第16話 町へ行こう④ 売買と条件

 再び町へと戻ってきた僕は、またしても兵士にジロリと睨まれながら正門をくぐる。正門と言っても、両脇に丸太の杭を打ち付けただけの粗末なものだ。


 町はセーレスのことなどなかったかのように喧騒の只中にあった。

 幸い、僕を目端に止める者が数人いただけで、特に突っかかったり、セーレスのことを問いただそうとしてくるようなヒトはいなかった。


 それはやっぱり僕がヒト種族だからだろう。

 エルフである彼女だけが特別なのだ。


 僕はセーレスに教えられた通り、町中を奥へと進んでいく。

 数分も歩いただろうか、突如商店がなくなり、人通りが静かな道になる。


 右手の方に目当てとする看板が見えた。

 ナイフとフォーク、っぽい絵が描かれた木製の看板。

 この町にある唯一の食堂らしい。


「こん、にちわ」


 習いたての拙い言葉と共にドアをくぐる。


「いらっしゃい。お一人さんかい?」


 中はかなり広い作りになっていて、四人がけのテーブル席が八つ。カウンターには十人ばかりが余裕で座れるようだった。

 応えてくれたのは店の奥の方でテーブルを拭いてる給仕の女性ではなく、カウンター奥に陣取った恰幅のいいおじさんだった。


「あ、客、違います、これ見て」


 僕はさっさと本題を切り出す。

 床に背負い籠を下ろすと、よいしょっと大葉に包まれた肉の塊をふたつ、カウンターに置いた。


「おいおいおい、こいつは」


「ゲルブブ、肉。二日前。血抜き、した」


「見てもいいかい?」


 僕が頷くと、おじさんは大葉を解き、中身を確認する。


「このギュッと締まった赤身はもも肉か。こっちの霜が載ったのはロースだな。まさか、おまえさんが一人でこいつを?」


「ひとり、違います。仲間、と」


 仲間というか友人というか。それ以上の関係になりたいあの子である。


「そうか。優秀だなおまえさんの相方は。はぐれゲルブブは冒険者でも十人くらいのパーティで挑まないと倒せないんだぜ」


 冒険者。おお、この世界に来て初めて聞いた単語だ。やっぱりあるんだ冒険者なんて職業。などとテンションが上がる。


「で、おまえさん、この極上肉を売りたいのかい?」


「はい、売りたい、です」


「んー、でもゲルブブだろ。一応、冒険者ギルドの証明書見せてくれるか?」


「証明書?」


 なんだそれ、聞いてないぞ。

 うーん、困ったな。ここまで来たのにそれがないと売れないのかな。


「なんだ、持ってないのか。おまえさん、ちょっと言葉が訛ってるし、この辺のもんじゃないだろう?」


「はい、遠く、来ました」


「そうか。んじゃあギルド登録する前にやっつけちまったのか。そりゃしょうがないな」


 なんだかおじさんは都合のいいように解釈してくれたようだ。

 トラブルにならないよう頷くしかない。


「それじゃあ、悪いんだが先に冒険者ギルドで登録してからもう一度持ってきてくれるか。登録したあとならギルドから討伐報酬も出るし、証明書付きならこっちも遠慮なく買い取れるからよ」


「わかり、ました」


 RPGでよくある、ひとつの目的のためには遠回りの複数イベントだ。

 お金が余計に入るなら、まあ冒険者ギルドに入るくらい構わないだろう。


「ギルド、どこ、あります?」


「もうちょっと奥に行ったところにあるぜ。双剣と盾の徽章が目印よ」


「ありがと、ございます」


「おう、待ってるぜ」


 おじさんに頭を下げて、店を後にする。

 セーレス以外のヒトとは初めての会話だった。

 というか、こんなに長く見ず知らずのヒトとしゃべったのも久しぶりだ。

 いつボロが出るかとヒヤヒヤしたが、毎晩の言語学習のおかげで乗り切ることができた。


 それにしても、こんなにトントン拍子に話が進むとは驚きだ。

 やっぱり僕がヒト、人間だからだろうか。今まではあまり気にもとめなかったが、エルフと人間、もしかしたらそれ以外の種族もいるのかもしれない……。


 そして、セーレスへの態度を見る限り、この世界の住人は自分とは違った種族には、かなり排他的な価値観を持っているのだろう。


 そうでなければ、セーレスがあれほどまでに人々から嫌われている理由がわからない。彼女には辛いことかもしれないが、あとでそのへんの事情もきちんと聞いておこう。


 そう考えながら僕は冒険者ギルドを目指した。

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