献花①
私が“それ”を視界の隅に発見したのはいつのことだったろうか。でも、“それ”は確かにこちらに目線を向け、目で追っていた。
――汚ならしい。どこにでもいる顔で。
心の中でそう吐き捨てた。そして汚物から目を剃らし、私の横に最も相応しい女と何事もないように、日常のひとつとして、笑い合う。
◆◆◆◆
私、倉敷ここみは神に愛された女だった。自分の顔の作りが優れていることは自覚していた。裕福では無かったが、この顔に産んでくれた両親には感謝しかない。
でもこの顔に釣られてすぐ告白だのなんだのしてくる奴等には飽き飽きしていた。どうせ、彼ら、彼女らは私の中身に興味なんて無いのだ。何もしなくても人が集まってきた。私のために便宜を図ってくれる。それは、正直言って、悪い気はしなかった。
そうして中学を卒業した私を待ち構えていたのは、綾間紫苑という完璧な人間だった。
「初めまして、綾間紫苑よ。これから一年よろしく」
立つ、歩く、座る。それだけで気品に溢れる……何と言うべきだろう、オーラがあるのだ。それでいて、可愛い。私は鏡より美しいものを初めて見た。
私の偉かったところは、この気持ちを態度に出さなかったことだ。それでも努力をし、数日で彼女と仲良くなり、途中まで一緒に帰るような仲にまで発展させた。
「ここみ。駅前の通りにクレープ屋が出来たのを知っている?」
世界で二番目に美しい女の隣で世界で一番美しい女がクレープ屋に誘っている。私は世界が自分たちのために回っていると感じた。私たちが全て。
「……ああ、知ってる。行こうぜ」
まずい、今顔を見られたくない。とてつもなく緩んでいる。顔を紫苑に向けずに答えた。特に気にしなかったようで、紫苑は話を続けた。
「ふふ、話が早いのね?そういうところ、本当に嫌いじゃないわ」
「お褒めに預り光栄ですよ、っと」
緩んだ顔をクールに戻し、横を歩いていく。紫苑の話に相槌を打ちながら進む。そしてそのクレープ屋に着いた。
「注文はお決まりですか?」
このクレープ屋は甘いものオンリーらしく、様々な種類の甘いものが揃っていた。好んで食べるほどではないが嫌いではない。
「……そうね、このキャラメルカスタード&ガトーショコラを頂けるかしら」
紫苑はそうか。なら。
「私はホイップクリームブリュレ」
系統の違うものを選ぶ。
「楽しみね」
「ああ、そうだな」
系統の違ったクレープ。必然的に『ここみ。それ少し頂戴』『……しょうがないな、ほら』と食べさせっこをすることになるはずだ。「キャラメルカスタードガトーショコラのお客様ー」二人で出掛けたときにベクトルの違ったものを注文するのは定石。それは自然にあーんをするための口実に過ぎない……!
「ここみ!これ美味しいわよ!」
あれ。いつの間にか紫苑が席に座って食べ始めていた。待ってよ、それじゃあ『一口貰っていい?』がしにくいじゃん!
「そうなんだ?私は次それにしようかな」
違うでしょ!これ一口と交換してよって言うべきなんだよ!
「ホイップクリームブリュレのお客様ー」
「はい」
早足で紫苑の向かいに座る。よし!
「紫苑、一口あげる」
よし言った!
「うん?大丈夫よ?私もうこれ食べてるもの」
「あっそう?じゃあ食べちゃうね」
「そうね?……変なここみね」
私は心の中で泣きながらクレープを食べた。
……味の感想は覚えていない。
今日もクラスで紫苑たち……まあ紫苑以外の名前は覚えていないが……と話していた。内容は何てことない。とりとめのない日常話だ。だが、私は気配を察知しいつもと違うことを感じ取った。
顔を動かさずに、悟られずに周囲を見渡す。あれだ。廊下から私たちのクラス、性格には私たちの集団を眺めている特徴の無い女がいる。何だあいつ。
いや、想像はつく。紫苑にも私にも学校に一定数ファンがいる。こればかりは仕方がない。顔の良い人間の道だ。厄介なのは直接コンタクトを取ってくる奴らだが……あの女は。間違いない。紫苑狙いだ。身の程も甚だしい。そして隙があれば入り込もうとしている。誰がさせるか。紫苑のような高貴な人間はああいう人間と喋ることすらしない。認識もしない。
ああ、腹が立つ。何であんな数秒後には顔を忘れてそうな女が。私は“それ”が廊下に現れたときは紫苑と話続け、意識が廊下に向かないように心がけた。
◆◆◆◆
あれから何日になるだろうか。今日も紫苑たちと話す。“それ”が来るようになってから私は毎日話すことを大量に前の晩に用意するようにしていた。隙を与えない。紫苑は私のとなりにいると定められた存在だ。
今日も平和に一日が終わる。放課後だ。紫苑と歩いて帰る。途中で別れ、ひとり家に着く。玄関を開けようとする……が鍵に阻まれる。仕方なく鍵を取り出して開き、玄関で靴を脱ぐ。両親にただいまと言い、返事が帰ってくる。階段を上がり自分の部屋に入る。着替え、下に降りてご飯を食べる。お風呂に入る。部屋のベッドに転がる。
だが私にとってはまだ一日は終わりではなかった。これからが本番。最重要項目、話題集め。スマホとパソコンを駆使し、十二分に集めたら就寝。起きて学校に向かう。“それ”が廊下に来たら集めた話題を放出する。
はずだった。だが、私の話のタネがその日芽を出すことはなかった。一日、“それ”が廊下に来ることはなかった。
何事もなかったかのように、紫苑と並んで帰り、別れる。ひとりで家に着く。玄関をガチャ、と開ける。両親にただいま、と一声かけ、階段を一段飛ばしで上がる。自室に入ってようやく、感情を放出させ歓喜した。勝った。あれは紫苑に取り入るのを諦めた。
「やあやあ、楽しそうだね。お父様の血の海をスキップで越えるものだからちょっと驚いたよ」
え……?血の気が引くような声。思わず振り向く。目の前には見覚えの無い女が立っていた。手には黒くて短い棒。そこに白い光が走る。……!棒なんかじゃない!あれは、そう、スタンガ……!
そう気付いたとき私は既に意識は無く……そしてそのまま、目覚めることは無かった。
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