第14話 町へ行こう② 差別と蔑み

 セーレスのあばら家を中心として、河がある方角とは反対に歩いていく。

 やがて大平原と森の境目が現れ、その境目にそって有るき続けると、轍が刻まれたあぜ道が見えてきた。


 セーレスは僕の手を引きながらそのあぜ道を左に折れ、トボトボと進んでいく。

 途中、僕も背負い籠を交代し、ふたりで歩き続ける。


 歩きながらもセーレスは無言だった。

 いつもなら用もないのに「ねえねえ」と話しかけてきたり、名前を呼ばれたから返事をしたら「呼んだ、だけ」みたいなことがしょっちゅうだというのにちょっと寂しい。


 ただごとではないその様子から、僕も彼女に声をかけるのが躊躇われていた。そんなこんなでもう小一時間あまり、僕らは手をつないでただただ歩き続けていた。


「んん?」


 あぜ道の向こう、誰かがやってくる。

 第一町人というわけなのだが、何気にこれがセーレス以外のエルフとのファーストコンタクトである。


 相手は物売りと思わしき男性。小さな子供の手を引いて足取りも軽く歩いていく。

 その親子を見て俺は疑問符を浮かべた。あれ、あの親子の耳って……。

 更に十分ほども歩くと町の入口が見えてくる。


 ざっとみた限り、木造平屋の家々が並んでいる。

 二階建ての家は殆ど見えない。

 僕達が今歩いている街道を取り囲むように町を建築――増築していったようだ。

 家々を左右に分断するように街道はずーっと町の奥まで続いていた。


 ようやく町に到着し、僕は先程抱いた疑問を驚きに変えて目を見張っていた。

 何故ならそこにいる人々は、紛れもなく『ヒト』だったから。

 僕が連れてこられたのはエルフなどではない、人間の町だった。


「セーレス、あのさ――」


 ぐいっと手を引く力が強くなる。

 町の入口付近に立って門番をしているヒトがジロリとこちらを睨んだ。

 僕は一応会釈だけしてその横を通りすぎる。


 街道沿いには商店や市が並び、なかなかの賑わいを見せていた。

 年寄りも、子供も、男も女も、誰一人として長い耳なんかしていない。

 やっぱりどこからどう見ても、僕と同じ人間の姿かたちをしているのだった。


 僕はこの魔法世界にきて、エルフが住まう場所で目覚めたのだと思っていた。

 この一月あまり、セーレス以外には誰にも会っていなかったからだ。

 だから当然、町といえばエルフが住まう町に連れて行かれるのだと思っていた。


(それじゃあセーレスは人間の中で暮らしてるのか? ずっとひとりであの水辺に……?)


 そんなことを考えていたとき、ザワザワと、周りの人達が僕らに注目しているのに気づいた。


 正確には僕ら、ではない。

 注目を浴びているのはセーレスだった。


 その視線は決して好意的なものではなく、恐れるような、厭うような、排他的な眼差しだった。セーレスは僕の手を引き、深くフードを被った頭を下げ、極力周りを見ないようにしていた。


 不味い。これ以上ここにいるは駄目だ――そう思い始めたときだった。

 一人の子供がタタタ、と僕らの前にやってくる。

 年の頃は七、八歳くらいか。

 膝小僧に痣をたくさん作ったやんちゃそうな男の子が、不思議そうにセーレスを覗き込む。


 なんだこの子――と思った次の瞬間、男の子が下から、パッとセーレスのフードを取っ払った。


 籠を背負い、手を引かれていた僕は反応できなかった。

 俯いていたセーレスも同様だ。

 はらりと、美しい金糸の髪が広がり、ピンと尖った長い耳があらわになる。


 その途端、どこからか悲鳴が上がった。


 セーレスを見上げていた子どもは、慌てて駆けつけた母親に連れて行かれ、その場には僕らだけが残った。


 立ち止まったまま俯き続けるセーレス。

 遠巻きにする人々の視線には、もう隠すことのできない、明確な嫌悪と恐怖が張り付いていた。


(なんだこれ、一体なんだっていうんだよ!?)


 僕もまた混乱していた。

 何故セーレスを見ただけで人々は悲鳴を上げ逃げ惑うのか。

 水辺で慎ましく暮らす彼女が一体彼らに何をしたというのか。


 だが、そんな疑問は後回しだった。

 つないだ手から、彼女が震えているのがわかったからだ。


「行こう、セーレス」


 彼女の頭にフードを被せ、手を引く。

 人垣がさざなみのように割れ、道を作った。

 顔を上げられないセーレスを伴って、僕らはいったん町を出た。

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