第75話 学校へ行こうよ③ 惑乱教室の最前線~我が主をとくと見よ

 *


「まったく、知性を失ったケダモノか地球のヒト種族は……!」


 無人の廊下を歩く女子生徒。

 高校生にあるまじきプロポーションと、ミルクを溶かしたチョコレートのような褐色の肌。


 名をエアスト=リアスといい、本日この学校にやってきた2年の留学生である。


「さて、タケルの教室はこの下の階だったか……?」


 大きな建物だが、構造は至ってシンプル。風の精霊の加護を受けたエアスト=リアス――エアリスにとっては校舎内の作りを把握することは目をつぶって動かなくても可能なことだった。


 自らの魔力を添加した風を流してやるだけで、どこに何があって誰がいるのか丸わかりなのだ。似たようなことは真希奈という精霊を得てからタケルもできるようになった。あの者は確か魔素情報星雲エレメンタル・クラウドなどと洒落た名前をつけていたが――


「きゃッ!?」


「おっと」


 曲がり角から一人の少女が飛び出してくる。

 構造を把握した途端その存在をいち早く知覚したエアリスではあったが、下手に避けては双方怪我をしかねない勢いだったため、咄嗟に少女を受け止めることにする。


「ご、ごめんなさい、私よそ見してて――」


「?」


 スマホから顔を上げた途端、少女は固まった。

 エアリスを見たまま大きく目を見開いている。


 黒髪の少女だった。

 やや釣り上がり気味の切れ長の瞳をしている。

 背丈は女子の中ではやや高いくらいであり、彼女の背中の下の方まで届くくらい髪が長い。


「そなた同性愛者か? 違うのならいい加減私の胸から離れてはくれまいか」


「あっ、ごめん、なさい……その、あなたがあまりにも綺麗だったから」


「ふむ」


 背の高いエアリスは目線を少女に合わせてその顔を覗き込んだ。

 意志の強さを表したような瞳だった。黒の中にかすかに翡翠の色が散っている。


「あ、あのっ、なにか?」


「そなたも随分美しい顔立ちをしているぞ。周りの男が放っておくまい」


「え……あー、まあ、そんなこと言ったらお姉さんだってそうじゃありません?」


「然り。この学校には今日から通い始めたのだが、私の姿を見た瞬間、クラスの男どもが狂喜乱舞してな。あまりにもしつこく口説いてくるので逃げてきたのだ」


「はは、納得。私が男だったら同じことするかも」


「ほう、そなたほどの器量でも私が欲しいか?」


 エアリスはグイッと自らの乳房を持ち上げる。ブラの上にシャツをまとい、さらに制服の上着を纏っているが、その大きさと柔らかさは、如何なフィルターを隔てても見るものに伝わってしまう。黒髪の少女が目をむき、ゴクリと喉を鳴らした。


