第57話 聖都⑪ 龍の敗北~暴かれる秘密

 *


 もうどれほど階段を下っただろう。

 少なくとも地下20階分以上にはなるはずだ。


 僕が侵入した大聖堂には広大な地下施設が広がっており、そこでは教皇クリストファー・ペトラギウスによる魔法の研究が行われているのだという。


 階段を下れば下るほど、敵の数もどんどん増えていく。

 並み居る衛士が、銀の甲冑を纏った聖騎士が、次々と繰り出す槍や剣を、僕は全身に受けながら、力の限り拳を繰り出す。


 僕は格闘技の素人だ。

 剣術だって習ったことはない。

 故に、すべてが捨て身だ。


 アドバンテージである不死身の身体を活かして、ヒト種族を超えた膂力を駆使して、ただそれを愚直に相手に叩きつけるしかない。


 聖都にいる間、セーレスを探す傍ら、剣を持って修行めいたこともしてみた。地球にあるゲームやなんかの動きを思い出し、それを再現してみようと思った。でもダメだった。適切な力加減がわからず、手にした武器を壊してしまうのだ。


 僕の身体と違って、武器は勝手に治ったりはしない。いつ壊れるかわからない武器に拘って隙を見せるのは得策ではない。なので、大聖堂に侵入してからはずっと素手だけで戦おうと決めていた。


 アレほどの大地震に襲われても、大聖堂内部は健在だった。

 いや、聳え立っていた地上施設からは煙が上がり、かなりの被害が伺えた。

 それとは対照的に地下施設だけが、異様に頑丈な作りをしているようだ。

 まるで、地球にある最新の地震対策でもしているようだった。


(地震といえば、今回は自爆しなかったな僕……)


 聖都で地震を引き起こしたのは、『土』の魔素を使った超大規模な魔法だった。

 一時的に行動不能になることを覚悟していたが、特にダメージはなかった。


 思えばラエルの屋敷で行った風の魔法は、できるだけ規模を小さくしようと無理をしていたように思う。逆に今回の地震は、できるだけ広く大きく、ひねり出した魔力の分だけ、遠慮無く魔法に変換したように思う。


(結局、災害クラスの魔法しか使えないのか……)


 理想を言えば、このような対人戦闘でこそ魔法を使って華麗に戦ってみたいものだ。先程から炎の礫や矢を放ってくる聖騎士に対し、例の魔力を注いでを自爆させる嫌がらせを行っているが、華麗さとは程遠いと言わざるを得ない。


 膨大な魔力。

 強い腕力。

 そして不死性。

 今のところそれが僕の武器のすべてだ。

 使い勝手の悪い魔法への未練は絶って、戦いに集中しなければ。


 いずれ。

 僕は自分自身のこのチカラを、ディーオから受け継いだチカラのすべてを、もっとよく知らなければならない。

 そのことを、強く感じていた。

 

 *


 どれだけ進んだか――、ある時を境に全く敵が現れなくなった。

 そして地下へと続く階段は唐突に終わりを告げた。

 目の前には大きな鋼鉄製の扉がある。

 その扉だけ、他のとは明らかに作りが違う。


 今まで打ち破ってきた扉はどれもこれも華美な装飾が施さえた、いかにもな感じのデザインばかりだった。でもこの扉だけは一切の飾り気がなく、どちらかというと地球の防火扉を大きく、分厚くしたイメージだ。


