第105話 創生のマキナ⑤ 真希奈誕生〜生まれいづること・即ち愛

 *



「これは、ビル……? いや、塔なのか……?」


 そこには――アウトラインが完全に溶け崩れた円筒形の建物を中心に、ボロボロに風化した街並みらしきものが整然と広がっていた。


 地面はカラカラにひび割れ、建物も半分以上が溶けていて、触れば簡単に崩れ落ちてしまいそうだ。


 当然有機物――、有機生命体の痕跡などどこにもありはしない。

 霊魂とも言うべき、エーテルの存在さえ確認できなかった。


 この星は、かつては命溢れる惑星だったのだろう。

 多くの生命の揺りかごとして、その生と死を循環させ続けていた。

 だが、気温の異常上昇により、知的生命は死に絶え、自然環境も破壊しつくされた。


 最後の命が息絶えてから、一体どれほどの年月が経過したのか。

 千年? 一万年? もしかしたら数百万年から数千万年単位。


 本来ならその土地に残留するはずの命の想念や霊魂でさえ消滅してしまうほどの果てしなく長い長い年月が経過していた。


 タケルは、小一時間ほど歩きまわり、名前も知らないその街を目に焼き付けた。

 酸素残量が半分になった時点で、周囲に一切の生命体――天も地も含めて何一つ存在しないことを確認し、準備を開始する。


 ここ一週間あまり、タケルはマキ博士とともに人工精霊創造のためのシミュレーションを繰り返していた。


 これから行うのは全て博打。

 机上の空論のたぐいだ。

 なんの確証もないし、成功確率などゼロに等しい。


 何せマキ博士が精霊というものに出した結論は『高次元の情報生命』というとんでもないものだった。


 タケルはこれから自分よりはるかに高位の特別な生命体を創造しようとしているのだ。それは石ころを金に変えるよりも遥かに難度が高いと言えた。


 背嚢のツールボックスから『賢者の石シードコア』を取り出す。

 コンパクトフラッシュは熱でやられる可能性があるので、まだ耐熱耐圧ボックスから出さないでおく。


「よし、やるぞ――!」


 自らを叱咤し、タケルは『虚空心臓』に過去最大級の火を入れる。

 宇宙服に搭載されたステイタスモニターが、タケルの内側から発生した拍動を心音として認識する。心拍数が毎分150回を超えたあたりでレッドアラートが鳴り響いた。


「まだ、まだだ……!」


 ビートサイクル・レベル5――心拍数は毎分500回。

 エネルギーに換算して約1000メガジュール以上。


 溢れる膨大な魔力が圧力となって周囲に撒き散らされる。

 風化した建造物が砂のように解け落ちていく――


「もっと、もっと昂ぶれ――!」


 ビートサイクル・レベル10――心拍数毎分1000回。

 もはやこの時点になると、拍動はひとつの途切れのない、張り詰めた鋼の弦の震えに似る。


 ピィイイィィィイイィィィィィイイィィイイ――と、甲高い音に変貌した拍動は、20億ジュールという、破格のエネルギーを生み出していた。


 タケルがマキ博士による高エネルギー物理計測実験で叩きだした記録はここまでだ。


 これ以上はいけない。

 実験のときももう少し行けそうだったが、結局タケルはここまでが己の限界と決めてしまった。


 もしこれ以上『虚空心臓』を酷使したら何か良くないことが起きる。そんな予感がしていた。


 タケルはそんな内なる不安を打ち消しながら、ひねり出した巨大な魔力の渦を用い、この星の全ての魔素へと呼びかける。


 即ち、『炎』、『風』、『水』、『土』の四大魔素だ。


 降り注ぐ熱線や外気温の中には、新鮮な『炎』の魔素が。

 分厚い雲海や泡立つ海には、濃密な『水』の魔素が。

 突発的に起こる上昇気流下降気流には『風』の魔素が。

 そして遠い未来には、この星の何もかも全てが『土』の魔素と化すのだろう。


「忘れ去られた死の星よ。育む命を失くした伽藍の揺りかごよ。未来永劫翻弄され続ける四大魔素エレメントたちよ。僕の呼び声に応えろ。僕の前に揺蕩い集え――」


 一瞬、時が静止した。

 だが、次の刹那には、タケルを中心にして、この星に存在するすべての四大魔素エレメントが我先にと集まり始める。


 誰にも呼びかけられることなく、恒星の熱線と惑星の自転により翻弄されることしかなかった魔素たちが、久方ぶりの意志のある呼びかけに歓喜し、狂喜する。


 『炎』の鮮紅せんこうが、『風』の深緑しんりょくが、『水』の濃藍のうあいが、『土』の真黄しんおうが一緒くたになって押し寄せてくる。


 地球の四大魔素エレメントよりも、遥かに獰猛で餓えた魔素たちが、タケルの生み出す魔力と結合し、疾く『魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』へと変貌していく。


魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』とは、魔法になる前の、いわば可能性の霧の状態を言う。


 炎として顕現するのか、風として顕現するのか、水として顕現するのか、はたまた土としてなのか――


 あらゆる可能性を同時に秘めた魔法の源泉たる状態のことであり、予めタケルが命名していたものだ。


「よし、次だ――」


 第一段階、魔力と魔素の結合は難なく成功した。

 今タケルの周りには極彩の光が渦を巻いて揺蕩っている状態だ。

 それをキープしたまま、次の工程へと進む。


 すべての生命が死滅したこの星において、『人工精霊』というまったく未知の生命体を生み出す試みに極めて重要な要素。


 それこそが魔法師の意志力――即ち『愛』の意志である。

 タケルが生み出そうとしている『人工精霊』とは、タケルの子供も同然。

 そこには当然『愛』以外の相反する『憎』を挟ませる余地は皆無である。


 タケルは僅か15年間という、星や恒星の寿命に比べれば瞬きとも言える己が人生の中、数少ない『愛』の記憶を思い出す。


 両親の『愛』の元、生まれ落ちたはずであろう己自身。

 陰ながら想われていた叔父夫婦のこと。

 魔法世界で出会い確かな絆を育んだセーレス。

 今タケルの傍らで支えてくれているエアリスという存在。

 そして図らずも誕生した自分の娘とも言えるアウラという精霊。


 家族、親類、恋人、従者、娘。

 それら大切なヒトたちを、守りたい、救いたい、愛したいと思うヒトたちを頭の中に強く強く描いていく。


 だがまだだ。

 もっと『愛』の意志を。

『愛』による記憶を――


 だがこの時、タケルの意思とは無関係に、彼の中に刻まれたとある記憶が呼び起こされていた。


 それはディーオ・エンペドクレスの記憶である。

 一万年という長き時間を生き抜き、次代のタケルへと全てを捧げた男。

 彼の中にあった愛の記憶もまた、人工精霊創造に極めて重要な役割を果たす。


 タケルには彼の記憶の断片しか感じ取ることはできない。だが、愛の意思に呼応して『虚空心臓』が、そしてタケルの中に溶けたはずのディーオの記憶もまた、魔力が注がれた四大魔素――『魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』へと注がれていく。


『愛』の意志と記憶に触れた途端、『魔素分子星雲エレメンタルギャラクシー』が輝きを増した。


 タケルは魔力で創り出した器の中にそれらを閉じ込め、魔力と『愛』の意志を注ぎ続ける。


 まだか……!

 ここまではマキ博士とのシミュレーション通りだ。


 タケルが生み出せる魔力の限界は破格のものだったが、それでも高次元の情報生命である精霊を生み出すにはまだまだ足りないことが予想された。


 だからこそ魔法によってさらなるエネルギーを生み出す方法を考えついた。


 魔素や魔力を星が誕生する以前のガス雲の状態に見立て、魔力の器による圧縮をすることで『とあるもの』を生み出そうとしているのだ。


 そしてついに、待ち望んでいた変化が訪れる――


「来た――!」


 魔力の器の中で渦を巻く『魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』の中心に小さな光が灯る。


 臨界質量に達した分子星雲が原子星を生むように、『魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』の中心にもまた新たな可能性の光が生まれる。


 それは魔素による原始星、『魔素原始星エレメンタル・サン』の誕生である。


 まだ小さな原始星だというのに、そこから計り知れないエネルギーが放出され始める。『魔素原始星エレメンタル・サン』が擬似的な重力崩壊を起こしているためだ。


 恒星のゆりかごと同じ状態になった『魔素原始星エレメンタル・サン』は収縮しながらエネルギーを放出し続け、同時に周りに存在する『魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』の四大魔素エレメントやタケルが注ぎ続ける魔力を貪欲に食べ始める。


