暴虐と再会の空編

第118話 暴虐と再会の空① 折れた翼〜Super sonic showdown

 * * *



 12月17日 現地時間11時34分

【シリア国内首都ダマスカス、ドゥーマ上空】


 この日、武装勢力の拠点地域を爆撃にやってきた戦闘機は、メヘイミーム基地に所属するロシア航空宇宙軍所属の機体だった。


 シリア内戦が始まった当初、政府軍は400機近い航空戦闘機を所有していたが、現在ではその稼働率は50%以下であると言われている。


 機体はロシア製の旧式のものばかりであり、航空攻撃力は弱い。

 その上、航空派遣ソーティも少なくパイロットの練度も低かった。

 現政権の要請を受けて航空機を出しているのは実質的にロシア航空宇宙軍だった。


 Su―34スホーイ34フルパック5機が、広大な市街地をカバーするため、優にに100メートル以上の間隔を空けて飛んでいる。そして練度の高さが伺える機動で、ゆるやかに高度を落とし始めた。


 爆撃設定高度は約1500メートル。

 エンジンの反応もよく、搭載できる弾薬数も増え、さらに命中精度も上がる。廃墟と化した街に巣食う武装勢力は脆弱な対空兵器しか持たない。戦闘機による空爆とは、空という絶対優勢を盾に、一方的な殺戮を地上に振りまく行為なのだ。


 Su―34のウェポンベイには、ジュネーブ協定で使用が禁止されているはずの『RBK500クラスター爆弾』が搭載されていた。広い範囲の人間を無差別に殺傷するための爆弾であり、テロリストと一般市民に分け隔てなく死を齎す兵器だった。


投下ブローシェノ! 投下ブローシェノ!』


 市街地へ向け爆弾が落ちていく。

 航空機のスピード+落下速度も相まってかなりの速度で地上へと吸い込まれていく。


 彼らの真下には、予定通り爆炎の花が咲くはずだった。

 だが――


『なんだアレは――!?』


 Su―34スホーイ34パイロットは我が目を疑った。

 信じられない光景が彼らの真下には広がっていた。



 *



 その日、瓦礫の街から這い出した人々は空を見上げていた。

 抜けるような青空が一瞬にして真紅に染まっていたからだ。


 それは炎の天蓋だった。

 本来なら自分たちにすべからく死を齎すはずの爆弾は、ただの一発も地上に届くことなく、全て天蓋に触れて誘爆を起こしている。


 その光景は奇跡そのもの。

 まるで怒れる太陽が地上に降り立ち、紅蓮を振りまいて空を薙ぎ払ったかのような光景だった。


 やがて人々は膝を折り天へと祈りを捧げる。

 廃墟を根城とし、明日をも知れぬ日々を送る無辜の民は、偉大なるアッラーを讃え感謝を捧げた。



 *



『保有魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーゼロ。虚空心臓内の貯蔵分、すべて使い切りました』


「なんとか間に合ったか……」


 街を爆撃から救ったのは神ではなく、もちろんタケルだった。


 既に爆撃高度に達していたSu―34からクラスター爆弾が投下されるやいなや、街の全域に向けて魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーを緊急展開。


 そのすべてを『炎』の魔法へと変じさせることにより無数の、そして広範囲のクラスター爆弾を一時いちどきに完全消滅させたのだ。


『Su―34全機撤退していきます』


「間に合わせかもしれないが、とりあえず危機は去ったな」


 所詮タケルのしたことは対症療法でしかない。

 根本的な解決には一切ならないし、街の人々を救ったなどとも思っていない。


 ただあくまで人質となっていた『G.D.S』メンバーを危険から遠ざけるために行ったことだった。


「しかし、魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーをすべて使い切ったのは痛いな……」


 今のように超大規模な魔法を行使する戦闘などもうないだろうが、これから先は虚空心臓を使い、一から魔力を精製しなければならない。


 プルートーシステムによってタケルの戦闘力は格段に向上したが、その代わり常に一定の魔力を消費し続けるようにもなってしまった。


 その分、虚空心臓はビートサイクル・レベル3~6の状態を常に維持しなくてはならない。


 レベル10を一応の上限に設定している以上、魔法戦闘に割ける魔力は限られてしまうのが現状だった。


「よし真希奈、とりあえず病院に戻るぞ」


 豆粒のように小さくなったSu―34の編隊飛行を見送り、タケルが方向転換した直後だった。


『――警告! 上空より急速に接近する飛翔体を確認! 機体照合――ロシア航空宇宙軍所属Su−57【PAK FAパクファ】です!』


「あれが……本物の!?」


PAK FAパクファ』。現在ロシア航空宇宙軍が誇る第五世代型ジェット戦闘機である。


 高いステルス性能を持ち、近接格闘性能ではアメリカ軍のF―22をも上回るとされている。


 おそらく爆撃の様子を高高度から戦術観測していたのだろう。

 Su―34なかまの任務失敗を受けて、カバーにやってきたと思われる。


 空中に浮かぶタケルの頭上を二機の『PAK FA』がフライパスしていく。


『タケル様、即時撤退を推奨します!』


「ダメだ、今逃げたらあの二機が爆撃を始める! なんとか街から遠ざけるぞ――逃げるのはその後だ!」


『ですが、魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシーも使いきってしまった状態での空中戦闘はとても危険で――』


