第99話 ビートサイクル④ 魔力計測実験一日目~それは光に似ている
*
「自分の魔力の限界が知りたいと。はあ。なるほどね」
取り敢えず、
「キミが人間じゃないってのはわかったわ。それでその魔力? っていうのが有り余ってしょうがないけど使い方がわからなくてダダ漏れのガバガバで困っていると」
「ヒトの魔力を尿漏れみたいに言わないでもらえますか?」
タケルはげんなりとした様子を見せるが、マキ博士は「あはは」と楽観的だった。
「もう、だったらあんな機材使わないで直接私に相談すればよかったのに」
「ずっといらしゃなかったので。いろいろ勝手にすみません」
ヒトは見た目で判断できない、その典型のような少年だとマキ博士は思った。
人間でないということもそうだが、利発的だし、礼儀正しいし、少なくとも論理的な思考回路の持ち主なのは彼女にとってもありがたかった。
「じゃあ取り敢えず、キミの魔力出してみて。今すぐ」
「ここでですか?」
「そうここで。いきなり爆発するようなシロモノじゃないんでしょ?」
「そうですけど。……わかりました」
タケルは一瞬だけ目をつぶると、一拍を置いて、カッと双眸を見開いた。
瞬間――空間を何かが強く叩く音がした。
マキ博士は地震か、と周りを見渡すが常時モニターしている観測計器には異常がない。そうこうしている間にも、空間を叩く音は断続的に、どんどん大きくなっていく――
はたと、マキ博士は目の前の少年を見た。そして感じた。
自分の全身に、目には見えない圧力のようなものが伸し掛かる。
なんだこれは。息が苦しい。全身がこわばる……!
横に視線を流せば不味いことに、助手の秋月楓が腰を抜かしているところだった。
「も――もういい。もういいわ。オーケー大体わかった」
室内を満たしていたプレッシャーが消える。息苦しさもなくなった。
ふうっと大きく息をついて、マキ博士はこめかみを押さえた。
「大丈夫ですか、顔色がすぐれないようですけど……」
「気にしないでちょうだい。通過儀礼のようなものよ。一度味わってしまえば次からはこんなのなくなるから」
「はあ……」
マキ博士は正真正銘人間である。
科学の徒として青春を捧げ、残りの生涯もすべて捧げる覚悟だ。
そして空想は空想でしかない、と考えてもいる。
霊魂や幽霊の存在など、見える人間には見えるのだろうが、科学的に実証してもらわなければこちらは信じようがない。
つまり、自分の目で見て感じられるものなら、彼女はそれを許容できる度量があるのだ。
「とにかく――よくわからないけど、キミからなにかとてつもない『圧』のようなものはヒシヒシと感じたわ。さっきのがキミの魔力の限界量ってわけなのね?」
「いえ、さっきのは『ビートサイクル・レベル1』ってところです」
「ビートサイクル?」
「極力自分の技とか、スキルには明確な名前をつけようと思いまして」
「ネーミングは好きにすればいいけど、名前の由来は?」
「僕の魔力は僕の内側にある異なった世界で生み出されるもので――」
虚空心臓。
魔族種龍神族の最秘奥。
無限の再生力と魔力を生み出す神龍の心臓。
それを何人にも侵されざる異界に封じた、タケルの力の源泉。
「なるほど、さっきのは地震じゃなくキミの拍動。その心拍数の増減によって、生み出される魔力も桁が変わってくるのか。レベル1はどれくらいなの?」
「毎分100回に設定しています」
「その理由は? 単にキリがいいから?」
「今現在、僕の師匠の――」
ちらりとベゴニアを見やる。
キラーンと、何故かやたら男前の凛々しい顔で頷かれた。
「師匠から与えられている課題で、200キロのベストを羽毛のように感じられる心拍数がそれだからです」
「200キロ――、なに、なんの修行してんのさキミは! リアルベストキッドなの? あっちのヒトはノリユキ・パット・森田さんなわけ!?」
「ええと……」
タケルは自分が今している修行のこともざっと話す。
魔力で作った大きな身体。
それを自分の薄皮一枚までギュッと絞り込んで武術の動きに応用しようとしていること。
現在では自身の身体に纏わせておける限界が、拍動30回程度分の魔力しかないことなどなど……。
「はー、まったく狂った話だわね。キミは魔力を己の身体能力の強化に使いたいけれど、肝心のキミの身体が魔力を閉じ込めておくには脆弱すぎて困っていると、そういうことでしょ?」
「そう、そうなんです。いやあ、なんか自分の考えてることがこんなにスムーズに分かってもらえるなんて嬉しいです」
マキ博士はひとり顎に手を当て何事かを思案している。
タケルは自分の考えを理解してもらって上機嫌だ。
そんな中、エアリスはひとり複雑な表情をしていた。
話が難しすぎてまったくついていけていないのだ。
それと同時に「やはり我が主は只者ではない……!」と誇らしい気持ちにもなっていた。
「わかったわ。キミの肉体強化のことは後回しにして、まずは魔力とはなんぞやというところから始めましょう。私にも感じ取れるのだから、何らかの力場、もしくはエネルギー、波動である可能性は十分にある。楓ちゃん、ちょっと第二ラボのスペクトラム観測機用意してきてくれる?」
「は、はひ、わかりまひた!」
楓と呼ばれた助手の女の子は腰が抜けた様子で、壁伝いにヒーコラと出て行った。
それを見送ってから、改めてマキ博士はタケルを見やる。
「キミぃ、超おもしろいわねー。体の隅から隅まで解剖してみたいわー」
マッドな笑みを浮かべながら手をワキワキとさせる。
だが返ってきた答えは意外なものだった。
「いいですよ」
