第124話 変わりゆく世界③ 最強のエースVS精鋭部隊~黒き天使は舞い降りる

 * * *



 暮れも押し迫る12月。

 雪に包まれた広大な演習場で異例の日米実動訓練FTXが行われようとしていた。


 北海道は厚岸町あっけしちょう、浜中町、別海町にまたがる矢臼別やうすべつ演習場は国内最大級の面積を誇る演習場であり、そこには大阪市に匹敵する広大な土地が広がっている。


 本日は異例中の異例。

 演習場内を通る国道272号線と道道928号線も一時通行止めとなり、現場は物々しい雰囲気に包まれていた。


 国道を挟んだ東、総合戦闘射場から約4キロの地点。

 砲撃の着弾によって地面がデコボコに掘り返されたそのエリアには、先月になってようやく日本への供与が開始された最新兵器を装備した二個小隊が待機している。


 今日、この日のために選抜された彼らは、千葉県習志野駐屯地、第一空挺団に所属する精鋭中の精鋭。


 その中でもさらに新兵器への適正ありと判断された彼らは、ここ半年あまりシミュレーターでの訓練を積み重ね、ようやく実機を手にした。


 その実機こそがI.E.A――『歩兵拡張装甲』だった。

 彼らが騎乗するのは第二世代型『メランガー』が四機。


 さらに二・五世代型の『ケベラニアン』四機が、対戦相手の到着を今か今かと待ちわびていた。


 ここで彼らの新装備を補足も交えて紹介しよう。

 I.E.A=Infantry Expansion Armor――歩兵拡張装甲とは。


 陸戦機甲兵器の新たな概念として、歩兵の戦闘力と機動力、防御力と索敵能力を拡張するという発想から生まれた兵器である。


 第一世代型I.E.A、ペルーパー(perloper/先駆者)。

 体高2,8メートル、重量1,5トン。

 米ロッキード・マーチンと日本の設楽重工業が共同開発をした世界初のI.E.Aであり、その存在は長年に渡り秘匿され続けてきた。


 マニピュレーターが存在せず、右腕にのみ武器の搭載が可能。

 左腕は重量バランスを取るためのカウンターウェイトしての役割しか持たないという、死重量の多い機体だった。


 見た目はキャタピラーの上に土管が載っかり、左右にアームが着いたものを想像して欲しい。


 後に左腕にも同じ武装を持たせるなど工夫をしていたが、バランスや反動、左右の取り扱いに混乱が見られたため、基本武装は右腕、左腕はオプションアームを取り付けるという発想が生まれ、後にも継承されていく。キャタピラー走行しかできない。


 第二世代型I.E.A、メランガー(merangkak/這うもの)

 体高3,1メートル、重量1,6トン。


 第一世代型の後継機。

 傑作と称されるほど、I.E.Aを兵器足らしめた機体。最も試作機の数が多い。


 機体の外観としては、第一世代型と大差はなく、だが、より各所が洗練され、正に軽戦車と言った風情になっている。


 本機の大きな特徴のひとつとして、多目的オプションアームと大容量バックパックマガジンが取り付けられるようになったことが上げられる。重装甲であり、拠点防御に適した兵器である。


 二・五世代型I.E.A、ケベラニアン(keberanian/勇気)

 体高3.6メートル、重量1,4トン。


 第二世代をベースに豊富なオプションパーツを取り付けることにより、部隊運用に特化させた機体である。


 その外観はよりヒト型に近づき、ずんぐりとした胴体に、これまたずんぐりとした手足が着いている。


 主脚走行の他に足裏のキャタピラーローラーを使った走行が可能。

 近接格闘仕様では二〇ミリ腕部機関砲を。その他にも、三五ミリM82腕部狙撃砲を装備したマークスマン仕様や、肩部マウントに多目的グレネードランチャーを装備した支援火器タイプが存在する。


 今回の日米実働訓練は、習志野駐屯地第一空挺団、歩兵拡張装甲部隊――通称『工藤隊』の完熟訓練を兼ねており、部隊長を務める工藤功くどういさお2等陸尉(以下2尉)は、その初陣を飾る相手の到着が遅れていることに苛立ちをつのらせていた。


