人外魔境都市編
第84話 人外魔境都市① 悪縁奇縁の縁結び~綺麗事じゃお金は稼げない
*
地球に帰還した僕らが、セーレスを探すためにまず必要なもの。
金だ。お金様だ。
まずは何においても僕らには金が必要だった。
叔父夫婦からもらった銀行口座のお金も無限ではない。
僕の記憶にあるよりも多くお金が入っていたが、もう両親の仕送りは当てに出来ない。
最低限の生活物資と食料、あと連絡を取り合うためのガラゲーを二台と、ポケットWi-FiにノートPCを一台購入した。
そして残った金のほとんどは種銭となり、エアリスさんが一括管理しながら順調に増やしてくださっている最中だった。
エアリスは恐ろしいほどの才能を持っていた。
それは天性の勝負師としての勘というか、あたかも自分に都合のいい未来を引き寄せるような……そんな才能を彼女は持っていた。
そうでなければおかしい。おかしすぎるのだ。
引きこもりの最中に暇潰しの一環として、長年デモ口座で為替取引のシュミレーションを繰り返し、大金(架空)を稼ぎ出した経験のあるこの僕が、あっというまにロスカット寸前までお金を減らしてしまったのにも関わらず、彼女はその状況をひっくり返してしまったのだ。
「こっちの方が強そうな気がするな」
そんなアバウト極まりない言葉だけでエアリスは、あっという間に僕の負けを取り返すと、あれよあれよという間に利益を積み重ねていった。
僕はもう全財産の管理をエアリスに託すしかなかった。エアリスに貧しい思いはさせられない。地球の美味しい食べ物をお腹いっぱい食べて欲しい。
その一心で叔父さんたちに頭まで下げたというのに、今では逆にエアリスに養われているヒモがいた。というか僕だった。
「なんだこれは、これで金が増えたことになるのか……? よくわからんな」
取引を終えたエアリスは、パソコン画面をじーっと見ながら首をかしげている。
「ちなみにエアリスさん、こっちはあと四時間後にどうなると思います?」
「四時間後? あの短い針がよっつ進むまでか? この線より上か下かだけ決めればいいのだな。それなら上だろう」
「その根拠はなんでしょうかね?」
「その方が強そうだからだ」
何その万能説は!
ちなみにこれは
エアリスが言ったとおり、決められた時間までに一定価格よりチャートが上か下かだけを判断するという単純な取引だ。
掛け金が決まっていて損失も限定されるので、ファンダメンタルとかテクニカルとか、私余計なこと覚えられない、というヒトには嬉しい取引である。判断がしやすいタイムリミット間近だと利益は少額で、判断が難しい数時間前だと利益も大きくなる。
そして結果はエアリスの言ったとおり、設定価格よりも上になった。
まともにバイトしたら有に3日はかかる金額を彼女は一瞬で稼いでしまった。
「まったくどのような仕組みで金が増えるのかわからんな。私も早くこちらの言語を覚えて額に汗を流しながら貴様と働きたいものだ」
「…………」
彼女を地球に連れて来てしまったのはまったくの成り行きなのだが、僕はとんでもない勝利の女神を手に入れてしまったのかもしれない。戦慄とともにそう思うのだった。
*
そんな感じで、エアリスをアパートに一人残し、僕は夜勤のバイトに出かけた。
電車を乗り継ぎ、駅を降り、繁華街を歩いていく。
エアリスは確実に我が家の家計を支えてくれている。
それに比べて僕はあまりにも情けない有様だった。
接客業が怖い。
引きこもっていた最大の理由はヒトに会わなくて済むからだ。
子供の頃から人見知りだったが、引きこもっている最中拗らせすぎて今更そういうバイトをするのは時間がかかりすぎるのだった。
そんな僕がなんとか得ることが出来た仕事はガテン系の仕事だった。
不死身の肉体と魔族種の腕力を活かすにはうってつけの仕事で、黙々と単純作業をしていれば結構いいお金になった。
若いのに大した力持ちだと、現場の親方にも重宝されている。
まあ初日に調子に乗って一個70キロのセメント袋を8つ、肩に担いで歩いたのはやりすぎだったかな。
「はあ……こんなことしてる場合じゃないんだけどなあ……」
手詰まり、とは言わないが、焦りが募っているのは否めない。
お金のこと、生活のこと、エアリスのこと。
それらを優先していて、一体いつになったらセーレスを探し始めることができるのだろう。
(探すと言ってもどうやって、どんな方法で……?)
