第29話 死と再生と誕生⑤ ひそやかな誓い
その夜、早めの晩餐を取り、僕とセーレスは焚き火に当たっていた。
ロクリスさんから貰ってきたオルソン茶の苦味で口の中を清めながら、無言で揺れる炎を見つめ続ける。
領主と明確に敵対してしまった。
これは改めて考えなくとも不味いことに違いない。
バガンダは何故かセーレスに執着しているようだ。
やはり彼女が魔法使いとして特別な力を持っているから、だろうか。
例え今日のようにやり過ごしたとしても、同じことが今後もあるだろう。
なら、僕らに残された道はひとつしかない。
「セーレス、ずっと考えていたんだけど」
「うん……」
両手で持った木製の湯のみ越しに僕の言葉をじっと待っているセーレス。その瞳が不安そうに揺れている。
最近、わかるようになってきたことがある。
彼女が何よりも恐れているのは、ヒトである僕が離れていってしまうことだ。
僕がこの魔法世界で常識を身につけ、言葉を覚えていけばいくほど、彼女は自分が足かせになると思っている。
でも、もういい加減、僕としてもわかってほしいことがある。
「僕と東國ってとこに行かないか?」
「え……?」
よほど虚を衝かれたのか、彼女はポカンと口を開けていた。
「領主と敵対した以上、僕たちはもうここにはいられないと思う。多分どこに行っても同じだろうけど、でも今までも生活出来ていたんだから、どうにでもなると思うんだ」
「あ、う」
「それで、パルメニに聞いた情報だと、東國ってヒト種族の王様が治めてる国らしいけど、王都とは関係のない、ヒトと獣人種が混在して暮らしてる国なんだって。そこならエルフのキミもきっと受け入れてもらえると思うんだ」
「あ、タ、ケル」
「幸い持っていくものは少ないから楽だよね。路銀は、道中冒険者ギルドに寄って薬草や香草を売って稼ごう。あとはいつも通り狩りでもすれば楽勝だ――」
「タケルっ!」
うん、何セーレス?
僕が黙りこむと、彼女はハアハア、と息をつきながら不意に恐ろしいくらいの真顔になって聞いてきた。
「いい、の?」
「今更だよ」
確かに。パルメニさんやロクリスさんと別れるのは辛い。
でもセーレスと離れ離れになる方が、もっとずっと辛い。
「大切なんだ、セーレスが」
「――っ!?」
自分で言っててすごく恥ずかしい。
こんなこと口にするなんて自分でも信じられない。
でも彼女はもっとストレートだった。
「タケルっ! 大好き!」
「うわっ!?」
タックルみたいな抱擁だった。
僕だって大好きだ――とはまだちょっと言えない。
情けないけど、もうちょっと心の準備をさせて欲しい。
だって今は嬉しいやら恥ずかしいやらで、心臓が爆発しそうだ。
でもせめてこれくらいは――僕はギュウっとセーレスを抱き返す。
この温もりだけは、これからも守り抜かなければ。
彼女だけは絶対に失いたくないんだ。
そうして僕達はふたり、抱き合いながら眠りに着いた。
明日は朝一で荷造りをして、町にありったけの薬草と香草を売りに行こう。
いくらかの路銀を調達したら、パルメニさんとロクリスさんに別れを告げて、東國とやらに出発だ。
大丈夫。セーレスとなら生きていける。
ヒト種族から排斥され、エルフから蔑まれても、セーレスとふたりなら恐れるものはないもない。
僕はずっとこの子の側にいよう。
どんなことがあっても、例えこの先、地球に帰れる時がこようとも。
僕は自ら望んで彼女の隣に在り続ける。
きっと僕の方が先に死んでしまうんだろう。
それでも、限られた時間の全てを彼女に捧げる。
僕は一人誓いを立てた。
この世界に骨を埋める決意を確かにしたのだった。
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