「話は後だ――真希奈、ビートサイクル・レベルを上げろ! 耐Gの一切は魔力ドレインによる身体能力で対処する! 来るぞ――!」


『りょ、了解しました!』


 極限のドッグファイトの始まりだった。



 *



 高度15000フィート上空。

 亜音速飛行をするのは二機の『PAK FA』。


 爆撃部隊を上空から戦術航空管制するのが彼らの任務だったが、地上で起こった異常事態を調べるため下界に降り、そこで彼らは出会い、今は追撃の真っ最中だった。


『こちら深山鴉グラーチュ1、俺のヘッドディスプレイはイカれたのかもしれない。そっちの調子はどうだ深山鴉グラーチュ2?』


『こちら深山鴉グラーチュ2。安心しろ、俺のも壊れたみたいだ!』


 ふたり同時に同じものが見えたというなら、それはもう現実として受け止めるしかない。即座に『PAK FA』のパイロットたちは状況を報告した。


『やっぱりそうか。――司令本部、こちら深山鴉グラーチュ1。未確認機は米軍所属機アメリカーニェツではない。それどころか戦闘機でも無人機でもない! 等身大の人間だ……!』


 前方、同じく亜音速飛行をする所属不明の飛翔体を二機の『PAK FA』は猛追している。


 彼らの見ている前で、未確認機がこちらを振り切るように急加速した。全身から吹き出たアフターバーナーのような炎が、さながら尾を引く流星のようであった。


『マッハで飛んでるぞ! こちらも追撃する!』


『PAK FA』もまた最高速度マッハ2を誇る性能は伊達ではない。アフターバーナーを全開にして未確認機の後を追う。


『こちら深山鴉グラーチュ2、司令本部より攻撃許可が出た。現在当該空域で作戦行動中の機体は確認されていない。可能なら撃墜しろ!』


深山鴉グラーチュ1了解!』


 9A1−4071K、30ミリ機関砲が火を噴く。

 視界の中、未確認機がロールを描き砲弾を回避した。


『避けたぞ! 深山鴉グラーチュ2、挟み込め!』


深山鴉グラーチュ2了解!』


 二機の『PAK FA』は左右に大きく広がり、未確認機の逃げ道を塞ぐように速度を上げた。


 どちらかの射線に入り次第、30ミリ機関砲が即座に火を噴く。

 だが、未確認機はさらに増速し、全身の炎が更に激しく燃え盛る。

 二機の第五世代戦闘機を引き離さんと、炎の尾が長く長く軌跡を描く。


『あれは本当にアフターバーナーか!? 近づき過ぎると爆発するんじゃないだろうな!?』


『わからん、だがこのまま行けば国境線を越えられる! ミサイル攻撃を行う!』


 赤外線捜索追尾IRSTでロックオン。

 ウェポンベイに搭載されたR−77T中距離空対空ミサイルが発射される。

 ぐんぐん迫るR−77Tミサイルは未確認機を完全に捉えたかに見えた。


 ――炸裂。爆炎が進路上に大輪を咲かせ、二機の『PAK FA』はそれを避けるように機体をローリングさせた。


『やった!?』


『いや、まだだ!』


 未確認機は健在。回避機動で減速した二機の『PAK FA』からはかなりの距離が空いていた。


『俺は見たぞ……。爆発の瞬間、未確認機が二体に分裂するのを。ミサイルが直撃したのはそっちの方だった!』


『バカな――俺たちはなにを相手にしてるんだッ!?』


 あれほどの小型でありながら超音速飛行を行い、なおかつダミーまで放出する。そんな航空兵器などありえないことだ。


『わからん。だが再度攻撃を仕掛けるぞ!』


『くッ――深山鴉グラーチュ2了解!』


 スーパークルーズ――つまりはアフターバーナーの補助なくして超音速巡航を続けられるのが第五世代型戦闘機の特徴である。


 だが戦闘機動を取る二機の『PAK FA』は幾度となく加速と減速を繰り返している。


 驚嘆すべきは未確認機の運動性能、機動性、加速能力。いくら全身が小さく空気抵抗が少ないとはいえ、曲芸のような回避機動を連続で行いながら、それでもジリジリと離され始めている。


 無人機なのか、とも思っていがが、ふたりの『PAK FA』パイロットの勘はあれが有人機であると告げていた。


 まるでこちらの意図を先読みするような回避行動や加速のタイミングなどなど。

 チェスや詰め将棋のように、明らかな攻撃の読み合いが感じられるからだ。


 だとすれば相手は紛れも無い手練である。

 一瞬でも気を抜けばこちらが全てを奪われるだろう。

 そんな限界領域ギリギリの戦いにも決着の時は迫っていた。



 *



『デコイ射出! 敵ミサイルの回避に成功しました!』


「ぐうッ――まだ来るのか!? 真希奈、さらに加速を!」


『警告! 現在のビートサイクル・レベルは9相当です! また加速状態における魔法の使用は肉体に著しい負担がかかります!』


「だが向こうはやる気だ! 生き残るためにはやるしかない!」


『警告! 追加承認要請! ――レベル10を越えるビートサイクルの発動はあなたの身体を著しく害し、健康的な日常生活に支障をきたす恐れがあります。あなたの大切な家族ともう一度よく話し合い、発動要請の撤回を推奨します!』


