学校へ行こうよ編

第73話 学校へ行こうよ① ラブコメ反対決議案第一号~仲間が増えました

 早朝。

 静かな住宅街の一角に、その場にまったくそぐわない異質な男と女の姿があった。


 女――まだ少女と言っていいあどけなさと、これから大人に向かおうとする凛々しさを同居させた佇まい。


 褐色の肌に蒼味がかかった銀髪は、燦々と注ぐ陽光を浴びて雪原のようにきらめている。


 それだけでも少女は日本人離れした容姿をしているのに、さらにはそのスタイルも同年代を軽く凌駕していた。


 押し上げられた胸元はボタンが閉まりきらず、隙間から胸の谷間が僅かに覗いている。腰の位置も高く、その上ヒップも大きいため、スカートの丈は極端に短くなっていた。


 整った顔立ちの中にも凛とした気品と意思の強さが現れており、その瞳の色は月を映したような琥珀色をしている。


 連れて歩く男には、それ相応のランクが要求される――そんな美少女だった。


 一方少女の隣に立つ男――どこからどう見ても平凡な男だった。


 まだ少年、ヘタをすれば中学生くらいに見える年齢である。

 背は高くもなく低くもない。体つきもやや痩せ型ではあるものの、ダボッとしたスクールシャツの上からでも筋肉質ではないことが伺える。


 顔立ちは瓶底のような分厚い眼鏡を着用しているためよくわからない。

 眼鏡は顔の半分が隠れるほどの大きさで、仮装でもしているようにしか見えない。

 フレームとレンズだけでかなりの重量があるらしく、先程から何度も、少年は眼鏡の位置を直している。


 ――と、ズレた眼鏡の奥から一瞬だけ瞳が覗く。

 その眼は日本人離れ――というより人間離れした金色の眼。

 怪しく光る金の虹彩を両目に宿していた。


「はあ……本当に何もないな」


 金の瞳をした少年は、ポツリと呟いた。

 少年と少女の前にはなにもない空き地がある。

 周囲にはグルリと杭が打ち込まれ、立ち入り禁止のロープが張られていた。


「タケル――朝から寄りたい場所があるというのでついてきてみたが、ここは貴様にとって何か意味がある場所なのか?」


 散歩にしては遠くまで歩かされ、少女はやや不満げだった。

 その実、ここは少年――タケルが生まれ育った世界であり、異邦人である少女にとっては、少年の縁の場所に来られると期待していた。


 だが、蓋を開けてみれば静かな住宅街のなんでもない空き地を見せられ、少しガッカリしているのだった。


「エアリス。……意味はあったんだろうな。でも今はないよ。なくなった」


「なんだそれは? この国のとんちとやらか?」


 少女――エアリスは不機嫌を隠すことなく唇を尖らせた。

 常日頃から自分に対して遠慮というか、一歩距離を置こうとするタケルの態度が気に入らない。エアリスの方はもう少し近くにいたいのに、何故かタケルはそわそわと落ち着きなく、「周りが見てるから」などとどうでもいい言い訳をして離れようとする。


 それは彼の心根にも現れていて、もっと話して欲しい、なんでも相談して欲しい、もっと心の内側を見せて欲しい、弱い部分にも触れさせて欲しい――そう考えている。


 またぞろタケルの悪い癖が出たのかと、エアリスは不機嫌になる。

 だが違った。タケルは「あそこ」と言って空き地の真ん中辺りを指した。

 エアリスは言われてから気がついたが、地面に焼けた跡があり、その片隅には誰かが作った小さな献花台があった。


「ここはね、クズみたいな生き方をしていた僕が一度死んだ場所なんだ」


「――ッ、では、ここは貴様の……?」


「うん」


 その空き地は、未だに買い手がつかない売地だった。

 数ヶ月前に火事があったのだ。家屋は全焼し、一人暮らしをしていたはずの少年の遺体も見つからなかった。焼け跡は親族の手によって整理され、もう誰もこの場所に近づく者はいない。


「これから向かう学校という場所は、僕にとって苦い記憶しかない場所なんだ。だから初めにこの場所を目に焼き付けて、もうあの頃の自分とは違うんだって、そう自覚する必要があったんだ。悪いな、わざわざついてきてもらっておいてこんな情けない話で……」


