変わりゆく世界編

第122話 変わりゆく世界① 瞳の中の真実~オッドアイの正体

 * * *



「どういうことか説明しろ!」


 執務机に拳を叩きつけ、マリアは激昂した。

 胸の前で手を組んだまま、スミスはやれやれとばかりにため息をつく。


 ここはアメリカネバダ州、エリア51内にある大規模演習場。

『I.E.A』の開発、実験、運用、訓練を一手に行うマリアたちのホームグラウンドである。


 この度見事な・・・デビュー戦を飾ったマリアたちは、正式に非対称戦争対テロ部隊、『AAT部隊』を名乗ることとなった。


 だがそんな祝賀ムードを吹き飛ばし、帰還早々マリアは部隊長の執務室へと乗り込み、スミスへと食って掛かっていた。


「説明もなにも、作戦は大成功です。『グローバルドクターG.D.S』のメンバーも全員解放。武装勢力は一人残らず逮捕。唯一の懸念だった『I.E.A』の実力も、あなたが騎乗した『ブラック・ウィドウ』が武装したテロリストの訓練キャンプを単機で壊滅させたことで証明されました。これ以上ない大戦果ですよ」


「てめえ、本気で言ってるのか……?」


 マリアは深く激しい怒りを胸の奥に飲み下した。

 そうしなければ再び大きな声を上げそうになってしまったからだ。

 自身の激情を懸命にコントロールし、マリアは最大の疑問をぶつけた。


「セレスティア――、あいつは何なんだ? 一体何者なんだ? あいつがおまえをぶっ飛ばしてでも殺しに行きたかったヤツってのは誰だったんだ? おまえはそれがわかっていたから、わざとセレスティアを『ベルキーバ』に乗せたんじゃないのか……?」


 ラムジェットパックの推進剤が尽きる直前、そのギリギリでマリアが辿り着いた先で見たものは――猟奇的な現場だった。


 累々と転がるテロリストの肉片。

 そしてその中で異様な鎧を纏った男が『贄』となっていた。


 セレスティアから湯水のごとく湧き上がった水精の蛇により、そいつは貪り食われている真っ最中だった。


 少なくともマリアの目にはそう見えた。


「あいつは――セレスティアはおかしい。前々から年齢の割に妙に子供っぽくて、情緒が不安定なやつだとは思っていた。それでも部隊の仲間だし、根は悪いヤツじゃないっていうのはわかってた。でも今回の件は別格だ。生半可な説明じゃ納得できねえ。このままあいつを部隊に置いておくのはあたしは反対だ」


「それはいけませんね。今やあなたは部隊の中核です。あなたが反対を表明すれば、彼女に虐められた他の隊員も同調するでしょう。それは私の望むところではありません」


「おまえはなぜそこまでセレスティアにこだわるんだ。あいつがマジで魔法使いだからか? 『アクア・ブラッド』という魔法を齎したからか?」


 アクア・リキッド精製に必要不可欠なアクア・ブラッド――神の血。

 それは本物の魔法使いであるセレスティアにしか生み出すことができない特別な魔法なのだという。


「もちろんそれらの理由はありますが。……そうですね、僭越ながら親心・・もあります」


「は? 親心だと? いつものスケベ心じゃなくてか」


「おや手厳しい。世の女性全てを愛することは私の義務です。単なる欲情とは違いますので悪しからず。ですがことセレスティアに関してはそういう感情はありえませんね。もちろん、女神のように美しい見目であるとは思いますが、やはり娘に対する親の感情しか湧いてきません」