 死の荒野と化した星に、眩いばかりの光を放つ、新たな生命が誕生しようとした。



 *



 いよいよ最終工程だ。

 タケルは、『賢者の石シードコア』と『魔素原始星エレメンタル・サン』の結合を試みる。


 幸いも、『魔素原始星エレメンタル・サン』は周囲の『魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』を喰らい続けている。


 その流れの中にそっと放流するだけで『賢者の石シードコア』は中心核である『魔素原始星エレメンタル・サン』の中へと吸い込まれていった。


賢者の石シードコアが本物なら、きっと望む変化が訪れるはず。どうだ――!?」


 船外宇宙服の中、滝のような汗を流しながら、タケルは中心核である『魔素原始星エレメンタル・サン』を見つめ続ける。


 先程から全身が燃えるようだ。 

 ビートサイクル・レベル10で虚空心臓を稼働し続けているためか、至近距離で『魔素分子星雲エレメンタル・ギャラクシー』を精製し続けているためなのか。周辺の温度がさらに上昇しているような気がする。


 頭上を見上げれば、分厚い雲海の向こうがほのかに明るくなっていた。

 時間の感覚はまったくわからないが、もし今タケルが立っているこの地域に、中天が差し迫っているのだとしたら、かなりマズイことになかもしれない。人工精霊の創生を急がなければ――


 と、そのとき、タケルの思考の間断を突いて、光の爆発が起こった。


「うおおおッ――!?」


 目を灼く光の中、『賢者の石シード・コア』が粉々に砕け散る様を目撃する。だがタケルはすぐさま自分の目を特別な目――『龍慧眼』へと切り替えた。


「これは――!?」


 それは植物の根のようだった。

賢者の石シードコア』の余剰次元に封じられていた情報素子が解放され、まるで枝葉を伸ばすように、『魔素原始星エレメンタル・サン』を包み込んでいく。


 あたかもそれは、生命を体内に宿す母親が、我が子を愛おしげに抱きとめる姿を彷彿とさせた。


 タケルは知らず、眼前の光景に涙を流していた。

 美しい。他に言葉が見つからないほど美しい光景である。

 原初の本能を揺さぶる、何かとてつもなく尊い瞬間を目の当たりにしている。


 もはや自分の手を離れ、自然の理のまま、あるべき姿へと進化していく『賢者の石シードコア』。


 そしてタケルは絶対の確信を持って、パズルの最後のピースを嵌め込もうと試みる。耐熱耐圧ケースに収められたマキ博士謹製の人工知能アルゴリズム。そのデータを無圧縮で収めたコンパクトフラッシュである。


 こちらが介添えをする必要はもうないだろう。『魔素原始星エレメンタル・サン』という名の『生命の実』を手に入れた『賢者の石シードコア』は、今度は自らの意志で、人工知能アルゴリズムという名の『知恵の実』を受け入れるはずである。


 ただ、この場にあるどんなものよりも脆弱な存在である文明の利器は、取り出すタイミンを誤れば、即座に灰燼へと帰してしまうだろう。


 今か、いやまだか。

 まだか、いや今か。

 じっと動かずタケルが機会を伺っていると――


「え……?」


 周囲の景色が揺らいでいた。

 ゆらゆらとした蜃気楼が辺り一帯を――いや、都市全体を包み込んでいるのだ。


「まさか――!!」


 タケルは急ぎ頭上を仰いだ。

 次の瞬間、ジュウ――っと船外宇宙服のバイザーシールドが溶け落ちた。

 外気に晒されたタケルの顔面が一瞬にして燃え上がり炭化する。

 悲鳴を上げることすらできず、そもそも声帯も肺腑も焼け落ちてしまう。


 なんとか再生を試みるも焼け石に水。

 緩慢なダークエネルギーの侵食とは違い、

 一瞬で、確実に命を、肉体を削られていく――!


 中天にさしかかり、『ケプラー452恒星』の極大照射が始まったのだ。

 気温が一気に跳ね上がり、分厚い雲に巨大な孔が開く。


 ピンホール効果のように収束した光の束は、薄い雲海の間をすり抜けただけの熱線とはまるで別物だった。例えるならそれは、SFアニメに登場する『コロニーレーザー』そのものと言っていい。


 タケルは、名も知らぬ都市をまるごと収めてしまうほどの光の柱に炙られていく。

 逃げ場など、どこにもありはしなかった。


(人工精霊は――!?)