「遅い。いつまで待たせる気だ」


 舞台となるのは一面が白化粧を施した雪原のフィールド。

 今は止んでいるが、曇天の空からは再び雪が降ってきそうだ。


 工藤が騎乗するのは二・五世代型歩兵拡張装甲『ケベラニアン』、そのマークスマン仕様だ。


 バックパックマガジンに模擬弾を詰め込み、右肘から下、三五ミリM82腕部狙撃砲を空へと捧げている。


 コックピットの内部はコンソール類の灯りがあるのみで、外部映像はすべてヘッドマウントディスプレイから受け取っている。


 それ以外には別段特別な装備はなく、普段の野戦服BDUにブーツ、そして上半身を固定するアブソーバーベストを着用していた。


「隊長、予定の時刻はすでに過ぎていますが――」


「ああ」


 部隊の仲間たちも焦れ始めているようだ。

 いつもなら、精鋭中の精鋭として戦いを前にした高揚感や緊張などとは無縁な彼らでも、この歩兵拡張装甲で思う存分戦えるとなると、やはり気持ちの昂ぶりを抑えきれないらしい。


 半年前、防衛省からの肝いりで、自衛隊への戦術供与が決定した歩兵拡張装甲。


 現場では総じて新兵器を嫌うという慣例の通り、誰もが胡散臭いものがきたと鼻白んだものだ。


 だが命令に従うほかない彼らは、少年漫画から飛び出してきたようなその兵器の実機が納品されるまでの間、適性試験と実技試験、選抜を経て15名の隊員が選ばれた。


 その中からさらにシミュレーターでの戦闘技能過程を終え、二個小隊合計8名が歩兵拡張装甲を勝ち取ったのだ。


 最初はこんなおもちゃが実戦で役に立つのか疑っていた彼らも、設計概念や基本操作の座学を受け、シミュレーター講習を受ける頃には、誰もが歩兵拡張装甲という革新的兵器の凄まじさを理解し始めていた。


 年明けに公布、そして施行されるという、とある重要法案に乗っ取り、歩兵拡張装甲は特に都市部での戦闘を想定し、それに特化している。


 これまで脆弱な戦闘単位でしかなかった歩兵を強化するという発想は、現場に投入されれば即戦力となることは間違いと実感していた。


 つい先日に起こったばかりの『G.D.S』人質事件のこともある。自衛隊に海外での作戦行動ができないことはさておき、戦力的にはテロリストよりも圧倒的優位に立つことができるだろう。


 装甲防御を主とする歩兵拡張装甲が一機、1~2個の歩兵小隊に随伴させれば、作戦の成功率は格段に向上するはずだ。


 さらに歩兵拡張装甲のみで固めた一個小隊の戦闘力は、突撃銃で武装した歩兵一個大隊にも勝る。


 いつしか工藤2尉以下、歩兵拡張装甲小隊は血眼になってシミュレーター訓練に挑み、今ではアメリカを除いて、ほぼ世界で唯一と言っていい熟練度にまで達していた。


 そんな最中、本日はアメリカから教導官がやってくるという。

 歩兵拡張装甲もトップダウンでねじ込まれたシロモノだが、このうえ上官までねじ込まれてはたまらない。


 今回自分たちの相手となるのは、本場アメリカ軍所属の歩兵拡張装甲部隊のエースで、さらに一世代上の歩兵拡張装甲を引っさげ、挨拶がわりに工藤小隊と単騎で戦うらしい。


「たった一機で何ができるというのか。俺たちが返り討ちにしてやる」


 徹底したシミュレーター訓練をこなし、実機に搭乗したのはわずか一月前。

 だが彼らはなんの違和感も戸惑いもなく歩兵拡張装甲を乗りこなしている。

 シミュレーターが優れていたのか、いや工藤小隊もまた大変に優秀だったのだ。


『工藤小隊聞こえるか、こちら水澤だ。やっこさんおいでになったぞ』


 上官からの通信。

 遅れること小一時間。

 舐めやがって……!


