第109話 歩兵拡張装甲④ 白亜の巨人~Infantry Expansion Armor
*
マリアが追いつめられる十数分ほど前のこと。
「よっと、こちらタイタン1、ほっ、繰り返すこちらタイタン1、応答願います」
死の森の中を下流へと全力疾走しながら、スミスはヘッドセットへと呼びかける。
『こちらコード・
「現地呼称名『イブリスの祠』にて目標と会敵。カテゴリーは『
『隊長が森に入ってからすでに待機してますよ。――はい、今発進しました』
「さすがです! ありがとうございます! 愛してますよ!」
『オ、オープンチャンネルでなに言ってるんですか!』
メルパカン島の海上付近で待機していたヘリ空母より、特別仕様のCH47チヌークが飛び立つ。
小さな島だ。わずか数分で所定のポイント、
高度1500フィートから投下された巨人は、直ぐ様巨大なパラシュートを広げ、森の中にポッカリと空いたキャンプスポットへ近づく。
地上まで残り30メートルを切ったところでパラシュートが切り離され、白亜の巨人が足から地面へと着地した。
「あら、あららっ!?」
オートバランサーが働き、細く長い主脚を縮めて衝撃に耐えたはいいが、立ち上がろうとする課程で玉砂利に足を取られ、ステーンと仰向けに転んでしまう。かっこ悪いことこの上もない。
「ああ、せっかく綺麗に仕上げていたのに汚れが。やっぱり投下前に地形データをきちんと入力しないとオートバランサーも効きにくいですね」
スミスは青空を仰ぐ巨人へとすばやく近づいた。
「でも、前面、後部、どちらからでもエントリー可能にしたのはいいアイディアでしたね」
胸部装甲が開き、ヒト一人がかろうじて収まるほどのコックピットが顕になる。
バケットシートのような背もたれの上には、フルフェイスのヘルメットが備え付けてあり、頭頂部からはゴムホースのようなパイブが伸びて機体と繋がっている。
スミスはそれを被り、寝っ転がるようにシートに背中を預けた。
「アクア・リキッド充填」
スミスが告げると、ヘルメットの内部が青白い液体で満たされていく。だが、スミスが窒息するようなことはなく、平然と液体の中で目を開いている。
ヘルメット内部から、コード・オータム――仲間の声が響く。
『アクア・リキッド充填100%、酸素供給問題なし。スーツ内リキッドも循環清浄開始します。メインハッチ閉鎖』
バグンッ、プシューっと、胸部装甲が下りてきて、コックピッドが暗闇に閉ざされる。
『外部映像、ヘッドマウントディスプレイに投影します。擬似神経伝達路及び擬似ニューロン形成。スキンセンサー調整開始。マイスナー、パチニ、メルケル、ルフィーニ……、全感覚神経アクア・リキッドスーツへのフィードバック完了』
コックピット内部にはコンソール類の明かりしか無いというのに、スミスの視界には巨人の視界――真っ青な空が広がっていた。
『続いて重イオンバッテリー始動。バッテリー残量120%、全マッスルアクチュエーター動力伝達。全関節ロック解除完了です。隊長、いつでもどうぞ!』
「いやあ、燃えますね、わくわくしますね。主役機の登場ですよ! 年端もいかない少女に囮役を引き受けてもらっておいて不謹慎ですが、こればっかりは男のサガというやつですね!」
『囮って――うわあ、隊長ひどッ!』
「私が颯爽と駆けつけて助ければ全てチャラになります。さあ、行きますよ」
仰向けの巨人が腕を空へ差し伸ばす。
右手のマニピュレーターの真下、パックリと口を開けた袖の下からクナイ型のハーケンが射出される。
何もない空間を通り過ぎるかに見られたハーケンは突如として停止――、いや、宙空に静止した。
「よいしょ!」
ヒジ関節の内部、超電導ウインチによって巻き上げられたハイコーネックス・ナノワイヤーが巨人を軽々と持ち上げる。
ふわっと右手を挙手するように起き上がり、巨人は膝関節を柔軟に屈伸させバランスを取った。