手がかりは何もない。
だがアダム・スミスの背後には相当大きな組織が見え隠れしている。
それこそ国家ぐるみの組織かも知れない。
そう、僕は下手をすれば、一国家を相手に戦わなければならないかもしれないのだ。
そのために必要なこと。
僕自身が魔法と魔力の制御を完璧にして強くなること。
そしてさらには協力者の存在が不可欠だ。
僕は所詮こちらではなんの権力もないただの子供に過ぎない。
こちらの世界で確固たる地位と力をもった――向こうの世界のラエル・ティオスのような協力者が必要だ。
そして、セーレスを探して、探して探して探して。
それから――
「学校かあ」
自分には必要ないと思っていたもの。
でも、僕は危うくそれらに足元をすくわれるところだったのだ。
家族、友人、恋人。
誰ひとりとして確かな絆を結んでこなかった僕は、危うく自分の帰るべき
例え複雑な思いがあろうとも、幼馴染である綾瀬川心深という少女を見つけ出すことで、ようやく自分の帰る場所を見つけることが適ったのだ。
本当なら僕はまだ高校生だ。
セーレスを助け出すことができたら、エアリスと三人で一緒に学校に通い直すのも悪くないかもしれない――
「おい、成華」
つらつらと、答えの出ない思考を繰り返してたら、いつの間にか仕事現場に到着していたようだ。
僕は現場監督の親方に会釈をし、作業場に向かおうとする。
それを阻むよう、三人の男たちが前に立ちはだかった。
「おいおい、シカトはないだろう?」
「兄貴が話があるってわざわざ来てやったんだぞ?」
男たちが僕を取り囲む。
誰一人として、まっとうな仕事に就いてるとは思えない連中だった。
三人のうち一人はスーツの上下にネクタイ姿。
一見すればサラリーマンに見えなくもないが、夕暮れも近いというのにサングラスを着用している。
他のふたりは恐らくスーツ男の舎弟で、一人はジャージの上下に金髪、もうひとりはでっぷりと太ったアロハシャツの男だった。
ハッキリ言えば彼らはヤクザものだった。
本来なら僕のような元引きこもりには縁もゆかりもない連中である。
そんな僕よりずっと上背で勝る三人が僕を見下ろしてくる。
親方は僕らから目をそらし、そそくさと離れていく。
僕はその背中が十分遠ざかったのを確認してから、自分の中のスイッチを入れる。
こんな奴ら用にちょっとディーオの尊大な口調を真似して交渉を始める。
「今日は何の用で現れた。僕の仕事を邪魔するつもりか?」
「いやいや、とんでもない」
高圧的な態度が一変し、三人は揉み手を始めながら腰を低くした。
「ただですね、成華さんに、また少しだけうちのお仕事を手伝っていただけないかなーっと思いましてですね、はい」
「前回で最後だと言ったはずだぞ。おまえらの尻拭いなど付き合ってられるか」
もう作業の開始時間である。こいつらなど無視してさっさと現場に入らなければ。
「ままま、そう言わずに。最近はホント、成華さんのお力も向こうに知れ渡って来てましてですね、ちょーっとだけ、ほんの少し顔を出してくださったら、向こうもビビりますから、そしたらお礼も弾みますから」
僕は内心で盛大なため息をついていた。
これは僕がうっかり結んでしまった悪縁だった。
以前たまたま、作業現場近くで、この男たちと、それに敵対する別のヤクザものとの喧嘩が始まってしまったことがあった。
はた迷惑極まりない話で、こいつらが喧嘩してるおかげで作業ができなくて大変だったのだ。
なので僕はその場にいる全員を「えいっ!」「とあっ!」「うりゃ!」とした。
