ!」


「そうですか。ですが現在のあなたのセキュリティパスでは彼女のところまでは行けませんよ」


 スミスの指先に挟まれているのは、マリアが持っているものとは違うパスカードだった。


「いかがです、こちらを差し上げる代わりに――」


「よこせ、今すぐ」


「おっと」


 興奮気味のマリアから魔力が湧き立つ。

 日焼けした肌――この一年でだいぶ元の白い色に戻ってきてしまった――が、カアっと赤く染まる。


 正しく鬼神のような迫力にスミスはゴクリと喉を鳴らした。


「まあまあ、落ち着いてください。今日はあなたに辞令を出します」


「は? 辞令?」


「はい。日本の習志野駐屯地で教導官をしてきてください」


 シュウ~っとマリアから湯気が上がる。肌の火照りが消えて、魔力が霧散する。


「あ、あたしが何だって?」


「教導官です。『防衛装備移転三原則』に従い、日本の陸上自衛隊には世界に先駆けて歩兵拡張装甲を供与しています。半年前からシュミレーター講習を、そして先月からは実機訓練を行い、その最後の仕上げとして、三日後に北海道で日米実働訓練FTXがあります。あなたにはそこで戦ってもらいます」


「いや、でもあたしはヒトに教えるってガラじゃ……」


「ネットで英語の添削や、スカイプを通じて講師をしていたじゃないですか。大層人気の先生だったと聞いていますよ」


「そりゃ相手が女子供で、ほとんど小中学生だったからだ!」


「まあまあ、大丈夫ですよ。部隊教育の訓練を受けていないあなたに多くは求めません。前回の初陣で対テロリスト戦において威力を発揮したI.E.Aですが、今度は歩兵拡張装甲同士での戦闘データが欲しいのです」


 なるほど。教導官とはいえ、一から歩兵拡張装甲の座学をするわけではないのか。

 いわば仮想敵アグレッサーとして戦い、双方でデータを取り合うための模擬戦がメインになると。


「相手の練度はどんなもんなんだ?」


「はっきり言って優秀ですね。元々『レンジャー』や『特殊作戦群』を擁する精鋭中の精鋭です。シュミレーターの成績も右肩上がりですし、実機を手にしてからの伸び幅が異常です。恐らく我々AATに次ぐ実力を持っているでしょう」


「そんな連中に相手に何を教えろっていうんだよ……?」


「確かに。あなたのような麗しい女性が頭を飛び越えて教導官になったところで、現場は聞く耳など持たないでしょうね。反発されることは必至です」


 部隊内の指揮と士気を乱すもの。

 それは総じてよそ者のことである。

 この場合はマリアのことだった。


「ですから最初が肝心です。軍隊とは縦割りの組織。そして実力至上主義の世界です。あなたは思う存分、相手を蹴散らして下さい。今回の共同訓練の目的は第三世代型の有用性をアピールすることにありますから」


 第三世代型I.E.Aは、それまでの機体とは一線を画す機体だ。

 配備数が少ないのは、乗りこなせる人間がいないだけでなく、開発コストがバカ高いことにも起因する。有用性をスポンサーにアピールすることは、まだまだ必要なことだった。


「いいですねマリアさん。ギリギリの勝利などいりません。圧倒的勝利を収めてきてください。そしてそれができるのはあなたしかいません。なんたってマリアさんはうちのエースですから」


「――っけ。褒めたってなんもでねーぞ。まあ命令だって言われればどこでも行くけどな。それにしても日本か」


 長くインドネシアに住んでいたマリアからすれば金持ちの多い国、くらいのイメージしかない。あとはテクノロジーが進んでいて、スミスのような趣味のやつがいっぱいいるなどと思っている。日本からすれば失礼きわまりない。


「いい国ですよ、私の趣味は別として、食べ物も安全で美味しいですし。……それにですね、日本にいれば何かいいこと・・・・・・があるかもしれませんよ?」


 ふとマリアがスミスを見れば、いつもよりさらに拍車がかかったイヤらしい笑みを浮かべていた。本来なら見慣れたはずのその表情は、今までで一番嫌悪感を抱かせるものだった。


