第39話 復讐に身を焦がして③ 猫耳と癒やし

 セーレスのエルフ耳に続いて獣人種の猫耳。

 話には聞いていたが、実際に見るのでは大違いだ。

 この耳はどうなってるんだ。頭から直接生えているのだろうか。


「お、お戯れを……!」


「あ、ごめん」


 僕は思わず手を伸ばし、ソーラスの猫耳に触ろうとしてしまった。

 当然、彼女は自分の猫耳を抑えてサッと身をかわした。


 しまった。つい好奇心から手が出てしまった。

 僕がおとなしくなると、ソーラスは若干の距離をおいたまま、おずおずと尋ねてくる。


「お客様はヒト種族ですよね」


「え、ああ、まあそのようなものかな」


 俺は魔族種だ、とはまだ言い切れないのが情けないところだが、少しずつ慣れていかなければならないだろうとも思う。

 とりあえず言葉を濁して返答すると、ソーラスは顔を曇らせた。


「でしたら、そのご様子では、目覚めたばかりでまだ私のことを獣人種と気づいていなかったようですね。申し訳ありませんでした」


 そう言ったソーラスはパッと立ち上がり、深々と頭を下げてきた。

 なんだ、何を謝ることがあるっていうんだ。


「お客様はヒト種族。不用意に近づいてしまったことを謝罪します。ヒト種族はみんな、獣人種は汚らわしい存在と思っていますよね?」


「そんなことはないぞ。少なくとも僕は種族で誰かを差別したりはしない」


 僕がそういうと、何故かソーラスは狼狽えた。

 両目を見開き、何事かを言おうとして口をパクパクとさせて結局噤んでいる。

 何がしたいんだこの子は。


「そ、そうなのですか。失礼をしました。てっきりヒト種族はみんな、人類種神聖教会アークマインの他種族排斥の思想に染まっているのかと――」


「あんな奴らと一緒にするなッッッッ!!!」


 ズズンッッ――と、フロア全体が揺れた。

 人類種神聖教会アークマインの名を聞いた途端、一瞬にして僕の中に拷問の恐怖とそれを塗りつぶすための憤怒が湧き起こったのだ。


 僕の感情に合わせて魔力がたぎり、物理的な衝撃となって周囲に撒き散らされた。

 ハッとする。ソーラスは魂が抜けたように、僕を見つめたまま気を失っていた。

 だが、ビクンとすぐさま再起動すると、震える声で「も、申し訳……ッ」と声に詰まる。あ、不味い。泣かせた。


「す、すまない、僕が悪かった」


「い、いえ、今のは私の方が……ひっく」


 うわうわ、怒鳴り散らして女の子を泣かせるなんて最低だ。

 ソーラスはよほど怖かったのだろう、唇を戦慄かせ、小刻みに肩を震わせている。

 ついにはその膝から力が抜けて尻もちをつきそうになるのを、僕はとっさに抱きとめる。


「ひッ、すみません……、い、痛いことはしないで……!」


「いやしない、そんなことしないから……!」


 必死に弁解するも、一度メンタルが破壊されたソーラスは僕の腕の中でグスグスとベソをかき続ける。これには参った。どうしたものか。


「ぼ、僕は人類種神聖教会アークマインが大嫌いなんだ。とっさにあいつらの名前を聞いたからビックリしちゃって」


「いえ、私も失言でした。ヒト種族だってみんながみんな、人類種神聖教会アークマインってわけじゃないのに……」


 一瞬、彼女を解放した方がいいのかとも思ったが、ソーラスは僕に体重を預けてきている。でも恐ろしいは恐ろしいのだろう、身体は小刻みに震えたままだった。


 あー、これは絶対浮気じゃないぞ。

 あれだ、泣いた子供をあやすみたいなやつだ。

 僕はそんな言い訳をしてから、そっとソーラスを抱えてベッドへと移動する。

 彼女と並んで座り、ソーラスの肩に手をかける。

 ビクン、と震えるのを優しく抱き寄せた。


「僕を着替えさせてくれたって言ったよね」


「は、はい」


「身体の傷、全部人類種神聖教会アークマインの奴らにやられたんだ」


 ソーラスが息を飲んだのがわかった。

 彼女は目を見開いたままゆるゆると僕を見つめてくる。


「あ、あの、そうとは知らず、私なんて酷いことを――!」


 再び彼女が自責に駆られるまえに胸の中に抱きしめる。

 ちょっと強引に頭を抑え、でもその後は優しく撫でてやる。

 スーッと、ソーラスの肩から強張りが抜けていく。


「僕は人類種神聖教会アークマインを許さない。あいつらは僕の大切なヒトを奪った。だから必ず取り戻しに行く……!」


 撫でる手は優しいまま、でも声だけは決意を滲ませる。

 ソーラスは僕の胸の中、ゆっくりと首を振った。


「そうだったのですね……あなた様ならきっと、その大切な方を取り戻せると思います」


「うん、ありがとう……!」


 そうだ。僕はセーレスのためだけに今生きている。

 彼女を取り戻すためなら今更誰を犠牲にしようと構わない。

 それが必要な手段だというのなら、ヒト種族だって滅ぼしてやる……!