実に平和的に、誰一人怪我をさせることなく、喧嘩を仲裁したのである。
ホント、連中は単純な奴らだった。
魔族種の腕力を見せつけるだけで、彼らはあっさりと鉾を収めたのだ。
暴力の世界で生きる力の信奉者は、自分より以上の暴力を使うものには屈服する以外の術を持たない――と、なんかの小説で呼んだ記憶がある。
まさしくその通りで、彼らにとって腕っぷしの強さとは、金の力を振りかざすインテリヤクザよりも畏敬の念を抱きやすいらしく、僕のような子供にも平気でへりくだってくるのだ。
「おまえたちに付き合ってる暇はない、どけ。これから作業だ」
「いやいや、そうは行きません。ここの現場、実はうちの組が元請けでしてね。事情を話したら監督さんも快く成華さんを貸してくださいましたよ」
「なに?」
あの現場監督め。僕を売りやがったな。
いや売らざるを得なかったのか。
この世界で元請けと下請けの上下関係は覆し難いからな。
あー、それに遠巻きにチラチラとこっちを見ているのは、僕とそう歳の変わらない同じ現場の作業員だ。
いずれも高校にも通わず、気合の入ったカラフルヘアーに現場のヘルメットを被っている。そんな彼らからすれば、怖いヤクザものにヘコヘコ頭を下げられてる僕って尊敬の対象になるらしく、「おっす、お疲れ様ッス! お茶どーぞッス!」などと全力で挨拶されたこともあった。ホント勘弁してくれ……。
「それに成華さーん、いいんですか? お金必要なんでしょう? ほら、先日チラッと見かけやしたけどね、お弁当を届けてくれた奥さん、いやああれはとんでもない別嬪さんだ。お腹いっぱい食べさせてやらなきゃ可哀想ってもんですよ。ね、今日の日当に加えてこちらからもお礼を出しますから、お願いしますよ! ほら、お前らも頭を下げろ!」
「どうか頼んますっ!」
「しゃーす成華の兄貴ぃ!」
「…………やめろ、わかった、わかったから。本当にこれで最後だぞ」
「へへ、さすが成華さんだ。今どき若いのに男気がある。決して俺たちを見捨てないとわかってやしたぜ」
知るか馬鹿。
お前たちのためじゃない、お金とエアリスのためだ。
エアリスが語学学習の片手間に半年先の家賃まで稼いでくれているというのに、僕が無一文のままでは本当に申し訳がなくて泣けてきてしまうのだ。
(この仕事も今日でおしまいだな。ごめんよエアリス……)
僕は心の中でエアリスに詫びを入れながら、そう決意するのだった。
*
「おい、これはどういうことだ?」
僕の殺意さえ孕んだ声音に、男たち三人はすくみ上がった。
彼らが案内したのはとある廃倉庫だった。
今日は彼らの組と敵対する組との重要な『話し合い』が持たれるはずだった。
僕というジョーカーを手に入れた男たちは、相手に対して優位にことを運べるはずだった。
だが、到着した現場は異常な光景が広がっていた。
僕には扉を開ける前からわかっていた。
中には大勢の、それこそ三十人以上の気配がひしめき合っている。
「え、これは、一体誰がこんなことをっ!?」
どうやら三人にとっても想定外の出来事のようだ。
倉庫の中は苦悶とうめき声で満たされていた。
全員が半死半生の有様である。
誰もが地面に倒れ伏し、仰臥し、喘いでいる。
気を失っているものもいれば、浅い呼吸を繰り返して痛みを必死に逃しているものもいる。
「ちが、違うんですよ、俺らはこんな人数が集まってるなんて知らなかったんです! 信じてください! いや、でも一体どこのどいつがこんなことを――」
そんなものはひとりしかいない。
あの女だ。
死に体の男たちの只中にあって、ひとり異質な気配を纏う女が立っていた。