「了解。急ぎ戦闘の準備をお願いします」


『いや、それがだな……』


 通信の向こう、観測塔から戦況分析をするはずの上官が言いよどむ。

 まさか散々待たされた挙句、模擬戦が中止されるのだろうか。


「何か問題ですか、水澤3等陸佐」


『向こうさんがな、遅れて申し訳ないから直接空挺降下エアボーンするそうだ。自己紹介も兼ねてその方がいいと。つまりは――』


 ピーっとアラートが鳴り響く。

 にび色の空に差し掛かるC-17グローブマスターⅢ。


 その後部ハッチが開いたかと思うと、工藤たちが見守る中、光学カメラがとんでもないものを映し出した。


「――はぁッ!?」


 金髪の女だった。

 それがカーゴハッチから、なんの躊躇いもなく飛び降りたのだ。


 真っ白いコートをたなびかせ、金色の髪を風に遊ばせながら、パラシュートを開くわけでもなく、数百メートルはあろう上空から真っ逆さまに落ちてくる。


『く、工藤隊長! あれは一体なんでありますかはあ――!?』


「全機受け止め――、いや絶対無理だろ!」


 工藤たちは混乱した。

 このままではあの女性は雪原に真っ赤な花を咲かせることになる。

 如何な歩兵拡張装甲でも、投身自殺する人間を無傷で受け止めることなどできはしないのだ。


『あー、工藤小隊。貴官らが何を見てるのは知らんが、言っておくぞ。現時刻をもって戦闘は開始された。繰り返す。戦闘開始だ』


「あれは――まさか!?」


 C-17の後部ハッチから新たな人影が吐き出された。

 まるで彫像のような美麗なシルエット。

 それでいてマッシブに引き絞られた長い手足。


 全身が漆黒にカラーリングされたその人影は、落下する金髪の女に肉薄すると、大きな左腕でしっかと抱きとめる。次の瞬間――ブワっと両肩の飛行翼が広がり、落下速度が減速した。


「く、黒い天使……?」


 円を描くように滑空しながら漆黒の天使が舞い降りてくる。

 工藤のヘッドマウントディスプレイにレッドターゲットが表示された。

 敵。つまりアレが今回の模擬戦の相手。


 既に戦闘開始のゴーサインは出されている。

 だがこのままなし崩し的に始めてもいいのだろうか。

 と、その時、メランガー小隊の一機が二〇ミリ腕部機関砲を撃ち放った。


「馬鹿野郎、模擬弾とはいえ生身の人間が――!」


 叫ぶ工藤の視界の中、漆黒の天使がありえない動きをした。

 即座に翼が折りたたまれ、細い四肢を縮こませた途端、カクンッ、と直角に軌道変更したのだ。


「何だ、何が起こっているんだ!?」


 空気抵抗を操り、機関砲の射線から外れた漆黒の天使は再び翼を広げ、今度は弾丸のような速度で遥か彼方――発砲禁止の中立地帯である観測塔へ近づき、左腕を大きく振りかぶった・・・・・・・・・――ように工藤たちには見えた。


『――おーい工藤、なんや金髪の女神さんがわしらの前の窓に舞い降りたんやけど、お迎えかこれ?』


「は、はは――!」


 水澤3佐のボケは放っておいても、恐らくあの女性はアクシデントだったのだろう。輸送機から放り出された彼女を空中で受け止め、不意の攻撃を躱し、さらには安全な場所へと避難(?)させる。


 そうしてからようやく戦闘の火蓋が切って落とされ――


『隊長、接近警報が――!』


「は、速い!?」


 二キロは離れていた観測塔から一瞬にして、雪原を滑るように漆黒の天使が急接近する。


 全機棒立ちのまま、慌ててそれぞれの獲物を発砲。

 だが時既に遅く、漆黒の天使は視界から消え失せていた。


「後ろ――!?」


 工藤が機体を反転させた瞬間、最初に口火を切ったメランガーが宙を舞った。

 地面に叩きつけられると即座に損傷判定が下り脱落する。


 攻撃がまったく見えなかった。

 一体何をされた――!?