「い、痛っ」


「あ、ごめん、また」


 胸に強く抱きしめ過ぎた。慌てて離れようとすると、ソーラスは僕の服を掴んでくる。そして身体を預けてこちらに倒れ込んできた。


「な、なに、どうしたの?」


 仰向けに倒れる僕の上――ソーラスがうつ伏せになっている。

 頭だけ持ち上げれば、僕の心臓の真上に耳(顔の両脇にある普通の)をくっつけたソーラスがギュッとしがみついてきた。


「私も、人類種神聖教会アークマインが大嫌いなんです。だから、一緒ですね?」


 僕の胸の上でソーラスがはにかむ。

 照れているのだろうか、その顔は赤くなっていた。


 いかん。なんだこの状況は。

 僕にはセーレスという愛しいヒトがいるというのに。


人類種神聖教会アークマインに、酷いことされてるんです。獣人種はみんなあいつらのせいで……」


 グスっと、ソーラスは再び涙声になった。

 僕の胸元をギュウっと握りしめてくる。


「そっか」


 相手の気持ちを100%わかってやることなどできない。

 でもわかろうと努力し、慮ることはできる。

 言葉では何を言っても薄っぺらくなってしまう。

 だから僕は、ソーラスの頭に手を置き、優しく優しく撫でた。


「ああ……、もう少しだけ、このままで……」


「うん」


 劣情などあるはずもなく。

 僕は今この時間は必要なものなのだと痛感する。

 何故なら、数々の拷問によってささくれた僕の心が、次第に癒えていくのを感じていたからだ。


 人肌の温もり。

 傷を舐めあっているだけかもしれない。

 でも、黒く染まっていた心の中が暖かなもので満たされていく。


 僕はただひたすら、どこまでも優しく、ソーラスの頭を撫でる。

 撫でる。撫でる。撫でる。撫でる。撫でる……。


 どれくらいそうしていただろう。

 いい加減この温もりは振り払おう、そう思って不意にソーラスの様子を見る。

 するとそこには――


「え――!?」


「ふわ、お客しゃま……もっとぉ」


 明らかにソーラスの様子がおかしい。

 僕の服の胸元が彼女のよだれでびしょびしょになっている。

 さらに本人は顔を上気させ、「はあはあ」と荒い息遣い。

 まさかこれは――


「もっと、耳、私の猫耳、コシュコシュ擦って……!」


「なッ!?」


 しまった。気づかなかったぞ。

 僕はいつの間にか、ソーラスの頭ではなく猫耳を手で愛撫していた。

 猫耳の表面を撫でたり、毛を逆撫でにしたり、タオルみたいに耳を手のひらで絞ったかと思えば、親指を耳の穴に入れて、軟骨をコリコリしたりしていた。現在進行で。


「ふわあ、ひっ、あはっ……!」


 僕が指先を動かす度に、ソーラスは目尻に涙をためて、ビクンビクンと身体を震わせている。半開きの口元からは唾液が滴り、両手はキツく、僕の服を握りしめていた。


「し、知らなかった――獣の耳をこんな風にされると、こんなに気持ちいいなんて……!」


 いけない。このままではソーラスが戻れなくなる。

 僕は今更遅いが手を離そうとする。だが――


「やめないでッッ!」


 ビリビリっと牢獄の中が震えた。

 さっきの僕じゃないが、結構な声量だった。


