第67話 聖剣を求めて⑦ 狂気の超魔法〜聖剣降臨

 * * *



 疾走る――!

 山道を、獣道を、木々の間を、岩場の上を、川の中を、可能な限りの最速で疾走る。


 迂回などしない。

 谷を下り、山を登り、絶壁を這い、最短ルートでその場所を目指す。


『聖剣の祠』。

 ミュー山脈の山中にあるという聖剣が最後に消えた場所。

 僕はそこを目指し、休息も睡眠も取らずに駆け抜けていく。


 以前聖都を目指していたときはそのせいでメンタルブレイクした。

 だが今はその時よりも心が燃えていた。

 疲れなんて全く感じない。

 もう何十時間走り続けているのかわからない。

 でも動いた分だけセーレスに近づく。

 その事実が僕を突き動かしていた。

 

 山間部、森の中、ヒトが通らないような荒れ地。

 ときには川の中さえも僕は進んだ。


 このペースで進めば十日――、いや一週間以内でたどり着く。

 脚が潰れても、心臓が爆発しても、酸欠で頭が朦朧としても、それらの苦痛を我慢すれば最速でたどり着くことができる。皮肉なことだが、アークマインで拷問を受けていた経験のおかげで、痛みへの耐性は跳ね上がっている。


 時間を惜しむならヒト種族の村で馬でも奪おうかと思ったが、やめた。

 相変わらず乗れる自信はないし、これから自分が進むべき道には『死』が待っている。


 できる限りひと目を避けてはいるが、僕の動きは遠からず王都に知られることになるだろう。


 目指すべき『聖剣の祠』がある位置、自身の速度、そしてこの世界の情報伝達速度、そして王都側の動きと。すべてを加味しても時間はギリギリか足りないかも知れない。


 ミュー山脈に入山するルートはふたつある。

 ひとつは王都から続く南側からのルート。

 そしてもうひとつは聖都――聖都があった場所からほど近い、宿場町から入る北側のルートだ。


 僕は確実性と王都側の者となるべく接触を避けるため、北側のルートを選択した。かつてマンドロスと訪れたアクラガスの宿場町からは火の手が上がっているように見えた。


 聖都跡の放射性物質――この世界では紛れもなく猛毒であり、呪いとも呼べる存在は北側の広範囲に渡って拡散しており、聖都から最も近い宿場町が地獄と化していることは容易に想像ができた。


 だが行く。

 数多の犠牲に目を瞑りながら、自らの目的のためさらなる犠牲を出すかも知れない大博打へと挑む。


 その覚悟がなければ地球には――セーレスには決してたどり着くことができないと確信しているからだ。


『聖剣の祠』へと続く山道には、幾人もの死体が転がっていた。

 山を越えて王都側へと逃げようとしたのだろう。途中で力尽き、屍を晒している。さらに驚いたことに、王都側の兵士と思わしき者たちの死体も転がっていた。


 その周りは血の海になっていた。恐らく呪いを持ったまま山越えをさせまいと、勅命を受けた兵士たちが民間人を虐殺したのだ。だが、多勢に無勢、逆襲された兵士たちもまた殺されてしまった。そして、関門を越えたはずのアクラガスの市民たちは、誰一人山を越えることなく絶命していた。


 ここはもう地獄だ。

 生きとし生けるすべての者達に死を与える世界。

 僕のような不死の肉体を持っていなければとても踏破することはできない。


 セーレスに会いに行くというのはこういうことなのだと、男も女も、子供の死体さえ踏み越えて僕は進む。


 そしてついに、『聖剣の祠』に僕はたどり着くことができた。


 *


「ここか……ッ!」


 山道を丸一日かけて駆け上がった頂上付近、削りだした小高い丘の上に『聖剣の祠』はあった。


 意識は混濁し、顔面は酸欠で青ざめ、心臓は爆発しっぱなしだ。走りすぎて血管や筋繊維がズタズタに破れ、どす黒く腫れ上がった手足を引きずりながら進んでいく。


 祠、と言っても外観はまったく祠っぽくない。

 まるで石でできた闘技場、ローマ遺跡のコロッセオのような建築物だった。


「相変わらずこの世界の文化はズレてるな」


 モニュメントや、霊廟もそうだった。

 日本の神道系のような厳かな建物を期待するとこんなのばかりが出てくるのだ。

 異世界の巨大建築に僅かに目を奪われるも、僕は急ぎ内部を目指す。


 薄暗く、重い雰囲気の石の門をくぐると、通路の天井や壁にも精緻な彫刻が施されていた。円形の中庭に出ると、その中心にいかにもといった感じの石碑が鎮座している。


 石碑の前には台座に刺さった剣が突き刺されており、恐らく聖剣を模したイミテーションだと思われる。地球にある彼の伝説のように、そこそこ威厳があるように見えなくもない。