「いいことだと? 他になにか任務があるのか?」


「いえいえ、特に含みはないんですが、マリアさんも戦ったり訓練ばかりしてないで、たまにはボーイフレンドでも作ったらどうですか? 日本人の男性はシャイですが、あなたみたいな男勝りな方とは相性がいいかもしれませんよ」


「大きなお世話だよ!」


 スミスは肩をすくめながら「まあ、それは話半分に聞いておいて下さい」と宣い、やにわに居住まいを正した。


「こほん――マリア・スウ・ズムウォルト少尉。貴官に日本への出向任務を命じます」


「サーイエッサー! マリア・スウ・ズムウォルト少尉、謹んで拝命します!」


 形式的なやりとりだが、ここ一年でマリアの敬礼もだいぶ様になっていた。

 うんうん、とスミスは好々爺のように鷹揚に頷いていた。


「いやあ、それにしてもいいですねマリアさん。習志野からなら小一時間も車を飛ばせば、いつでも秋葉原に行けるじゃありませんか。本当に羨ましいです」


「そんなに言うならおまえが行けよ」


「もちろん、私もあとで合流することになるでしょう。ただその前にソ連――ロシアの旧友に会わなければならないのです。ああ、今どきの若い子はゴルバチョフさんなんて知らないでしょうねえ」


「いやホント誰だよそれ」


「玄田哲章さんの声が似合うナイスガイですよ」


「だから誰?」


「……おじさんショックです。確かに一線を引いたとはいえ、超大御所声優なのに!」


「なんで日本のボイスアクターがロシア人と関係あるんだよ!」


「日本のメディアで紹介される時の吹き替えは玄田さんって決まってるんです!」


「知るか!」


 もう付き合ってられるか、とばかりに、マリアはスミスの手からセキュリティカードを引ったくった。


「あ、あとでお土産リストを渡すので秋葉と中野で買ってきて――」


 スミスが顔を上げた時にはマリアの姿はもうなかった。

 一直線にセレスティアのところに向かったのだろう。

 誰もいなくなった部屋でスミスはひとりため息混じりの苦笑を浮かべていた。


「隊長」


 入れ替わりで部屋に入ってきたのは、大きなバイザーをつけたオータムだった。

 マリアのような野戦服BDUではなく女性士官用の制服姿だった。


「マリアさん、なんだか疾風はやてのように走り去って行きましたけど」


「ええ、先ほど日本への出向をお願いしました」


「そうですか。では、お話・・されたんですね?」


「ええ、一通りは」


「マリアさんの様子からすれば、ボロは出していないみたいですね。安心しました。隊長、意外とそういうの抜けてますから」


「はっはっは、確かにそうですが、貴重な駒を失うようなことはしません。私が異世界において大量殺戮者であるだとか、この地球でも手を血に染めてきたとか、その類いの話をすれば軽蔑されてしまうでしょうからね」


 正道では決して成し得ないこと。

 スミスの進む道、英雄へと至る覇道には数多の屍が積み重なっている。

 その道を、正気のまま一緒に歩んでいけるのは、恐らくオータムだけだろう。


「さて、私も雑務を片付けて出発しなければ。引き続き同行秘書をお願いしますよ、かえ――オータムさん」


「サーイエスサーです隊長」


 オータムは小首を傾げ小さく敬礼をする。

 決してマリアや他の隊員には聞かせられない会話だった。



 *



 ブラック・ウィドウを膝をつかせた待機状態で固定し、マリアは雪原へと降り立った。


 死屍累々と転がるメランガー、及びケベラニアンだが、それほど大きな損傷にはなっていないはずだ。


 装甲防御に優れる反面、三次元機動とは基本無縁のパイロットは、先のように蹴り飛ばしてやったり、ハーケンを使って振り回してやるだけで、途端へこたれてしまうのだ。


 これは如何にヒト型ロボットの搭乗者に対して、衝撃や過度のGによる身体負荷がかかるかを物語っていた。


 先ほどマリアがしていた変態的・・・な三次元機動など、彼らが体験すれば一瞬で意識を失ってしまうだろう。


 例えば日本の航空自衛隊が誇るF2戦闘機では機動で最大8Gが。F-15に至ってはさらにそれを越える負荷がかかる。歩兵拡張装甲の場合は、それと同等の負荷が瞬間的かつ断続的に襲ってくる。