「本当に死ぬほど興味ないが、どうも核心くさいから聞いてやる。それはどうしてだ。そもそもセレスティアみたいな魔法使い、おまえはどっから連れてきた?」


 スミスは「ふむ」と執務机を立ち上がると、内線に呼びかける。


「すみません、冷たいコーヒーをふたつお願いします。長丁場になりそうですので。あ、マリアさんはシロップいくつにします?」


 通話の向こうはオータムか。

 マリアは答えず、しばらくスミスを睨み続けていると、コンコンとオータムが入室してくる。


 お盆の上にはグラスに目一杯氷が入ったアイスブラック。

 それをオータムはまるで喫茶店の店員のように、テーブルの上にコースターを楚々と置き、グラスを置いていく。


 バイザーで目元を完全に隠したオータムの表情は読めない。

 そんな彼女はスミスに軽く首を傾げる仕草をした。

 ふ……、とスミスは苦笑して肩をすくめてみせる。

 それで通じたのか、オータムは「失礼しました」と退室した。


 部隊内で一番スミスを『尊敬してない』のはマリア。

 一番ぞんざいな扱いをするのがセレスティア。

 そして間違いなく彼を最も敬愛しているのはオータムだ。


 マリアと一緒にスミスを肴にこき下ろすことはあっても、言葉の端から滲み出る感情がそれを教える。彼への絶大な信頼と愛情。


 つまりオータムは知っているというのか。

 マリアが今疑問に思っていることのすべてを……。


 スミスは執務机の真ん前、ソファセットにどっかと腰を沈めて、片手でマリアを促す。スミスから目をそらさず、マリアはソファの端っこに腰を乗せた。


「さて、セレスティアのことを説明する前にまずは私のことを説明しなければなりません。私の正体を知っているのは部隊内ではオータムしかいません。後は退役軍人省ベテランズのお歴々の一部。そして歴代大統領数人といったところですか」


「おまえ、何言ってんだ?」


 なぜセレスティアの説明でスミス自身の話が出てくるのか。

 そして彼に如何な秘密があるとはいえ、何故退役軍人省ベテランズや大統領の名前が出てくるのか。


 特に退役軍人省ベテランズとはその名前の通り、退役軍人に関わる行政を取り扱う組織であり、そこに登録されている退役軍人は、アメリカ社会においては絶大な影響力を持っている。


 多くのアメリカ国民にとって軍人とはまさにリアルヒーローであり、それを全うした退役軍人は生涯周りから尊敬と崇敬の念を集める英雄だ。


 そんな彼らの威光無くして、アメリカの政治家は大統領になることはできない。まかり間違っても、スミスのような三十路のペーペー軍人もどきが関り合いになれる組織ではないのだ。


「どうですマリアさん、今ならまだ間に合いますよ。私のこと、セレスティアのことを知ってしまったらあなたはもう戻れません。いいじゃないですか、あなたは我がAAT部隊のエースパイロット。お父様にネタばらしして、それで驚かせてやりましょうよ」


 珍しい。スミスが本気で困っている。

 マリアはそんな彼の様子を意外に思ったが、ここは引くべきではないと直感する。


「おまえはさ、どうして私をスカウトしたんだ。いや、おまえが世界中から魔力に適正があるヤツを集めてることもそうだ。何か大きな意味があるんだろう。今尻込みするくらいだったらあたしはおまえの誘いを受けちゃいねえ。父さんのことも、別にどうでもいい。昔は恨み言のひとつも言ってやろうと思ってたが、今はそんなこと、もうどうでもいいんだ」


 マリアの言葉を受け、スミスは腕を組んでソファにもたれかかった。そして、「ふう」と天井を仰ぐ。「少女は大人になりました」と小さく呟いてからマリアを正面から見据えた。


 左右で虹彩の異なるオッドアイが、常にない真摯さで見つめてくる。

 そうしてスミスは、とんでもないことを言い放った。


「マリアさん。実は私は未来からやってきた未来人なんです」


「いや、そういう冗談いらねーから」


 …………。

 沈黙が流れる。

 スミスは数度瞬きをして、グラスを手に取る。

 あ、ちょっとプルプルしてる、とマリアは思った。


「えっと、マリアさん。今は私の趣味の話は忘れてくださると嬉しいのですが」


「なんだっけ、あと宇宙人と超能力者だか異世界人がでてくるんだろ。オススメですよっつって前にDVDボックス渡してきたっけ。悪いけど最近忙しくておまえのアニメコレクション消化してねえから――」


「マリアさん!」


 スミスは立ち上がった。

 そしてズカズカとマリアの隣にまで来ると、いきなり土下座した。


「マジです。信じて下さい。私は本当に未来からやってきたのです。私の秘蔵コレクションを全部賭けてもいいです!」


「な――、嘘だろ」


 マリアは戦慄した。

 スミスが愛して止まない日本製のアニメやアメコミ映画のコレクションをすべて……? あまりの事態に腰砕けになってしまい、マリアはソファの背にしなだれた。


「わかった。信じがたいことだが、おまえが未来人だって設定で話を聞いてやる」


「設定って……。自業自得とはいえ泣きたくなりますね……」


 再び対面に戻ったスミスはプルプルとグラスを持ち、口をつける。

 マリアも震える手でアイスコーヒーで口の中を潤した。


 そしてスミスが静かに口を開く――


「唐突ですが、今より僅か10年後の未来、地球環境は激変します。人類は航空兵力を失い、陸路と僅かな海路のみしか使えなくなり、世界経済は破綻します。信じられますか。世界は100年以上も昔に退化するのです。多くの人びとが死に絶えます。女も子供も、老いも若きもすべて。私はそんな未来を変えるために『魔法』を、そして『歩兵拡張装甲』を追い求めてきました」