「会ったばかりでこんなこと言うのもなんですけど、ちょっとだけ触ってみてもいいですか?」


「? いいぞ?」


「ホント!? ……じゃあ失礼して」


 指先で触る程度かと思ったが違った。

 黒髪の少女はスマホを胸元のポケットにしまい込むと、両手を使って下からすくいあげるように触ってくる。


 ゆさゆさとまるで重さを確かめるように上下させ、さらに柔らかさを確認するようにモミモミと手を動かす。ああ、この手がタケルの手だったらどれだけいいことか……。


「す、すごい……私今感動してます。こんな柔らかくて暖かくてズッシリと重いおっぱい、初めて触りました……!」


「そうか……気が済んだら離してくれ」


「はい、ありがとうございました!」


 少女は頬を赤く上気させながらペコリと頭を下げた。

 興奮すると切れ長の瞳が潤み、先程までとはまた違った可愛らしい顔つきになるようだ。


「そなたこんなところで何をしている。今は授業中ではないのか?」


「それ、お姉さんにだけは言われたくないなあ」


「私の場合は仕方がない。あのままあの教室にいては手を出してしまいそうだ」


 ギュウっとエアリスが拳を握る。

 細くしなやかな指先が握り込まれ、まるで鋼のように固くなる。

 その様を見た少女は「はは、教室から逃げてきて正解でしたね」と言った。

 と――


「居たっ! エアスト=リアスさん、探しましたよ――ってあら、あなたは……」


 廊下の向こうからパタパタとやってきたのはエアリスの担任だった。

 中高年に差し掛かった温和な顔つきの教師で、今はエアリスの隣にいる黒髪の少女の名前を思い出そうとしているのか、目を泳がせていた。


「一年の綾瀬川心深です」


「ええ、そうそう綾瀬川さん。どうしたの、もう授業は始まってますよ?」


「ごめんなさい、今日は出席だけ取って、また仕事です」


「そうなの、大変ね。でもそれならこんなところで油売ってていいの?」


 言われた黒髪の少女――綾瀬川心深は胸ポケットからスマホを取り出すと「やば、そうでした!」と悲鳴を上げた。


「そ、それじゃ私行ってきます! あ、エアスト=リアス先輩? おっぱいありがとうございました!」


「ああ」


 なんともよく通る綺麗な声だとエアリスは思った。

 話し声はそうでもないのに、腹から出した声は不思議な魅力を持って耳に馴染む。

 膝枕でもしてもらいながらあの声で子守唄でも歌われたら即寝落ちするだろう。


「おっぱい?」


「そこの角でぶつかったのだ」


「ああ、そっか。そうよね。ほほほ」


 何を勘違いしているのだこの女教師は。

 そもそも私にはタケルがいるというのに、女に気をやるわけがないだろうに。


「さ、教室に戻りましょう。男子たちは私が叱っておいたから。でもあんまりしつこいようなら私に相談してちょうだい」


「心配には及ばない教諭よ。私が教室を出たのは、もう少しで手を出しそうになってしまったからだ。たかがヒト種族の男の十人や二十人、私の敵ではない」


 そう言うとエアリスは「ふッ」と呼気と共に右の拳を突き出す。

 彼女を守護する風の精霊が、攻撃の意思を汲み取り、彼女の拳に風を纏わす。

 すると――


「うわわわっ――え、あれ?」


 身体が押されるほどの突風が巻き起こったかと思いきや、次の瞬間には凪いでしまう。今のは夢? だが乱れてボサボサになった自分の髪を触り、現実なのだとエアリスの担任は戦慄した。


「あ、あー、あくまで自衛のため。手を出すのは自分の身を守るときだけにしてくださいね……?」


「無論だ。だが私に手を出そうというのだ、骨の一本や二本は覚悟してもらう」


 並外れた容姿をした子だと思ったが、肝の据わり方や腕っぷしまで常識の枠外にあるらしい。果たして性欲の塊のような高校生男子は、大怪我を承知で彼女に手を出そうとするだろうか。するだろうなあ……。


「ちなみに、先程の女子生徒はどこに行こうというのだ? 仕事と言っていたようだが?」


「ああ、綾瀬川さん? 彼女今すごいのよ、所謂アイドル声優ってやつね。売れっ子なのよ。実は私もファンなの」


「ほう、そうなのか」


「ささ、教室に戻りましょう」


「了解した」


 促され、教師の後をついていくエアリスだったが、その内心では『アイドル声優とはなんだろう?』と首を傾げていた。


 ただでさえタケル以外のものに興味の薄い彼女は、一度胸を触らせただけの心深のことなど綺麗さっぱりと忘れてしまう。


 そして次にその名前を思い出したとき、エアリスは本気で綾瀬川心深を殺してやろうと思う程に激怒することになるのだった。


 *


 豊葦原学院高等部。

 都内有数の進学校として知られる中等教育機関であり、男女比はおよそ5対5。

 全校生徒約1200人を誇る大きな学校である。


 その日、冬の晴天に恵まれた校舎内はジリジリとした熱気に包まれていた。

 体育祭や文化祭など、大きな行事ごとを目の前にしたような浮ついた雰囲気が蔓延しているのだ。


 何故か。

 二学期も終盤。試験休みが終わり、冬休みを間近に控えた時期である。

 部活の冬季練習を頑張るもの、センター試験を目指し勉学に励むもの、目前に控えたクリスマスなどの重要イベントを前に準備に余念がないものなどなど……。


 ただでさえそんなフワフワとした生徒たちの間に、校内SNSを通じてひとつの噂が雷鳴の如く駆け巡った。


『異国美人の留学生がやってくる』という噂である。


 テスト明けから季節外れの留学生がやってくると話題になり、それが今朝方、職員室に入っていく見慣れない美少女を見かけたことで、生徒たち(主に男子)のボルテージはMAXに達していた。


 そしてここに、天国と地獄を味わうことになるふたつのクラスが存在する。

 1年E組と2年A組である。

 彼らが犯した間違いは、留学生がひとりだけだと勘違いしたことだ。


 蒼みがかかった銀髪に燃えるような褐色の肌。

 日本人の同年代を遥かに凌駕する完成されたプロポーション。

 誰もがその少女にばかり目を奪われて、すぐ傍らに冴えない男子生徒が駄菓子のおまけのようにくっついていることに気づいていなかった。


 そしてその日、一年生と二年生の教室に響き渡った絶叫は主に以下のようなものだった。


「誰だてめえわあああああああはああああああああああああああッ――!?」


「よっしゃあああああああああああああああウェルカム・ジャパン――!!」


 片や中指を突き立てられ、血涙を流さんばかりに唾棄される少年と。

 片や全員から諸手を挙げられて、国賓級の大歓待を受ける美少女。

 その怒号と嬌声と悲鳴と叫喚の中、タケル・エンペドクレスの高校生活は始まるのだった。


 *


「成華・エンペドクレス・タケルです。両親の仕事の関係で長く海外にいました。よろしくお願いします」


 少年の――タケルと名乗った少年の見た目は冴えなかった。

 顔半分を隠すほど長い前髪。

 さらにその奥には分厚い瓶底眼鏡をかけ。

 背は高くもなく低くもない。

 割りと肩幅はがっしりしているが、体格がいいということはない。

 平凡を絵に書いたような少年だった。


「よ、よーし。もう授業も残り10分しかないからな、留学生への質問タイムにしちゃうぞ」


 気を利かせたつもりの政経教師だったが、生徒たちからは不穏なオーラが吹き上がる。あからさまに舌打ちをする男子生徒もいて、余計なことしやがって、と暗に言っているようだった。


 教壇の上に棒立ちするタケルは、心の中でため息をついていた。

 エアリスと一緒に通学してきたつもりだったが、生徒たちからすれば自分などまるで眼中になかったようだ。


 てっきりエアリスがやってくるモノと思い込んでいた男子生徒たちは、全員が憤死しそうなほど不機嫌な様子だった。


 最初から上手くいくとは思っていなかったが、まさか好感度マイナスからスタートとは。つくづく自分は集団生活というものが合わないようだ。


「あー、先生が質問してもいいかな」


 気まずさに耐え切れなくなった教師が先陣を切った。


「成華は前はどこに住んでいたのかなー、なんて、はは」


 男子生徒は「ちッ」とあからさまな舌打ち。

 かろうじて女子生徒がちょっと興味あるかなー、という風味でタケルを見ていた。

 あまり自分を語るのは好きではないが、これも社会経験だと我慢する。

 というかこれから披露する話は全て仲間たちと決めたブラフだから問題はないのだ。


「僕は中東にある『リゾーマタ連邦共和国』という国から来ました。と言っても知ってるヒトは誰も居ないでしょう。国連未加入の小国ですから。ちなみに母は日本人です」


 でっちあげのデタラメである。

 それでも「へー」と何人かの生徒の興味を引くことに成功する。


「それじゃあハーフなんですか? 日本語上手いですね」


 不意にひとりの女子生徒が質問する。

 お、意外と好感触なのか、とタケルは思った。


「そうです。日本語はみなさんと同じくらいには話せますし、読み書きもできます」


「じゃあ母国語は何ですか?」


「ペルシア語に近いですが(嘘)、似て非なるリゾーマタの言語(大嘘)です」


「ちょっとだけ聞かせてもらってもいいですか?」


「じゃあえーっと、アラサムル・オルワナ・ショマーエイスト?」


「なんて言ったんですか?」


「こんにちは、みなさんお元気ですか、です。まあ国際社会では全く使えない言語です」


 これは魔法世界のヒト種族の共有言語だ。

 知っている者は誰も居ないのだから別に披露しても構わない。

 むしろ「聞いたことある!」なんて生徒がいた場合はふんじばって尋問するところだ。


 この時点になると不満たらたらだった男子生徒も若干興味ありげにタケルの方を伺っていた。これが俗にいう転校生マジックというやつだろう、と実感する。


「どうして日本に来たんですかー?」


 今度は別の女子生徒が。このクラスは男子より女子の方が国際教養に対する興味が高いのかもしれない。


「僕が日本語が堪能であることと、国際開発援助を行っている『御堂』や『カーネーショングループ』のおかげで留学が決まりました」


「御堂ってあの御堂財閥? カーネーションってコスメのイメージしかないですけど……?」


「前者は日本有数の財閥で技術開発援助を長年祖国に行ってくれています。カーネーショングループもたくさんの医療品を支援してくれています。日本発祥の大企業の力添えで僕の留学は成り立っているのです」


 もう不満気な生徒は誰一人としていなかった。

 それも当然だろう。『御堂』と『カーネーション』という、日本人なら誰もが知っている会社名が登場し、それら自分たちとも関わりの深い企業が、どのような国際貢献をしているかを知ることができたのだから。