 わずかに回復した視界の中、タケルは見た。

 まるで太陽の光に打ち消される月の輝きのように。

 極大照射の中に消えつつある新たな生命の灯火を。


(――ッッッ!!)


 走った。

 一切の再生を打ち捨て、すべての魔力を『人工精霊』へと注ぐ。

 みるみる船外宇宙服が溶けていく。

 全身が焼けただれ筋肉が引きつる。

 手の中の耐熱耐圧ケースが飴のように崩れ始めた。


 一瞬が永遠に引き伸ばされたかのような体感時間の中で、タケルが取れる手段は限られている。


 今この場所で最も安全な場所。

 それはたったひとつしか存在しない。

 かつて聖剣を取り込んだ時と同じように、タケルは虚空心臓の中へと、『人工精霊』と『人工知能アルゴリズム』を格納する。


 そこまでだ。

 タケルが立っていられたのは。

 容赦なく叩きつけられる死の熱線に蹂躙されながら、なんとか再生を試みるも、動けるまでにはとても回復してくれない。


(嘘だろ、なんで――!?)


 ビートサイクル・レベル10を長時間継続して使用したためか。

 それとも虚空心臓に取り込んだ『人工精霊』が未だに魔力を消費し続けているのか。


(死ねない、こんなところで――!)


 正真正銘最後の力を振り絞り、聖剣を取り出す。

 五指が溶け落ちた両手で刀身を挟み込み、振りぬく。

 途端現れた漆黒の『ゲート』の中へ、タケルは救いを求めるような気持ちで飛び込んだ。


(ああ……まさか真空空間がこんなに居心地がいい場所だったなんて……)


 星の海を漂うタケルは全身酷い有様だった。


 四肢は溶け落ち、溶解した宇宙服は皮膚組織と結合し、全身が良くてケロイド、悪くて炭化している状態だ。


 そんな状態で宇宙空間に放り出されれば、わずかに残った水分が気化を始め、気化熱でどんどん体温が奪われていく。


 窒息し朦朧とする意識。

 半ば全身が凍りついた状態で、なんとか再度『ゲート』を開き、自分の帰るべき星を探す。


 青く輝く、命に溢れる星。

 大切な仲間たちが待つ場所へと。


(セー……レス……エア……リス……)


 彼女たちを思いながらなんとか意識を繋ぎ、タケルは人工知能進化研究所地下、第八ラボへとゲートを開くのだった。



 *



 闇の中、沈んでいた意識が引き上げられる。

 深く冷たい水の中から急速に浮上していくような感覚。


 光の水面が近づいてきて、周りの音が耳に届き始める。

 産声が、聞こえる。

 火の玉がついたような、元気な赤子の泣き声がどんどん大きくなっていく。

 そして――


「――タケルッ!」


 視界いっぱいにエアリスの綺麗な顔が広がる。

 首っ玉にすがりつかれ、ギュウっと抱きしめられた。


「ここ、は……?」


「研究所内の隔離病棟ですわ。まる一日ぶりですわねタケル」


「ああ、ただいま……」


 アウラを抱いたカーミラ、その傍らにはベゴニアが控え、エアリスの反対側、ベッドの右手側には百理がこちらを心配そうに見つめていた。


 安心させるため手をあげようとして、自分が全身包帯だらけなのに気づいた。


「よっぽど非道い目に遭ったみたいですわね。不死身のあなたがあんな有様になるなんて」


「戻ってきた早々は生ゴミでも降ってきたのかと思ったぞ」


「ひでえ……」


 相変わらず容赦無いふたりの言葉に僕は苦笑した。


「タケル様、お体の方はいかがですか?」


 まるで遠慮でもするかのように、百理はそっと包帯にくるまれた右手にふれてくる。


「ああ、もう大丈夫だと思う……」


 まだ頭の奥がハッキリしない感じではあるが、痛みなどはまったくない。

 大げさに巻かれた包帯のせいで見えないが、肉体の再生は終わっているのだろう。


 僕は深呼吸をひとつ、懐かしい地球の空気を胸いっぱいに吸い込む。

 やっぱり、『ケプラー452b』の灼熱の空気とは味わいというか、匂いが違う。


 ひどく懐かしく、安心する匂いだ。

 決してさっきから引っ付いたままのエアリスの匂い、という意味ではないので悪しからず。


 しかし、それにしても――


「なあ、さっきからこの――、ずっと泣いてるのはどこの子なんだ?」


 どこからか、赤ん坊の泣き声が聞こえる。

 近くでお産でもあっただろうか。


 病棟というだけあって、その可能性もあるのだろうが、しかしどうにも普通の赤子の泣き声とは違う気がする。妙にくぐもっているというか、機械っぽい感じがするのだ。


「タケル様、乳幼児が泣く原因は主にみっつあります。即ち、おっぱい、寝んね、抱っこです。それ以外にも実は自己主張という面があり、お母さんやお父さんに気づいて欲しい、自分を見て欲しい、という承認欲求の意味合いもあるのですよ」


