聖剣を求めて編
第61話 聖剣を求めて① 帰還航路~地球へと至る道
* * *
聖都が消滅してより丸一日が経過した。
その頃になれば雨は止み、ようやく僕はエアリスに案内されるがままラエル・ティオスたちと合流することができた。
ラエルは聖都から山一つ越えた森の中にある隠れ家に居た。
見た目はこじんまりとした狩猟小屋だが、地下には居住空間が広がっており、食料や水の備蓄もあった。
どうやらヒト種族の中に協力者がいるようだ。
心配していた雨への対処もラエルは完璧に行っていた。
雨の降り始めからエアリスの一報が齎されるまでの時間から鑑みて、井戸水が毒に汚染されるにはまだ早いと判断して、可能な限り汲み置きをしていたのには驚かされた。
全員が清潔な布で身体を拭い、汚染された衣類は脱ぎ捨て、一箇所に集めて隔離していた。そしてエアリスから情報が齎されれば即座に、その場にいた全員に治癒魔法を施したという。
彼女の判断は見事としか言いようがなかった。僕は賞賛を惜しまなかった。
「獣人種には『戦勝の後にも剣を鞘に収めるべからず』という格言もあるからな。今回の戦いは正直言って我らの完勝と言っても過言ではない。ならばこそ、戦いが終わったあとにこそ隙が生まれると思い、警戒を怠っていなかったのだ」
今回の解放作戦により、奴隷となっていた獣人種の大部分を救出することができた。だがごく一部の獣人はヒト種族との間に本物の絆を結び、自ら聖都に残ることを選んだ。
その者達が家族へ残した言伝や手紙はしっかりと預かっており、あとは本人の意思を尊重して、どのような事態になっても関知しないよう決めていたらしい。例え出会い方は奴隷と主人という最悪の形だったとしても、やっぱり男と女なのだ。種族が違っても芽生える想いもあるのだろう。
そうしてラエルたちは奴隷解放が成功した後も、聖騎士と戦闘を続けながら撤退を続けた。そして森のなかに逃げ込んだ途端――あの閃光が起こったという。
聖騎士たちは攻撃の手を止め、ラエルたちに背中を見せるのも構わず反転した。
誘蛾のように燃え盛る聖都を目指し、誰一人として戻っては来なかったそうだ。
*
森のなかにひっそりとあるラエルの隠れ家。
その一室で僕はラエル・ティオスとエアリスに聖都の地下施設でのことを報告した。
そうして作られた『魔』原子炉の暴走により聖都が消滅したこと。
すべての黒幕は教皇などではなく、あのオッドアイ――アダム・スミスと名乗る謎の司教であり、彼は実は僕と同じ世界からきた人間――ヒト種族だったことを告げた。
曰く彼の目的は魔法の素養がある者を、『ゲート』と呼ばれる特殊な魔法を通じて地球へと連れ帰ること。そして恐らく、その候補者を探している途中で、
僕は、セーレスを助けるため、敢えて彼女の身柄をアダム・スミスへ委ねたことを話した。話しながら、自分でも顔が強ばるのがわかる。せっかく再会できた愛しいヒトを敵に預けなければならないあの悔しさは、今思い出しても腹に据えかねるものがあるのだ。
そんな僕の様子を見て取り、ラエルは痛ましげに眉を曇らせた。
奴隷商人エニルではない、元の獣人種列強氏族の姿に戻った彼女は、今は根本を残すのみとなった狼耳に触れながら、「そうか……」と大きなため息を零した。
「して、そなたはどうするつもりなのだ?」
もはやラエルの目的は達せられている。
僕だけが新たな問題を抱えてしまったのだ。
でも僕の答えなどとうに決まっている。
「――地球へ。僕が元いた世界へ戻る手段を探す。そしてセーレスを助け出す」
言葉にしてみて、それが如何に困難な道であるのかがわかった。
教皇が研究していた『ゲート』は特殊な魔法だ。
門外不出であり、その研究成果は永久に失われてしまった。
だがそれでも、何の因果か僕がこの
セーレスがオッドアイによって地球へと連れ去られてしまったように――
決して不可能なことではないはずなのだ。
「あいわかった。雷狼族は今後可能なかぎり、タケル殿の目的のため尽力することを誓おう」
「いいのか? アンタとの協力関係はもう終わってるはずだぞ」