 まあ実際、そのふたつの企業を率いるトップふたりがタケルの仲間となり、セーレス捜索の協力をしてくれているのも事実だった。


「どうだおまえら、自国の企業がどんな風に海外で仕事してるか知るのはいい勉強になるだろう。政治経済とも結びついた話だからな。これからの学校生活を通して成華からいろいろと話を聞くといい」


 教師が話を締めくくると、タイミングよく終業のチャイムが鳴った。

 タケルは一番後ろの席に座るよう指示され、「なんとか乗り切ったな」と一歩を踏み出したその時だった。


「頼もうッ!!」


 とんでもない勢いでドアが開かれ、開口一番の大音声だいおんじょう

 その声の大きさに驚いた生徒たちは、教室に入ってきた人物の容姿を見て、さらに驚くこととなる。


 顎を逸し胸を逸し、大股で威風堂々と歩くその女生徒は、日本人離れした褐色の肌とプロポーションを有し、しかも超がつくほどの美少女だった。


 男子は色めきだち、女子は戦慄する。

 まあつまりはエアリス様の登場なのだった。


「おお、ここがタケルの教室か。さっそく様子を見に来たぞ。どうだ、壮健か?」


 ――小一時間前に別れたばっかりだろうが、と突っ込みそうになるが、脱力感の方が強くて無理だった。


 タケルは頭を抑えてうつむきながら、チラっと周囲の生徒たちの様子を見る。たったの今まで上手いこと形成されていたフレンドリーな雰囲気が霧散していた。


 なんならタケルとエアリスとを交互に見ながら、「こいつらどんな関係だ?」と疑いの目を向けてくる。


「どうした、日頃の疲れが祟って立ちくらみか? 気分が悪いのなら保健室とやらに行くか? ベッドもあるらしいから私が添い寝してやろう」


 ――キャーと女子の黄色い悲鳴が上がった。

 ダメだ、エアリスは常に手綱を握っていないとあっという間にボロを出してしまう。


「……せっかく僕が頑張って普通を演出していたのに、お前が来たせいで全部台無しになったぞ。どうしてくれる?」


「む、よくわからんが、貴様の邪魔をするつもりはなかったのだ。ただな、今は休み時間なのだろう? 同じ学校にいるというのに、学年が違うというだけで、長い時を貴様と離れ離れになるのが寂しくてな。これからは休み時間の度に顔出すのでそのつもりでいて欲しい」


 シュンとした顔で「寂しい」などと言われ、タケルの心がグラっと揺らぐ。でもダメだ、ここで甘い顔をしてはいけない。


「頼む、それはやめてくれ。休み時間は次の授業の準備をするための時間なんだ。自分の教室でおとなしくしていてくれ」


「それは無理だ。我が主を放っておくことなどできない。私に取っては授業よりも一分一秒でも長く貴様のそばにいるほうが大事なのだ……!」


「――なッ!?」


 ざわざわ、と教室内が騒然となる。

 自分のクラスとはまったく関係がないと思っていた噂の美少女留学生が突然現れたことに端を発し、あまつさえ、タケルのような見た目だけなら徹底的に冴えない留学生と何やら親しげである。この状況をおもしろがらない人間はまずいない。


「あー、君は2年生の方の留学生だな?」


「ああ、いかにもそうだ」


 教室を出て行く機会を逸した政経教師がクラスを代表して質問する。

 エアリスは胸元のシャツのボタンがはちきれそうになるのも構わずにフンス、と胸を張った。

「うおおっ」と男子が机に身を乗り出し、そんな男子を女子は軽蔑した目で見ていた。


「我が名は成華・エンペドクレス・エアスト=リアス。いやしくも『エンペドクレス』の姓を名乗ることを許された、成華・エンペドクレス・タケルの従者で――」


「姉です! 再婚した両親の連れ子ですッ!」


「うむ。この学校ではそういう設定になっている」


 ――設定って……。今従者って言って……。


 さああああっと、引き潮のような勢いで話が広がっていく。

 そんな中、エアリスが「む」と視線をひとりの男子生徒に固定した。

 次の瞬間――


「うわああッ、スマホが!?」


 教室の奥の方にいた男子生徒が悲鳴を上げた。

 手にしたスマホには、まるで刀で斬りつけたような鋭い切れ目が入っていて、シュウウと煙を上げている。


「おいエアリス、おまえ今――!?」


「貴様が教えてくれたことだ。被写体の許可無く撮影することは犯罪だと。ならば誅しても問題はあるまい」


「なんだ、成華、一体どうしたんだ?」


「いや、何でもないですよ先生、ははは」


 タケルはもう笑って誤魔化すしか無い。

 幸いにも今スマホを破壊したのがエアリスだと気づいたものはいないようだ。


 盗撮しようとした男子生徒も、突然スマホが壊れただけと思っているようで、電源を入れようと躍起になっていた。


(……おまえ、自分の教室でも魔法を使ってないだろうな?)


(もちろん、露見するような魔法の使い方はしていない)


 タケルとエアリス。

 いきなり密着したかと思いきや、顔を寄せ合ってひそひそ話。

 生徒たちの疑惑はますます膨れ上がっていく。


(僕は一切使うなと言ったんだぞ!)


(それは不可能だ。なかなか私を盗み撮りしようとする輩が多くてな。いちいち素手で壊していては間に合わないのだ)


 ああ、とタケルは頭を抱える。

 やっぱりエアリスがついてきた時点で平穏無事な学校生活は無理だったのだ。

 と――


「はいはーい、さっきからすっごく親しげですけど、おふたりって一体どういう関係なんですかー!?」


 先程、タケルに対して最初に質問をした女子生徒だった。

 どうやら彼女はずいぶんと好奇心が旺盛なようだ。

 勇気ある一人の質問に教室中の生徒がぐぐぐっと前のめりになる。


(残念ながら君たちの期待通りの答えを言うわけにはいかないよ――)


 だが、タケルが口を開こうとするより一瞬早く、エアリスがまるで戦勝宣言のように言い放ってしまった。


「成華・エンペドクレス・タケルは我が生涯を捧げるに相応しい王である。貴様らも同じ教室でともに過ごせることを光栄に思うがいい!」


 もうなにもかもが手遅れだった。

隠しておきたいことを全部言ってしまった。

 タケルはその場でガックリと肩を落とすのだった。


「い、今、王って言った? 王って王様ってこと!?」


「も、もしかして成華くんって偉いひと? リゾー、なんとかってところの王族なの!?」


 俄然興味を持ったのはやはり女子だった。

 何人かの女子生徒がグッと拳を握りしめながら立ち上がる。

 彼女たちの目の色が変わっているのは気のせいだろうか――


「正にその通りである。いや、王などとは生ぬるい。エンペドクレスとは我が一族にとっては神にも等しき名前なのだ。お前たちもそのことを胸に刻んでおくといい」


 一同はポカーンとなった。

 流石に神とまで言われて、ピンと来ていないようだ。

 タケルは慌てて「宗教指導者的なアレです、そんな大げさなものじゃないので!」と慌ててお茶を濁した。日本国民は宗教音痴だって聞いたことがあるし、なんとかなるかも、などと期待しておく。


「なんだ、いまいち反応が薄いな。仕方がない、一からエンペドクレスのことを教えてやろう。いいか、まず初代エンペドクレスは――」


「おまえもういいから帰れよっ!」


「馬鹿な、この者たちが貴様と轡を並べることがどれほどの栄誉か理解していないから私が懇切丁寧に解説を――」


「それが余計だって言ってるんだ、もうすぐ次の授業が始まるから行け、これは命令だ!」


「むう……命令か。それなら仕方ないな。もっと普段から私のことを自分の所有物としてわがまま放題好き放題してくれていいのだぞ?」


「頼む、お願いだからこれ以上地雷をばら撒かないで! 次は昼休みになるまで来ないでくれよ!」


「何だと!? それでは数時間も貴様と会えないではないかっ!」


「ちっとは我慢してくれ、僕も我慢するから!」


「…………わかった。貴様も同じ辛さを味わっているのなら私も耐えよう」


 そうしてエアリスは「邪魔したな」と言って自分の教室に帰っていった。

 一連の会話を聞いていた教室は恐ろしいほどの静寂に包まれていた。


 タケルは積極的に「気にしないで」「彼女は少し言動がオーバーだから」と立ち回り、さらに「次の授業はなにかなー?」と言ったところで全員が弾かれたように動き始めた。


 なんと次の授業は体育だった。

 女子は更衣室に、男子は教室で着替えるようだ。


 タケルも購入したばかりの運動着に着替え――ようとして急ぎトイレに向かう。

 全身に傷があるのを忘れていたのだ。


 ただでさえ戸惑う生徒たちをこれ以上混乱させるわけにはいかない。

 長袖長ズボンの体操着に着替え、ぴっちり首元までファスナーを締める。

 そのタイミングでチャイムが鳴る。


「やば、急がないと!」


 タケルは校内地図を頭の中で思い出しながら体育館を目指す。

 だがそこでもまた、とんでもないトラブルが待ち受けていることを彼はまだ知らないのだった。


 続く。

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