「全機散開、機動力を生かせ!」


 各機が雪を巻き上げ雪上を移動する。

 バラバラになって的を絞らせず、だが小隊単位で再び集合するよう、それぞれが決まった軌道を描く手はずになっている。


 工藤たちは漆黒の天使に威嚇射撃を敢行しながら、地の利を生かして合流地点を目指す。


 パッ、パパッと雪原に白い花吹雪が舞い上がり、工藤が放った三五ミリ模擬弾が一際大きな花を咲かせる。それが晴れた途端、またしても漆黒の天使の姿は彼らの視界から消失していた。


 どこに行った――!?

 目で探すより早く、上方に感ありとアラートが鳴り響く。


「上だと!? 馬鹿な、どうやって――!?」


 歩兵拡張装甲が空を飛べるなどとは夢にも思わない。

 第二世代型も二・五世代型もあくまで『陸戦兵器』なのだから。

 だが漆黒の天使は――第三世代型歩兵拡張装甲は違った。


 地上においても目で追えないほどの機動力を誇り、そして今工藤たちでは決して手の届かないはるか空の高みを悠々と飛んでいる。


 両肩脇の航空機のような翼を広げ、両膝脇の補助翼を巧みに操りながら、まるでこのフィールドを支配しているのは自分だと言わんばかりに旋回を続けている。


 その姿は水を得た魚のように活き活きと、それでいてネコ科動物のようにしなやかに。工藤達が地上から狙撃を試みるも、絶妙なタイミングで軌道変更が繰り返され、空を切るばかりだった。


「そんな馬鹿な! あの機体は本当に歩兵拡張装甲なのか――!?」


 築き上げた自負が崩れていく。

 たかが半年の訓練で何をわかった気になっていたのか。

 第二世代と二・五世代を区切るのならば、次世代機の戦闘力はそれより上なのは当然ではないか。


 たかが一世代。

 されど、その格差は覆し難く。

 それが今容赦なく、工藤たちの前に壁となって立ち塞がっていた。


 と、次の瞬間、工藤小隊の火砲を袖にしていた漆黒の天使が急機動を見せた。


 翼が折りたたまれ、飛翔能力を失った天使は、そのまま墜落。

 即座に工藤は着地地点の軸線上に狙撃を試みるも、そこで再び信じられない光景を目の当たりにする。


 くるりと身を翻した漆黒の天使が、空を蹴った・・・・・

 黒い流星と化した天使は、地面に激突する寸前、まるで見えない足場でもあるように跳躍。


 大きく宙返りしたかと思えばなんと、その動きに合わせて二機のメランガーが空に投げ出された。


 よく見れば、天使の両腕の先から伸びた短剣が、メランガーに突き刺さっている。

 果たしてあの細身でどれだけのパワーを秘めているのか、二機は遥か彼方へと墜落し戦闘不能となった。


「撃て撃て――! これ以上何もさせるな、釘付けにしろ!」


 フォーメーションも連携もバラバラ。

 引っ掻き回された工藤たちは、訓練でできていたことが何ひとつできていないことにも気づかない。


 漆黒の天使はまるでターザンのように空中をスイングしながら、一機のケベラニアンに接近。そのまま脚を振り上げ、猛烈な蹴りを見舞う。


 バァンッ――という発破のような音とともに自重一トン以上の機体が、放物線を描いて吹っ飛んでいく。


 辛うじて工藤のみが見ていた。

 蹴りが叩き込まれる瞬間、膝の脇で折りたたまれていた補助翼が、まるでバネ仕掛けのように跳ね上がり、猛烈な勢いで叩き込まれるのを。


(何だこれはっ! こんな一方的な戦い――メチャクチャすぎる!!)