「確かにそのとおりだ。だが諸々を考えても、こちら大分はタケル殿に対して借りがあるように思う。獣人種は種族間のつながりはもちろん、家族や係累を深く重んじる。そして受けた恩は必ず返すのだ。ディーオ殿からの恩義もあるしな」
「そうか。素直にありがたいよ」
会話に一区切りがついたときだった。
失礼します、とドアが開かれた。
入室してきたのは赤猫族のソーラスと、なんとソーラスと同じくメイド服を着たアイティアだった。
「お茶をお持ちしました」
「ご苦労」
ラエルの言葉を受けて、お盆を持ったふたりが給仕を始めた。
テーブルを囲んで向かい合っていた僕らの前にティーカップが置かれていく。
ラエルとエアリスの前にはソーラスが。
そして僕の前には側に跪いたアイティアが静々とカップを置いた。
置いたまま、彼女は立ち上がることをせず、下から僕を見上げていた。
その時の彼女の瞳は――なんというのだろう、とても深い色を湛えていたように思う。
真摯で真剣で、それでいて純粋で。
何か遠くにある綺麗な風景を目に焼き付けているような、そんな眼差しが僕に注がれていた。
「んんっ……そう言えば正式な紹介がまだだったな。タケル殿、まずはこちらが私の従者である赤猫族のソーラス・ソフィストである」
赤い癖っ毛が特徴的なソーラスは、楚々とした仕草で近づいてくると、僕の足元――アイティアとは反対側――に跪き、深々と頭を下げた。
「ラエル・ティオス様の従者を勤めます赤猫族ソフィストの娘、ソーラス・ソフィストです。数々の機会がありながら名乗るのが遅れて申し訳ありませんでした。そして、この度は我ら獣人種へのお力添えに、心より感謝を申し上げます」
淀みなくスラスラと、貴人に対するように立派な挨拶をするソーラス。
なんというか、僕の腕の中でアヘ顔晒してる印象しかなかったので、そんな改まって言われると正直戸惑ってしまう。結局「ああ……」と威厳もヘッタクレもないムッツリとした返答しかできなかった。
「そしてそこの者は――そなたも知っていよう、アイティア・ノードである。つい昨日、強い決意を持って我が従者になりたいと申し出てきた。今後はソーラスの元、メイドとしての礼節を学びながら魔法師としての訓練も積んでもらう予定だ」
「へえ……」
魔法師か。彼女にはもともと魔法師としての才能があったらしい。
本来なら魔法師としての才能を持って生まれたものは、獣人種の魔法私塾に通わせて将来列強氏族の部下に就職して高給取りになったりするらしいのだが、彼女の場合は家庭の方針でずいぶんのびのびと育てられていたらしい。
「アイティア、タケル殿に挨拶を」
「はい」
ラエルに促され、アイティアは居住まいを正すと、僕の足元に口づけをしそうなほど深く、ゆっくりと頭を下げてきた。
「タケル様。黒猫族ノードの娘、アイティア・ノードと申します。聖都では数々のご無礼、申し訳ありませんでした。タケル様より数多のお心遣いを賜りながら、それにも気づくことなく、我が侭ばかりだった己が不徳を猛省いたしました。今後はメイドとして魔法師として、タケル様とラエル様のお役に立てるよう励んでいく所存です。何卒よろしくお願いいたします」
そこには、自分の運命を悲観してヤケになっていた幼子の姿はなかった。
ラエルの言うとおり、僅かな間に強い決意を抱かせるだけの何かがあったのだろう。
何か娘、というと大げさだが、小さな子供が独り立ちするのを見届けたような、達成感というか安心感が僕の胸に去来する。だからだろうか、急にかしこまった態度を取るアイティアがおかしくて、僕はついつい吹き出してしまった。
「ふ――、そっかそっか。まあ、なんにせよ悲恋愛好者の貴族に嫁ぐ必要がなくなってよかったな。これからは思う存分、自分の恥ずかしい言動や行いについて反省するといいぞ」
「なッ――!?」
まさかそんな切り返しをされるとは思っていなかったのだろう。
面を上げたアイティアは首まで真っ赤になって抗議した。
「も、もう、やめてください、私はもう生まれ変わったんです! 今更過去の恥ずかしい話を蒸し返さないでくださいぃ!
