地球へ…編

第69話 地球へ…① 人類種未曾有の危機〜神に選ばし男と憂いの姫

 * * *



 タケル・エンペドクレスが聖剣と接触する二十日前――

 ミュー山脈を挟んで南側にあるヒト種族最大国家、王都ラザフォード。

 その中心にそびえ立つ美しき王宮デュカリオン城。


 うららかな日差しに恵まれたその日の午後、王族が住まう王宮のとある区画では、王都聖法院教会ルナティック・ノアの神官第二位アデラート・ルター翁による授業が行われていた。


人類種神聖教会アークマインとはその前身を人類種聖天教会アークホリストといい、これの開祖は軍神、あるいは現人神とまで呼ばれたオットー初世、つまりあなたさまのご先祖様、オットー・ハーン・エレクテウス様で――って、こりゃ、姫様、レイリィ姫様!」


「――はッ、寝てません。起きてます」


「よだれがついてますぞ」


「うそッ――ついてないじゃない!」


「やっぱり寝てらしたんじゃないですか!」


 教鞭を取るルター翁が相手にするのは王族、オットー・レイリィ・バウムガルテン。現王・オットー・ハーン・エウドクソスの四女にして、王位継承第一位のお姫様だった。


 他の姉姫たちはみな、近隣諸国へと嫁いでいき、王都に残った最後の姫として彼女は民衆からとても慕われた姫だった。


 実際、16歳という年齢にしてはまだ幼さいところがあり、王族としての教養を学ぶ授業よりも、お庭で遊んだり、近衛隊長のエミール・アクィナスを引き連れて、市場調査と称し、街に買い食いに出かける方が大好きだったりする。


 だが、性格だけではなく、その容姿もまたレイリィは優れていた。

 年相応以上に発育した身体に、母親譲りの青みがかかった長い髪。

 市井を歩けば、誰からも羨望を向けられる。そんなお姫様。


「貴方様はいずれ近隣諸国に嫁いでいかなければならぬ身。それまでにどこに出しても恥ずかしくないだけの教養を身に着けなければなりませぬ。いいですか、貴方様は普段から――」


「わかった、わかりました、ごめんなさい。真面目に聞くから」


 お説教が始まるのを嫌い、レイリィは白旗を上げる。

 アデラートは渋い顔をしながらも残り時間を鑑みて授業を再会した。


(はあ……つまんない。なにかおもしろいことが起こらないかしら)


 まさか自分のこの心の呟きを、天がいたずらに叶えてくれたとは思わない。しかし、レイリィは軽はずみな己の思考を反省することとなる。何故なら――


「大変ですレイリィ様、アデラート様っ!」


 息を切らせて扉を開け放ったのはエミール・アクィナス。レイリィ専属の近衛騎士隊長にして唯一無二の親友である。


「授業中に騒がしい。一体何があったのね」


 自分の恩師でもあるアデラートに睨まれたエミールは、息を整えながら喘ぐように言った。


「聖都が――消滅しました」


「え」


「なに?」


 レイリィ、そしてアデラート共々、言葉の意味がわからなかった。

 近年急成長を遂げた100万人都市である聖都が消滅とは一体どういうことなのか。消滅――つまり消えたとはなんだ。そこに住まう人々はどうなったのだ。


「現在王都では緊急会議が招集されています。オットー陛下以下、宮廷魔法師筆頭アストロディア・ポコス様、軍事最高顧問パンディオン・ダルダオス将軍や閣僚を集め、対応を協議するとのこと。そして王都にも非常警戒態勢が敷かれます。レイリィ様もいたずらな外出は絶対に控えてくださいますよう、お願い申し上げます」


「一体何故、どのような理由で聖都が――」


 混乱した頭で矢継ぎ早の報告を受けながらも、レイリィはどうにかその質問を返した。あそこには敬虔なる人類種神聖教会アークマインの信徒たちが住まう場所だったはず。


 不思議な加護によって守られ、その恩恵は王都よりも数段優れた暮らしを約束していた。それを目当てに、王都や諸侯連合体アーガ・マヤからも移住を希望するものが絶えなかったはずだ。その人々はどうなったのか。