「それは……ホントなのか?」


「本当です。『設定』ではありません。なんならもういっぺん土下座してもいいですよ。……そもそも私はハッピーエンド主義者です。ですが、私が知っている未来には絶望しかありません。そんな『設定』は御免被りたいのです」


 スミスの口元にはいつもの笑み。だがその目は笑っていない。

 一体どんな未来を見てきたというのか、彼の瞳の奥には掛け値なしの死が蔓延していた。ことここに至り、ようやくマリアは「マジなのか」と息を呑んだ。


「生き残った人類は地下に潜りました。僅かな地熱エネルギーを利用していましたが、生きていくためには代替エネルギーの開発は必須でした。そこで私は、無いものを有るところから持ってこようと提唱しました。それが異界の門を開き、そこから無尽のエネルギーを取り出す計画でした」


「異界の門?」


「はい。私達の宇宙を平面的に捉えた場合、同一次元上の異なる星、あるいは世界。またはより高次元の宇宙からエネルギーを引っ張ってこれないか。私は未来でそんな名目で研究をしていました」


「マジか……。てか軍人らしからぬヤツだと思ってたけど、研究者だったのか」


「ええ、そうなんです。でもまあ、それは方便です。私の真の目的は別にありました」


「なに……? 異界からエネルギーを取り出すってのは違うのか?」


「ええ。それは周りを納得させるための表の理由です。私の本当の目的は今も昔も『魔力』と『魔法』にあります。知っていますかマリアさん。遥かな太古には、この地球上では『魔法』の存在は当たり前に認知され、誰もが『魔力』を持っていたのです。いわばあなたも含め、部隊の子たちはみな先祖帰りの一種なのです」


 スミスが集めた部隊の仲間――魔力に適正のある者達はマリアを含めたった9名しかいない。


 彼は影に日向に、そして今現在もなお、魔力に適正のある者を探している。

 アメリカの諜報員たちを使って極秘裏に、世界規模で探させているのだ。


 それでも僅か9名。

 どれほど低い確率なのかがわかると言うものだった。


「そう、私は地球から失われてしまった『魔法』を求め、『魔法』が存在する世界を探すためにずっと研究を続けてきました」


 真空管、トランジスタ、半導体、集積回路。

 そして現在の量子コンピューター。

 それらの開発はすべて、無限の宇宙の中から有機生命体の星を探すため。


 より高度で複雑な計算を、より短時間で正確に。

 ただそれだけを求めて、コンピューターは作られてきたのだ。


「そして私はある日、ついに発見したのです。とある世界の、たったひとりの男を。彼もまた人工的に神なる魔法に挑もうとしていました。それこそが異界の門を開く『ゲート』の魔法でした。彼が再現した小さな異界の扉と、まるで引き合うように偶然繋がることができた私たちは、なんとかその扉を維持し、私ひとりがようやく、彼のいる世界へと渡ることが適ったのです」


「ちょ、ちょっと待て。おまえはその、本当に魔法が存在する世界に、実際に行ってきたっていうのか?」


「はい。ですから私はこう見えて未来人であり、異邦人でもあります」


 そうしてスミスは、魔法が存在するその世界に渡り、長い時間を過ごす。

 魔法が存在する世界に於いても異端とされる異界の門、『ゲート』の研究。


 名も無き一人の若き魔法師を担ぎ上げ、知恵を授け、彼を教祖とする王国を築き上げた。全ては再び異界の門を開き、この『地球』に帰ってくるために……。


「いやあ、苦労しました。まずその世界の言語を覚え、文化と風習を習い、そうしてから資金の調達。並行して『ゲート』の魔法の研究を続けました。私が再び地球にいた仲間と連絡を取れるようになるにはかなりの時間を要しました。実験も兼ねて魔法世界に原子炉を応用した『魔原子炉』を作成したりもしました。すべては魔法に素養のある者を、この地球に招聘するためでした」