「ふははは、馬鹿おまえ、それなら僕の方がよっぽど恥ずかしかったぞ。それなのにアイティアと来たら毎晩毎晩あの手この手で僕の部屋に来てあんな――」
「やーめーてー! 聞きたくないですぅー! 意地悪しないでくださいタケル様ぁ!」
あ、撤回。独り立ちなんてまだ早い。アイティアは涙目になって、子供みたいにポコポコ僕の膝を叩いてきた。ああ、こんなもんだよ僕とキミの距離感は。ラエルの従者になったからってあんな慇懃な態度を取られては調子が狂ってしまうじゃないか。
――と、その時だった。
ヒュオっと、冷たい風が僕を撫でた。
まるでマイナスの冷気に絡め取られたように僕の全身にさぶイボが走る。
パキィィンと破碎音がして目をやれば、エアリスの持つティーカップが真っ二つになっていた。
「おい、何だこれは。おまえたちは客に対してこんな割れたカップで茶を飲めというのか……?」
「も、申し訳ありません――、すぐにお取り替えいたします!」
いちゃもんもいいとろこである。
ソーラスが真っ青になってエアリスの前からカップを片付けていた。
中身が一切溢れていないのが不思議だったが、よく見ると凍りついてカップにへばりついていた。
なにそれ、風魔法ってそんなこともできるの?
分子運動の加速とか減速ができるってこと――???
僕が言葉を失っていると、エアリスから冷たい極低温の冷気が漂ってきて部屋全体が急激に寒くなる。なんかもうアイティアと戯れる雰囲気じゃなくなり、気まずい空気が流れた。風魔法だけに。ってやかましい。
「そ――、それでタケル殿はこれからどう動くつもりなのだ?」
沈黙に耐えられなくなったラエルが、かなり強引に話題を変えてきた。やっぱ彼女は苦労人だな、と思った。
「ああ、それなんだけどラエルは『ゲート』の魔法について何か知らないか。もしくは知ってそうな誰かに心当たりないかな?」
僕の問いかけにラエルは渋い顔になって唸った。
「うーむ。『ゲート』の魔法など初めて聞いたな。特にヒト種族の間では四大系統以外の魔法研究が盛んだとは耳にしていたが……、異世界の門を開くとなると並大抵の魔法ではあるまいて。王都の宮廷魔法師クラスでも知っているかどうか」
「その四大系統以外の魔法が使えるラエルなら何か、そういうのに詳しいヒト種族以外に心当たりがないかと思ったんだけど……」
炎、水、風、土。
それら以外の魔法――ラエルたち雷狼族は、己の帯電体質を利用した電気刺激による筋駆動魔法を使う。ようするに反応速度が異常に早くなって、事対人戦に置いては聖騎士たちですら手玉に取ったらしい。
「ヒト種族以外か。ということであれば、そなたたちの生き字引を頼るがいいのではないか?」
「僕たちの生き字引……?」
「うむ。魔族種は一部に
「白蛇族」
それは魔族種根源27貴族の一つだ。
ただし、根源貴族は保守的なものが多く、ディーオは例外としても、殆どが自分の領地に引きこもって隠遁していたりするという。
「ディーオは一万年を生きてたというが、白蛇族の王はどれくらい生きてるんだ?」
「私がその話を聞いたのは、もう今は亡くなった曾お祖父様の寝物語だったが……なんでも七万年は生きているとかなんとか……」
「マジ?」
どんな妖怪変化だよ七万年って。
会ったはいいが精神も人格も崩壊してる年月じゃないかそれ?
「遥かな昔から、この世界を見守り続けてきた白蛇族の長ならば、あるいは『ゲート』の魔法を知っている可能性は高いだろう」
確かに、それほど長い年月を生きていると成れば、恐らくこの
「わかった。確かにそれしかなさそうだな。早速会ってくるよ。で、そいつの名前と居場所は?」
「魔族種白蛇族――名前は確か……オクタヴィア・テトラコルド。大昔はかなり隆盛した種族で、魔族種領ヒルベルト大陸に住んでいたが、1000年ほど前からは魔の森のどこかに移り住んだとか。ほとんど伝説に近い話ばかりで申し訳ない」
ラエルは軽くうなだれているが、それはなにも彼女のせいではない。とにかく神話や伝説、魔法が未だに生き続けているのが
こうして僕は、『ゲート』の魔法を求めてオクタヴィア・テトラコルドを訪ねる方針を決めた。
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