 戦闘機動もヒト型であるためより複雑であり、一概には比較できないが、戦闘機ともまた違った適性が必要となる。


 アクア・リキッドスーツによる補助と、魔力による身体能力の向上がなければ、マリアだって吐瀉物の海の中、窒息死してしまうかもしれないのだ。


「ん?」


 雪原の向こうに黒山の人だかりができていた。

 ほうぼうの体で歩兵拡張装甲からベイルアウトした自衛隊員たちが集まり、喧々諤々と言い争っているようだった。


「隊長、模擬戦のやり直しを要求します!」


「自分も納得できません。あんな奇襲まがいの戦法、実戦では使えません!」


「そもそも最初、あの黒いのは人質・・をとっていたではありませんか!」


「そうです、あれで躊躇いが生まれました。それがなければ最初の集中砲火で勝ちを取れていたはずです!」


「おまえら、ちょっと落ち着け……!」


 何やら殺伐とした雰囲気だ。

 耳を傾けてみれば、どうやら先程の戦闘がお気に召さなかったらしい。

 マリアは「しゃーねーなー」と頭を掻き毟りながら、すうっと息を吸い込む。


ATTENTION気をつけ――!!」


 魔力を込めたマリアの大声はよく響いた。

 居並ぶ隊員たちは肩をすくめ、完全に腰が引けてしまっている。

 マリアはズカズカと工藤2尉の前に詰め寄った。


「あんたが部隊長か?」


「は? あの、キミは?」


「アメリカ軍対テロ特殊部隊AAT所属、マリア・スウ・ズムウォルト中尉・・だ」


「キ、キミが、あの機体のパイロット――!?」


 ザワザワと他の隊員たちがどよめく。

 まさか自分たちをこてんぱんにしたのが、こんな小娘とは思わなかったからだ。


 ついでに言えば、工藤以下は曹士――アメリカ軍で言えば少尉以下の階級のものばかりだ。


 マリアは日本に出発する直前、「陸自の隊長が中尉相当ですから、マリアさんもせめて同じ階級になって下さい」とスミスに言われ、あっさり昇進してしまったのだ。


「はッ、失礼しました! 自分が習志野駐屯地所属、第一機甲小隊隊長、工藤功2等陸尉であります!」


 工藤の敬礼に対してマリアも敬礼を返す。

 堅苦しいの大嫌いだが、ここはAAT部隊ではない。

 郷に入っては郷に従え。一種のパフォーマンスだと思えばいい。

 ほら、その効果のおかげで、ピーチク騒いでいた他の奴らも敬礼している。


「何やら今しがたの戦闘に文句があるらしいな」


「は――いえ、そんなことはありません!」


「いいんだぜ、色々と段取りが狂っちまったのは本当だしな。やり直したきゃやり直せばいい。ただし、戦場に『よーいどん』はねえ。それだけは覚えておけよ」


「なッ――!?」


 見た目は完全に女子高生なマリアに言われ、さすがの工藤もムッと眉を寄せる。

 他の隊員たちからは明確な敵意が漏れていた。


「失礼ですが、ズムウォルト中尉は随分とお若く見えますが」


「なんだ、いきなり女の歳を聞いてきやがって。陸自の士官は随分と恥知らずだな?」


「い、いえ、年齢が聞きたいのではなく、お若いあなたがご自分の経験から先のような物言いをされたのでしょうか!」


「どういう意味だ? 言ってみろよ」


「は――、失礼ながら自分たちも、国防のために日夜実戦を想定した訓練に励んでいます。決して戦場を甘く見ているわけではありません!」


「じゃあ、さっきの戦闘は文句なくあたしの勝ちだな。おまえらは全員、火器も装備してない第三世代型I.E.A、ブラック・ウィドウに完敗したって、そう認めるんだな?」


「それは――その通りです」


「隊長ッ!」


 部下たちが不満そうに声を荒げる。

 だが工藤は「黙れ!」と一喝した。


「先ほどの戦闘は、既に水澤3等陸佐から訓練開始の合図を受けていた。人質(?)がいる状態でも先に攻撃を仕掛けたのはこちらの方だ。あの女性を安全地帯に送り届けたあとは、完全に公平な戦いだった。これ以上は言い訳にすぎない」


