第94話 精霊と遊ぼうよ⑥ 第一次女子会戦争〜愛と情熱の伝道師
*
「そなたたち、いくらタケルの協力者と云えど、これ以上の無礼は許さんぞ――!」
常よりも余裕のない様子でエアリスは掴まれた手を振り払った。
カーミラ、ベゴニア、二人を向こうに回し、すでにして攻撃体制を取っている。
そんなエアリスを見つめ、お互い目配せをし、ふーっとため息を着くふたり。
やれやれ、という感じのアメリカンナイズでオーバーなリアクションで手をヒラヒラとさせる。
ビシっとエアリスの額に青筋が浮かぶ。
「そなたたち、そんなに死にたいのか……?」
「生憎と、タケルほどではないですが、死なない身体ですのこれでも」
「私も。タケルとカーミラ様ほどではないですが、安々と死ねない身体です」
二人は示し合わせたように瓦礫の上に座り込んだ。
綺麗なスカートやフォーマルパンツが汚れるのも構わず、完全にくつろぎモードに入っている。これにはエアリスも毒気を抜かれた。
カーミラはホコリが立つのも構わず、足元をパンパンと叩く。
座れ、ということらしい。
いつまでも立ち尽くし、ひとり臨戦態勢でいるのがバカバカしくなってくる。
エアリスは憮然としたままその場に腰を下ろした。
「さて、性根を据えて返答してちょうだいな。あなた、タケルのことをどう思っているのかしら?」
「決まっている。我が主であり、その目的遂行のため、この身を捧げるのに相応しい男だと考えている」
「ふーん。でもその目的って好きな女を取り戻すってことらしいけど、あなたはそれを承知で協力していますの?」
「む、無論だ」
「でもでも、タケルが本当に目的を果たしちゃったら、あなたいらなくなるんじゃなくて?」
「――ッッッ!?」
まさか第三者からそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
エアリスは目を皿のように見開き、魂が抜けたように呆然としてしまった。
頭を振り払って正気を取り戻すと、燃えるような瞳でカーミラを睨みつけた。
「そ、そんなことは絶対に無い!」
「その根拠はなにかしら?」
「タケルは言った、おまえを放っておかないと――!」
炎が降り注ぐ空。
ばっくりと空に口を開けた極彩の『ゲート』。
そしてその先にある青い星――地球。
エアリスはタケルに抱き上げられ、無垢な幼女のように身体を縮こませ、その腕に身を任せていた。
そうして言われたのだ。
揺らがぬ覚悟と共に、もう決しておまえを放っておかないと――
「それだけ、ですの?」
「なんだと――!?」
エアリスは声を裏返してつばを飛ばした。
自分の中のとっておき――本来なら余人に聞かせることすら憚られる大切な思い出を「それだけ」の一言で流され愕然としてしまう。
さらにカーミラは容赦なく畳み掛けた。
「好きって言われましたの? 愛してると言われましたの?」
「そんな即物的な言葉など我らの間には必要ない!」
「そりゃあ主と従者という間柄ならそうかもしれませんが。タケルの方はあなたのこと、絶対に従者とは思っていませんわ」
「馬鹿な、それこそなんの根拠もない戯れ言だ!」
「でーもー、そうじゃなかったらあなたの立場がありませんもの。わざわざ違う世界から連れて来て、他の好きな女を探しだす手伝いをさせるためだけにあなたを酷使して。そしてその後はどうしますの? あなたちゃんと想像出来てる? タケルが好きだと言うのも、愛を囁くのも、あなたではない別の他の女ですのよ。従者ってことはそれを間近で見せつけられるってことになるんですのよ? こんな悲しくて惨めなこと、あなた耐えられるんですの?」
「そ、それは……」
カーミラの怒涛の弁舌に、さしものエアリスも勢いを失って閉口した。