「え、……マジ?」
何この子、冗談も通じないのか、と思いきやそれは違った。
「博士のメスさばきが僕の再生スピードより速いならいくらでもどうぞ」
「…………なるほど。暖簾に腕押し、糠に釘か。だったらさあ、濃硫酸の中に打ち込むってのはどう?」
「そんな猟奇的なことをそんな笑顔で言われても…………でも無駄だと思います。原子分解されても復活できましたから」
「げ、げげげ、原子分解!? なにそれ、もっと詳しく教えなさいよっ!」
「いいですよ、えーっと僕が地球に来るために、聖剣っていう――」
安倍川マキの渡米計画は無期限延期となった。
*
「分析結果でたわよ」
マキ博士に連れて行かれた第二ラボで、僕は見たこともない計器を前に魔力を披露することになった。博士はモニターを僕にも見えるようにしながらペラペラと解説を始める。
「計測した結果、魔力とは地球上で観測されているいずれの物質、光波、電磁波、粒子とは似て非なるものだということがわかったわ」
「そう、ですか」
やはり魔法世界では当たり前にある力でも、地球ではまったく未知のものなのか。
これで僕の魔力の正体も、その出力限界を知ることも、僕自身の目分量でしか測れなくなってしまった……。
「何ガッカリした顔してるのよ。私は『似て非なるもの』って言ったのよ。つまり同じものが無いだけで似た物質はあるってことじゃない」
「え――、それってつまり!?」
「私の見立てでは光子――フォトンに一番近い波長を持ってるかな。電磁測定器よりもスペクトラムの方にして正解だったわ。これなら――うん」
マキ博士は頷くと受話器を取り、ボタンをプッシュし始める。
「どうもー、人研の安倍川ですー。お世話様ですー。鈴木さんお願いできます? そう、所長のの鈴木さんです。……いや、いいから繋いでよ。安倍川からだって言えばアポがあろうがなかろうが絶対でるから。キミ新人? 私の声よーく覚えておいたほうがいいよー」
そうして彼女は数分も話し込むと通話を終え、僕の方にヒラヒラと手を振った。
「タケルくん、だっけ。キミらもう帰っていいよ。おつかれー。明日は朝8時集合ね。早めに来て食堂でご飯でも食べててよ」
「えっと、今の電話は?」
「つくばの研究機構が浜松ホトニクス製の素粒子測定器持ってるから貸してもらおうと思って。今からウチの運搬トラック全台出動で借り受けてくるから、設置にまる一晩かかるわ。あと魔力探知アルゴリズムは私が今日中に作っておくから、キミ、今日はもうやることないの。さあ帰った帰った」
「あ、ありがとうございます!」
僕は思わず声を張り上げ頭を下げていた。
すごい。
地球に帰ってきて初めて
「お礼なんていいから、遅刻は厳禁よ。私、遅刻するやつとマザコンは大嫌いだからね?」
本気か冗談か、マキ博士はウィンクしながらそういうのだった。
*
そうしてタケルたちが人工知能進化研究所を退館してすぐのことだった。
入管手続きをすべてパスしてマキ博士のラボまで一直線にやってきた人物がいた。
「ごきげんようマキ博士、あの、タケル様は――」
「百理様!?」
突然の来訪にマキ博士は面食らった。
いや、もともとここは御堂のお抱え施設なのだから彼女が来てもなんら不思議はないが。普段は静々と歩き、決して自分から相手を出迎えることのないあの百理が、息を切らせて現れたことのほうに彼女は驚いたのだ。
「なんですかもー、来るなら教えて下さいよー。迎えに行きましたのにー」
「いえ、少々予定より遅れてしまったものですから。それであの、タケル様は――」
「ああ、今ちょっとつくばの
「いえ、お構いなく。それでタケル様は――」
「そう、びっくりしましたよあの子! なんか人間じゃないんですって? でも見た目はどこからどうみて普通の子供ですよねー。まあいきなりわけわからん理由で襲ってくる人間もいれば、あんな風に目ぇキラキラさせてお礼言ってくる子もいると。あたしゃますます普通の人間が嫌いになりそうですよ」
「そうですか。あの方は満足してくださいましたか。よかった……やっぱりあなたに任せて正解でした。マキ博士ならあのお方の望む道を指し示してくださると思っていました。あの、それでタケル様は今どちらに?」
「よしてくださいよ。こっちこそ感謝したいくらいなんですから。まさかあんな実験しがいのある被験体が自分からやってきてくれるなんて。まさにカモがネギ背負ってガスコンロまで持ってやってきたようなもんで――」
「マキ博士!」
「はい?」
本日二度目の驚き。あの物静かな百理が声を荒げたのだ。
彼女は愁眉をやや釣り上げて、噛んで含めるように問いを投げた。
「成華タケル様は今どちらにおいでですか。彼の元に早く案内してください」
「え? 帰りましたよ。てか帰らせました。今日は彼、いてもやることないですから。なんかちっちゃな子の洋服買いに行くってみんなで楽しそうにしてましたよ?」
「帰った? あの吸血鬼たちとショッピング?」
「――ッ!」
ぞくりと、寒気がしてマキ博士は百理を覗き込んだ。
その表情はブルブルと震えて涙目になっていた。
「減給です」
「は――?」
「一ヶ月の減給処分にします」
「ちょ、何で!? あたしが何したってんすか――!」
「人の恋路を邪魔した報いです」
「恋路って単語も聞き捨てならないけど、やっぱり減給は納得できねー!」
百理はふてくされたように頬を膨らませつつ、明日は絶対早起きしようと心に誓うのだった。
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