「ぐッ――!」


 屈辱だろう、恥だろう。

 だが工藤は眉間に亀裂のような皺を寄せ、ぐっと胸をそらし「はあ」と項垂れた。


 他の隊員たちも上官の言葉を受けて悔しそうに歯を食いしばるものの、もうそれ以上食い下がる気はないようだった。


 そんな彼らの様子を見たマリアは、見込みがある奴らだ――と機甲小隊の評価を改めていた。


 確かに反則と言われれば反則なのだ。

 第三世代型とはそれだけ特別製であり、実は人類史に存在する『ミッシングリンク』くらい進化の過程が謎すぎる歩兵拡張装甲なのだ。


 もちろんその謎の正体は『魔法』と『魔力』によるものなのだが、こればっかりは最高機密に抵触するので教えてやることはできないのだった。


 それに――好意的に受け止めれば、彼らの悔しさとは自信の裏返しでもある。

 ここで敗北を乗り越えてしまえば、まだまだ実力は伸びていくだろう。


「あたしはいつでもおまえらの挑戦を受ける。逃げも隠れもしねえ。シミュレーターでも実機でも、なんなら素手でもいい。――いつでもかかってこいやッ!」


 そう言ってマリアは景気よく足元に拳を振り下ろした。

 魔力のこもった拳が、ボコンッと雪原を大きく陥没させる。

 マリアを中心に凹んだ地面に足を取られ、隊員たちは全員尻もちをついた。


「ああ、あとそれから訂正しておく。かく言うあたしも実戦経験は一度きりだ。先日のダマスカスが初めてだな。フェアじゃねえからそれだけは正直に言っておくよ。生意気言って悪かった――」


「ダマスカスって――それはシリアの『G.D.Sグローバルドクターズ』救出作戦のことでありますか――!?」


 恥を忍んで告白したつもりが、工藤が思いの外食いついてきた。

 他の隊員も四つん這いになったり、立ち上がりかけながら目を剥いてこちらに注目している。何だって言うんだ?


「まだ公式には発表されてねえけど、知ってるんだなあんたらも」


「で、では人質の救出のときにテロリストと戦ったという歩兵拡張装甲はズムウォルト中尉の機体でありますかッ!?」


「あ、ああ、そうだけど、なんだこのテンション?」


 本当は人質になっていた『G.D.S』はどっか別の誰かがとっくに助けていて、マリアが戦ったといえば、ウチの飛行女神が連れ込んだ、事件とは全く関係のない武装勢力の訓練キャンプを壊滅させたくらいなのだが……。


 でも、そこはもろもろの不手際を隠すために、AAT部隊の手柄として人質もマリアが助けたことになっているのだった。


「た、大変失礼をいたしました!」


「うお!?」


 ザッ――と、工藤以下全員が直立不動の敬礼をしていた。

 文句たらたらだった隊員たちも儀礼的な仕方無しの敬礼ではない、心からの敬礼を送っていた。


「人質の中には多くの邦人スタッフがいました。誰一人欠けることなく全員を救出できたのは歩兵拡張装甲の活躍があったからだと聞き及んでいます。日本国民を代表して中尉の働きに尊敬と謝意を表します!」


「……うへえ、やめてくれよ。極端すぎるぜおまら」


 まあ、ギスギスするよりかはこっちのほうがいいのか? などと思いながらマリアは敬礼を返す。


 瞳をキラキラとさせながらマリアを見ていた隊員たちだったが――全員、その表情がみるみるうちにこわばっていく。


 工藤などは口をあんぐりと開けて、マリアの頭越しに遥か後方を見つめていた。「何なんだ?」とマリアが振り返れると、そこには――


「おーい、マリアってばー」


「何ぃぃぃぃ――!?」


 雪に包まれた丘陵の向こうから、巨大な人影がヌウっと現れる。

 それは待機状態にしていたはずのマリアのブラック・ウィドウ。

 四つん這いの状態になったままのそれがこちらへと近づいてくる――


「ダメだよ、あんなところに置きっぱなしにして。持ってきてあげたんだからね、はい」


「ちょ、おまえ!?」


 ズシン――と、雪原に放り投げられるブラック・ウィドウ。

 全長6メートル、重量1,2トンの機体が、まるで子供の人形遊びのように地面に置かれた。


 丘の向こうから現れたセレスティアは、高く掲げた片手の上にブラック・ウィドウを持ち上げ、そのままスタスタと普通に歩いてきたのだ。


 当然、それを成しているのはとぐろを巻く幾百もの水精の蛇なのだが、魔力の素養がない工藤たちにそれが見えるはずもなく、セレスティアが素手で持ち上げて運んできたように彼らには映った。


