第10話 エルフとの生活② 効率と薪割り

「たっける、モルニン」


「モ、モルニン、アリスト=セレス……」


 今日も彼女との一日が始まる。

 あれから7日――一週間が経過した。

 僕は目覚めるために水をぶっかけられることはなくなっていた。


 地球にいた頃のように夜更かしができなくなったために、夜は十分すぎるくらいの睡眠が取れている。いや、正確には、電気なんてないから夜更かしもできない。


 晩御飯に合わせてかまどに火を入れるので、薪が燃え尽きたら真っ暗になってしまう。アリスト=セレスが魔法で作ってくれた藍色の鬼火を頼りに川辺に水浴びに行ったら、あとはもう寝る以外に何もすることがなくなるのだ。


 * 


 電気もガスも水道も――、ネットもテレビもマンガもアニメもない生活は、僕にとってはとてつもなくつらいものだった。

 何度この世界にやってきた自分の運命を呪ったかわからない。


 だってそうだろう。

 僕は普通に自室で寝たはずだったのだ。

 それが目覚めたら自給自足のサバイバル生活。

 あまりにも理不尽すぎる。


 だがそんな生活も、アリスト=セレスのお陰でなんとか割り切ることができ始めていた。


 乗り越えたわけではない。

 僕はそんなに強くない。

 バイタリティだってない。

 今だって戻れるなら元の生活に戻りたいと思う。


 でももしアリスト=セレスに出会っていなかったら、そう思うと怖くなる。

 地球から引き離されたこと大きな不幸だが、アリスト=セレスと出会えたことは幸福だ。

 彼女の存在が、僕の中で無視できないレベルで大きくなっていくのを感じていた。


 *


 あばら家の裏手には、あばら家よりも立派な作りの薪小屋がある。

 火事の憂き目を逃れたのか、それとも火事の後に建てられたのか、雨漏りとは無縁の立派な薪小屋である。


 暮らし始めてからこっち、狩りも魚捕りもできない僕の仕事は、昼過ぎから夕食までの間、薪を集めてくることだった。

 彼女から与えられた手斧を片手に薪を拾いに行く。

 とは言っても木こりの真似をすることはない。

 手斧は、太い枝葉を落としたりするために持っているのだ。


 でも、せっかくちゃんとした薪小屋があるんだから、生木から薪を切り出して、置いて乾燥させることだってできるはずだ。

 というかそうしたほうが絶対効率的だ。


「ねえ、麻紐貸してよ」


 あれ、あれ、と言う感じで、あばら家の梁に渡していた麻紐を指さす。

 紐、と言っても太さは小指くらいあって、えらく頑丈そうな紐だ。アリスト=セレスはキョトンとしたあと、僕に結んだひと束を渡してくれる。


「ありがと」


 そのまま手斧を担いで森のなかへ。

 サクサクと地面を歩いていくと、後ろから腕を組んでついてくる彼女の姿が。

 紐を何に使うのかと訝しんだのか、本日はアリスト=セレスも一緒するようだ。


 これは細すぎる。

 これは太くて無理。

 僕は太ももくらいの太さの木を見つける。

 手斧を足元に置いてちょっと準備運動。

 特に腰と膝をしっかり回す。

 アリスト=セレスは、ちょっと困った顔をしながらも黙っていてくれた。


「よいしょ」


 人生初の木こり仕事である。

 バットのスイングの要領で幹に斧を突き刺す。

 手がビリビリとしびれる。

 効率を重視するあまり、ちょっと無茶をしたかな。

 半分くらいまで切れ目を入れたら、今度は反対側から斧で切れ目を入れていく。


「倒れるぞー」


 バキバキバキ、と8メートルくらいの木が倒れる。

 さて、ここからが重要だ。

 僕は横倒しになった木の幹に、斧を振り下ろしていく。

 幹の太さに対して刃が小さい。

 かなりの重労働だ。

 角度を変え、株を切り出していく。


 ようやく僕の目指す、50センチくらいの株を切り出すのに成功する。

 ここでようやく麻縄の出番である。

 僕は切り株を麻縄でグルグルに縛り、

 切り口が垂直になるように地面に置く。


「よいしょ!」


 ささくれた切り株の断面めがけて鋭く斧を落とす。

 スカ、っと。

 隣の地面を耕してしまった。


「ぷっ」


 アリスト=セレスが口元を抑えていた。

 覗いた目がニヤニヤと笑っている。


 いかん。やっぱり難しいな。

 なぜ安定しないのか。

 ちょっと練習。


 しっかりと斧を握り、頭の真上から振り下ろす。

 ギュッと斧を絞りだし、息を吐く。


 うん。

 悪くないはずなのにどうして外しちゃったのか。

 下半身が悪いのかな。

 僕は膝を軽く曲げて腰をやや落とした。

 なんとなくだけど安定した気がする。

 もうカッコ悪いところは見せないぞ、と気合をいれる。


「よいしょ!」


 バキリ、と小気味いい音を立てて株に切れ目が入る。

 僕は株を中心に半歩だけ横に動き、再び斧を振り下ろす。


「もういっちょ!」


 再び斧が入り、切り株が十分の一くらい切りだされた。

 僕は株を中心に半歩ずつ横にずれ、反時計回りに斧を振り下ろしていく。

 するとどうだろう、切り株がピザみたいに一ピースずつ切りだされていく。

 ぐるりと一周する頃には、まるごと一株を薪にすることに成功していた。


 普通薪割りと言ったら、斧を垂直に振り下ろしてひとつひとつ薪を割っていくものだが、こうして予め株を縛り、端から一ピースずつ割っていくと効率的な薪割りができるのだ。当然、地球にいた頃youtubeで見た知識である。


 縛ったままだからバラけないし、紐を肩に担いで薪小屋まで持っていけるのだ。

 どんなもんよ、と僕はアリスト=セレスの方を見た。

 だが彼女は口をへの字に曲げていた。

 んん? 何かマズったかな、と思いつつ紐を持ち上げると、ブチっと切れてしまった。


「あれ?」


 せっかくまとまっていた薪がバラバラになる。


「たーけールぅ?」


「ご、ごめん、今度からもっと気をつけるから!」


 麻縄は貴重品なのだ。

 次からは一緒に切らないよう気をつけよう。

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