創生のマキナ編

第101話 創生のマキナ① 魔力計測実験二日目~人工精霊創造計画発動

 *


 翌日。

 僕は昨日とまったく同じ面子で安倍川マキ博士の『人工知能進化研究所』を訪れた。


 なんというか、施設内は物々しい雰囲気だった。

 セキュリティをパスして施設に入った途端、並々ならぬ喧騒が襲いかかってきたからだ。


 職員全員が大わらわで廊下を走り回っている。

 せわしなく館内放送が鳴り響き、該当する職員がひっきりなしに呼ばれ、まさに上を下への大騒動だった。


『マイクロPTM高感度光センサの接続作業員は至急第七ラボに集合してください、予定時間を超過しています、繰り返します――』


『光学レーザースキャニングとプラズマ・プロセスモニタの設置急げ! 手の空いている職員は至急第七ラボまで――』


『メインジェネレーター出力臨界点に到達。電力供給問題なし。第一から第八〇三間区への送電開始』


『光電子増倍管のシンチレーションカウンティングが行方不明です。高速時間応答特性、Φ38ミリヘッドオン型を見かけたら大至急――』


『全職員に通達。被験体NK―54『成華タケル』が到着しました。マルチチャンネル分光スペクトル測定器の試運転を開始してください』


空間光位相変調器LCOS―SLMセッティング急げ。光ビームパターン形成の収差補正はコンマ5秒以内に!』


光子フォトンカウンティングユニット設置完了――続いてPCIパス・インポートカウンタの設置も完了しました』


『高エネルギー物理計測実験開始まであと……』


 圧巻である。

 まさか全職員がこれほど一丸となって僕の魔力測定に心血を注いでくれているなんて。


 このテンションと緊張感、エヴァ零号機の起動実験よりすごいかも……などと思ってしまう。


「おはようございます、タケル様」


 正面ゲートをくぐったはいいが、本日は職員の出迎えもなく、どうしたものかと立ち尽くしていたところに、静々とした佇まいの百理が現れた。


「おはよう百理。なんかすごいね」


「ええ、みなさん久しぶりにやりがいのある仕事ができるといって完徹したようです。普段の職務中は一体何をしているのでしょうね。全員減給にしましょうか」


 さらりとストライキが起こりそうな台詞を吐く百理。

 まあ彼女としては、本来の職務をおざなりにされておもしろいはずがないのだろう。


「なんかごめんな、僕の我がままのせいでこんなことになって」


「いえ、おやめくださいタケル様。私そんなつもりで言ったのではありません。タケル様がご自分の力を見極めようという崇高な志は感服に価します。敵を知りまた己を知らば百戦危うからずともいいますし……」


「うん、そうだな。ありがとう百理」


「ああ、もったいないお言葉です」


 白いかんばせを桜色に染め、百理ははにかんだ。そうしていると本当に普通の可愛い女の子にしか見えない。あるいはこれが彼女の本当の素の部分なのかもしれない。僕はそう思った。


「私達を前にイチャコラするとは……いい度胸ですのねあなたたち」


 そんな僕らの様子を見て、黙っていられないのがこの吸血鬼である。


「――ちっ。物見遊山風情のくせに態度がでかいですね。そもそもエアスト=リアスさんに窘められるならまだしも、何故あなたが真っ先に反応するんですか」


「いけなくて!? タケルはウチの子ですから当然ですわ! 返しきれないほどの借金だってありますのよ!」


「あなたのその理屈に従うのなら、私にも当然所有権が発生しますね。私はタケル様の債権者ですから」


「ではカーミラ様が右半身、百理様が左半身でいかがでしょう」


「手を打ちますわ」


「仕方ありませんね」


「僕を貶める方向になると息が合うという芸風をやめろっ!」


 そうして僕らは開店休業状態の食堂で軽食やお茶で休憩を取りつつ時間を潰し、いよいよ実験が行われるという第七ラボへと向かうことになった。


 これは始まりに過ぎない。

 だが僕はようやく僕自身が何者で、何ができて何ができないのかを知る切っ掛けになるだろう。


 百理も言っていた孫子の兵法に曰く、自分を知らないのは敵を知らないより厄介なのだから。


 *


 ――その日の夕方。

 職員たちが一斉に後片付けをしている最中、僕を含めたエアリス、アウラ、カーミラ、ベゴニア、百理は安倍川マキ博士の執務室に集まっていた。


「成華タケルくん、とりあえずはおめでとう。そして残念でした」


 神妙な面持ちのマキ博士は山のような資料を執務机に置き、僕を真正面から見据えそう言った。


「今回の実験から得られたデータをキミが定義するところの『ビートサイクル・レベル』に換算した結果、心拍数毎分100回のエネルギーを国際単位系に当てはめた場合――約200メガジュール強という結果になったわ」


 聞き慣れない単位に僕も含めた全員、ピンときていないようだ。

 マキ博士はさらに詳しく説明をくれる。


「200メガジュールとは、1000キログラムの物体を20キロメートル上空へ運ぶ力に相当するわ。今回キミが叩きだしたビートサイクル・レベルは10まで。つまり心拍数毎分約1000回超という数値……。したがってキミが独力で生み出すことができるエネルギー値の最大は20億ジュールということになるのよ――ッ!」


 Q.E.D完了!

