第4話 君の名は④ 少女と挨拶

 目覚めは最悪だった。

 全身筋肉痛である。

 まともな運動など小学校の徒競走以来していない報いは当然のようにやってきた。

 「いてて……」と苦労しながらなんとか身を起こす。


「ここ、は……?」


 太陽の光が燦々と降り注ぐそこは屋内のようだった。

 一度全焼の憂き目を見た木造家屋を補修してだましだまし使っている、

 そんなあばら家の床に藁を敷き詰めて僕は寝かされていた。


 見上げれば、お世辞にも明かり取りとは呼べない規模で屋根がなくなっていた。

 奥の方には竈があり、大きな水瓶や鍋の類も見え、梁と梁の間に通した麻紐には上着と思わしき服が干してある。


 妙な生活感が溢れる家屋において、家主の姿だけが見えなかった。

 ――いや、居た。

 ボロ布を引っ掛けただけの入り口からジーっと僕を見つめているほっそりとしたシルエットがある。


 間違いない。昨夜水浴びをしていた女の子である。

 胸元を紐で合わせた七分丈のシャツに、ほっそりとした脚がむき出しのパンツルックが可愛らしい。


 何故か頭からフードを深く被り、半眼でこちらを観察している。

 観察しながら、モムモムとお口を動かしていた。

 豚足、っぽい何かである。

 蹄のついた四足獣の脚を、切断面からコラーゲンを摂取するようにクチャクチャ食べていらっしゃる。


 機嫌がいいようにはとても見えなかった。


「お、おはようございます?」


 スッと手を上げ、挨拶してみる。

 女の子の瞳の奥がギラリと光った気がした。


「さ、昨夜は助けてくれてありがとう」


 おまけに結構な眼福でございました。

 女の子は「プっ」と軟骨らしきものを吐き出す。

 その際も、視線は僕から外さない。


「不躾な質問なんだけど、ここってどこなのかな?」


 胡乱な瞳が近づいてくる。

 皮で編んだサンダルから形のいいつま先が見えた。


「僕は日本って国の東京に住んでる高校生で――、いや、今は諸事情があって学校には通ってないんだけど」


 目の前で立ち止まる。

 すぐ鼻先に真っ白な太ももが迫り、目が釘付けになる。

 シミひとつないスベスベの肌。やっぱりコラーゲンって大切だよね。


 女の子は僕の目を覗きこむようにしゃがみ込んだ。

 フードの奥からエメラルド色の瞳に射竦められ、僕はごくりと喉を鳴らした。


「あの――」


「ウェルメストゥ・ダバ」


「は?」


「リミル・ウム・ウワスタ?」


「…………」


 ひとつもわからない女の子の言葉を聞いて、僕はひとつの確信を得ていた。

 身の丈を越えるようなイノシシもどきのバケモノと、謎の言語を話す女の子、そして魔法……。


 どうやら僕がやってきたのは北海道の原野でも、アマゾンの奥地でもない。

 それどころか地球ですらない、まったく異なる世界のようだった。


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