「全滅です。近隣のドーリア駐屯地から知らせにやってきた兵士の報告によれば、聖都は突然光の柱に包まれ、その直後、城壁内部の街は炎に包まれたそうです」


「そんな――!?」


 堅牢なりし城塞都市が仇になったのか。

 出入り口が限定された聖都は外敵から守るに易く、だが内部に一度敵の侵入を許せば脆いものと以前から言われていた。そして今回、人々の脱出の障害となってしまったのだろう。


「王都側はどのような対応を? 救援に向かう準備はしているのですか?」


「レイリィ様、恐れながら事態はとうにそのような段階を越えました」


 自分より少し年上の美しい近衛騎士は、その美貌を苦悶に歪めた。


「不確定の情報が多いのですが、聖都は周辺に猛毒を振りまく呪いの坩堝と化してしまったようです。近づいたものを弱らせ確実に死に至らしめる呪いです。王都としては、ミュー山脈につながる山道をすべて閉鎖。ドーリア駐屯地とアクラガスの宿場町は放棄せざる得ないでしょう」


「そんな――なりません、同胞を見捨てるなど!」


 レイリィは椅子から立ち上がると、入り口の扉の前にいるエミールえと詰め寄った。その瞳は怒りの炎で燃えていた。そして近づいて見て初めて気づいた。己が一番の親友は小刻みにその肩を震わせていることに。


「エミール、あなた……?」


「お許しくださいレイリィ様。民を守るべき我らが民を見捨てる。これは最も恥ずべき行為です。ですが、私は英断であると愚行します。あのような死に方――ヒトの死に方ではありません」


「一体、何を見たの?」


 エミールは言葉を濁しながらも、ドーリア駐屯地から伝達にやってきた兵士が絶命したと言った。顔面の穴という穴から血を流し、この世のものとは思えない壮絶な死に際だった。そしてまた、その遺体を処理するため、接触した者たちが次々と体調不良を訴えていると。


「今はアストロディア様の指示により、遺体には触れず焼却処分することに決定しました。また、兵士が辿ってきた経路を調べ、他に接触した者がいないか追跡調査を行っております。とにかく、駐屯地や町は全滅している可能性が高く、例え救援に向かったところで徒に死者を増やすだけでしょう」


「…………わかりました、ありがとう。私は自室で待機しています。何かあったら呼んでください」


 エミールの様子から、それが苦渋の決断であることは容易に想像できた。これ以上の犠牲者を出さない裁量の策、それが先の決定なのだ。ならばこれ以上は単なる子供のわがままになってしまう。幼く見えてもレイリィは王族。上に立つものが多くを守るため、やむを得ず下を切り捨てることも必要なのだと、納得はせずとも理解はしていた。


「あなたはこれからどうするの?」


「王都を――引いてはレイリィ様を守るべく、戦闘態勢に入ります」


 エミールの震えは止まっていた。そして今はその瞳に決死の覚悟を抱いている。彼女にそれほどの覚悟を抱かせるとは、一体何と戦うというのか。


「これもまた未確定の情報ですが、どうやら聖都の消滅にはたったひとりの魔族種が関わっているようなのです」


「魔族種ッ!?」


 ヒトの住まうプリンキピア大陸の隣、ヒルベルト大陸に住まうこの世界の先住民族とも称される特別な種族。それが魔族種だ。


 海に隔絶され、そして陸地からは魔の森、テルル山地、大河川ナウシズによって侵入が困難とされ、唯一地続きになっているのが境界の宿場町、リゾーマタのみとなっているのがヒルベルト大陸だ。