上背は高く、肩幅も広い。ピッチリと隙無く着込んだダークスーツの下から伝わる鋼のような
女は男たちの山を悠々と踏み越えながら、メリメリっと全身の筋肉を隆起させていく。どこからどうみてもまともな人間ではない。そして明らかに、僕が今まで出会ってきた誰よりも強そうだ。
「……まあ、最後の仕事を奪われてしまった形だが、おまえらは楽ができてよかったな。謝礼はそこの女にでも渡してやれ」
「ええっ、この状況でそんなこと言いますか!? 何か睨んでますよあの女! 超怖いです! 絶対ヤバイですよ!」
それは同感だが、おまえ情けなさすぎるぞ。
あといい加減日も沈みかけてるんだから取れよ
正直、僕は関わり合いたくなかった。
あの女がヤバイのは見ただけでわかる。
そしてあの女の敵愾心が僕ひとりにのみ注がれているのもわかっている。
だからこそ、ここは逃げてしまうのが一番手っ取り早い――
「そこの少年」
白髪交じりの前髪から、ギラリとした眼光を覗かせ、女が僕を呼び止める。
厳ついヤクザ三人が僕に身振り手振りで「呼んでまっせ」としてくる。
おまえらなあ……。
「まずは非礼を詫びよう。君と少し話がしたくてな、邪魔なこいつらを排除させてもらった。友達だったかな?」
視線は僕に固定したまま、女は僅かに頭を下げた。
なんか空手の『押忍』みたいな感じだった。
「いいや、後ろにいる三人も含めて僕は無関係だ」
そんな、成華さん! と男たちが抗議してくるが知ったことではない。
「そうか、では遠慮する必要はないな」
「遠慮って一体何をするつもりかな?」
「無論、キミを排除する」
女の全身から目には見えない圧が放たれた。
僕はグッとお腹に力を入れてそれに耐える。
「うわわっ!」という声が聞こえる。
どうやら三人が尻もちをついたらしい。
「僕にはあんたと戦う理由がないんだけど……?」
「キミにはなくとも私にはある。我が主の平穏を脅かす存在の芽は積む。キミが『御堂』の手のものではないようだが、それでも『御堂』にもキミの存在は探知されているはず。『御堂』に懐柔され、いつ主の敵になるかもしれない――」
ダメだ。まるで話がわからないぞ。
主とか御堂とは一体なんのことを言っているのだろう?
だが、それでもたった一つだけわかったことがある。
それはこの女がとてつもなく強いということ。
女が構えた途端、全身の鳥肌が止まらない。
地力では負けないとは思うが、
「私の質問に答えてもらおう。君は何者だ? 何故キミのような男がここにいる?」
「意味がわからないよ」
とぼけてみせるが内心はドキドキだ。
あるいはこの女、僕が人間じゃないことに気づいているのか――
「お、おいおい、どこの組の差し金が知らないが姉ちゃんよ、この方を知らないたあトーシロだなおめえ!」
「この方はなあ、鉄砲玉だってほいっと避けちまう不死身の成華兄さんよ!」
「おおう、ゴロ巻くにゃちぃ~と相手が悪いぞぉ!」
「バ、おまえら、出てくるな――!?」
三人が調子に乗って啖呵を切った直後――女の足元が弾けた。
質量60~70キロの弾丸と化した女がすぐ目前に迫る。
避ける暇なんてありはしない。
僕にできることといえば、邪魔な三人を突き飛ばすことぐらいだった。
――パァンッッッ!
それは紙ふうせんが割れるような、鬼灯が弾けるような音だった。
僕の顔面は女の拳によって柘榴みたいに粉砕された。
続く。
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