第22話 働こうよ② 罪作りと事務員さん
*
僕が通う町の名前は、そのままリゾーマタの宿場町というらしい。
人間――おっと。ヒト種族の住む領地ではかなり辺境の方で、治めているのは伯爵様だ。
森のずっと向こうには、大河川がが流れており、それを渡った先は魔物たちが住む領域――魔の森があるそうだ。
ただの冒険者ならば一日と持たず魔物族たちの餌食になってしまうであろうその森を踏破し、険しい高山地帯を超えていってようやくたどり着けるのがエルフの領域なのだという。
ちなみに、魔の森の北部にはずっと海が広がっているらしいが、その海は水精の魔物族の領域なのだという。魔の森と魔の海の沿岸部は、ただ歩くだけなら楽チンらしいが、海と森、両方の魔物に絶え間なく襲われるため、最も死に近い場所なんだとか。
セーレスはそんな、この世の果てから、ヒト種族の住む領域までやってきた小さな勇者なのだ。
*
町の門が見えて来る。相変わらず目つきの悪い兵士に会釈して横を通る。
僕が真っ先に向かうのはもちろん冒険者ギルドである。
「いらっしゃいませ、ようこそギルドへ」
毎度おなじみ、僕を待ってましたとばかりに迎えてくれるのはパルメニさんだ。
肩で切りそろえた栗色のショートヘア。
地球のスーツとよく似たジャケットとスラックススタイルだ。
一番初めに対応をしてもらって以来、僕はずっと彼女の世話になっている。
そういえば二度目に冒険者ギルドを訪れたときはいきなり面食らった。
「ありがとうございました! 私ゲルブブ肉って初めて食べたんですけど、すんごく美味しいんですね! これもタケルさんのお陰です、また獲ってきてくださいね!」
挨拶も早々にそんなことを言われてしまった。
事務員の対応としてそれはどうなのだろうと思うのだが、そんなことがあったためか、彼女が僕の専属みたいな感じになってしまった。
「本日も薬草の買い取りでよろしいですか?」
「はい、お願い、します」
「タケルさんがお持ちくださる薬草はとても鮮度がいいと薬師さんが喜んでいましたよ」
「ホント、ですか?」
「はい、良ければ今度群生場所を教えてほしいと言ってました」
「あ、えと」
薬草や香草は全てセーレスに教えてもらった場所で採取している。
彼女は刈り取ったあと、手に抱いた草束にいつも軽く口付けのような仕草をする。
そうすると草束はほんのりと青色の光を放つようになる。
町につく頃には完全に消えているのだが、きっと彼女が魔法か何かをかけてくれているのだと思われる。
そういう訳なので、僕の薬草採集はセーレス無くして成り立たないものなのだ。
僕が言いよどんでいると、ふとパルメニさんが苦笑した。
「大丈夫ですタケルさん、真面目に取らないでください。私もそう言われたからお伝えしただけで、薬師さんも本気で教えろとは言ってませんから」
「え、そうです、か?」
「はい。ご自分のごはんの種を他人に教えるなんて冒険者失格です。まあ薬師さんも自分が扱ってる薬草より品質がいいものだから悔しがってるだけなんです」
「あ、はあ」
なんとも返答に困る話だ。
地球にいた頃でもこんなに会話のキャッチボールをしたことはない。
僕が目を白黒させていると、パルメニさんは何が楽しいのか、ますますその笑みを深くする。
「タケルさんってなんだか不思議な雰囲気の方ですねえ」
「はい? 僕、変です、か?」
「いえ、変なんてことはないんですよ。ただ私も東國の方とお会いするのは初めてですので。なんだか違う世界のヒトとお話してるみたいっていうか」
一瞬ドキリとする。
それこそまったく返答できない質問じゃないか。
「他の冒険者の方みたいにガツガツしてないから怖くないし、無理やり強がったり自分を飾ったりしないし、言葉に裏がないっていうか、話していてこんなに安心するヒトって私、初めてなんです」
「そう、ですか」
何の事はない、言葉に含みをもたせたり、腹芸なんてできるほど言語能力がないだけなのだが。
しかし、なんだろうこれ。
もちろん現実で体験したことはないが、ゲームかなんかで、こんな綺麗なお姉さんキャラに迫られるイベントがあったような……。
そのイベントではお姉さんキャラに将来有望な勇者候補として見初められるのだが、あいにく僕は勇者なんて器ではない。まったくなんのスキルもないただのヒト種族である。
「あ、あのぉ」
「あ、はい。薬草の買い取りでしたね。えっと、査定をさせていただきますので、あちらのお席でお待ち下さい」
「はい……」
僕は背負い籠の中からごっそりと薬草束を渡し、カウンターを離れ待合い席に座る。
「ちッ」
不意に、頭の上から舌打ちされた。
見上げると、足早に去っていく冒険者の背中が見えた。
周りを見渡せば、冒険者の何人かが僕を見ていた。
およそ好意的とは言えない視線だ。
だがなんというか、剣呑な視線ではあるのだが、身の危険を感じるようなものではない。
僕に舌打ちした冒険者はパルメニさんの前の席に着き、何事かを一生懸命話しかけていた。パルメニさんもにこやかに対応しているようだが、幾分表情が硬い気がする。
――ああ。なるほど。
鈍い僕でもようやくわかった。
パルメニさん、美人だもんなあ。
切りそろえたぱっつん前髪から覗く大きな瞳と、ジャケットを押し上げる、かなり大きめのバスト。
じっくり見たわけではないが、キュッと腰はくびれていて、おしりは……かなり魅力的なことになっていたような……。
仕事に忠実で真面目。明るくていつも笑顔を絶やさないし、規則を破ってお金を立て替えてくれたりと、親身にもなってくれる。
(そりゃ、惚れない理由がないよなあ)
こうして離れて観察してみると、おおよそギルド内すべての男たちが彼女を見ている。そして隙あらば、他の事務員さんではなく、彼女の元へ赴き熱心に口説こうとしている。
パルメニさんも慣れているのだろう、鉄壁という言葉が似合う営業スマイルでそれらを完全スルーしていた。
つくづく……。
本当に僕は最初に出会ったのがセーレスでよかったと思う。
「ナスカ・タケルさ~ん」
気がつけば、彼女が満面の笑みで僕に手を振っていた。
無自覚ですかパルメニさん。
「は、い」
針のむしろとなったギルド内で、僕は諦観とともに手を振り返した。
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