 ヒト種族の世界からそこに赴くのは冒険者であったり、獣人種や東国エストランテと商売をする一部の商人だけである。


 何故なら魔族種の特に王と称される根源貴族たちは、ヒトを遥かに超越した力を持っているという。


「まさか――人類種神聖教会アークマインは虎の尾を踏んだのか」


 その呟きはアデラートから齎された。

 どういうことなのかと問うレイリィに、翁は苦しげに返した。


「一月以上前、風の噂で流れてきたのです。人類種神聖教会アークマインがヒルベルト大陸に進軍し、多くの犠牲と引き換えに根源貴族のひとりを生け捕りにしたと」


「まあ、初耳です」


「ですがその後、とんと話を聞かなくなり、代わりにあったのは人類種神聖教会アークマインリゾーマタ支部の壊滅と、領主代行リゾーマタ・バガンダの不審な死の報告でした」


「ではまさか……!?」


 まさか、その捕らえられたという根源貴族の復讐だというのか。

 故・リゾーマタ・デモクリトス男爵の娘は大変な人類種神聖教会アークマインの信者だったと聞く。おそらく、ヒルベルト大陸へ進軍するに当たって協力などもしていたはずだ。


 そして根源貴族の怒りに触れたがために、人類種神聖教会アークマインに関わるものを潰して歩き、そしてついにその総本山たる聖都までも滅ぼしてしまったというのか。


「実は――今アデラート様がおっしゃられたことと同じ主張をするものがおりまして。その根源貴族を討つための討伐軍の指揮官に任命されました」


「ほう。その者の名は?」


「フィリッツ・シュトラスマンです」


 エミールからその名前を聞いたレイリィも、そしてアデラートも一斉に首を傾げた。


「誰?」


 自軍に明るいレイリィであっても、なんの実績もない木っ端な情報将校の名前は知らないのだった。



 * * *



「俺の時代が来た! そう、俺は神に選ばれたのだ!」


 第三者に聞かれれば精神異常を疑われるようなことを叫んだのは今王都参謀本部で噂になっている男、フリッツ・シュトラスマン情報分析官である。


 単なる情報将校だった彼は、密かに人類種神聖教会アークマインリゾーマタ支部壊滅の情報を追い、現地にまで足を運んでいた。


 人類種神聖教会アークマインリゾーマタ支部は大規模な魔法によって破壊されたものであり、こんなことができるものはヒト種族ではない、魔族種の所業であると確信を得ていた。


 さらにその壮絶極まりない死に際が語り草となり、未だに代官が決定してない領主リゾーマタの城館へと赴き、そこの兵士たちからリゾーマタ・バガンダが発狂死する直前、一人の男と会っていたことまで突き止めた。


 最初はどこにでもいる冒険者なりたての少年だと思った。

 だがその正体は少年などではない、それどころかヒトですらない。

 あれは正真正銘のバケモノだったと兵士たちは口にしていた。


 恐らく、ヒトの姿に擬態した魔族種が、街に紛れ込みながら移動を続け、そして聖都にまで侵入した。さらに単独犯ではなく、協力者がいるとフリッツは睨んでいた。


 これも噂程度だが、聖都が消滅する直前、大規模な地震と共に、武装集団による襲撃があったという。それにまんまと誘導された聖騎士部隊は聖都を離れ、そして聖都は光に包まれた。その光の中に神の姿を見たという聖騎士達は皆、燃え盛る炎の中に身を投げたという。


「協力者は獣人種の列強氏族か」


 ヒト種族と魔族種はほとんど交流がない。

 最もヒトに近いと言われている魔人族とは昔、多少の交流があったそうだが、それも人類種聖天教会アークホリスト人類種神聖教会アークマインとなり、第十二代教皇クリストファー・ペトラギウスが多種族排斥を掲げることでなくなっていったそうだ。


 だが、今でも獣人種、魔人族、そして東国エストランテとの交流は大々的に続いており、中には根源貴族と交流がある獣人族が、それを後ろ盾にして列強氏族内で強い発言権を獲得しているという。