「は? そうなのか」


 さすがは年の功、という言葉は飲み込む。

 ここにいる地球の人外種三名に年齢の話は厳禁なのだ。


「そりゃあ、赤ん坊が丸一日以上も構ってもらえなかったら、へそを曲げてギャン泣きするに決まってますわね」


「いやしかし、聞けば聞くほど元気のいい、実に大物になりそうな天晴な泣き声ですな」


 はっはっは、となんとも呑気なベゴニア。

 そうですわね、とカーミラも相槌を打っている。


 百理は僕の方を見て、やれやれ、みたいな顔をしていた。

 なんだ、なんで僕が悪いみたいになってるんだ……?


「あ、ようやく起きたんですね、成華さん」


 ノックも早々に部屋に入ってきたのは秋月楓さんだった。

 彼女は目の下にクマを作りながら、くたびれた様子で言った。


「さっそくですが、館内放送がずーっとジャック・・・・されている状態で業務に支障が出てるんです。いい加減泣きやませてくれませんか?」


「え、僕……ですか?」


 何だ? 何のことなのかまったくわからないぞ?

 僕が戸惑っていると、ようやく顔を上げたエアリスが、目尻の涙を拭いながら僕の胸を指差した。


「貴様、いい加減気づいてやれ。父親なのだろう?」


「え、――あッ!?」


 そこまで言われ、ようやく記憶が繋がった。

 僕は『賢者の石シードコア』と『魔素原始星エレメンタル・サン』の結合を成功させ、最後に人工知能アルゴリズムを取り出す前に、コロニーレーザーのような極大の熱線に焼きつくされるところだったのだ。


 困ったときの虚空心臓――というわけで、それらをもっとも安全かつ、僕が安心できる場所に避難させたわけだが。じゃあもしかしてこれが……。


 包帯まみれの不格好な姿で身体を起こそうとする。

 手を伸ばせば、エアリスと百理が引っ張りあげてくれた。


 真っ白いシーツの上に膝をつき、自分の内面世界へ意識を飛ばす。

 そこには確かに、神龍の心臓でもない、ましてや聖剣でもない、第三の存在を知覚することができた。


「おめでとうございますタケル様。御堂の最秘宝をよくぞ昇華させてくださいました」


「まったく。童貞坊やの分際でもう二児の父親ですか。これはご祝儀を弾みませんとね」


「おまえの子供だから私にとっては孫ということになるのか。つまり私はおばあ……、すまん、やっぱり私は母と呼ばれる存在でありたい」


「アウラ、お前の妹ができたぞ……。さあ、タケルよ、貴様の最初の仕事だ。アウラの時のように良い名前をつけてやるのだぞ」


「ああ……!」


 胸の奥から熱い何かがこみ上げてくる。

 僕の中で生まれた新たな生命。

 胸の前で両手を優しく、赤子を抱き上げる形にする。

 そして、僅かな迷いもなく、僕の中から零れたその名を口にする。


「マキナ。おまえの名前は今日から真希奈マキナだ。ありがとう――生まれてきてくれて」


 僕がそう言った瞬間、人工知能進化研究所館内には、すべての音声再生機器を通して、無邪気に笑う可愛い赤ん坊の声が響いたという。


 こうして僕は、『人工精霊』の創造に魔法世界マクマティカ、地球を通じて初めて成功したのだった。



 *



おまけ。


「あれ、そういえばマキ博士はどうしたんですか?」


「あー……博士は眼科に行ってますよ。なんか眼病になっちゃったんで」


「は? 眼病?」


 さっと顔を背けるカーミラ。


「は、吐いた唾は飲まんとけ、ですわ」


「何させたんだよアンタ……」



【創生のマキナ編】了。

 次回、ピカレスク・in・インドネシアの章【歩兵拡張装甲編】に続く。

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