第23話 働こうよ③ 腕試しとスカウト

 冒険者ギルドの次に僕が向かったのは『ロクリス食堂』でだった。


「おう、よく来たな」


 かなりぶっきらぼうな口調ではあるが、店主のロクリスさんは快活で裏表なのないいい人だ。地球にいた頃はこんな親分肌のヒトとは絶対に合わない、と思っていたものだが、実際に仕事をする相手として考えてみると非常に安心できることがわかった。


 このロクリスさんも、僕が二度目にここを訪れると、真っ先に駆けつけ謝罪をしてくれた。フライパンの件を謝罪してくれたのだ。


「すまねえ、最近鉄不足で価格が急騰していたのを忘れていた!」


「いえ、大丈夫、です」


 町の住人なら知っていて当然のことだし、調理器具なんてすでにみんな持っているものだろう。鉄製品の高騰など、一時的なものだし、自分たちには関係ないと失念するのは当たり前のことだ。


「それでもよ、フライパンが欲しいってんなら、うちに余ってるのを安く譲ることもできたしよ。いくらつかったんだ?」


「えと、なんとか、討伐報酬、お肉代、足りました」


「おま――、あの時の金、全部使ったのか!」


「え、ええ」


 ロクリスさんは、かーっ、と額を抱えて天井を仰いだ。


「喰ってけ」


「え?」


「なんでもいい、奢ってやる。好きなだけ飲み食いしろ」


「そんな、悪い、です」


「ダメだ。それじゃ俺の気が済まねえ。助けると思って俺の料理を喰ってくれ」


「わ、わかり、ました」


 強引な感じだが悪い気はしなかった。

 頼んだのはクルプ肉を使った赤いスープだった。

 トマトのような爽やかな酸味とクルプがいい味を出している。

 見たこともない野菜がゴロゴロと入っていて、どれも口に入れただけで蕩けていく。


「おいしい、です」


「そっか。ありがとよ!」


 ロクリスさんはニカっと歯を見せて笑った。

 それ以来、僕は必ず冒険者ギルドの後はこの食堂を訪れるようになった。


「今日、香草、持ってき、ました」


「ギルバレルの葉とオルソンだな。いつもありがとうよ」


 僕はギルドの許可をもらってロクリス食堂に香草を卸すようになっていた。

 ゲルブブの肉を包んでいた保存用の大葉がギルバレルで、香草がオルソンだ。


 店のメニューにも『〇〇のオルソン焼き』というのがあるくらいで、こちらの世界ではポピュラーな食材のようだ。

 セーレスとの食事では生のままかじっていたが、本来は火を通したり煮込み料理にいれたりするものらしい。


「いつもなら三日も経てば悪くなり始めるんだが、おまえさんが持ってくるのは不思議と日持ちするんだよなあ。おい、何か秘密があるのか?」


「いえ、特別、してないです」


 もちろん、薬草と同じくセーレスの魔法のおかげだろう。

 彼女が触れたギルバレルの葉で包むと、生の肉でも10日以上保つのだ。

 冷蔵庫の無いこの世界では重宝している。


「まあいい。こっちが代金だ。で、今日もクルプの卵が欲しいのか?」


「はい」


「わかった。好きなだけ持っていきな」


「ありがとう、ござい、ます」


 最初は露店で買っていたのだが、僕が頻繁に買っていることを知ると、ロクリスさんはお店の新鮮な卵を分けてくれるようになった。フレッシュなオレンジ色の濃厚な黄身が特徴で、セーレスの味の評価も高い。ここ以外では買えなくなってしまった。