「そんなことはない……そんなことはないぞ。そうか、ここは貴様が生まれ変わった場所なのだな」


 エアリスがそっとタケルの手を握る。

 強張りは一瞬で、タケルもまたエアリスの手を受け入れた。


 生まれ変わった。

 確かにそういう言い方もできる。

 僕はこの場所で一度死んで、そして魔法世界マクマティカで生き返ったのだ。


「タケル」


「うん?」


 手をつないでいるところを誰かに見られないだろうかと、辺りを伺い挙動不審になっていたタケルは隣のエアリスを見やる。彼女は口元に小さな笑みを浮かべながら言った。


「私は嬉しい……。今私は貴様の心の弱い部分に触れている気がする。それが嬉しいのだ……」


「そ、そうか? 僕としてはこんな情けない告白なんかして嫌われないかとビクビクしてたんだけど……」


「馬鹿な。私が貴様を嫌うなどありえん」


「そ、そう?」


「ああ」


 言いながらエアリスは一旦握っていた手を解くと、今度は指を絡める繋ぎ方をしてくる。キュッと握りしめられ、タケルもまたおずおずと指に力を込める。


「…………」


「…………」


 目覚めたばかりの街。

 通行人は誰もいない。

 登り始めた冬の朝日だけが二人を照らしている。

 居心地のいい沈黙が流れた。


「あ、あのさ」


「なんだ?」


 先に声を上げたのはタケルの方だった。


「その、今更なんだけど、やっぱりお前もついてくるのか、学校に……?」


「当然だ。私は貴様の従者だからな」


 従者って……。そのノリが問題なんだよなあとタケルは内心で頭を抱えた。


「できれば学校の中ではその付き従う感じ、無くして欲しいんだけど……」


「何故だ? 私はタケル・エンペドクレスの係累であり、龍神族の王の従者だ。この事実は覆らないぞ?」


「いや、でもそんなノリで来られたら、クラスメイトたちはびっくりするっていうか、ただでさえお前目立つんだし……」


「私は貴様が何を問題にしているのかまるでわからん」


 タケルは心の中で頭を抱えた。

 これだ。これなのだ。

 エアリスは自分がどれだけ図抜けた美少女なのかまるでわかっていないのだ。


 今回、タケルは休養を取ることとなった。

 それは魔法世界マクマティカから地球に帰還してから約二ヶ月強あまり、ほぼ不眠不休で動き続けてきたタケルに対して、エアリスを始めとする仲間たちが下した決定事項だった。


 タケルは不死身の肉体を酷使した。精神が破綻しないギリギリの睡眠時間だけを取り、昼と夜となく己の目的のため活動を続けてきた。


 そしてつい先日、ひとつの大きな成果を上げることができた。

 彼の目的――地球に攫われたはずの己の恋人を助け出すという目的こそ果たされなかったが、偶然助けた冬の森の少女が電子世界における異能力者であることが判明し、協力を取り付けることに成功。諸々の手続きを経て、日本へと招聘することが決定していた。


 少女――イリーナ・アレクセイヴナ・ケレンスカヤと、そして彼の仲間の力を駆使すれば、今までのように手当たり次第に世界中の隔離施設を襲撃しなくて済むようになる。ある程度確度の高い情報のみに絞っての活動が可能となるはずだった。


 故に、イリーナが日本にやってきて、本格的に活動を始めるまでの間、タケルには休養宣言が発令された。


 最初こそ反発していたタケルだったが、エアリスを始め仲間たちからも説得され、さらに彼のふたりの娘・・・・・からもお願いされ、渋々折れることとなったのだ。


「落ち着いたらもう一度学校に通う。それが貴様の叔父と叔母との約束ではなかったのか?」


「もちろんそうだけど、だからってお前までついてくる必要は――」


「貴様は、そんなに私と一緒にいるのが嫌なのかっ!?」


 エアリスの声は朝の住宅街によく響いた。

 繋いだ手を引き、グイッと正面から密着する。

 顔が近い。息がかかりそうな距離。

 胸が当たってる。とんでもない重さと柔らかさだった。


「違う、そうじゃないっ!」


「ではどういうことだっ!?」


「それは、お前は美人すぎるから――」


「なっ――!?」


 言ってからしまった、とタケルは思った。

 偉大なるディーオ・エンペドクレスの娘にして風の精霊魔法使いでもあるこのエアスト=リアスになんと無礼な――なんて言って怒られるかもしれない。などとそんなことを思っていると――


「そ、そうか。貴様は私といるのが嫌なのではなく、照れくさいのだな。男として。うん、そうか、そうだったか……ふふ」


 エアリスが笑ってる!?

