第92話 精霊と遊ぼうよ④ 龍神様のドラゴンロード?〜強さの秘訣と全裸の少女

 *


 高級住宅地のそのまた一等地に建てられた白亜の邸宅。

 高い塀に囲まれた芝生の上に僕は大の字で寝転がる。

 広い空だ。


 コンクリートジャングルに切り取られた空ではない。

 住宅街とはいえ都心のさなかにあって、こんな絶好の修行環境を得られるなんて。

 僕は本当に僕は恵まれているな、と思う。


 幸か不幸か、偶然か必然か。

 ベゴニアに喧嘩を売られ、カーミラに迫られ、百理に襲撃された。

 戦いに巻き込まれ、それを収めることで僕は彼女たちと仲良くなった。


 何故強くなるのか、と問われた少年はみんなと仲良くするためだと答えた。

 昔読んだ漫画にそんなセリフがあったのを思いだす。


 カーミラと百理の争いを治めたあの時――あの時使った力は、果たして強さと言えるだろうか。


 厳密には違う気がする。

 聖剣の力はどちらかというと『反則』とか『チート』といえるものだ。

 手に入れた力を否定するつもりはないが、あれを僕自身の強さとは言わない。


 僕が持つ強さとは、ディーオから受け継いだ力を真に使いこなせて初めてそう言えるのではないだろうか。


 ――使えるものはなんでも使ってみろ。


 ベゴニアの言葉を思い出す。

 僕が魔法より幾分かは使えるもの――魔力。

 これを使ってなんとかできないだろうか。


 ぐぐぐっと身体を起こす。

 背骨に負担がかかっているのを感じながら一気に立ち上がる。

 真っ直ぐに屹立し、僕は自分の内面に意識を落とす。


 僕の魔力を生み出すもの。その源泉。虚空心臓。

 その拍動が速まれば速まるほど、精製される魔力量は増えていく。

 そして、作り出した魔力を自分の意志力で形を付加し操る。


 かつて聖都の地下施設で地球の兵器で武装した聖騎士たちと戦ったときは巨人をイメージした。


 その時のことを改めて思い出し、もう一度大きな身体をイメージする。

 途端、僕の全身は透明なエネルギーのフィールドに包まれた。

 200キロ+自重が一瞬で掻き消え、僕はふわりと浮かび上がる。


 視界が高くなる。三階建ての邸宅の半分ほどだろうか。

 二階の窓に僕の姿が映り込み、何もない中空を足場に立っているように見える。

 この状態でベゴニアの動きを真似してみよう。


「ふん――、ぐッ、おおおおお――!」


 あれ、動かない?

 手足一本動かせない!

 何だ、なんで動かせないんだ!?


「そうか、あの時はあくまで魔力で動かしていたんだ」


 切り取られた四肢の間を魔力のラインでつなぎ、イメージした巨人の掌で、大の大人五人をふっ飛ばしたのだ。


 普通に自分の手足に力を込めて動かしたりはしなかった。

 そもそもこんな大きな身体で、ベゴニアの動きなどできるはずがない。

 やはりこの方法ではダメだ――


「いや、大きい身体が無理なら、等身大なら……?」


 今の僕は見るものが見れば、無色透明な巨人の胸部に貼り付けになっている状態だ。


 こんな大きくてかさばる身体で武術の動きなどできるはずがない。

 では、魔力を僕自身の身体に纏わせたら……?