「しかし、クルプの卵が好きなんてなかなか変わってるな。まさか生で食べちゃいねえよな?」


「はい、火、通します」


「ならいいけどよ。姿焼きにしても味気なくて飽きちまうだろうに」


「姿、焼き?」


 ああ、目玉焼きのことかな。

 もちろん僕は目玉焼きだって好きだが、うちのお姫様が所望するのはもっと別の料理だ。


「違い、ます。オムレツ、します」


「オム……、なんだって? そいつは、東國の郷土料理か?」


「えと、卵、こう、混ぜて、フライパン、こう」


 僕は何の気なしにいつも調理しているように、卵を返すためのトントンをしてみせた。


「おい、おまえ料理の心得があるのか?」


「少し、だけ」


 ロクリスさんの顔つきが変わっていた。僕の手の動きを真剣そのものの目で見る。


「作ってみろ」


「はい?」


「夜の仕込みまで時間がある。材料は好きに使っていいからその『おむれつ』ってのを作ってみろ」


「ええ?」


 というわけでいきなり料理対決である。

 いや、対決ではないか。勝負するわけじゃないし。

 でも勝負に臨むような鋭い視線をロクリスさんから感じる。

 料理人の前で下手に料理ができるなんて言ったのは不味かったかな。


 そうして僕は魔法世界の厨房へと足を踏み入れた。

 スウェットの上着を脱ぎ、白いTシャツ姿になる。

 中は大型の竈がふたつ。中型の竈が三つもあった。

 うち大型ひとつと中型ふたつは鍋が置いてあって、水に食材が漬けられていた。


 地球にいた頃も本格的な厨房に入った経験はない。

 広くもないけど、狭くもない。

 でも、手を伸ばせばあらゆるものに簡単に手がとどく。

 一人で切り盛りし、守る感じの調理場だった。


「あの、なにか、アレ、乳、あります?」


 乳、ミルクだ。セーレスに食べさせるオムレツに唯一足りなかった食材だ。


「乳? ミャギの乳ならあるぜ」


 よかった。クルプのように畜産業があるのだから酪農業もあると思ったのだ。


「道具、お借り、します」


 僕は竈に火を入れながら深めの木皿にクルプの卵を3つ、割って入れる。

 卵を割る手つきを見ただけで「ほう」とロクリスさんが唸る。

 そこに塩と胡椒、ミャギの乳を投入して木匙でかき混ぜる。

 このミャギの乳はかなり甘みが強くドロっとしていた。


 十分かき混ぜたらフライパンを温める。

 火は強火だ。竈の火を繊細に調節するのは難しいが、強火なら問題ない。

 それでなくともここのところ毎日作っているので手慣れたものだった。


 なんでも使っていいとのことだったので、獣脂ではなく、瓶に入った植物油を使わせてもらう。サラッとしていて、オリーブオイルと同じような匂いがした。


 全体に油を馴染ませたらいよいよ卵を投入する。

 木匙で手早くかき混ぜながら、油を卵全体に行き渡らせる。

 表面が固まりだしたのを見極めてから手前奥へ集め、トントン。

 薄皮一枚を隔てて半熟の中身がフライパンの表面を転がる。

 いい感じだ。ミャギの乳を入れたおかげか、甘やかな薫香が漂う。


「あ」


 しまった。取り皿を用意してなかった。いつもと勝手が違うから。


「おらよ」


 ロクリスさんが平皿をくれる。ナイスなタイミングだった。


「ありが、ざいます」


 そうして、無事焦がすことなく、完璧なプレーンオムレツが完成した。


「喰ってもいいか?」


「はい。もち、ろん」


 ロクリスさんは木匙で真ん中から豪快に割った。

 白い湯気とともに甘い香りが一層強くなる。

 木匙いっぱいのオムレツを取り、フーフーと僅かに冷まして口に放り込む。

 ハフハフとしながら、舌で転がすようにじっくりと味わっているようだ。


 しかしこれは一体どういうことなんだろうか。

 オムレツってもしかしてこの世界では珍しいのだろうか。

 サバイバル生活をしているセーレスならいざしらず、こんな立派な厨房を持つ食堂なら当然メニューにもあると思うのだが。


「よう、おまえ」


「はい?」


「名前、なんつったけな」


 そういえば名乗ってなかったか。

 おいとか、おまえさん、などと呼ばれていたから気づかなかった。


「ナスカ・タケル、です」


「ナスカね」


 あれ、そういえばパルメニさんも最初は僕をナスカと呼んでいた。

 もしかしてタケル・ナスカって言わないとダメだったのだろうか。

 それとも最初はファミリーネームで呼ぶという不文律があるのかもしれない。


「おまえ、俺の店で働かねえか?」


「え」


 次々とオムレツを口に入れながら、ロクリスさんはギロリと僕を見た。

 まるで戦いを挑んでいるような目つきだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます