第112話 友達ができました?② 針生清次~男なら拳で語れ
*
「俺は何かいけないことをしただろうか」
校舎裏の雑木林前。
ことの重大さにも気づかず、甘粕は頭を抱えていた。
針生と星崎が盛大に彼を非難した直後にこの発言である。
溜息をつく二人を前に、甘粕はキョトンとした表情で首をかしげた。
「もうええ、甘粕っちはもう十分闘った。せやけどキミの想いは絶対届かんのや。というか届いたらあかん類のものなんや」
「前々からそうじゃねえかそうじゃねえかと思っていが、やっぱりロリコンだったのかよてめえ」
あの場で即座に告白した度胸を称賛する星崎と、露骨に侮蔑を顕にする針生。
甘粕はフルフルと首を振った。
「違う。断じて俺はロリコンなどではない。ヒトより少しばかり父性が強いだけだ」
「じゃあなんで結婚させてくれなんて口走ったんだよ!」
「む。俺はそんなことを言ったのか?」
「無意識やったんかい。完全に危ないヒトやん」
思考と行動がダイレクトに繋がっている人間は突発的な行動に出やすい。
星崎が懸念する通り、甘粕は思いつめれば何をしでかすかわかったものではなかった。
「なあ甘粕よ、残念だがお前はもうこの学校を卒業するまで、いや卒業しても当分彼女はできないぞ。覚悟しておくんだな」
「何故だ?」
「何故も何も、明日から女子に総スカンやで自分」
「よくわからんが、まあなんとかなるだろう」
いやでも結婚できなければ娘が……。などと甘粕はブツブツ言い出すが、ふたりはもう放っておくことにした。
「さて、僕らはどないする? 僕ぁ告白もせんとエアリス先輩みたいな超絶美人は放っておけへん。このまま押せ押せガンガンなんやけど」
「俺もあいつの――成華タケルの実力を試さないと気がすまねえ」
喧嘩っ早く短気な針生ではあるが、彼は生粋の武道家だった。
自分と同い年で自分より強いかもしれないヤツがいる。
それだけで、自分の腕を試さずにはいられない。
喧嘩、などという低次元の問題ではなく、正面から堂々と一騎打ちの決闘がしたいのだ。
星崎はそんな針生の性格を熟知しているからこそ内心笑みを浮かべる。
これを利用しない手はない――と。
「せやったらねえ針生っち。僕にいい考えがあるんよ。一口乗らへん?」
「あ? 俺は正々堂々とタイマン張るつもりだ。横からチャチャ入れやがったら許さねえぞ?」
ギロリと、本当に高校生かと思いたくなるほどの迫力で睨まれる。
だがその眼力をさらりと流せないようでは友人などやってられないのだ。
「僕はそんな男同士の汗臭い闘いの邪魔なんかせえへんよ。ふたりで思う存分ドツキ合ったらええ。僕は僕で独自に動くだけやし」
「タイマンの邪魔をしねえんならなんでもいい。勝手にしろ」
「おおきに。ほなら勝手にさせてもらいます。――じゃあまず針生っちは果たし状書こか?」
「はあ? なんで俺がそんな面倒なことしなきゃならねえんだよ」
突然の申し出に針生は鼻白んだ。
星崎は気安く肩を組みながら説明する。
「いやいや、よく考えてみ? 正面から喧嘩売っても絶対横槍入るで。留学生の隣には常にエアリス先輩がおる。彼女に出しゃばって来られたら男同士の闘いが台無しになるで?」
「そうか。確かにそっちの方が面倒そうだな」
かかった。星崎はニンマリと笑みを深める。
「そうそう。せやから果たし状で呼び出すんよ。彼だけをこっそりと」
手紙というのはプライベートなものだ。
宛名以外の者が開封することはマナー違反である。
そして、成華タケルならば、エアリスを喧嘩に巻き込もうとはしないだろう。
この作戦がうまくいけば、星崎の思惑通り、エアリス先輩と成華タケルを分断させることが叶うだろう。乗せられているとも気づかず、針生は星崎に力強く頷いた。
「よし、わかった。アドバイス恩に着るぜ」
「ええんよ、これくらいのこと。だって僕ら友達やん」
「え?」
「友達やろ! 天丼はええから!」
そうして針生は自身でも初となる果たし状をしたためることとなる。
「こういうんは手書きの方が相手も本気になるんよ」と星崎に言われ、わざわざ筆ペンを買ってきて書いた闘争心むき出しの果たし状を、彼はタケルの下駄箱へと忍ばせる。
そうして放課後、甘粕は頭の怪我の治療のため病院へ。
そのまま窓のない病棟に隔離されればいいのに、と針生と星崎がが思ったのは内緒だ。
針生は果たし合いの指定場所である校舎裏の雑木林前で入念なウォーミングアップをしながらタケルを待ち受ける。
残った星崎はというと――
「キタキタキタぁ……! エアリス先輩の通学路は下調べ済みやで!」
しょぼんと、ひとり寂しそうな顔で家路につくエアリスが道の向こうからやってくる。
その様子を物陰から見つめながら、星崎の記憶は一瞬だけ過日へと飛ぶ。
初めて――初めてエアリスを見たのは正門前だった。
その日もいつもと同じように遅刻ギリギリまで寝こけていた星崎は、母親に無理やり叩き起こされ家を出た。
夏休み中のバイトの金も、毎月の小遣いも尽きてしまい、ファミレスに入って時間を潰す金もない。仮病でも使って保健室で寝てようか――そんな腐った気持ちを抱えた冬の通学路に、突如として女神が舞い降りる。
最初に目を奪われたのはその肌の色。
日本人にはない滑らかな褐色の肌。
目を凝らして見れば、まるでミルクを流し込んだチョコレートのような肌だとわかった。
次いで抜群のプロポーションに気づく。
服の上からでも目のやり場に困るほど、彼女の胸やお尻は大きく自己主張していた。
何より魅力的だったのは彼女のその瞳。
強い意思を内に宿す琥珀色の瞳だった。
まるで月の光を閉じ込めて結晶化したような双眸に見惚れてしまい、気がつけば星崎は、誰もいなくなったその場に十分ほども立ち尽くして呆然としていた。
(今のはもしかして夢やったんかいな……)
すっかり冷えきってしまった身体を抱いて教室に顔を出せば、授業中にもかかわらずクラス全体がソワソワと落ち着かない様子であり、針生にこっそりとラインを送れば、「留学生が来るらしい」との返答が。
星崎は歓喜した。
飛び上がって叫びそうになった。
間違いない、さっきの褐色の美少女がこのクラスにやってくるのだ。
きっとこれは運命に違いない。
昔っから女の子が好きで好きで、たくさんの子に声をかけるし、仲良くもなるけど、何故か本気で付き合うまでには発展しなかったのは今日この日、
そして星崎は力の限り叫んだ。
やってきた留学生を指差し、口角泡を飛ばして。
誰だてめえは――と。
そうなのだ。
何を隠そう最初にタケルに唾を吐いたのはこの男なのだった。
*
「さて、今日の晩餐はどうするか……」
すっかり主婦業が板についてきたエアリスは、今晩の献立を考えながら家路を急いでいた。
彼女にとって現在の最優先事項は、タケルとアウラの食事及び身の回りの世話が第一位。
ベゴニアからの料理指南が第二位。
日本語の勉強と副業が第三位。
そして超えられない壁――――…………>>>↓←↑→→→→→→→学校生活。
という順位になっていた。
最近ではカーミラ邸(新しく建てなおした)で食事を摂ることも少なくないが、やはり家族三人、自分とタケルとアウラを交えて、六畳一間のあの慎ましい家で食事をするのが何よりの幸せだと彼女は感じていた。
そのためにもこれからタケルを伴い、帰りがけに食材の買い出しに行こうと思っていたのだが――その宛は外れてしまっていた。
「悪いけど急用を思い出した。先に帰っててくれるか?」
昇降口で靴を履き替えている最中、唐突にタケルがそう言ってきたのだ。
「なんだ、何か用事があるというのなら私も行こう」
多少夕食の時間が遅くなっても構うまい。
家族三人で食卓を囲むことがなによりも大事なのだから。
「用事が終わったら真っ直ぐ帰るから、エアリスは美味い晩飯を用意して待っててくれよ。最近おまえの作ってくれたメシを食べるのが楽しみなんだ」
「ッ、――わ、わかった、そこまでいうなら仕方ない。なるべく早めに帰ってくるのだぞ?」
まさかタケルの口からそのようなことを言われると予想できず、エアリスは頷いてしまった。 だがよくよく考えれば自分は上手いことかわされてしまったのではないだろうか。
前々から思っていたが、タケルという男はかなり口が達者だ。
以前はまったく他者と交流を持たず、学校にすら通ってなかったそうだが、とても信じられない。
来るな、と言われればムキにもなるのだが、あのような物言いをされてしまっては、エアリスとしても大人しく従う他ないのだった。
とにかく。
敬愛する我が主に晩餐を期待すると言われては、いつも以上に腕を振るわないわけにはいかない。
アウラも当初は食事などは無理ではないかと思っていたのだが、あの小さな身体のどこに入るのか、タケルやエアリスと同じくらいの量はペロリと平らげてしまう。魔力の供給だけでなく、一緒に食事ができるというのなら是非もない。
「アウラと同じように真希奈も食事ができればよいのだがな……」
目下タケルが心血を注いでいるのが、人工精霊・真希奈の『デバッグ』と呼ばれる作業だった。
デバッグの意味がわからないエアリスにタケルは「生まれた子供に英才教育を施してるんだ」と言っていた。
確かに。
見た目の年齢と精神年齢が一致しているアウラとは違い、真希奈は早急にこの世界の一般常識と教養、そして言語を身につけ始めていた。
エアリスは思い出す。
初めて真希奈の姿を見せられたあの日のことを。
それは僅か一月ほど前、人工知能進化研究所――通称人研において、協力者たちを招いて件の人工精霊をお披露目することになったのだ。
集まったのは主催者であるタケルとマキ博士、そしてエアリスとアウラ、百理、カーミラ、ベゴニア、そしてマキ博士の助手である秋月楓だった。
マキ博士の執務室に呼ばれたエアリスたちの前に鎮座していたのは、スピーカー付きの大きな液晶テレビだった。それが突然点灯し、可愛らしい女の子の顔が写り込んだのだ。
年の頃は10歳くらいだろうか。見た目5〜6歳くらいのアウラに比べて年上の黒髪の少女だ。
黒く艷やかな髪は前髪がパッツリと切りそろえられており、肩の辺りまで伸ばされている。
顔立ちはタケルと同じく日本人のものであり、まさしく可憐な美少女と呼ぶに相応しい姿だった。
だが、見た目の可愛さに反して、その顔は今台無しになっている。なぜなら彼女は不機嫌そうな表情で室内にいる――正確にはテレビモニターの前に集まったエアリスたちを見ていたからだ。
暗い眼差しの半眼に、ツンと上向いた唇。その頬はぷくっと膨らんでおり、拗ねているようにも見えた。
――沈黙が流れる。
いつまでたっても一向に言葉を発しようとしない真希奈に、先にしびれを切らしたのはタケルの方だった。
「おい、どうしたんだ真希奈? さっき打ち合わせしたみたいに自己紹介してくれないか?」
画面の中で真希奈が動いた。
タケルの方正面から見て左側に立つタケルの方に首を動かすと、手を後ろに回して一歩退く。そして石ころでも蹴飛ばすように、足をぶらぶらとさせた。
『――タケル様。大変申し訳ありませんが、挨拶の前にひとつ、真希奈の質問に答えてもらってもよろしいでしょうか?』
その第一声に「ほう」とカーミラが感嘆の息を漏らした。
百理など目を瞬かせて画面の少女を凝視している。
重鎮ふたりは「これがついこの間生まれたばかりの赤ん坊なのか」とどちらともなくつぶやいていた。
タケルが帰還してよりただ泣いていただけの赤ん坊が、僅かな期間でこれほどの姿に成長し、そして気品さえ感じられる言葉遣いで話をしている。まあその拗ねた態度はいただけないが、この場は真希奈という人工精霊のお披露目なのだから、負の感情であろうとも、真希奈を推し量る重要な要素となっていた。
「質問するのはいいけど、それは今じゃなきゃダメなのか? みんなを待たせてまでしなきゃいけないことなのか?」
『ただ形だけの挨拶でよろしいのでしたら今いくらでもいたしましょう。ですが、私はひとつ、タケル様に小言を申し上げなければなりません』
「小言って……」
自己紹介の場で内輪もめを始めてしまう主催者と主役の少女。このやり取りだけでも十分にタケルの成果が伝わってくるというものだ。スポンサーである百理などは満足そうに何度も頷いているのだった。
『タケル様は真希奈におっしゃいました。ご自分の大事な仲間たちに真希奈に紹介すると。ですがそれが全員『女性』であるとは一言も聞いていません。真希奈はタケル様のお側に異性の存在があるだけで気持ちが沈み、ささくれていくのを抑えることができないのです』
「なんだって?」
この返答はタケルにとっても意外だったのだろう。
彼はマキ博士の方を見ながら画面の真希奈を指さし「どういうことなの」と聞いている。マキ博士は「けッ、そんなことも気づかねえのかよ」と、すっかりダークサイドに落ちた瞳で舌打ちを繰り返していた。
「えっと……みんな、取り敢えず僕の方から紹介するよ。人工精霊の『
真希奈の機嫌が悪い原因を本人だけがまったくわかっていない。
いや、タケルとエアリスだけと言った方が正しい。
エアリスもしきりに「難しい年頃なのだろう」などと頷いている。
結局ふたりは似た者同士の主と従者だった。
『――ただいまタケル様よりご紹介に預かりました『真希奈』です。正確には【人工精霊型オペレーションシステム・真希奈】と申します。タケル様の手により、タケル様のためだけに創造され、現在はタケル様の内面世界『虚空心臓』に格納されています。皆様との会話は
「わっ――!」とカーミラ、ベゴニア、百理が一斉に拍手をした。
現行の人工知能ロボットなど及びもつかないほどのスペックを有しているのがわかったからだ。
明治、大正、昭和、そして平成、令和と。
幾度と無く技術革新の瞬間に立ち会ってきた彼女たちだからこそ、その拍手の重みは大きなものだった。
真希奈の態度は無礼極まりないものだったが、生まれたての赤ん坊がちょっと不機嫌だったからといってへそを曲げる狭量者はこの場にはいない。そんな生意気な態度でさえも、彼女が人工的に創りだされた存在だとすれば、驚嘆に価することだからだ。
『おや、そこのあなた――』
唐突に真希奈が部屋の天井近くを浮遊していたアウラを呼び止めた。
上下逆さまの状態でクリっと首を傾げ、アウラはモニターを見つめる。
『初めまして。あなたがアウラですね。お話は伺っていました。なるほど、
ニッコリと、ようやく歳相応の可愛らしい笑みを浮かべる真希奈。
途端、アウラはベッタリとモニターに釘付けになった。
『違いますよ、そこに私はいません。あなたなら直接私の存在を感じ取ることができるでしょう?』
「あう……うあ?」
『隠れんぼではありません。あなたなら
アウラはモニターから目を離し、虚空を目で追いながらバタバタと宙を泳ぎ、タケルの胸の中へと飛び込んだ。そして心臓の音に耳をそばだてるように顔を密着させる。
『改めてこんにちはアウラ。お会いできて光栄です。この世に生を受けたのはあなたの方が先ですが、精神的な年齢は私の方が高いようです。私のことはどうぞ姉と思ってください』
「ううあ、あう」
『ええ? 困りましたね。まあ、あなたがどうしてもというのなら、そう呼ぶのも吝かではありませんが。いえ、わかりました。その代わりちゃんと約束は守ってくださいよ?』
「あう」
『――お、お姉ちゃん』
「キャッキャッキャ!」
『もう、これっきりですからね。一度しか呼びません。ダメです。私だって恥ずかしいんですよ』
――どんな会話だ?
その場にいる全員を置いてきぼりにして、真希奈とアウラは独自のコミュニケーションを構築していた。
ただ、ようやく子供らしい表情の真希奈を見ることができ、タケルを始め、その場の全員がホッと息をついていた。同じ精霊同士の微笑ましい会話に室内の空気が和んでいく。
そうして次に動いたのがエアリスだった。
タケル、自分、アウラ、そして真希奈と。
新たな家族を迎えるべく、エアリスは心からの笑みを浮かべて語りかけた。
「真希奈、アウラと仲良くしてくれてありがとう。私の名前は――」
『ああ、いえ。自己紹介は結構ですよエアスト=リアスさん。そちらはカーミラ・カーネション・フォマルハウトさん。ベゴニアさん。そして御堂百理さんですね。データで確認しました。お互い余計なことをするのはやめましょう』
ピシャリ、と自己紹介を遮られ、エアリスは固まった。
まるで姉妹のようなアウラへの態度とは天と地ほどの差異があったからだ。
「いや、いやいやいや。余計なことなどでは断じてないぞ。私はタケルの従者にしてアウラの母である。つまりそなたとは家族も同然で――」
『従者? ああ、タケル様の過去の女という意味ですね。タケル様の従者でしたら真希奈が後を引き継ぎます。お疲れ様です、ご苦労様でした。できればアウラだけ置いてどこぞへ消えてくれませんかね? 正直言ってものすごく目障りですので』
「な――ッ!?」
怒涛の弁舌を受けてエアリスは絶句した。そうして頭の中で今の言葉を吟味し、ようやく自分が強烈な罵声を浴びていることに気づく。褐色の肌がカーっと赤く染まった。
「なななな、なんと無礼な! 如何なタケルが生み出した人工精霊とはいえ、その物言いはなんだ! あまりにも失礼であろう!」
『――っち。案の定先輩面しちゃて困りますね。しつこい女は嫌われるのですよ。先ほどの言葉で理解できなかったのならもう一度ハッキリと言って差し上げましょう。エアスト=リアスさん、あなたの存在価値は私の誕生によって無価値となりました。大人しくアウラに魔力だけ供給していればよし。それ以上はもう指一本だって動かさなくて結構ですよ。タケル様と真希奈とアウラの三人で新たな生活を始めますのではい』
「この――ッ! タケルが手ずから創りあげた精霊だから下手に出ていれば調子に乗りおって、一度礼儀というものを教えこんでやるからそこから出てくるがいい!」
「ちょっと落ち着けエアリス!」
エアリスはもう怒り心頭といった様子で、風をまとわせた拳を振りかぶっている。
慌ててその腕を押さえつけるタケルだったが彼女は止まらない。
ちなみカーミラたちはとっくに避難済みで、部屋の隅で一連のやり取りを見守っていた。ベゴニアと百理が「なんとかしてくださいよ」という視線をカーミラに送るが、本人は気づいた様子もなく「面白いぞ、もっとやれ!」とばかりに顔を輝かせているのだった。
『ふん、出ていけるものならいくらで出たいですが、あいにくと真希奈は現在、
「え、僕?」
モニターの中でジトーっと半眼になった真希奈がタケルを睨んでいる。まるで冷気でも漂ってきそうな程冷め切った視線だ。
てっきりエアリスに対して怒っているものと思っていたのに、真希奈はタケルに対してお怒りの様子だった。
『今その女を羽交い締めにしていますが、どうしてタケル様の心拍数が上昇しているのでしょうか。もしかしてエアリスの身体に欲情しているのですか? その辺の真意を是非お聞かせください』
氷の微笑だった。
蔑むような、下に見るような詰めいた眼差し。
タケルは冷や汗を流しながら全力ですっとぼける。
「い、いやあ――何のことかな、僕には身に覚えが――」
『おとぼけにならなくても結構ですよ。真希奈はメンテナンスのとき以外は、常時タケル様のステイタスを監視しています。それはあなた様のお身体にもしものことがあってはいけないと常に心を砕いているからです。なので僅かな変化もすぐにわかります』
「うわあ、マキ博士の言ってたとおり本当に僕のステイタスがまるっと筒抜けなんだな! 嬉しいやら悲しいやら恥ずかしいやら……。できれば今後はやめて欲しんだけどダメ?」
親愛なる主の願いを真希奈は「ダメです」と突っぱねた。
『なのでタケル様、今すぐその女から離れてください。そしてこれ以上その女にときめかないでください。他の女を想うタケル様の感情など、真希奈は知りたくありません』
ビシ――と。どんな仕掛けなのかモニターに亀裂が生じた。
実際画面が割れたのではなく、そのようなテクスチャを真希奈が演出として貼っているのだ。芸が細かい。
タケルは顔を青くしながら、浮気男のような弁解を始めた。
「ご、誤解だ。いいかい真希奈、男ってのは誰だって異性に近づかれれば動揺するし、ちょっとくらいエッチな気持ちになるものなのさ。これは仕方のないことなんだ。だから決して僕はエアリスの身体に触れて欲情しているわけでは――」
『胸ですか? その女のその無駄に大きなおっぱいがそんなにいいのですか?それともプリっとした安産型の大きなお尻ですか? それともムチムチとした太ももが――あ、今欲情しました! 真希奈の言葉を受けて意識しましたね!? 娘の前で他の女に嫌らしい気持ちを抱くなど裏切りです! 許せません!』
タケルは青くなりながらエアリスからそっと離れる。
その際エアリスの顔は可哀想なくらい真っ赤になっていた。
そして彼女は自身の大きな乳房を腕で隠すようにしながら、やや短めのスカートの裾をキュッと抑えた。その仕草もまた、タケルのエロい気持ちを大いに揺さぶった。
「真希奈さん、お願いします、これ以上僕の心の中を事細かく説明するのはやめてください! そこ、カーミラもニヤニヤするんじゃない!」
部屋の隅で傍観モードだったカーミラが余計な一言を発する。
「ええ、わかってますわ、しょうがないですわ。だってタケルは童貞くんですものね?」
――グサっ、と見えない刃がタケルを貫いた。
思春期の少年にはキツすぎる言葉である。
だが、そんな言葉を看過できない少女がひとり――エアリスだった。
「なんだと? タケルはその、性交経験がないのか? セーレス殿とはしばらくふたりで暮らしていたはずでは……?」
「ぐはッ」と盛大に吹き出す。
見えない第二の刃がタケルを貫いたのだ。
「どうした、答えぬか。貴様はセーレス殿とは致していないのか?」
エアリスは真剣だった。
虚言や諧謔など絶対に赦さぬ――と言わんばかりの表情でタケルを見つめていた。
これはもう正直に答えるしかない、とタケルは腹を括った。
「……ど、同衾やキスくらいはしてたけど……それ以上のことはしていません――ってみんなの前で何を言わせんのさっ!?」
本当に火が出そうなくらい顔を赤くするタケル。
彼の言葉を受けたエアリスは知らず、自分の胸が歓喜で満たされるのを感じていた。
「そう、か。そうだったのか……。セーレス殿とはまだだったのか。――よしッ!」
エアリスはカミーラたちに向かって拳を突き上げた。
三人は厳粛に面持ちで大きな拍手をするのだった。
「なんでエアリスはガッツポーズなの? あとなんでカーミラたちは拍手するの?」
ひとり置いてけぼりのタケルは、童貞であることがバラされ、精神的なライフがゼロになっていた。
『人間ってよくわかりませんね』「なー」と生まれたばかりの精霊娘たちはお互いに首をかしげ合うのだった。
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