「なんだッ――そのどっかで聞いたような警告文は!?」


『……マキ博士がプログラムしていたようです。繰り返します――』


「繰り返さんでいい! オーバークロック承認だ!」


『了解、オーバークロック承認。ビートサイクル・レベル10発動!』


 キィイイイイイイィィィィィ――と甲高い金属音が響き渡る。

 それは虚空心臓のがなり立てる不協和音なのか、それとも超音速飛行による衝撃波によるものなのか。


 視界が真っ赤に染まる。

 急加速によって先端から遠ざかる血流を鎧の身体強化で無理やり巡らせているために起こるレッドアウト現象だ。


 かつて、エアリスが風を纏い、高速飛行を行った際には、全身を守護する風の魔素がタキオン粒子さえ孕み始めていたのをタケルは見たことがある。


 だが今のタケルが行っている飛行は、風の魔素を全身にまとい、炎の魔素を噴出して飛ぶというかなり強引なものだ。


 空気抵抗が急増し、タックアンダーで頭が押さえつけられる。

 円錐に展開している防風殻シルフ・プルーフを包み込むように形成されたマッハコーンにものすごい圧力がかかっているためだ。


 この状態になると、もう身体そのものを動かしての機動制御は不可能。

 高圧縮した風の噴射、もしくは体表面を爆発させて無理やり姿勢制御をするしかなくなる。


『敵戦闘機、機首をこちらに向けています。――機銃掃射来ます!』


「回避!」


 ボンッ――と真下で圧縮した風が瞬間的に炸裂し、タケルの身体がパチンコ玉のように弾き飛ばされる。


 真っ赤に染まった視界の中、機銃弾頭が妙にゆっくりとタケルの前を通り過ぎていく。


『さらに機銃掃射来ます!』


「連続回避――!!」


 上下左右に展開した風の爆弾により、タケルの全身が滅茶苦茶に振り回される。

 まるで自分自身がピンボールの玉にでもなったかのようだ。


 次々に弾き飛ばされ、その度に全身がバラバラになりそうな衝撃が襲いかかり、タケルは奥歯を噛み砕きながらそれに耐える。


『警告! 敵戦闘機二機の中距離ミサイルにロックオンされました! ――発射! 発射!』


「炎の魔素でデコイ作成! フレア射出! なんでもいい、バラ撒けるもんは全部バラ撒け!」


 直後、はるか後方で爆発。

 だが今のタケルはその爆炎が届くよりさらに疾い速度で飛んでいる。


 全ての事象は一秒後には『過去』の出来事になる。

 常に差し迫る『今』を乗り切るために『未来』を予測し対処しなければならない。


『R−77Tミサイル、デコイに命中! もう一発はなおも健在! 距離100、90、80――』


「全魔力を推進力に! 振り切るぞ――!」


 限界を越えた超音速飛行。

 タケルは大気を切り裂きながら、空をかき分けて飛翔する――!


『ミサイル接近! 近接信管作動! タケル様、衝撃に備え――』


 真希奈が言い切るより早く、至近距離でミサイルが炸裂する。


 迫る爆炎と衝撃波。

 全身が炎に飲まれる瞬間、だがタケルはまったく別のものに目を奪われていた。


 一瞬が永遠に引き伸ばされたような刹那の刹那――暗黒・・がタケルの前に口を開いた。ぐにゃりと、その口がイヤらしい笑みに歪む。


 ダメだ――!

 この中に突き進むのだけはいけない!

 超音速飛行の最中、タケルは無理矢理に身体をねじり、その暗黒の口をなんとか回避する。


「ぐあああああああああああああああッ――!」


『タケル様――タケル様!?』


 真希奈は混乱した。

 一体何が起こった!?


 ミサイルの爆炎や破片ごときでこうなるはずがない。

 タケルの――自分の主の右腕の肩から下がごっそりと消失している。


 重量配分が狂い、空から弾き出されるように失速する。

 空中を錐揉みしながら木の葉のように――いやさ激流に飲まれる石つぶてのように墜落していく。


『虚空心臓停止! 防風殻シフル・プルーフ消失! いけない――プルートーシステムを強制シャットダウン! タケル様! タケル様! 気を確かに! タケル様――!』


 高度約20000フィートからの自由落下。

 無限の魔力を生み出すはずの虚空心臓が反応を示さない。


 かつてない不測の事態が起きている。

 真希奈はタケルを守るため、なけなしの魔力を集めて落下速度の減速を試みる。

 だが予測される衝撃は今の状態の主に致命傷を与えるかもしれない。


『誰か――、誰かタケル様を助けて――!』


 真希奈は必死に叫びながら、迫り来るハードクラッシュに備えるのだった。

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