 台座の元にたどり着く頃には、僕の身体も完全に回復する。

 ゆっくりと息を吐き出し、石でできた聖剣もどきに手をかける。

 途端、バギンッ、と半ばから折れてしまった。


「雑な作りだな」


 台座に剣の石像が刺さっているのではなく、石の台座と剣は一体なものだった。

 石の刀身が台座の重量に耐えられず、容易くへし折れてしまったのだ。

 石像自体も組成の荒い火山岩で出来ているのがわかった。


「なるほど、ミュー山脈は休火山か」


 聖剣伝説の最後の逸話は王都に押し寄せようとしていた溶岩流を消し去ったというものだ。


 死火山でない証拠に、山脈全体がうっすら炎の魔素に包まれているのを感じる。

 今すぐではないだろうが、数百年以内に必ず大噴火を起こすと思われる。


「ご丁寧に被害が出やすい両隣に大都市を作るのは理解に苦しむな」


 いや、逆か。

 聖剣の加護があるとして、その恩恵に預かるべく、近郊の街に人々が集まってきたのだろう。山脈をはさみ、北に聖都、南に王都といずれも100万人を越える都市が存在する。


 ――片方は存在していた、だが。

 もっとも、ミュー山脈が壁になることで、聖都の放射性物質も王都には届きにくいようだが。


「聖剣は生きている。自らの意思を持つ。誰の意思にも関係なく世界に現れ干渉する」


 聖剣が現れるのは、魔法世界が危機に陥る時と決まっている。

 大隆起現象、大津波、溶岩流。

 いずれもこの世界に住まうすべての生命に深刻な被害を及ぼしかねないものだ。


 従って僕の仮説はこうだ。

 おそらく聖剣が、あるいは聖剣の本来の持ち主が・・・・・・・・・・この魔法世界を創造した張本人だ。


 そうして、自然の摂理に従い、普段は放し飼いに世界を傍観しているが、いざ看過できないほどの天災が起こった場合にのみ、それを平定するために聖剣を遣わしている。


 世界の――神の意思による修正パッチ。

 聖剣とはそのような存在なのではないかと予想する。

 ならば僕がこれからすることはたったひとつしかない。


「僕は――狂ってるな」


 これからすることは一種の賭けだ。

 僕は自分の目的のために王都の人間たちを――あるいはもっと多くの人間を危機に晒すかもしれない。


 それでも、僕の前に立ちふさがる障害は叩き潰さなければならない。

 その相手が例え神様であろうとも、決して屈することはできないのだ。


 僕は変わってしまった。

 セーレスに恋をして、自分がこんな人間だったのかと思い知る。

 愛することを知って、狂ってしまったのだと自覚する。


 何故ならこの世界よりも僕にとってはセーレスだけが――


「往くぞ――!」


 石造りの聖剣を投げ捨てると、僕は両手を天へと突き出し、あらん限りの声で叫んだ。


「聖剣よッッ、あるいはこの世界を創造した神よッ! 見ているか――! もし貴様が調停と平定を担う存在だというのなら、僕という厄災の前に――姿を現せッ!」


 そうして僕は、未だ制御ができない己の超魔法・・・を行使する。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクッ、ドクッ、ドクッ、ドクッ――――


 ドクッ、ドクッ、ドクッ――ドッドッドッドッ――


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ――――!!!


 不眠不休で走り続けていたときとは比べ物にならないほど心臓ががなりたてる。

 龍神族の秘奥、無限の魔力と再生力を生み出す虚空心臓に火を入れたのだ。


 僕は限界を越えてさらにさらに魔力を練り上げる。

 全身から無色透明な力が溢れだし、立ち昇り、周囲に広がって、ついには山全体に波及していく。


 そうして僕はありったけの『憎』の意思力を以って、大深度地下・・・・・の炎の魔素へと呼びかける。


「タケル・エンペドクレスの名において願い奉る――炎の魔素よ、世界のすべてを舐め尽くせ! 大地を焼きつくしても飽くことなく、天を染め上げてこの星の何もかもを灰燼へと帰せ――!」


 僕が抱く滅びの意思に従い、突如として莫大なエネルギーを与えられたミュー山脈の炎の魔素たちが狂喜乱舞する。


 気のせいではなく、周囲の気温が一瞬で跳ね上がる。

 そして山脈全体が鳴動し始めた。

 はじめは深く静かに。そして大きく、大きく、さらに巨大に。

 立っていられないほどの激震となった地面に、僕は根を下ろしたように屹立し続ける。


「まだだ――! もっと、もっと猛り狂え!」


 僕の考えた作戦とも言えない無謀な賭け。

 それは休火山を復活させること。

 炎の魔素に働きかけ、再びミュー山脈を大噴火させるのだ。

 意図的に聖剣の逸話を再現することで無理やり引きずり出してやる――!