 気の遠くなるような話だ。

 異世界を探し、異世界に渡り、そこから再び地球に戻ってくる。

 とてもではないが、一人の人間が経験できることではない。

 それこそ、一生を費やしたとしても――


「おい、ちょっと待て。おまえは魔法があるっていうその世界で一体どれだけの時を過ごしたんだ?」


「ざっと三十年といったところですかね」


「三十年!? ……じゃあ、おまえが言う未来ってのは一体何年後の話だ?」


「そうですね……。今この時代から五十年ほど先のことになります」


「け、計算が合わねーだろ!」


 スミスの年齢はどう見ても三十代だ。

 仮に本当に未来に居たとして、その時にまさか十代だったわけはないだろう。

 異世界に赴いて三十年の時を過ごしていたとしたら、少なくとも今は五十代、六十代でなければおかしい。


「落ち着いて下さいマリアさん。急いては事を仕損じます。私の正体はお話の中でつまびらかにします。今は続きを話させて下さい」


「あ、ああ。悪ぃ……」


「いえいえ」


 スミスとマリア、ふたりしてアイスコーヒーのグラスを手に取る。

 氷が溶けて大分コーヒー分が薄くなっている。

 それでも喉を潤すのは十分だ。

 グラスをテーブルに置くと、再びスミスは話し始めた。


「私が魔法世界で出会った男の名前は『クリス』といいました。私に魔法世界の言語を教えてくれたのも彼です。なにせ魔法師養成学校の講師でしたからね。ヒトにものを教えるのは得意だったのです。そして私は彼に自分の目的を話しました。私はここではない別の世界からやってきたのだと。クリスはあっさりと信じてくれましたよ。当然ですね。なにせ自分が開いた異界の門から私が出てきたのですから」


「おまえの目的っていうのは、地球に魔法を持って帰ることなのか……?」


「はい。正確には魔法を使えるもの、魔法の素養のあるものを招聘することです。クリスは――彼は非常に協力的でした。彼は幼いころに悪い獣人種に両親を殺され、ヒト種族以外に強い憎悪を抱いていました。ああ、魔法世界にはヒト――人間以外の種族もいるのです。本物のケモミミ娘やエルフ耳の女の子とか。いやあ、クリスが毛嫌いしていなければ、そういう子たちとお近づきになりたかったんですが……。話が逸れましたね」


 ジト目で見つめるマリアにスミスは頭を掻き、コホン、とわざとらしく咳払いした。


「クリスはヒト種族が頂点を極める地球に行ってみたいと言ってくれました。なので私はクリスを利用することにしました。手始めに私は『宗教』という手段を使い、彼を教祖に戴くヒト種族の王国を作って上げました。その頃には異界の門の研究は進み、双方向の通信と、私の元いた世界から限られた物資を受け取ることもできるようになっていました。あとは簡単です。異世界の便利な道具を使い、それを神の、クリスの御業であると吹聴し、信仰心とお金を集めました。そしてついに地球へ凱旋する日がやってきたのです」


 ゴクリと、マリアはヒリついた喉を濡らすため唾液を飲み込んだ。

 アイスコーヒーのグラスはもうに空になっていた。


「私は幸運でした。最大の目的を達成することができたのです。魔法世界に於いて破格の魔法の才を持つもの、精霊魔法使いを地球に連れてくることができたのです」


「精霊、魔法使いってなんだ?」


 初めて耳にする単語だ。

 普通の魔法使いと、何がどう違うというのか――


「精霊魔法使いとは、先天的、あるいは後天的に精霊という強大な情報生命体を自身に宿す特別な魔法師のことです。魔力量と単一系統の魔素コントロールに優れ、普通の魔法師には到底行使できないような魔法を使いこなすことができます。それがアリスト=セレスでした」


「アリスト=セレス……?」


 聞き慣れない響きの名前を、マリアは知らず口に出していた。

 スミスは小さく頷き、そしてまたしてもとんでもないことを言い始める。


「そうして私は地球に無事帰還しました。それが今から10年前になります」


「は――、10年前って。おまえは50年後の未来から来たんじゃないのか?」


「そうですね。私は本来の時間から外れてしまいました。ですが、私が知る地球に帰ってこられただけでも幸運だったのです。いえ、むしろ天は私に味方をしているとさえ思いました。何故なら私は自分が知る未来よりも『過去の地球』に戻ってこられたのですから」


 スミスが知る未来よりも60年も昔の地球に帰還して、それで良かったのだと彼は言う。もう二度と、かつての仲間たちには逢うことはできないだろう。家族や恋人、彼にはそれらの大切なヒトたちは居なかっただろうか。


「マリアさん、同情は不要ですよ。私が最後に仲間と交信した時、彼らはみな死を覚悟していました」


「おい、それって……」


「私の知る未来は滅びました。ほぼ間違いなく。人類が最後のひとりまで絶滅したのか、少なくとも異界の門を維持することなどもうできないほどに追いつめられてしまっていたのでしょう。それもこれもすべてはヤツら・・・のせいで……!!」