 いや、それどころか一気に機嫌がよくなった。

 あまつさえ握る手はしっとりと汗ばんで、エアリスの顔も赤くなっているような気さえする。ついでに胸はさらにグイグイと押し付けられていた。


「あ、あの、エアリスさん?」


「うん? なんだ?」


「いや、だから学校には」


「もちろんついていく」


「ですよねー」


 タケルはガックリと肩を落とす。

 というかさっきからずっとエアリスが密着してる。

 いい加減離れてくれ、そう言うと――


「何故だ? 私のことが嫌いか?」


「話がループしてる!?」


「私のことが、ほら、なんだって? 貴様の口からもう一度言ってくれ!」


「言えるか――って、近すぎる!」


「私と貴様の距離は近すぎるくらいがちょうどいいのだっ!」


 このままでは押し倒されてしまう。

 空き地は中心地こそ焦げ跡があるものの、その周りは草がぼうぼうに生えている。

 こ、このまま倒れ込むのはよくない。何か大切なものを失ってしまいそう。


 タケルが本能で危機を感じていると――ピリリリ、と電子音が鳴り響く。

 タケルはパッと距離を置き、首からストラップでぶら下げているスマホの画面を覗き込んだ。


「なんだ、鳴り止まない!? おい、近所迷惑だろ、止めてくれ真希奈まきなっ!」


『ラブコメ反対です! 朝からイチャイチャはダメですよっ!』


 電子音に負けないくらいの大音量で、スマホから少女の声が轟いた。

 若干抑揚に欠けた平坦な声ではあるが、慣れているものが耳にすれば拗ねているのだとわかった。


「イチャイチャって。僕らは別にそんなことは」


『どこからどう見ても、恋人同士が痴話喧嘩してるようにしか見えませんでしたっ!』


 スマホの画面に映っているのは可愛らしい黒髪ぱっつん前髪の少女。

 年齢にしてまだ小学生低学年程度と思われる女の子が、眉と眼を釣り上げてタケルを睨みつけていた。


「こ、恋人同士などと、よさぬか真希奈……ふふっ」


『なにをニヤけてやがるんですか! 男と女がいたら即恋人同士に見えてしまうくらいこの世界の人間はとかく男女をくっつけたがるんです! だからさっきのはあくまで客観的に見た限りでは恋人同士にみられなくもない、という意味です! 断じてあなたのことをタケル様の恋人と認めたわけではありませんっ! そもそもタケル様にはセーレスさんというれっきとした――こら、聞きなさい!』


 恋人同士にしか見えない……。

 その言葉にエアリスは酔っていた。

 ギャーギャー喚き立てる真希奈に対して、エアリスはポーッと顔を赤らめたまま、もじもじと自分の肩を抱き、たまにチラリとタケルの方を見ている。


 鈍い鈍いと仲間内から揶揄されるタケルでも容易にわかってしまう。

 ああ、今エアリスは頭の中で僕とそういう関係になっているところを想像しているのだ。


『タケル様タケル様、もう電車に乗らないと学校に遅刻してしまいますよっ!』


「うそっ、もうそんな時間かよ」


 あんなに余裕を持ってアパートを出たのに。このままでは遅刻してしまう。


『はい、もうそんな時間なのです。そこの色ボケデカ乳女のことなど放っておきましょう。本日は記念すべきタケル様の初登校日です。他の者に舐められないためにも遅刻はもっての外ですよ』


「さっきから黙って聞いていれば誰が色ボケ乳デカ女だ! おのれ、たかが人工精霊の分際で――」


『たかがではありません! 真希奈は満天下に並び称されるもののない唯一無二たる魔法科学の結晶! 偉大なるタケル・エンペドクレスが手づから作り上げた高次元生命体ですよ! エアスト=リアス、あなたなどタケル様の飯炊き係兼アウラに魔力を与えるためだけの存在価値しかないのです! ちょっと乳が大きくてタケル様からイヤらしい目で見られるからといって調子に乗るんじゃないですよ!』


「ぐぬぬぬっ! 小難しい言葉をスラスラと噛みもせずによくもまあ――!」


「僕のトップシークレットが愛娘に全部バレてるっ!?」


 エアリスはタケルの手首を掴み、スマホの画面に映る人工精霊真希奈を睨みつけている。タケルは自らが創り上げた最高傑作たる愛娘に、スケベな眼差しをエアリスに注いでいた事実を暴露され狼狽えた。


「そもそもタケルが私の胸や尻を見ていることくらい気づいていた! 気づいていて敢えて二人きりのときはわざと露出が高めの服を着て誘っていたのだ!」


「マジですか!?」


『やはりそうでしたかっ! おのれおのれおのれっ! タケル様を誘惑する毒婦めっ! 真希奈にも肉体さえあればお前などに負けないのにーっ!』


「毒婦ってッ!?」


「はっ、笑わせてくれる! タケルはお前のような子供体型に興味などない。タケルは胸の大きな女性が好きなのだっ!」


「ちょっとっ!」


『いいえ、聞くところによればセーレスさんは本物の長耳長命族エルフだったとか。故に体型はなだらかで子供に近いプロポーションだったはず。つまり、真希奈の身体は十分タケル様の守備範囲内です!』


「そうなのか貴様っ!?」


「ええっ!?」


『そうですよねタケル様っ!?』


「うえええっ!?」


 始めはどうやってエアリスと真希奈の喧嘩を諌めようかと思っていたのに、気がついたら自分が詰め寄られる形になっていた。


 タケルは後退しながらも空き地を囲うバリケードに阻まれ退路を失う。

「どうなんだ!?」『どうなんですか!?』とふたりがさらにドスを効かせた声を上げたところで――


「あ、しまった」と、エアリスが天を仰いだ。

 変化は劇的に起こった。

 無風だった住宅街の上空に突如として突風が吹き、深緑の粒子が集結する。

 それはみるみるうちに一箇所に集まり、そしてヒトの形を造った。


「ママっ!」


「アウラっ!」


 なにもない中空に少女が現れる。

 まだ4〜5歳くらいだろうか、幼い女の子だ。

 浅葱色――薄い緑色の髪をツインテールにし、その肌も薄い褐色をしている。

 そして顔立ちは、どこからどう見てもエアリスのコピーで、彼女との血縁を感じさせた。


「ダメじゃないかアウラ、今日はママとパパはお出かけだから、カーミラ殿のところでお留守番している約束だろう?」


 空から振ってきた少女――アウラは、モコモコとした子供用のダウンコート姿だった。エアリスは娘をしっかと抱きとめ、よしよしと頭を撫でてやる。すると――


「ごめん、さい……で、も」


 起きたらパパとママがいなくてびっくりした……。

 舌っ足らずの言葉でアウラが懸命に訴えかける。


 まだ眠っていたから、起こすのも可哀想と思い、別れも告げずに出てきてしまったのはタケルたちだった。そもそも就寝前に、明日は一日いないと何度も言い聞かせたから大丈夫だと思ったのだ。


 だが現実に父と母がいない朝に恐怖を覚えたアウラは、思わず約束を破ってまで、ふたりを追いかけてきてしまった。


 すべてを察したエアリスは再び小さなアウラを抱きしめた。

 そのプニプニのほっぺたに顔を寄せ、キスの雨を降らせる。


「すまなかった、私達が悪かったアウラ。寂しかったな、怖かったなぁ……!」


「ママ……くすぐ、たい」


「ふふ、これか、これがこちょばゆいのか?」


「きゃきゃっ!」


 ふざけ合うふたりの姿はどこからどう見ても母と子にしか見えない。

 タケルはその様を見ながら、エアリスも僅かな時間で変わってしまったとしみじみ痛感する。


 アウラは風の精霊が顕現した姿だ。

 慣れない地球生活でストレスを無意識に溜め込んでいたエアリスの不安定な精神と、そして地球に来る際、瀕死の重傷を負っていた彼女を助けるため、タケルが注いだ膨大な魔力が反応し、結果、アウラという世にも稀な精霊の具現化現象が起こった。


 最初は幼子とどう接していいのか戸惑っていたエアリスだったが、仲間たちからのアドバイスに従い、アウラを自分の娘と定義してからは劇的に精神が安定した。


 それどころかアウラを受け入れ愛情を注ぐことで、彼女自身も風の精霊魔法使いとしてとんでもパワーアップを果たしてしまった。恐らく、今の彼女が相手ならば、討伐軍の魔法師部隊をも余裕で退けられるはずである。


「ほらアウラ、いい子だからカーミラ殿のところにお帰り。タケル――パパもそう言ってるぞ?」


「あう……パパ?」


「え、僕っ!?」


「当然であろう。アウラは私の娘。ならば父親は貴様以外にいない。いい加減自覚せよ」


「あ、あー、アウラ?」


「パパ……?」


 クリっと小首を傾げ、エアリスの胸の中から顔を上げたアウラがタケルを見つめる。その瞳はエアリスと同じく月の光を閉じ込めたような琥珀色だった。


「か、可愛い……はっ!?」


「そうかそうか。ではアウラ、パパに抱いてもらうといい」


「うん……パパ」


「あ、ああ」


 ふわふわと中空を泳ぎながら、アウラがタケルの胸の中に飛び込む。

 軽い。まるで重さなんかない。でも温かい。それになんだか森そのもののような爽やかな匂いがする。ああ、これが娘。僕とエアリスの子供――


『ダメですタケル様っ! これは罠です! おのれ乳デカっ、アウラを出汁にタケル様を籠絡しようとしていますね!?』


「はは、馬鹿な……なんのことやら?」


『ウキーっ! 許せませんっ! 真希奈だってタケル様に抱っこされたいのにぃ!』


「焼くな焼くな。女の嫉妬はみっともないぞ真希奈よ」


『その上から目線が超ムカつくんですよーッ!』


 ギャーギャーと喧しい限りだった。

 だが、地球に帰還して僅か二ヶ月強あまり。

 もしもタケル一人で今どこにいるのかもわからないセーレスを探していたら、果たして自分は正気でいられただろうかと思う。


 寝る暇も惜しんで修行し、魔法を使いこなそうとして壁にぶつかり、アウラの顕現をヒントに人工精霊を創造した。


 そして僅かな情報を頼りに世界中に飛んで、セーレスを探す日々。

 ここでもない。ここでもなかった。また違う。今度こそ。次こそは。

 そんな空振りばかりの毎日でも、自宅に帰ればエアリスがいた。

 アウラが真希奈が、そして仲間たちがいた。


 ずっとひとりでいることを望み、引きこもっていた自分が、今まさか、一人じゃないことに感謝する日が来るとは思っても見なかった――


「おいおい、おまえたち、もういい加減に――」


「あー、キミたちちょっといい?」


 近所迷惑も甚だしいと思い、タケルがエアリスと真希奈を止めようとしたタイミングで、第三者に声をかけられた。


 振り返るとそこには、白い息を吐く、初老のおまわりさんが立っていた。


「朝から外で喧嘩みたいに言い争ってるって通報があってね。キミたちこんな空き地の前でなにやってるの?」


「す、すみません、えっと僕らは――」


「ウェミ、ティラルト?」


「え、ちょっとエアリスさん?」


「おや、外国のヒト? キミの知り合いだよね? ちょっとお話聞かせてくれる?」


 とっさに魔人族の言語を口にするエアリスは、タケルの腕からサッとアウラを奪うと、さも面倒事はタケルに任せると言わんばかりに距離を置いた。


 スマホに目を落とすと、そこに真希奈の姿はなく、画面はブラックアウトしていた。


 ――薄情ものどもめ!


「ダメだよこんなところで大騒ぎしちゃ。身分証持ってる? お名前は?」


「はい、すみません。タケル・エンペドクレスです。彼女の身分証も一緒にいいですか?」


「おや、キミも外国のヒトなのね? パスポートとかも持ってる?」


「ええと――」


 覚えてろよおまえら、とタケルはエアリスを睨むも、彼女は涼しい顔で、アウラはキョトンとしていた。真希奈は知らんぷりでスルー状態である。


 いつも面倒事は自分が解決するハメになる。

 でもこのようなことを繰り返すうち、尻拭いにも慣れてしまっていた。


 これが、こんなのが、今の成華タケル――改め、タケル・エンペドクレスの日常なのだった。


 続く。

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