 賭けだと言ったのは、逸話と同じ状況を作り出しても本当に現れるかは未知数だから。本当に魔法世界の危急に現れるのならば、なぜ消滅した聖都には現れなかったのか。


 自然災害? 人為災害? 僕が今しようとしていることは自然災害を人為的に起こそうというもの。果たして聖剣は降臨するのか。今回もなすがまま静観を決め込むのか――


「ぐうううう、があああああああああああああ――!」


 かつて無い規模の魔法行使に、僕の全身が悲鳴を上げる。

 身の丈に合わない超魔法は自身を滅ぼす諸刃の剣となる。


 全身から余すことなく出血し、傷口から炎が上がった。

 血液の全てが炎の魔素と同化し、マグマのように煮えたぎっているのだ。

 不死身のはずの肉体は、それでも再生を続け、発狂しそうなほどの激痛が僕を責め立て続ける。


「――ッ! そうだ、来い! 昇って来い!」


 龍神族の優れた眼が、マントルの動きを捉える。

 今は空洞となっていた地下のマグマ溜まりに、ジワジワと溶岩が溜まりつつある。


 僕は千切れ飛びそうな意識を繋ぎ止めながら、遥か上空――、炎の魔素の集結によって大気圏外まで追いやられてしまった水の魔素・・・・に『愛』の意思力で呼びかける。


「来たれ――癒やしの雨よ、潤いの朝露よ。細く冷たく寄り集まり――、炎を諌める鋭き槍となりて降り注げ――!」


 火山噴火にはいくつか種類が存在するが、僕が今起こそうとしているのは『マグマ水蒸気噴火』と呼ばれるものだ。マグマ水蒸気噴火は、その名の通り、マグマが帯水層などに接触して起こる現象だ。


 水は気化する際、その体積が約1700倍に膨張する。

 界面接触、全体反応などの種類があるが、いずれも水蒸気爆発とともに溶岩流が大噴出する。


 休眠状態から無理やり叩き起こされたミュー火山は、次々と連鎖的に噴火を引き起こし、この世界に甚大な被害を齎すだろう。


「どうした、何をしている聖剣ッ! 早く来い――! 間に合わなくなるぞ――ッ!」


 そしてついに。

 はるかな蒼天より瀑布の如き氷水の激流が噴火口へと差し迫ったとき、それは起こった。


「何だ、アレは!?」


 穴、だった。


 そうとしか表現できない。

 突如として水の魔素の進路上に、ポッカリと漆黒の穴が開き、すべてを綺麗に飲み込んだのだ。


「来たか――!?」


 まるで真っ青な空に落とした一滴の墨汁のようだった。

 そして突如、山脈の直上に対空するその穴から七色の極光・・・・・が溢れる。


 光は眼を灼くほどの眩い輝きを放ち、やがて光度を落としながら意味のある形を作り出す。


 それは一本の神樹のような、そして一振りの剣のように見えた。

 一切の飾りを廃したむき身の刃。七色の極光を受ける刀身は銀色に輝き、まるで自らの意思を持つかのように、その力を振るった。


 刃先が絵筆のように空をなぞり、剣の軌跡に沿って空間が切り取られる。

 パックリと、三日月型に開いた漆黒の口。

 それが、ニヤリと、笑みに歪んだ。


「炎の魔素が――!?」


 山脈全体を満たし、火山活動を誘発していた炎の魔素が漆黒の口に吸い上げられていく。一時的に炎の魔素の空白地帯が生まれ、急速に温度が低下していく。


 山脈すべてを冷却するように霜が降り始め、僕の全身にあった炎の魔素も奪われ、身体が凍結し始める。傷口にくすぶっていた炎は、そのままの姿で凍りつき、肉も骨も完全に氷漬けにされた。


 僕は――笑っていた。

 狂気に顔を歪めながら、歓喜を叫んでいた。


「いい――いいぞ! これだ! 僕が欲していたのはこのデタラメさだ! この力があれば、僕はきっと地球に――」


 その声に呼応するように、漆黒の口が大きく広がった。

 たわみ歪み、そして回転。

 凄まじい吸引力が生まれ、僕の身体は地面ごと浮かび上がり――飲み込まれる。

 僕という存在はこの世界から完全に消滅した。

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