 大きさはなくていい。薄皮一枚、表皮の上に纏わせることができたらどうだろうか。


 魔力で作られた大きな身体――、エネルギー・フィールドを小さくしていく。

 薄皮一枚、が理想だが、今はコートを纏うくらいでもいい。

 小さく小さく……。


「わッ――!?」


 顔面から地面に叩きつけられた。

 三メートルの高さから落ちて、ゴキンと首の骨が折れる。


「うおお……、くそ、どうして――?」


 再生した首をさすりながら単純な事実に気づいた。


「あ、虚空心臓の拍動か」


 大きな身体を作り出すためには、虚空心臓からより多くの魔力を創りださなければならない。


 今は身体を小さくするために、虚空心臓の拍動まで弱めていってしまった。

 そのため、パワーが足りずに200キロ+自重に潰されてしまったのだ。


「これって、かなり難しいぞ……?」


 大きな身体は力は強いが動きが鈍い。拍動のサイクルは高い。

 小さな身体は動きやすいが力が弱い。拍動のサイクルは低い。


 もう一度大きい身体を創り出し虚空心臓の拍動を数える。

 一分間におよそ鼓動が100回。200キロの負荷を羽根のように感じるにはそれだけ必要だ。


 対して身体を等身大にまで小さくすると、わずかに負荷が軽減したような気がするだけで、200キロの重さはあまり変わらない。鼓動は鈍く遅い。毎分10回程度だ。


「このふたつのいいトコ取りをすればいいのか」


 つまり、魔力を薄皮一枚までギュッと絞り込み、虚空心臓のサイクルを高めればいいのだ。


「落ち着け。もう一度自分の全身に纏うように魔力をイメージ」


 魔力の形を思うように操るのは難しくない。すぐにできた。


「この状態のまま、サイクルを上げる」


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン――


「毎分10回。まだまだ、もっと……」


 ドク、ドク、ドク、ドク、ドク――


「毎分20回。もっと――」


 ド、ド、ド、ド、ド、ド、ド――――ブシュゥゥゥ!!


「う、あッ――!?」


 血の雨が振る。

 僕はまるで風船が弾けるように、全身から勢い良く血を吹き出した。

 一瞬にして膝から力が抜け、重り入りのベストに押し潰される。


「30回が限界なのか……?」


 拍動数が毎分30回。それを超えた瞬間、僕の肉体は耐え切れず破裂した。

 溜め込んだ魔力も空気が抜けるように霧散していく。

 なんてことだ。30サイクルしか耐えられないなんて。


 200キロを羽根のように感じたのは100サイクル。

 30回止まりということは、200(Kg):100(拍)=X(Kg):30(拍)で、X=60だ。


 つまり今の僕が薄皮一枚に魔力を纏い、羽根のように操れる重さは60キログラムまでということになる。背中にベゴニア程度(推定)を背負ってようやく動き回れる計算だ。


 ベゴニアのようにこの200キロのベストを着込んだまま、羽根のように軽やかに動くどころではとてもない。


「お話にならないぞこれ……」


 ベゴニアと同じレベルにならなければならないのに、その3分の1以下の重さも操れないなんて、まるでダメダメではないか。


「くそ、泣き言は後だ。やり方はわかったんだ。取り敢えず30サイクルに慣れよう」


 僕は再び立ち上がり、魔力を纏う。

 徐々に慣れていって、最終的に200キロを操れるようになればいい。

 まだ初日だ。僕はできる。必ずできる。

 内心の不安に押しつぶされないよう、自身に言い聞かせていたそのときだった。


「え――?」


 全裸のエアリスが、空から降ってきた。


 *


 遥かな空の高みから、ふたつの風が堕ちてくる。

 決してヒトの目には映らず、知覚することもできないスピードで、その風は激しくぶつかり合っていた。


「止まれ、止まらぬか!」


「キャハハハハハハ――!」


 突如としてエアリスの内側から出現した少女は何が愉しいのか、先程から無邪気に笑い転げている。


 だが少女を追いかけるエアリスには欠片も余裕がなかった。

 風の魔法制御にかけてエアリスは一流だ。

 魔法世界マクマティカ一と言っても過言ではない。

 地球においては、そもそも比肩するものがない。

 だが、そんなエアリスが少女を捉えることができないでいる。


(何なのだこの少女は。単純な風の魔法技巧にかけては私より上だというのか――!?)


 先程から捕まえようとするたびに、少女は細かなフェイントやホバリングを駆使してエアリスをかわし続けているのだ。


 エアリスが風を纏って飛翔するのに対して、少女はまるで風そのものだ。

 重さを感じさせないデタラメな三次元軌道を描きながら、ぐんぐん高度を下げていく。


(いかん、このままでは人里に降りてしまう――!)


 タケルからはきつく言われている。

 地球に魔法は存在せず、ヒト前ではみだりに魔法を使用してはならないと。


「くッ――、手加減はする。許せよ――!」


 エアリスの指先が空気を切り裂く。

 風の刃が放たれ、少女に迫る。


「なッ――!」


 十分に手加減したはずの風刃は少女を貫通した――ように見えた。

 だが事実は異なり、少女は健在。慌ててエアリスは地上へ向かう風刃を消す。


「見間違い……いや、まさか!?」


 続けざまに風刃を放つ。

 だが、どれひとつとして少女に掠らない。

 風刃が逸らされている――わけではなく、エアリスは少女の姿が二重になっているのに気づく。


「屈折と偏在!? 私に誤った目標を攻撃させていたのか!?」


 簡単にいえば忍者の変わり身の術である。

 攻撃が当たる直前に素早くダミーと入れ替わっていたのだ。


「ならば、これならどうだ!」


 タケルとの邂逅時に使った無数の風刃。

 それを檻のように展開し、少女を足止めする。


「もう逃げ場はないぞ、おとなしく――!?」


 風刃の檻の中、少女が可愛らしく小首を傾げ、無邪気に笑う。

 次の瞬間、少女の姿は檻の中より消え失せた。


「バカな――、私は最初から偽物を相手にしていたのか!?」


 いや、それよりもあのような精巧な分身を、いつの間に作り出してすり替わっていたのか。


「――そこだ!」


 不意に生まれた気配に、すぐさま風刃(手加減つき)を放つ。

 だが、そこにいたのは少女の姿などではなく――


「私っ!?」


 そう、空中には褐色の肌を惜しげも無く晒したエアリス自身がいた。

 それだけではない。気配は次々と生まれていき、辺りを見渡せば、風刃の数を凌駕する自分自身(全裸)がエアリスを取り囲んでいた。


「な――、これは、一体何が――!?」


 姿見で見る自分と寸分違わない、あまりにも精巧な裸体のエアリス。

 しかも画一的な動きではない。全員が独立したバラバラの動きを見せている。

 一体どれほどの制御力を持ってすれば、これほどの風の分身を作り出し操ることができるのか――


『タケル』


 全員が異口同音にその名を呼んだ。

 ビクリ、とエアリスの動きが停止する。


 風の分身の一体が、トロンと目元を蕩けさせ、人差し指を咥える。

 真っ赤な舌に唾液をたっぷりと含ませ、魅せつけるように舌を絡めていく。

 頬を染め、身悶えながら、鼻にかかった甘え声で「タケル、タケルぅ」と名前を呼び続ける。


「な、ななななな――!?」


 気がつけば、360度、全方位から艶声がしていた。

 すべての風の分身が、それぞれ思い思いの痴態を見せていた。


 ある分身ものはエアリスの豊満な乳房を揉みしだきながら。

 ある分身ものは自分の肩を激しく抱きしめながら。

 ある分身ものは内ももに両手を差し込み尻を振りながら。

 我が主の名前を呼びながら、あまりにも淫靡な醜態を晒し続ける。


「やめろッ、やめてくれ――!」


 その叫びを合図に、全員がエアリスに手を差し向ける。

 収束する風の魔素。

 エアリスが我に返った時には遅く、莫大な風が彼女を遥か上空にまで吹き飛ばしていた。


 そして、分身は掻き消え、一体へと収束する。

 元の少女のものではない。

 熱い――太陽そのもののような褐色の肌を惜しげも無く晒している。

 その豊満な肢体を纏ったままの姿で、エアリス(偽)はその名を呼んだ。


「タケル……大好きっ」


 遥かな眼下にいる愛しい者を求めて、分身は流星のごとく急降下した。

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