 とでも言うようにマキ博士は机に両手をつきうなだれた。

 やっぱりよくわからない……!


「わかりやすくいうなら、これは現在の原子力発電約二基分の臨界運転に相当するエネルギーといえるわ。正直言って驚くべきものよ。告白すれば私は計測の最中笑いながらおしっこちびりそうになっていたわ。というか隣の楓ちゃんは絶対ちびってたと思うわ……!」


 この場にいないのをいいことに、自分の助手さんをスケープゴートにするマキ博士。


 というか僕が虚空心臓をフル稼働させていたときに聞こえたバカ笑いは、ありえない非現実に立ち向かっていたマキ博士の精神防衛だったのか。


「マキ博士、先ほど言った残念という言葉はどういう意味なのですか?」


 口の重い様子の博士を見かねて、百理が先を促してくれる。

 スポンサーに質問されては、彼女も答えない訳にはいかない。


「はっきり言ってお手上げ。こんなデタラメ極まりない高エネルギー、ヒト一人にどうこうできるわけないじゃない。いま目の前で爆発しないだけでありがたいってもんですよ。これで魔法? になんて転用できるわけがない。だから残念だったわねって言ったわけ。おわかり……?」


 マキ博士の疲れきった顔が僕を捉える。

 おまえの理想とするものは手に入らない。

 早々にあきらめてしまえ、と彼女は言っているのだ。


 だが、僕にとっては実験前と後では、特に何が変わったわけではない。

 相変わらず僕は魔法制御ができず、そのエネルギーを身体能力向上などにも応用できない。


 何も変わっていない。

 告げられた絶望さえも全ては想定の範囲内だった。


「マキ博士、この度の協力、本当にありがとうございます」


「あーいいよ、いいわよさ。私もなんかすごいもの見れたし、久しぶりに気合の入った実験だったし、いい暇つぶしになりましたよ。お金は全部御堂持ちだしね。痛むのは徹夜続きでハリとキメを失った私のお肌くらいのもんだわさ」


「今回、僕の『虚空心臓』が生み出す魔力がわかりやすい単位に置き換えられたのは大きな意味があったと思います」


「もういいって……ショックなのはわかるけど、いい加減キミも現実を見たほうがいいよ?」


「生憎と僕は自分の目的を達成するまで、夢や幻想、非現実であってもそれを可能にし続けなければなりません」


「はあ? 何を言って――」


「博士、次の提案です。僕の『人工精霊創造計画』に協力してください」


 マキ博士は放心したようなポカンとした顔のあと、ズリ落ちたメガネを直しながらストン、とアーロンチェアに腰を下ろした。


 キィっと椅子が回転し、僕らに背を向け、再び戻ってくる。

 静かで怜悧な表情を取り戻し、博士は言った。


「まだ……なにか引き出しがあるんだね。そっか。うん、なら私が早々に見切りをつけるのは失礼だったね。ごめんね」


「いえ、謝罪は結構です。お疲れのようならまた後日にしますが」


「いいよ、聞かせて。今ワーカーズ・ハイになってるからちょうどいいよ」


 ゆったりと背もたれに身を預けながら、胸の前で手を組み、じっと僕を見つめてくる。その瞳の奥に再び好奇心の光が灯るのを僕は見逃さなかった。


「アウラ、おいで」


 僕の呼びかけに、エアリスの腕の中に居たアウラがふわりと宙に浮かび上がる。

 マキ博士はそんなアウラを真顔で見つめ、しきりに瞬きを繰り返していた。


「やっぱり私の見間違いじゃないんだよね。その子絶対浮いてるよね。何でも聞くよ、話してくれる?」


「ええ、この子の名前はアウラ。僕がエアリス――精霊の加護を受けし稀有なる魔法使いエアスト=リアスを助ける際に、僕自身の魔力を多量に注ぎこみ、偶然に姿を現した風の精霊です」


 僕の元までやってきたアウラを抱きとめる。

 ニコっと僕に向けて笑顔をくれる。可愛いやつだ。


「精霊。その子が。それで?」


「精霊とは特定の魔素が高密度に結晶化した姿であり、その本来の役割は魔法師の意志を魔力を対価に世界へと顕現させる――オペレーションシステムだと考えています」


 ガタンッ、と椅子を蹴倒し、マキ博士は立ち上がっていた。


 その瞳が爛々と輝いている。

 そしてそれは恐らく僕自身も同じだ。


 僕は、いまだかつて誰も成したことのない――それは恐らくあのディーオでさえも成し得なかった前人未到の領域に足を踏み入れようとしていた。

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