第17話 町へ行こう⑤ ギルドと登録
おじさんの食堂を出て僅か数分。言われた通りの旗印を見つける。
盾の前で二本の剣をクロスさせたいかにもって感じの徽章だった。
「ここが冒険者ギルド……」
ゲームの中ではお馴染みの存在だ。
かくいう僕もかつてはネトゲの中でレアアイテム蒐集ギルドに入っていた。
名前の通り、ただひたすらレアなアイテムを集めてコレクションするだけのギルドだ。
ゲーム内でのギルドの評判はすこぶる悪かった。
レアなアイテムを集めるだけ集めて、何もしないのだ。
本当にコレクションするだけで、ゲーム内通貨を積んで売ってくれというやつがいてもガン無視。
そのうちあまりにもアイテムを独占しすぎたために、ゲームバランスを崩しかねないという理由で運営から解散を通告されてしまった。
そもそも、なんで僕がそんなギルドに入っていたかっていうと、まあ仲間内で一番時間が有り余っていたからだったりするのだが。
両開きのドアを開けると、カランカラン、とカウベルが鳴った。
それだけで室内の全員が僕の方を睨みつけた。
ビクリ、と一瞬身をすくませる。超怖い。
室内にいるのは当然男ばかりだった。
当然のことながら誰も彼もが武装している。腰からショートソードを下げた男や、背中からバスターソードのような大きな剣を担いた者もいる。一見すると分からないが、マントの下にゴツゴツとした鎧を着込んでいるヤツもいた。
カウンターと思わしき机の前に並んでいたり、奥の壁にびっしりと貼られたボロ布の前に群がっている。セーレス曰く、この世界で羊皮紙は貴重品なので、裁縫などで余った布に黒い染料で文字を書くのが一般的らしい。
きっとあの一見するとゴミみたいな布たちが依頼書の代わりなのだろう。
冒険者的にはあそこで自分のレベルに見合った依頼を選び、カウンターで申請。
任務達成の際には報告に訪れて都度審査を経て報酬をもらうと。
うんうん、何もかもゲームでやったとおりだ。
「あの、初めてのお客様ですか?」
キョロキョロとギルド内を見回していると不意に声をかけられた。
「え、はい」
「新規登録ですか、それとも渡航報告ですか?」
「新しい、登録、お願いします」
「かしこまりました。こちらのお席へどうぞ」
僕に声をかけてくれたのは、栗色の髪をショートカットに切りそろえた女性だった。年の頃は二十歳か二十歳前といったところか。仕立てのいいスーツみたいな上下に、表の徽章と同じ金属製のバッジを胸元につけている。
「いらっしゃいませ。本日は当冒険者ギルドへようこそおいでくださいました。担当をつとめますパルメニ・ヒアスと申します」
「あ、ナスカ・タケルです。はい」
「ナスカ、タケル様ですね」
パルメニと名乗った職員さんはニッコリと営業スマイルではない、心の底から落ち着くような優しい笑みを見せてくれた。こんな大人もいるんだなあ。
「失礼ですが、珍しい響きのお名前ですね。もしかして東國――エストランテ出身の方ですか?」
「近いとこ、いました。最近、こっちきました」
新しい情報だ。東國のエストランテというところには和風な響きの家名が多いのか。覚えておこう。
「そうでしたか、遠いところからリゾーマタへようこそおいでくださいました」
リゾーマタ。
魔法世界、というよりこのあたりの地名なのだろう。当然、これも覚えておく。
「もしよろしければ代筆いたしますが、どうなさいますか?」
「代筆、お願いします」
セーレスのあばらやには筆記用具はない。
文字は焚き火で照らされた地面に指で書いていたが、やっぱりそれでは限界がある。パルメニさんは僕から名前と年齢、出身地を聞き出し、手元の台帳に書き込んでいく。ここでの筆記用具はインクをつけるタイプの筆ペンだ。紙は黄ばんだ羊皮紙だった。
「最後にギルドカード発行料を徴収します。2000ヂルになります」
「え、にせんぢる?」
「はい」
またまたニッコリと笑顔をくれるパルメニさん。
しまった。詰んだ。
自給自足の生活をしているのにお金なんて持ってない。
そもそも『ヂル』なんて単位初めて聞いた。
それが一体どれだけの価値が有るのかすらわからない。
「す、すみません。お金、ないです」
「えっ? そ、そうですか」
これにはパルメニさんも困り顔だ。
規則を曲げることはできないだろうし、そもそもお金を持っていない時点でギルド登録なんか来るもんじゃないんだろう。
「迷惑、すみません。僕、行きます」
となればこれ以上ここに居ても邪魔になるだけだ。
他の冒険者に怒られないうちに出ていこう。
そう思って立ち上がると、パルメニさんは「待ってください」と言ってカウンターから身を乗り出した。そのまま僕の脇に置いてあった背負い籠を覗き込む。
「もしかして、そちらの中身を売るためにギルド登録をしようとしたんですか?」
「え、ええ、そう、です」
「差し支えなければ、中身を教えてもらっても?」
「ゲルブブ、肉、です」
ざわ――、と室内にさざわめきが走った。
あたりを見渡すと、武装した厳つい冒険者たちがこちらを見ていた。
「ゲルブブ肉ですか。その籠の中の塊がすべてそうですか?」
「はい、二日前、仕留めました」
僕の言葉に室内が再びざわめく。
「なにか、それを証明できるものはありますか?」
「証明……」
うーん。一応、何か価値のあるものだったらこれも売れるかも、と思って頭の角は持ってきてたんだけど……。
「これ、です」
背負い籠の中に放り込んでいた角を取り出す。
大葉を解いていくと、ざわめきなどではなく、「おお」という感嘆があちこちで聞こえた。
「す、すごいですね、その大きさの角を持つゲルブブを討伐するなんて。もしかしてナスカさんがお一人で?」
「違い、ます。仲間と、罠、作りました」
「おふたりだけで仕留められたんですか!? もしかしてナスカさんは魔法が使えるのですか!?」
「いえ、仲間、使います」
やっぱりこの世界でも魔法を使える技能は貴重なようだ。
魔法が使えるだけで、冒険者十人で討伐するようなゲルブブを倒せるのだから。
「魔法師であっても成体のゲルブブには最低でも三人の波状攻撃が必要になります。ナスカさんのお仲間はよほど高位の魔法を使われるのですね」
はー、と関心したように説明してくれるパルメニさん。
そうは言われても、今まで見た魔法はすべてセーレスのものだけなのだから、あれがこの世界の普通だと思っていた。でもどうやら彼女の魔法は相当すごいらしい。
「そうしますと、そちらのお肉を市場に卸すためにギルド登録が必要だったのですね。承知しました。本当はいけないことなのですが、特例として発行料は私が一時立て替えます。角を討伐証明として、カード発行後に報奨金をお出しします。その中から返金をいただいてもよろしいですか?」
「は、はい。もちろん、ありがとう、ざいます」
パルメニさん、なんていい人なんだ……!