「セレスティア、おまえなあ……」


「ね、持ってきてあげたよ。えらい? 私ってえらい?」


「あー、そうだな。助かったよ。えらいえらい」


「えへへっ、でしょでしょ! ねえ、撫でて頭!」


「あ、ああ」


「んふ、ふふふふっ!」


 なんだこの可愛い生き物は。

 セレスティアはマリアに頭を撫でられ超ご満悦の様子だった。


 見た目は年上の、完璧な大人の女性なのだが、子供のように無邪気な笑顔を振りまきながら終始ニコニコとしている。


(マジで犬が尻尾振ってるみてえだな)


 セレスティアの見た目はネコ科のしなやかな動物というイメージなのだが、今はもうバッサバッサと尾を振って主人に甘えるワンコにしか見えない。


 そもそも、今回のことの起こり――セレスティアがC-17カーゴハッチから飛び出したのだって、「私も一緒に戦う」と言って聞かない彼女が、ハッチを無理やりこじ開けて工藤たちをボコボコにしに行ったのが真相なのだ。


 マリアの駆るブラック・ウィドウ単騎に敗北しただけであれほど悔しがっていたのに、もしもセレスティア個人に負けていれば、この場で全員腹を切っていたかもしれない……。


「んー、マリアー、私ちゃんとマリアがポカ・・したのもフォローしたよ?」


「う。それはマジで感謝してる」


 最後の最後。

 工藤の機体を勢い余ったヒトのいる観測塔まで放り投げてしまったことだ。


「じゃあチューして?」


「はあ? なんでそうなるんだよ!?」


「いいでしょ、ご褒美。ねえ、チューしてよ?」


「いいわけあるか! あたしは女だぞ!」


「ふえ? そうだよ。それがどうかしたの?」


 ダメだこいつ。

 本当に完全完璧に子供の発想だ。


 好きだからキスをする。

 そこに男女の性別の違いや機微など関係ないのだ。


「あは、そっか。こいつらがいるから恥ずかしいんだねマリアは。待ってて、今すぐ全員殺すから――」


「違う! 死人に口なしとかどんだけ怖い発想してんだ!」


「もう、我がままだなあマリアは。じゃあ一緒にお風呂に入るので許してあげる」


「は、はは……、いいやもう、それでいい……」


「わーい!」


 いやはや恐れ入る。

 相変わらず人間をゴミのようにしか思ってないし、危険な言動もそのままだが、まさかあの冷血の魔法使いセレスティアがここまで変わってしまうとは。


 それも仕方のないことだろう。

 なにせ彼女は御年8歳の、日本で言えば小学校3年生の女の子なのだ。

 甘えたいざかりのはずが、事情があって、ずっと誰にも心を開けない状態だった。


 この結果はある意味当然の帰結であり、一歩を踏み込んで彼女の心の壁を壊してしまったマリアにはそれを受け止める責任と義務があるのだ。


「ズムウォルト中尉……」


「あ? なんだよ?」


 一連の流れを見ていた工藤以下機甲小隊隊員たちは、全員が天を仰ぎながらブルブルと震え、むせび泣いていた。


 そして再び直立不動で敬礼をすると、雪原を溶かさんばかりに熱く宣誓をする。


「我ら第一機甲小隊は、全員あなたについていきます!」


「うるせーッ! 煩悩まみれのクソ自衛官共! 言っとくがあたしはノーマルだからな!」


 そんなこんなで、マリアは教導官として陸上自衛隊に着任することとなった。

 ついでにセレスティアも一緒なのだった。ちゃんちゃん。


【変わりゆく世界編】了。

 次回【追いすがる過去と今】編に続く。

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