 でもそんなことは関係ない。

 僕は自滅必至の膂力を込めて、思い切り扉を殴りつけた。


 グワンっ、と分厚い扉がひしゃげる――と同時に猛烈な痛みに歯を食いしばって耐える。再生した端から更に殴りつけ――、それを三度繰り返す。


「うおおおおッ!」


 再生しきれてないグシャグシャの拳を叩きつける。

 身の丈の倍以上はある扉がくの字に折れ曲がり、ズシンと倒れた。


「こ、ここは……!?」


 そうして僕はその場所にたどり着いた。


 *


 鋼鉄製の扉は防音の役割も果たしていたのだろう、その場所に足を踏み入れると、奇妙なハムノイズが僕を包んだ。


 そこは――例の電球によって、人工的に照らされた空間だった。

 体ごと首を巡らせてみる。

 広い。とてつもなく広い場所で、街の一区画がスッポリと入りそうだ。


 どうやら円筒形の作りになっているらしく、壁一面に取り付けられた電球がグルリと360度一周している。


 そして天井は――見えない。果てしない高さだ。

 もしかして今まで降りてきた階層の分だけ高さがあるというのか。


「これが、人類種神聖教会アークマインの研究施設なのか?」


 僕は慎重な足取りで奥へと進んでいく。

 と言っても目指すものはひとつしかない。

 何故ならその広大な空間はすべて、中央に位置する建造物のために存在していたからだ。


 建造物――いや、それは装置と言っていい。

 僕は急速に理解する。

 聖都に来て以来の違和感。

 その疑問の答えが今目の前にあった。


 それはあまりにも見慣れたものだった。

 いや、実際に目にしたことはない。

 でも日本に住んでいれば、テレビ、新聞、雑誌、ネット――あらゆるメディアを通して一度は見たことがあるはずだ。


「発電施設……、しかも原子力発電……!?」


 僕はすぐさま、龍神族のを使い、その施設を仔細に見た。

 十メートル四方の建屋がふたつ。さらに離れたところにもうひとつ。

 片方が原子炉建屋、もう片方がタービン建屋、最後は変電設備だ。


 原子炉建屋の中身、注水容器の中に圧力容器を確認する。

 さらにその中には制御棒があり、セラミックスペレットを詰めた燃料棒があった。もちろんそれは――


「これがウラン235・・・・・・、なのか……?」


 間違いない。本物など見たことはないが、僕の眼には強力な運動エネルギーを持った粒子と、高エネルギー電磁放射線の存在を見て取ることができた。


 圧力容器内で核分裂反応を起こし、発生した熱エネルギーで高圧蒸気を発生させ、タービンを回して電気を得る。なんのことはない、聖都で人類種神聖教会アークマインの加護としてもてはやされていたチカラは、人為的に創りだした本物の『電気エネルギー』だったのだ。


 だが、僕が真に驚いたのはそれだけではない。

 この原子力発電所は今もなお間違いなく稼働しており、なんとその内部に『魔素』の存在を感知することができたのだ。


『炎』の魔素が圧力容器内の核分裂反応に干渉制御し、

『水』の魔素が高圧蒸気や冷却水に多量に含まれ、

『風』の魔素がタービンの回転と、すべての魔素の流転流動に使われ、

『土』の魔素が施設の全体を支える強固な屋台骨として機能している。

 そしてさらに、『土』の魔素は根のように張り巡らされ、この聖徒の地下深くに流れる地脈と接触しているのも見て取れた。


 地脈。

 それはこの魔法世界を擁する星が作り出す大きなエネルギーの流れだ。

 星の中心である内核コアから発したマントル。

 それは地脈と呼ばれ、星の息吹の通り道である。

 この原子炉は原子力で得られたエネルギーを呼び水として星の魔力を吸い出し、莫大な電気エネルギーに変換しているのだ。


 故にこれは原子炉ではない。

『魔』原子炉だ。


 地脈から魔力を吸い取り、四大魔素を矛盾なく流動させ、あたかも一個の心臓のように自然の寵児として存在している。これを作り出したやつはまぎれもなく天才だ。地球にある原発よりも、遥かに規模が小さいのに、作り出せる電気は桁違いにでかい。魔素の干渉によりエネルギーロスも少なく、効率的な電力供給ができるはずだ。


「なんてことだ……」


 毎日暮六つより日付が変わるまで実施されるという街の電力供給。

 街灯や、各家庭の温水、家電設備は、この『魔』原子炉があるおかげで成り立っている。聖都が王都よりも大きな発展を遂げているのも当然と言えた。


 だが、新たな疑問が沸き起こる。

 これらには明らかに地球の技術が使われている。

 四大魔素を利用したエネルギー制御はこの世界の技術だとしても、魔法世界では濃縮ウランの生成など不可能なはずだ。


 魔法世界に紛れ込んだ明らかな科学文明・・・・のチカラ。

 魔法と科学。

 そのふたつは異質で相容れないように見えて、その実は裏表の存在。

 本来このふたつは同じ世界にあってはいけないはず。

 それなのに、何者かが意図して持ち込んだのだ――


「てェッ――!」


 僕は――、その攻撃に反応できなかった。

 衝撃の事実を目の当たりにし、完全に油断していた。

 ものすごい破裂音が空間を満たし、僕の全身はたちまち蜂の巣になった。


「――がはッ!」


 大きくよろけ、なんとか踏みとどまる。

 全身が一気に重くなった。

 着弾した弾丸・・が僕の体内で大きく変形していた。

 確か、柔らかい鉛で出来ていて身体の中で破裂する致死性の高い弾頭――だったはず。


 僕は虚空心臓に呼びかけ回復に努める。

 傷口から次々と変形した鉛の塊が飛び出していく。


 ――ヒュウ!


 場違いな口笛が聞こえた。

 目を凝らすまでもなく、数十メートルの距離を隔て、五人の男たちが各々の武器を構えて立っている。


 地球の技術があるなら、地球の武器もある、ということなのか。

 彼らが手にしている黒光りするそれは紛れもなく突撃銃ライフルと呼ばれるもので――僕を撃ち抜いたのは間違いなくそれから発射された弾丸だった。


 五人の男たちは全員ちぐはぐな格好をしていた。

 全員聖騎士の装備である銀の鎧姿なのに、その手にしている武器だけは現代兵器――地球のアサルトライフルなのだ。


 さらに銀の鎧には不釣り合いな交換用マガジンを刺したベルト、腰にはハンドガンが入ったホルスターとナイフシースがあった。


 全員顔つきはこの世界のヒト種族特有の象牙色の肌をしているものの、これまで戦ってきた聖騎士達特有の堅さ――とでもいうのか、誠実で真面目そうな雰囲気がまるでない。その証拠に全員銃口は向けたままだが、傷を回復させる僕を観察しながら酷薄な笑みを浮かべていた。


「まさかこの施設にまで侵入を許すなんてな。上の連中は使い物にならないな」


「仕方ないだろう。俺たち以外に『神器』を与えられた聖騎士はいない。普通の剣や槍、炎や水の礫程度では限界があるだろう」


 いずれも鋭い眼光を宿した聖騎士の青年ふたりが油断なく銃を構えながら軽口を叩き合う。聖騎士たちは僕を中心に一定の距離を保ちながら散開した。


 まとまることを良しとせず、間隔を開けながらだが決して射線がかぶらないよう、素早くポジション取りをする。その足運びは、あんな重そうな鎧をつけているとは思えないほどスピーディで静かなものだった。


「悪いな坊主。恨むなら人類種神聖教会アークマインに敵対した自分の愚かさを恨め――」


 次の瞬間、僕の眉間が撃ち抜かれる。

 男たちの真ん中、立派なヒゲを蓄えた一番年嵩の聖騎士から弾丸が放たれたのだ。


「は――、くっ!」


 まるで額を金属バットでフルスイングされたようだった。

 僕は運動エネルギーにしたがって大きく仰け反るも、身体を半身にして後ろ足で踏みとどまる。


 頭部の損傷によるブラックアウトは一瞬。だがこの男たちを相手にそれは不味いと悟り、両手で頭部を守りながら走りだす。


「撃て撃て!」


神殿・・には絶対に当てるな!」


「このガキッ!」


 僕は四方からの射撃を物ともせず、隊長格と思わしきヒゲの聖騎士に肉薄する。

 驚愕する男の顔が目の前に迫る。

 僕が拳を振りかぶるやいなや、男はとっさにライフルを盾にした。


 あ、これってアメリカ軍が制式採用している銃だ――などと一瞬思う。

 地球にいた頃のにわか知識では名前までは出てこなかったが、映画などではおなじみの銃だ。


 そして無論、普通の人間が殴ったところで壊せるものではない。

 しかし僕の拳はアサルトライフルをたやすくへし折る。

 堪えきれるはずもなく、ヒゲの聖騎士が吹っ飛ぶ。

 だが――


(軽い? 自分から飛んだ――!?)


 僕は鉛弾を食らってたっぷり重くなった両腕を振る。床一面に僕の血と砕けた弾丸が散らばった。


 他の聖騎士たちは撃ってこない。

 ヒゲの聖騎士が射線上にいるからだ。

 僕はそうなるようにわざと立ち位置を変えていた。


 今の僕に必要なもの。

 傷を完治させるのに必要な僅かな時間。

 そして混乱気味な頭を整理する時間だ。


 図らずも、彼らの登場が決定打となった。

 こいつらのバック――恐らくあの教皇クリストファーは、地球と繋がっている。

 もしかしたら僕と同じく、偶然この世界にやってきた人間かも知れない。


 そして聖都はそのクリストファーを通じて地球と取引をしている。

 地球から齎された技術のおかげで、聖都は|魔法世界の歴史上類を見ないほど発展しているのだ。


 呼吸が落ち着いてきた。

 傷も殆ど完治した。

 そして冷えた頭で油断なく、ヒゲの聖騎士と後ろの四人の男たちを見回す。


 僕は暫定的に男たちに名前をつけた。

 ヒゲの聖騎士はプライス。そして他の聖騎士たちは左からソープ、ギャズ、ゴースト、ローチの五人だ。僕が一時期ドハマリしていたFPSゲームから拝借する。


 ヒゲの聖騎士――プライスは僕がへし折ったライフルを打ち捨てる。

 緩慢な動作で立ち上がり、ゾッとするような目で僕を見据えてくる。

 いや、僕を見据えながら、素早く両手を動かした。

 ハンドサイン? 不味い――!


 振り向くと、男たちが大きく距離を取っていた。

 ハッとしてプライスを見やる。彼は鎧姿のままファイティングポーズを取り、僕に向かって大きくステップインしてくるところだった。


「――ふッ!」


「がッ!?」


 ガントレットに包まれたストレートパンチが、僕の顔面を容赦なく撃ち抜く。

 まともに食らってしまった。目の中に消えない火花が散る。

 鼻骨が潰れ、前歯がごっそりと折れる。

 だが、僕が顔を振ると、再生は一瞬で終わっていた。


 プライスは一瞬驚いた様子を見せるが、もう無言だった。

 そして熟練を感じさせる動きで次々と拳を繰り出してくる。

 紛れもない、それはどう見てもボクシングの動きだった。


 左ジャブ、すかさず右ストレート。

 半端に躱したため右目が破裂。

 ――再生。

 右アッパーが僕の顎を打ち抜き、更に左のアッパーがボディに突き刺さる。

 ――再生。

 首相撲の要領で頭を捕まれた瞬間、顔面に膝が突き刺さった。

 ――再生。


「うおおおッ!」


 僕が闇雲に振り回した拳をプライスはガードする。

 それだけで彼は苦悶に顔を歪めながら吹き飛ばされ、床を転がった。

 周りで傍観していた他の聖騎士たちの誰かが再び口笛を吹いた。


「ふん、我が拳闘術を食らって倒れぬとは。貴様のその身体、一体どうなっている?」


 拳闘術、と言ったか。

 僕は興味本位から質問をする。


「その拳闘術って誰に習ったの?」


「無論、偉大なるあの御方だ。拳闘術だけではない、風よりも疾く鉛玉を飛ばす死の神器を我らに下賜くださったのもそうよ」


 あの御方。

 やはり教皇クリストファー・ペトラギウスのことか。

 ボクシングを知っていることといい、銃器の扱いを知っていることといい、やはりあの男は地球人で間違いなさそうだ。


「坊主、俺の質問にも答えろ。貴様、何者だ。どうして一瞬で怪我が治る?」


「僕は魔族種だ」


「なにッ!?」


 プライスだけではない、少し距離を置いていた他の四人からも驚愕の吐息が聞こえた。やはり魔法世界マクマティカの住人にとって魔族種とは特別な存在のようだった。


「なるほど。上の連中では歯が立たんはずだ」


 こいつら――やっぱり他のヒト種族とは違う。

 他の聖騎士達――リゾーマタの人類種神聖教会アークマイン支部で対峙した聖騎士隊長でさえ、僕が魔族種だと知った途端動揺していたのに、眼の前の男はずいぶんと落ち着いていた。そしてそれは後ろの四人も同じで、驚きはすれど恐怖に慄いている様子はなさそうだった。


「だが、我らは聖騎士の中でも選ばれた特別な存在。あの御方から神器を授けられ、この神殿の守護を任された以上、貴様を殺す――」


 再び、プライスが距離を詰めてくる。

 今度はファイティングポーズを取ることもなく、だらりと両手を下ろしたままだ。

 僕は――、不用意に殴りかかってしまった。


 プライスの理想的な右ストレートとは比べるべくもない素人パンチ。

 だが、威力・速度とも当たれば即死は間違いない。

 まともに当たればフルプレートの甲冑を飴細工のようにひしゃげさせ、大人一人を軽々と吹き飛ばせるだけの威力を持っている。


 だが――、伸びきった拳の先に、捉えるべきプライスの姿はなかった。

 本能がヤバイと叫ぶ。

 次の瞬間、プライスの手が毒蛇のように僕に絡みついた。


「え――」


 景色が高速回転した。

 続けてダンンッ――と、すさまじい衝撃が全身を貫く。

 痛みより酩酊感を感じる。鼻の奥が鉄臭い――


「が――はっ――ぁ!」


 口からすべての空気を吐き出した。

 横隔膜がせり上がり、肺が潰れる。

 苦しい。呼吸がまったくできない――!


 投げられたのだと、遅れてわかった。一本背負い――、いや、彼自身の身体も一緒に回転して体重をかぶせる捨て身の投技だ。おまけに、硬い床に叩きつける瞬間、肘鉄で僕の肋骨までへし折っていきやがった――!


「くっ、くそ……!」


 僕はなんとかプライスを跳ね除け、フラフラと立ち上がった。

 衝撃による脳震盪や全身の痺れ、骨折は即座に回復する。

 だが僕自身の動揺までは拭えない。


 僕は、自分の不利を急速に理解した。

 これまでは力押し一辺倒でなんとか戦いに勝利してきた。 

 でもそれは馬鹿正直に正面から挑んでくる敵ばかりだったからだ。

 あるいは魔法という特殊なアビリティを使い、慢心している者ばかりだった。


 だが目の前の男はそれらとは一線を画す。

 僕が優っているのは回復力と膂力のみ。

 それ以外の、こと格闘のスキルに置いて、僕はこの男の足元にも及ばない。

 魔族種でなければ、即瞬殺レベルの実力差があるのだ。


 最初は打撃に頼ったボクシング。

 でもプライスは即座に柔道――これもあの御方とやらに習ったものだろう――に切り替えてきた。


 瞬時に怪我を再生させる僕に対して、呼吸器系にダメージを与える戦法に変えてきたのだ。有り余る腕力も、当たらなければどうということはない。むしろそのパワーを利用され、投げの威力に転化されてしまった――!?


「ま、負けるもんか……!」


 この時点で僕はもう冷静ではなかった。

 明らかに格上の相手。魔族種としての身体能力が通じない男に焦っていた。

 そしてそれは、相手の思うつぼだった。


 バカの一つ覚えのように突き出した僕の腕が、万力のようなチカラに締め上げられる。合気道の腕抑えから手首を完全に極められてしまい、無様に床に這いつくばされた。


「よし、やれッ!」


 プライスが叫ぶ。すぐ耳元でヒュン、と風切り音がした。

 いつの間に近づいていたのか、他の聖騎士たちの一人が細いムチのようなものを持っていた。


 スティックの先端から細い鋼線が伸びており、その先端に分銅のようなものが着いている。ヒュンヒュンと風を切ったあと、それが伸び切っていた僕の腕――上腕のあたりにギュルルっと絡みつく。鋼線が肩を固定した瞬間、スティックが握り込まれた。


「ぐあああああああああッ――!」


 肉の焦げる匂い。

 男の手の中に僕の右腕があった。

 焼き切られたのだ一瞬で。

 ワイヤーは電熱線のように強力な電気を帯びており、肉を焼き切り骨ごと寸断したのだった。


 ソープは切り取った僕の右手をギャズの方へと放る。

 ギャズは受け取ることもせず、床に転がった右手をブーツで踏みつけた。


「この、返せ……、僕の腕を返せ……!」


 なんとか立ち上がろうとするものの、盛大に転んでしまった。

 右腕が丸ごと消えたので、バランスが取れないのだ。

 左腕を床に着き起き上がろうとするが、その肘にまたしてもワイヤーが絡みつく――


「しまッ――!?」


 ジュッ! と煙が上がり、僕は顔面から床に落ちた。

 切り落とされた肘から先はローチの元へと蹴り転がされ、ナイフで床に縫い止められた。


 そこからはもうどうにもならなかった。

 右足、左足、そして胴を袈裟に切り裂かれ、ついに僕は首だけの有様になってしまった。


 僕のパーツは全てバラバラに離れたところに転がされ、あるいはナイフで串刺しにされ、ライフルで蜂の巣にされていた。


 クソクソクソッ――!

 まさかこんな方法で不死身の身体を無効化されるなんて!


「このガキ、マジで化物だな」


「ああ、首だけになってもまだ生きてやがる」


 自爆覚悟で魔法を使おうかと思ったが、『魔』原子炉が目の前にあるのだ、下手なことは絶対にできない。


 手詰まりだった。

 プライスは僕の髪を掴み持ち上げる。

 ズクン、と眉間にナイフを差し入れられた。

 そしてそのまま無造作に布袋に入れられる。

 僕の首は肩に担がれ、荷物のように運ばれ始めた。


 魔族種となって以来初めて喫する大敗北だった――


 続く。

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