『ピンポイント電磁バリア展開成功。バッテリー残量から見積もって、あと十回の展開が可能です』
「了解。振動センサをパッシブモードで起動。――おっと、もうこんなに近くまで」
センサーマップには巨大重量物の接近警報が表示されていた。
『
「ありがとう。では――
ガションガションと主脚走行で、巨人は震源へと駆け出すのだった。
*
「なん、だよコレ……?」
腕がある、脚がある、胴体と頭がある。
人型だ。白亜の巨人が――巨大なイモムシを相手に綱引き(?)をしている。
そう――巨人としか言いようが無い。
あるいはマリアがもっと多方面のサブカルチャーに興味があれば、違う反応が出来たのかもしれない。だが生憎と彼女にその手の知識は皆無だった。
ただ綺麗だと思った。
細面の頭部に広い肩幅。
逆三角形に引き締まった胴体。
高い重心の腰、そしてスラリと長い手足。
特徴的なのが、両肩と両膝脇にある大きなシールドだ。
それはまるで折りたたまれた航空機の主翼と尾翼のようだった。
今は両膝脇の尾翼(?)が伸びて、つっかえ棒のように地面に刺さり、巨人の綱引きを支えている。
『――ああ、マリア。泥にまみれて傷だらけになっても、あなたの美しさは何一つ損なわれていない。そんなあなたの危急に駆けつける私。かっこ良すぎだと思いませんか?』
「わざわざスピーカー使ってまで言うことかそれ!? ってまさかそれに乗ってんの――おまえなのか!?」
思わずツッコミを入れるが、機械を通していても聞き違えることはない軽薄さにマリアは驚きの声を上げていた。
『いかにも。どうです美しいでしょう、ステキでしょう。本物のロボットですよ。あなたもガンダムとかエヴァンゲリオンを見て育ったのなら熱く滾る血潮を抑えきれないでしょう?』
「いや知らねーし」
『信じられません! あなた本当に今時の女子高生ですか!?』
とその時だった。『ピギャアアアアアッ――』とすさまじい悲鳴を上げ、芋虫が身体をよじった。
背中を貫かれ、痛みに耐えられないとでも言うように全身を蠢動させる。ブキブキブキっと人間が指の骨を鳴らす何十倍もの不協和音が轟き、乱杭歯にまみれた口腔がせり出して汚穢な粘液が撒き散らされる。
『このぉ――!』
白亜の巨人――ベルキーバが動いた。
右腕のハーケンがイモムシの背から外れ、一瞬のウチに巻き取られる。
そして今度は機体を半身に開き、右腕のハーケンを何もない後方へと射出した。
ガクンッ――! と、ベルキーバが宙吊りになる。
撃ち出されたハーケンは、またしてもなにもない空中で静止していた。
『おおおおおおおらァァァァ――!』
両肘に内蔵された超電導ウインチが芋虫を引き上げる。
大木でも引っこ抜くように芋虫の巨体がのけぞり――ズズンっと仰向けに沈んだ。
「すげえ」
マリアは思わず感嘆の声を上げた。
白亜の巨人の細身のシルエットからは考えられないパワーだった。
目の前の非現実的な光景に、マリアはただただ呆然と立ち尽くすのみだった。
『止めを刺します。マリア、離れてください』
「――っち。さすがの私もヘトヘトでな……」
『早くしないと痙攣して内蔵を吐き出しながらドロドロに溶けて死ぬことになりますよ?』
「ザ・ロックかよ! ふざけんな――!」
途端マリアは飛び跳ねて一目散に逃げ出した。
スミスは暗いコックピットの中でほくそ笑む。
『そうですか。彼女は映画の方に造詣が深かったのですか。安心しました。私と話が合いそうですね』
ベルキーバの前方には、あまりの巨体のため、ひっくり返ったまま戻れない芋虫が、イボ足を動かしてもがき続けている。
スミスは宣告どおりに止めを刺すため、第三世代機に取り付けられた新機能を解放する。
「ジャンプユニット起動。メインウイング展開準備――」
ベルキーバの両膝脇に折りたたまれた補助翼がぐるぐると回転を始める。
残像さえ置き去りにするほどの高速回転の後、その足元にピンポイント電磁バリアが展開。
次の瞬間、遠心力で引き伸ばされた補助翼の先端が電磁バリアを強く強く叩いた。
