塵の行く先

「俺の遺灰は海にいてくれ」

死ぬ間際の父はそう言っていたそうだ


故郷の波打ち際、そこにはないはずの遺灰をかき混ぜていた。

水をすくってみれば透明で、ちりを飲んだはずの海は何事もなかったようなかがやきを放っていた。


1週間前だ、父と喧嘩けんか別れした故郷から電話があったのは。

どうして連絡なんか、そう思うとスマホを取ろうと伸ばした手が止まった。

漠然ばくぜんとした不安を振り払い電話に出た。

その時母さんが取り乱したように何か言っていたが、よくは覚えていない。

唯一覚えていたのは父がもうすぐ死んでしまうかもしれない。


何の用意もなしに飛び込んだ病室では、せこけた父が窓から海を眺めていた。


「父さん」

「父さんと呼ぶな、今すぐ帰れ」


こちらを一瞥することもなくそう言ってしまうと、それきり互いに黙ったままだった。しばらくしても何もなかった。本当に何も。言葉を交わすことも、視線をこちらに向けることも。


母さんに連れられて病室を出た。元々父は末期ガンで、腫瘍しゅようが様々な場所に転移していてどうしようもないということだった。

そんな状況であっても父はいつもと変わらず寡黙かもくで落ち着いた様子で、息子の俺には絶対伝えないようにと言っていたらしいが、母が耐えられなくなって勝手に連絡したらしい。


そのまま父は逝ってしまった。ろくに言葉も交わさずに。


漁師であった父は海に生きて、海に生かされた。だから死ぬときも海で。

親父はそうやって死に場所を決めた。

そういう人だった、でも俺は?

こんな片田舎に骨をうずめるのは、なんというかとても怖かった。

小さなコミュニティに入って、そこで何事もなく住むっていうのも一つの幸せかもしれない。

でもそれが怖かった、狭い世界の中の息苦しさが嫌だって言うのも確かにあるけど、少し違う。


井の中の蛙でいたくなかったんだ、大海たいかいに出て溺れようとも、知らないままでいるのが嫌で、恐ろしかった。

だから父とは喧嘩した、井の中はすべて知ったと言って。


果たして俺は知れたんだろうか、井の中を、大海を。


父がいなくなったことで先送りにしていた疑問を見つめてしまった。


「結局俺は、井戸からい上がってまで何が知りたかったんだろうな」


誰が答えてくれるわけでもない問いが口をついて出てくる。


いやこれは、この答えは


誰でもない自分しか持ってないのか


親父だったらそれを知るのが人生だ、とでもいうのだろうか だったら


「邪魔しない程度に成仏しろよ」


そう吐いてそばにあった砂を海に放って立ち上がった

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