「ふふふ、繋がってきたぞ……!」


 今日のフリッツはいつもとは違う。

 何故なら彼はお告げを受けたのだ。

 それはもはや神としか言いようのない光の塊だった。

 夢から醒めたとき、彼は自分の分析の全てに確信を得るに至った。


人類種神聖教会アークマインが捕らえたと思っていたのは魔族種の根源貴族。ヒト種族に仇なすためにわざと捕まったフリをしていた。獣人種たちと結託して聖都に攻め入り、消滅させた」


 そして今、その魔族種はどこに向かっているのか。まず間違いなく次はこの王都を狙ってくるはず。


「フリッツ・シュトラスマン、時間だ。恐れ多くも国王陛下以下、名だたる重鎮たちがお待ちである」


 この後、フリッツ・シュトラスマンは人類種神聖教会アークマインリゾーマタ支部の壊滅、並びにリゾーマタ・バガンダ領主代行の変死、そして聖都消滅の原因を王たちの前で解説していくことになる。


 僅かな情報を持ち寄り、順序立てて矛盾なく披露された彼の仮説は、名だたる首脳陣をうならせるに十分な説得力を持っていた。


 原因は肥大した人類種神聖教会アークマイン自我エゴ

 多種族排斥をより強固なものにするため、挙兵し魔族種を討伐しようとしたが、それによって根源貴族の王の怒りを買ってしまった。本来根源貴族は不可侵という暗黙の了解があったにもかかわらずだ。


 そしてその根源貴族は聖都を滅ぼしたのみならず、次はこの王都をも毒牙にかけるにちがいないと。


 全ては推測の域をでないものであり、反論の声も多くあったが、それらを封殺したのはなによりオットー・ハーン・エウドクソスの言葉だった。


「貴公らにフリッツ・シュトラスマンを非難する資格はない。この者と同じく我が前に首を差し出す覚悟ができた者からモノを申すがよい」


 それだけで騒ぎ立てていた官僚、閣僚や神官たちは押し黙った。

 ただ静かにフリッツの言葉を聞いていたのは、宮廷魔法師筆頭アストロディア・ポコス翁と、最高軍事顧問パンディオン・ダルダオス将軍、そしてオットー・ハーン王のみだった。


「貴公、フリッツ・シュトラスマンと申したな。どこの出身か」


「自分は傍流の騎士爵家の長男になります」


「叩き上げであるか。勇ましいことよな」


 オットー・ハーンは蓄えた顎鬚を撫でながら目を細めた。


「フリッツ・シュトラスマン。只今を持って貴公を魔族種討伐軍の最高指揮官に任命する」


「謹んで拝命いたします」


 異例のことであった。

 傍流の騎士爵家が諸侯貴族の頂点に立つなど、ありえないことである。


 だがこの場に於いて、誰よりも状況を把握し、道筋を立てられる者は彼以外にいなかった。


 そして同席した官僚の中には、彼のことを知っているものもいた。その者たちは口をそろえて言う。フリッツ・シュトラスマンとは果たしてあのような男だったろうかと。


 自分たちの知る彼は控えめで物静か、野心とは程遠く、出世も望まず現状に甘んじるような男だった。それがまるでヒトが変わったように堂々とし、王や宮廷魔法師、軍事最高顧問のお三方を前にして自らの意見を述べるなど。


 どちらにせよ、海洋都市グリマルディや軍事要塞国家ドゴイからの援軍は地理的な問題で間に合わないにせよ、地続きとなっている隣国、諸侯連合体アーガ・マヤから戦力の抽出は行われる。


 王都正規軍と合わせれば、その数は数万は下るまい。如何な魔族種とはいえ、魔法師を多く抱える討伐軍とぶつかれば必ずや討ち滅ぼせるはず。


 そして万が一に失敗したとしても、自分に責任が及ばなければ問題はない。


 オットー・ハーン、アストロディア・ポコス、パンディオン・ダルダオス。三柱と呼ばれるこの三人以外は思いもよらない。失敗は即ち王都の破滅と同義であると。


 肝要なのはいかに敵を素早く補足し、王都より離れた場所で仕留められるか。聖都を毒の坩堝にした御業が、討ち果たす際に発言しないとも限らない。なんとしても王都が呪われた大地になってしまうことだけは避けなければ――。