 スミスの表情が一変する。

 常に穏やかな笑みを絶やさない彼が、涙を流さずして怨嗟し、両の眼がこぼれ落ちるほど目を見開く。狂気そのものを貼りつけたスミスの貌にマリアは絶句した。


「――ああ、いけない。失礼しました。私らしくありませんね」


 フッ――とスミスの表情が和らぐ。

 いつもの気持ち悪い笑みに口元を歪めている。

 だが、話し始めたときから、スミスの目は死んだままだ。


 一年以上も付き合ってきて初めて見る上司の生の感情に、マリアは少なからずショックを受けていた。単なる享楽主義者だと思っていたが、それはこの狂気の裏返しなのか……。


「申し訳ありません。どこまで話しましたか」


「おまえが、10年前の地球に帰ってきたってところまでだ」


「そう、そうです。いやあ、魔法の力はすごいですよね。私は狂喜乱舞しましたよ。なんてったって20年です。『ヤツら』がやってくるまで20年の猶予ができたのです。私は早速未来の記憶を使い『歩兵拡張装甲』の開発に着手しました。苦労の連続でしたよ。最初にできた試作品なんてホント美しさの欠片もない土管のようなものでしたからね。それでも着実に私の計画は進んでいきました」


 彼には地球で過ごした未来の記憶がある。

 今の地球から約50年後の世界。

 そこで歩兵拡張装甲を作っていたのなら、今の地球の技術でもそこそこのものが作れるだろう。


「それで今現在の第三世代型までの『I.E.A』ができたってわけなのか」


「おや、マリアさん。らしくありませんね。大事なファクターが抜けているではありませんか」


「ん? ああ、魔法か。いや、別に忘れてたわけじゃねーからな」


 正直スミスが垣間見せた狂気に呑まれてしまい、マリアは本気で忘れていたが誤魔化した。


「一見軌道に乗り始めた『歩兵拡張装甲』の開発とは別のところで、実はとんでもない誤算がありました。マリアさんは『修正力』という言葉を知っていますか?」


「いや……?」


「簡単に言えば、この世界の秩序を矛盾なく自然のままに保つ大きな浄化作用のことです」


「なんだそりゃ?」


「わかりませんか……。私の勧めるSF作品をキチンと消化していればだいたいは理解できるはずなのですが」


「今更そんなこと言ってもしょうがねーだろ! 今理解してやるからとっとと話やがれ!」


「まあそんな難しい話ではありません。『クリス』が死にました」


「は? おまえが魔法世界から連れてきたっていう?」


「そうです。僅か一年の命でした。彼は地球に来て一月もするころから体調不良を訴え、やがて立ち歩きができないほど衰弱していきました。最後はまるでこの世界から弾き出されるように骨と皮だけの姿になり、サラサラと砂のように崩れて跡形もなくなりました」


 合掌。スミスは至極あっさりと30年以上利用してきた男を過去のものにした。


「私と『クリス』が造り上げた異界の門は、究極とされる魔法ではありますが、不完全なものでした。何故ならその魔法はその世界においては『聖剣』、あるいは『第七剣王異界セブンスキングダム』と呼ばれる超常の魔法を人工的に再現したものに過ぎなかったからです」


 異世界から異世界へと渡るためには、神なる御業によって創られた『第七剣王異界セブンスキングダム』を使うしかない。


 それを用いない者は、世界に矛盾を齎す異物として『修正力』に殺されてしまう。

 決して抗うことのできない、自然の法則によって、その存在を無かったことにされてしまうのだ。


「じゃあもうひとりの、アリスト=セレスってやつはどうなったんだ?」


「それはさすが精霊魔法使いと言ったところですか。『クリス』よりは保ちましたよ。と言っても二年ほどです。膨大な魔力のおかげで肉体の崩壊自体は遅かったですが、やがては彼女もまた衰弱し、寝たきりになってしまいました。私はあらゆる手を尽くしました。彼女に死なれてしまっては、何のために地球へ連れてきたのかわからないですからね」


「その子は、結局どうなったんだ? 生きてるのか? 死んでるのか?」


「そうですね。そのどちらでもなく、その両方でもある、と言ったところですか」


「おい、なんだよそれ。ふざけてんのか?」


「その判断をするのはきっと人間の役割ではありません。恐らく神様と呼ばれる存在がお決めになることでしょう。ですがねマリアさん、私は本物の奇跡を目の当たりにしたのです。そう、あれは『クリス』の死から一年が経とうとしていた時に起こりました」


 スミスは神妙な顔つきになり、過日を思い出すよう遠い目をする。

 マリアは知らず、ゴクリと喉を鳴らしていた。


 続く。

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