「今止められたら、私切なくておかしくなります……! もうちょっと、もうちょっとだから、このまま続けてください……!」


 何がだよ!? 何がもうちょっとなんだ!?

 とは、聞けなかった。

 涙ながらに訴えるソーラスに圧倒された僕は、ただひたすら指を動かし続け、彼女を高みへと導いていく。


「ひぃ、ああッ、くうぅぅ……!」


 その時悪魔が僕に囁いた。

 ソーラスのお尻でゆらゆらしている猫の尻尾。

 それをやにわに掴んでみた。


「ひぎぃぃ!?」


 新たな刺激を受け、ソーラスの身体が跳ね上がる。

「なんでどうして!?」みたいな表情で、僕の顔と自分の尻尾とを交互に見ている。


 僕はもちろん、握っただけではなく、ニギニギと揉んでみたり、尻尾の先端まで手のひらを滑らせたり、尻尾の付け根まで逆撫でしたりした。


「くぅぅ、お客様、私、もう……もうダメぇ!」


 何がダメなのかはまるでわからない。

 でも僕は本能が何かを察するとフィニッシュ・ホールドの体制に入る。


 暴れまわるソーラスを抑えるため、両足でガッチリ彼女を挟み込む。

 そして尻尾の付け根を力のいっぱい握りしめる。

 ピーンとソーラスの身体が硬直する。

 そのボーナスタイムに快感を追加するため、猫耳をさらに激しく擦り上げ、ダメ押しとばかりに空いていた反対の猫耳をガリッと歯を立てて噛んでみた。途端――


「アイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィ――――あ」


 まるで極限まで絞った弓みたいだった。顎と喉を反らせて叫んだソーラスがガクッと弛緩する。

 軟体動物みたいに全身から骨が喪失してしまったみたいになっていた。


「はあ……何をやってるんだ僕は」


 なんか知らないうちに大人の扉(女の子限定)を開けてしまったようだ。

 道徳的にどうとか、状況的にやってる場合か、みたいなセルフ突っ込みは内心で行うとして、何故か達成感が半端じゃなかった。


 僕みたいなのがひとりの女の子を満足させてあげることができたという、男の自信的な? そういうのが僕を満たしている。


(これ、セーレスにしてあげたら怒られるかな? 悦ばれるかな?)


 いや、ぶっ飛ばされそうな気がする。

 さらに「どこで覚えてきたのタケル!」って襟首掴まれてガクガクされるかも。


「あ、あ……きゃく、しゃま」


「え、なに?」


 ソーラスが遺言(違う)を言おうとしてる。

 僕は胸の中でグデーンとする彼女に耳をそばだてる。


「お、お客しゃま…………しゅき」


「いやいやいや!」


 僕はベッドの上にソーラスを放り、すっ転ぶように床に逃げた。

 しまった。女体の神秘への好奇心が勝ったとはいえこんなことやめるべきだった。

 猫耳の女の子相手にとんでもない性癖を植え付けてしまった気がする。


「やばいぞ、こんなところ誰かに見られたら――」


「何をしてる貴様」


 氷柱で背中を貫かれるような、そんな極寒の声がした。

 ギギギギ、っと振り向けばそこには恰幅のいい灰色髪のケモミミ女性と、銀髪褐色のエアリスとが立ち尽くしていた。


 あ、死んだかも僕。

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