ピシャンッッ――と、発破のような音と共に白亜の巨人は高く高く空へと跳び上がっていた――
「メインウイング展開!」
肩部マウントに折りたたまれていた主翼が左右水平に広がる。
それは本当に航空機と同じ翼だった。
翼を広げたことで莫大な空気抵抗が生まれ、失速するかに見えたベルキーバは次の瞬間、ハーケンを前方に射出。
三度、短剣は何もない宙空へと突き刺さり――さらにそれを超電導ウインチで巻き上げることにより、すさまじい推進力が生まれた。
そう白亜の巨人は今――
「と、飛んでる……! あんなロボットが、本当に空を……!」
大きく展開した肩部主翼アーマー。そして両膝脇のジャンプユニット兼補助翼も手伝い、ベルキーバは空を駆ける白い翼となっていた。
灼熱の炎天を白亜の巨人が悠々と舞っている。
その眼下には、無防備な腹を見せる巨大芋虫の姿があった。
「第三世代型のデビュー戦にしては、やや物足りない相手でしたよあなた」
左手を真下に突き出し狙いを定める。
正確には袖下のハーケン射出口をポイントする。
『ダァンッッ』と高速で撃ち出されたのはハーケンではない、まったく別の代物だ。
マリアは知る由もない。
それは『DDT特殊弾頭弾』と呼ばれる『奴ら』専用の殺傷兵器だった。
見事腹のど真ん中にめり込んだ『DDT特殊弾頭弾』。
変化は劇的に起こった。
芋虫の動きが完全に停止し、弾頭がめり込んだ内部から速やかに嚢状の崩壊が全身に広がり――ボンッとその巨体がはじけ飛んだのだ。
「うわ、汚え花火……」
つぶやくマリアの目の前に白亜の巨人が降り立つ。
『マリア、いいですね今の台詞』
「は? 何が?」
『かの有名な王子の台詞をここで絡めるとは、実に素晴らしい』
「私にはあんたが何を言ってるのか全然わかんねえよ」
『まさか無意識に口を出たのですか。恐ろしい。あの冷酷極まりない王子と同じ精神構造を持っているとは……』
「バカにしてんのかよてめえ」
白亜の巨人が膝をつく。胸部ハッチが開き、スミスが颯爽と地面に降り立った。
「とんでもありません。愛してますよマリア」
「あーはいはい。言ってろ言ってろ」
すっかり薄汚れてしまったマリアの肩にスミスは自身の上着をかぶせる。
その上着もボロボロでくたびれていたのだが、そうしたのはマリア自身なので文句は言えないのだった。
「私は本気です。確信しました。是非私の仲間になってください。あなたならきっと私以上の乗り手になれるでしょう」
「私が? 乗り手って……もしかしてこいつのか?」
「はい。本来なら三次元機動と加速に耐性のある女性こそが乗り手にふさわしいのです」
「これ、なんていうロボットなんだ?」
膝をついてもまだ見上げるばかりの機体。陽光の中で輝く白き巨人を見つめながらスミスは誇らしげに言った。
「略称は
やがて米軍仕様のヘリが空を覆う。
忌避していた父親が所属するのと同じ国家、同じ軍隊。
でも、とマリアは思う。
「なあ、――ずっと雲隠れしていた娘が、突然ロボットのエースパイロットになって現れたら……おもしろいかな?」
「おもしろいどころじゃありません。最高ですよそれって」
「そっか。ならいいのかもな」
ヘリからファストロープ降下で、兵士たちが次々と降りてくる。
全員が防護服のようなものを着ており、異常な光景だ。
風に混じり、あの芋虫のものであろう生臭い匂いが届く。
それでも変わらず燦々と照りつける故郷の太陽を見上げ、マリアは「うん」ひとつ頷いた。
「なああんた、名前なんつったっけ。もう一回ちゃんと教えてくれよ」
「――
「オッドアイってやつか。初めて見たよ」
「よく言われます。では改めて、ようこそマリア・スウ・ズムウォルト。ステイツはあなたを心より歓迎しますよ」
アダム・スミスと名乗った男は、間違いなくあの
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