でもこういういい人でもセーレスのことは嫌ってたりするのかな。
そう思うとちょっと残念だ……。
「お肉の方も、よろしければギルドの方で買い取らせてもらいますが、どうされますか?」
「あ、肉、あれ、あっち、食堂、おじさん」
「ああ、ロクリス食堂に持っていくのですね。でしたら討伐証明書も発行しておきますね」
三度ニッコリと笑ったパルメニさんは、「あとで絶対食べに行かなくちゃ」と呟いた。
もしかして善意だけじゃなくて食い気も手伝ってくれたのか。
そうして待合席で待つこと数十分。
「ナスカ・タケルさん、お待たせしました」
「はい」
名前を呼ばれ、再びパルメニさんの前に座る。
「こちらが冒険者ギルドが発行するカードになります」
差し出されたのは、この世界の文字が彫り込まれた手の平大の板金だった。
多分僕の名前とか、冒険者ギルド、リゾーマタ支部とかなんとか書いてあるんだと思う。
「紛失の際はすべて新規発行となります。また罰則として1万ヂル必要になりますので気をつけてください。ナスカさんの冒険者ランクは初級スタートです。受けられる依頼は初級と二級、準三級までとなります。依頼を受ける際には、あちらの掲示板にあります依頼内容最後の番号を申告してください。それから――」
そろそろ僕の拙い語学力ではいっぱいいっぱいになってきた。
まあネトゲでも最初のギルド登録は約款や契約書の説明でおんなじような長い説明が入るものだ。当然、ゲームじゃないからスキップ機能はないのだが。
「そしてこちらが今回のゲルブブ討伐報酬になります」
カウンター下から出てきた木皿には、どちゃ、と硬貨がたくさん積まれていた。
「多く、ないですか?」
「はい、ゲルブブの討伐依頼は八級相当になります。もっとも滅多に現れないんですけどね。報酬は五万ヂルになります」
五万! いきなりお金持ちだ。
多分だが、先程から聞いてる金額の感じからして、登録料の2000ヂルは2000円、1ヂル=1円換算、ということでいいのだろうか。わかりやすくて助かる。
「支払いはヂル銀貨になります。ご確認ください」
「は、はい」
僕は木皿の上の硬貨――、どうやらヂル銀貨というらしい、を数えていく。
全部で五十枚。つまりこの銀貨一枚が1000ヂル=1000円ということらしい。
「ちゃんと、あり、ます」
「はい、それでしたら、この中から先ほど私が立て替えいたしました登録料を返金していただいてもよろしいですか?」
「も、もちろん、払います」
チャキ、と手の中で硬貨を二枚揃えて、差し出されたパルメニさんの両手の上にそっと置いた。
「はい、確かに」
「あ、あの」
「はい、なんでしょう?」
「い、いろいろ、ありがとう、ございます」
地球にいた頃、こんなに誰かに親切にされたことがあっただろうか。
コンビニやスーパーで買い物をしても、ただお金を渡して、お釣りをもらっておしまいである。そこには情や好意なんてあるはずもなかった。気がつけば、僕は自然と笑みを作って、心から御礼を言っていた。
「いいえ、お気になさらないでください。それよりも、決して無理をなさらずこれからも頑張ってくださいね」
そう言ってパルメニさんは、今日一番の笑顔を見せてくれた。
「どうかされましたか?」
「い、いえ、なんでも、ないです」
危ない危ない。
セーレスを見慣れていなければうっかり陥落していたかもしれない。
ふと周りを見ると、むっさい男連中はすっかり見惚れているようだったが。
「ああ、そうそう忘れるところでした。ひとつだけ伝えなければならないことがあるんです」
「はい?」
事務員としての真剣な表情に戻ったパルメニさんは、「これはリゾーマタ支部だけの注意点なのですが」と前置きする。
「森辺を少し奥に行くと大きな滝があります。あの周辺には近づかないようにしてください」
ドキッ、とする。
「な、なぜ、ですか?」
果たして問いかけの答えは予想通りのものだった。
「あの辺りにははぐれのハーフエルフが住みついてるんです。エルフに近づくなかれ、と領主リゾーマタ様もお触れになっていますので気をつけてくださいね」
それは間違いなくセーレスのことだった。それよりも――
「はぐれ? ハーフ?」
新たな事実が発覚したことの方が、僕にとっては重要だった。
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