 *


 そして現在。

 タケル・エンペドクレスが一次的に世界から消失している時分。

 王都とミュー山脈のちょうど中間地点にある平原には未曾有の大兵力が集まりつつあった。


 当初数万の規模になるかと思われた兵力は、遠方から駆けつけたドゴイ、グリマルディの応援のかいあって、予想を上回る十万人規模にまで膨れ上がっていた。まさに人類種の力が集結した証と言えた。


 そんな討伐軍の最高指揮官に見事成り上がったフリッツ・シュトラスマンは、指揮所に籠もり、持ち前の情報分析力を持って敵の進路を予測していた。


 情報伝達手段が早馬、もしくは伝書鷲に限られるが、フリッツはすでにヒルベルト大陸からの侵入経路すべてに監視を放っていた。


 そしてその監視網に異常な速度で進撃を続けるケダモノのようなヒトの影を捉えたとあった。


 間違いない。今未曾有の危機を迎えているこのプリンキピア大陸において、そんななりふり構わぬ行動を取るものはヒトではない。まず間違いなく例の魔族種である。生来備わっていなかったフリッツの勘がそうであると告げていた。


 さらに、先程魔法師部隊長からひとつの報告が上がった。ミュー山脈に全域に於いて、大規模な魔力の発現があったと。その威力、規模、いずれもヒトの域に収まらず、標的となる魔族種である可能性が高いと。


 フリッツはミュー山脈周辺の地形図を見ながら決戦場所を探していた。

 一番足が速い騎馬隊は主戦力足り得ない。

 主力はやはり魔法師部隊の比類なき火力である。


 それも今回は、諸侯貴族が抱える自慢の攻撃特化型魔法師ばかりを掻き集めた。

 いかな根源貴族とはいえ数千規模の魔法師による集中砲火には耐えられないはずだ。しかし山道の道幅は狭く、とてもではないが包囲殲滅できる場所は――


「これはっ!?」


 山脈の中にポッカリと空いた丘陵地帯その中心に据えられた円形状の霊廟。『聖剣の祠』と呼ばれるその場所ならば、部隊の展開が可能になる。フリッツは即断した。


「全軍に通達! 先発隊のみ直ちに進軍を開始する! 水と食料は最低限! 魔法師を全て荷馬車に乗せろ! あぶれた者も騎馬隊の背に乗せて運ぶのだ!」


「た、直ちにでありますか……?」


 現在は残りの兵が集結するのを待っている状態である。

 あと二日もあれば、人類種史上未曾有の大軍団はさらに規模を増すはずである。

 だが、フリッツは目をむいて部下を怒鳴りつけた。


「貴様、司令官たる俺の言葉を何故聞き返した!? 反論に足る根拠があるのか!」


「は――、いえ、それは」


 わかっている。自分がお飾りの司令であり、誰からもその実力を認められたわけではないことは。そのくせ責任の所在だけはすべて自分に帰結されるように退路を絶たれてしまっている。


 退路がないのなら進むのみ。一族郎党死罪以上の責任などありはしない。

 ならば、思う様暴虐に振る舞ってやる。


「すべての責任は俺が取る! 今この時を逃せば唯一の勝機を失うものと知れ!」


「は――はッ! 直ちに先発隊進軍いたします!」


 すっ転ぶような勢いで部下が飛び出していく。

 フリッツは手近な杯に僅かな蒸留酒を注ぐと、それを一気に喉に流し込み、すぐさま地面に叩きつけた。


「今の俺は負ける気がせん。舞台もおあつらえ向きと来ている。ここまでになると空恐ろしいものがあるな……!」


 果たして自分はここまで神がかった戦ができる男だったろうか。

 まるで見えない何かが、決断の度に、最適解へ自分を導いているようではないか。


「俺は勝つ。そして英雄に――、勇者になるのだ」


 タケル・エンペドクレスがこの世界に再び現れる6時間前の出来事だった。


 続く。

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