 こんな戦闘や戦術があるなどとは想像していなかった。今まで訓練してきたことが何ひとつ通じない。歩兵拡張装甲の持つ破格の火力など、中らなければまったくの無意味。実機を与えられてから、幾度となく訓練をしたはずなのに手も足も出ない。


 そうして気がつけば、フィールドに残っているのは工藤ひとりになっていた。


「くそッ、せめて一矢報いて――」


 ピーっと警告アラート。

 反応する暇もなくズシン、と機体に衝撃が走る。

 左肩部から短剣が生えていた。

 ゾッとした瞬間、工藤は無様な悲鳴を上げていた。


「うわああああああああああッ――!」


 牽引される。

 工藤の機体が問答無用で引きずられていく。

 左肩を支点に、雪上をソリのように滑走していく。


 なんとか短剣を引き抜こうと藻掻くもののビクともしない。

 完全に制御不能。まるで蟻地獄に引き寄せられる獲物のように、そのゴールには漆黒の天使が待ち受けていた。


「それならばゼロ距離で――!」


 ジェットコースターのように地面を滑りながら、工藤は粘り強く右腕部狙撃砲をポイントする。


 目標は両足を大地に下ろし、綱を引くように左腕を切る漆黒の天使。

 再び蹴りを叩きこもうとするその瞬間、こちらも至近距離から三五ミリを叩き込んでやる――!


「なッ――!?」


 工藤の目の前で漆黒の天使が消えた。

 次の瞬間、首が引っこ抜かれるような衝撃に襲われ、気がつけば工藤のケベラニアンは空を飛んでいた。


 ――わけがわからない。一体何が起こった!?


 ことは単純だった。

 工藤が玉砕覚悟で至近弾を繰りだそうという意図は丸わかりだった。


 一枚も二枚も上手だった漆黒の天使は、ギリギリまで工藤機を引き付けると、右腕のハーケンを上空へ射出。超電導ウィンチの巻き上げにより、自身は直上へ回避すると同時、滑走する工藤機に新たなベクトルを付加する。


 左肩を支点に、突如して上空へ持ち上げられる機体。尻の浮くような浮遊感の中、さらに工藤機は頂点から落下する刹那のタイミングで、例の折りたたんだ補助翼からの猛烈な蹴りまでプレゼントされたのだ。


 果たしてこの喩えで合ってるかは定かではないが、地面を勢い良く転がってきたサッカーボールが、つま先でトスされ、頭上に差し掛かった瞬間、オーバーヘッドキックをされる――そんな様を想像して欲しい。


 工藤はもはや自分が今どのような状況に置かれているのかすら認識できない。

 外部カメラからの映像は、まるで遊園地のコーヒカップとバイキングマシンを足して10をかけたようなメチャクチャな有様だ。


 白、灰色、ちょい緑、そして赤いものがぐんぐん迫ってくる。

 コックピット内はひっきりなしにアラートが鳴り響き、辛うじて自機が真っ赤な観測塔に急接近しているのがわかった。


 激突は必至。

 回避は不可能。

 もうどうすることもできない。


 と、その時、ケベラニアンの外部マイクが年若い女の声を拾った。


『セレスティア、頼む!』


 ガクン――、と、機体が停止した。

 コックピットの中でシェイクされた工藤は、朦朧とする意識のなか、機体に不思議な力が加わっているのを感じ、ゆるゆるとと首を巡らせる。


 なんとケベラニアンは、観測塔に激突する直前、空中で静止していた。


「一体、なにが……?」


 もう驚かないと、幾度そう覚悟し、この短時間で何度裏切られたことか。

 機体の外部カメラがありえない光景を捉える。


 監視塔の鉄骨に屹立した女性――空に投げ出されたあの金髪の女だ。その女がケベラニアンの前に手をかざしている。


 ただそれだけのことで、工藤機は監視塔にぶつかることもなく、空中に留まっていた。


 女がゆっくりと手を下ろす。

 その動きに従ってケベラニアンもまた雪原へと音もなく着地した。


『工藤、戦闘終了や……だな』


「……了解。でも、別に関西弁のままでいいと思いますよ」


『ほうか。で、どやった、やっこさん?』


「さあ、何が何やら。でもとりあえずは」


『うん?』


「吐きたいです――うぷ」


『あかん、汚したら減俸にするで自分!』


 こうして、日本が誇る陸上自衛隊第一機甲小隊は、全員が全員、洗濯機で脱水された後のような脱力感を味わうこととなる。


 自分たちが如何に天狗になっていたのか。

 そして第三世代型というそれまでの歩兵拡張装甲をも超越する機体の存在をまざまざと思い知ったのだった。

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