「いくら従者の仮面を被っても、その仮面の下の女の本性は毎日泣いて暮らさなければなりませんわね。どんなにお料理を作ってあげても、お掃除やお洗濯をして身の回りの世話をしてあげても、決してタケルの一番にはなれない。タケルの一番はセーレスちゃんですもの。もしかしたらふたりの生活の邪魔になって、あなた、ほっぽり出されちゃうかもしれませんわよ?」
「そんな、そんなことは……」
「無いなんて言えますの? 絶対に? あなた、タケルが二番目のご主人様だそうですが、一番目のときはどうでしたの? ちゃんと愛してもらえましたの?」
グサっ――と目には見えない刃がエアリスに突き刺さった瞬間だった。
「あ、う、それは……ディーオ様は、神のようなお方で、そういうことは……」
「神様だって下々の者にお慈悲はくださいますわよ。神の血を引いた人間の伝説なんて枚挙にいとまがありませんもの。ああ、じゃあ、神様が悪いんじゃなくて、あなたが愛されるような可愛げのある女ではなかったということかしら――」
「ち、違う、そんなことはない――ディーオ様にだって私は誠心誠意お仕えしていた!」
忠義を疑われたことは一度もない。
ただ自分でも少々煙たがられていたことは自覚していたが。
「なんでしょうねー、それなのにお胤もくれない、愛してもくれないなんて。ああ、あなたそもそも女として見られていませんでしたの? もしかして」
「――なッ!?」
エアリスは目眩を覚えて頭を抱えた。
反対の手を瓦礫の上につき、そのまま固まる。
なんだ――なんなのだこの女は――!?
知りもしないくせに何故こうも見てきたように事実を言い当ててくるのだ――!?
「あなた、可哀想な女ね。最初のご主人様には相手にされず、二番目のご主人様も決してあなただけを愛してはくれない。使うだけ使って、用が済んだらゴミの様に捨てられてしまうんですわ」
「それ以上、言うな……ッ!」
最初の剣幕はどこへやら。
エアリスは顔をクシャクシャにしていた。
それは決壊寸前の防波堤だった。
使命やプライドで取り繕っていた仮面を取っ払い、今エアリスは生まれて初めて心を裸にされる寸前になっていた。
もはや薄皮一枚の抵抗がやっと。
聞きたくない。それ以上言われてしまったら、きっと自分はダメになってしまう。
そんなギリギリの分水嶺を見て取り、カーミラは途端まなじりを釣り上げた。
「あなた、それでいいんですの!? 都合のいい使い捨て女で終わって満足ですの!? 言いたいことがあるのなら今ここで全てを吐き出しなさい――!」
「い、嫌だ……」
「なんですって? 聞こえませんわよ!?」
「そんなのは、嫌だ……!」
「何が嫌だと言うんですの!?」
「タ、タケルに捨てられるのは嫌だ――!」
「もっと!」
「タケルと離れ離れになるのは嫌だ――!」
「まだまだ、もっと熱く!」
「タケルに愛されないのは嫌だ――!」
「からの――」
「私はタケルが大好きだ――!」
「よく言いましたわ!」
はあはあ、と荒く息をつきながら、エアリスの頬には涙が伝っていた。
こんな子供の我が侭のように、無様で、みっともなく――
それでも縋り付きたいほどの望みが己の内にあったなど、信じられない思いだった。
「大丈夫、あなたは今自分の目標を見つけたんですの」
ふわりと、胸の中に抱きしめられる。
エアリスはされるがままだった。
温かい。
まるで母親に抱きしめられているようだ。
物心ついたときには両親は死に、以降は売られ、奴隷の身分だった。
エアリスの中に、母に抱きしめられた記憶はない。
だが、この温もりは知っている。覚えているのだ。
「タケルが好き。それさえ自覚していればもうあなたは大丈夫。いつかセーレスちゃんと対峙したときにも自分を偽らずに真正面からぶつかっていけるはずですわ」
「カーミラ殿、だが私は、私は怖いのだ」
「まあ、恋する乙女が何を恐れるというのです?」
慈母の表情でエアリスの顔を覗き込むカーミラ。
エアリスはむずがる子供のように身じろぎし、不安そうに瞳を彷徨わせた。
「タケルにとって、一番は間違いなくセーレス殿なのだ。たったひとり、なんの力も持たない脆弱なヒト種族として、異なる世界に放り出されたタケルを救い、確かな絆を結んだのは間違いなく彼女なのだ。もし私がタケルと最初に出会ったとして、同じように振る舞うことは決してできない。それを思うと私はどうしようもなくセーレス殿に負けている気がしてしまって……」
薄っすらと目尻に涙を溜めるエアリスをキュッと抱きしめ、カーミラはその頭を優しく撫でた。この感触もまた、エアリスの原初の記憶を大いに刺激した。
「お馬鹿さんですわね。あなたはそのとき、別のご主人様がちゃんといたのでしょう。それなのにセーレスちゃんと比べるのはおかしいわ。セーレスちゃんはね、多分寂しかったのよ。ずっと一人ぼっちでいることに耐えられなかった。だから目の前に突然現れたタケルがどうしようもなくキラキラした宝物に見えただけ。あなたがもしセーレスちゃんとまったく同じ立場と身の上だったら、きっとタケルと絆を結んでいたはずですわ」
「それは本当か、本当にそうだろうか。それでも私は――」
「それに、あなたには大きなアドバンテージ――強みがありますわ」
「強み? 一体それは……?」
「あの風の少女ですわ」
「あの子供が……?」
キョトンとして見上げてくるエアリス。
カーミラは力強く頷いた。
「タケルとセーレスちゃんの間に子供はいません。でも、あなたとの間にはいるじゃありませんの。地球においては、婚姻前の所謂『できちゃった婚』は世間体は悪いかもしれませんが、これは強力な切り札ですわよ。どんな放蕩な遊び人でも、子供ができたらもうおしまい。その女性を伴侶に娶らなければ死刑になってしまうのですわ」
「そんな厳しい決まりが……? 本当に?」
「ええ、本当ですわ」
「と、言うことは、私とタケルはもう既に――」
「夫婦ですわ」
キリっと凛々しく。ピンと清廉に。
その言葉はまるで神託のようにエアリスの胸に落ちた。
「
「おめでとう、これでセーレスちゃんに一歩リード、優位性を示せましたわ」
「な、なんという……、私はすでに手に入れていたというのか!」
「その通りです。さあ、子供の前でお母さんが泣いていてはいけません。あなたはこれからもっともっと強くならなくてはなりませんのよ」
「ああ……!」
エアリスは母の温もりを振り払い、己自身もまた母親たらんと立ち上がる。
その表情に弱々しい陰りは一切なかった。
どこまでも強く、気高い女の顔があるだけだった。
「みっともないところを見せてしまった。これでは母親失格だ」
「いいんですのよ。これは女同士の秘密の会――女子会なのですから」
「よいものだな。女子会とは」
「お気に召したのならまたいたしましょう。自分の本音をさらけ出し、腹を割って話し合うのです」
「ああ、ぜひ頼む」
少しだけ腫れぼったい目元で、エアリスは笑った。
同性ですら惚れ惚れするような太い笑みだった。
「こうしてはいられない、タケルとあの子の元に行かなければ――」
エアリスはしっかりとした足取りで瓦礫を乗り越えていく。
その後姿を見送りながら、ベゴニアはカーミラの隣に並び立った。
「お見事でしたカーミラ様。このベゴニア感服する思いです」
「いいえ、私は大したことはしていませんわ。すべてはあの子の
「カーミラ様が謙遜とは。私は素晴らしい主を持って幸せです」
「よしてちょうだいなベゴニア。――ああ、それにしても、ねえ?」
「はい?」
カーミラは少しだけ照れくさそうにはにかむ。
そして一番星見つけた、とばかりに宵の空を見上げ、吐息とともに告白する。
「松岡○造ってすごいんですのねえ。正直ちょろかったですわ」
「…………私、何も聞かなかったことにします」
そろそろ日が暮れる頃合いだった。
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