第3話 ギャンブルの仕組み(その3)
それでは「確率の収束」について解説していきます。
ここにサイコロがあります。サイコロを1回振って1の目が出る確率は6分の1。では、サイコロを6回振れば、絶対に一度は1が出るでしょうか?
そんなはずないですよね。6回振って一度も1が出ないこともあれば、何度も1が出ることもあります。つまり、サイコロを振って1が出る確率はどんなときも6分の1で、その確率が上がったり下がったりすることはないのです。
このように、試行回数に関係なく毎回一定である確率のことを「完全確率」といいます。
次に、商店街の福引を思い浮かべてください。ガラガラと音を立てて回る、あれです。ガラガラの中には玉が100個入っていて、その内訳は99個の外れ玉と1個の当たり玉であるとしましょう。
この状態で抽選を行うと、当たり玉を引く確率は100分の1です。
では、20回連続で外れを引いた後はどうでしょうか?
20回外れを引くと、ガラガラの中の玉の数は80個に減っています。79個の外れ玉と1個の当たり玉が残ります。このときの当たり玉を引く確率は80分の1です。
当たり玉を引く確率が上がりましたね。
では、最初から福引券を100枚持っていたらどうなるでしょうか?
抽選を受けるたびに玉の数は減っていくので、たとえ当たり玉が最後まで残ったとしても、100%確実に当たり玉を引くことが可能となります。
つまり福引はサイコロと違って、試行回数が増えていくほど当選する確率が高まるのです。宝くじも同じ。くじの発行枚数は有限なので、買い占めてしまえば必ず一等を引き当てることができます。
このように試行回数が有限である場合、当選確率は試行回数が増えるほどに高くなっていき、そして最後には必ず100%へと収束するようになっています。
ギャンブルにおいて、確率は「完全確率」と「完全確率でないもの」の二つに大別することができますが、「完全確率でないもの」の「確率の収束」はこのことを指します。ギャンブルをする前には、それが完全確率なのか、そうでないのかを意識するようにしましょう。大事なことですので覚えておいて下さい。
それでは、完全確率である方のサイコロの話に戻ります。
サイコロを振って1の目が出る確率はどんなときも6分の1。福引と違って、サイコロを6回振っても必ず1が出るとは限りません。
では、何回サイコロを振れば確実に1の目が出ると言えるでしょうか?
ここでは難しい数学の話はしません。
十回でしょうか、三十回でしょうか、それとも千回?
直感でいいんです。
確実に1の目が出るか、と問われれば十回だと心許ないですよね。三十回もサイコロを振れば、さすがに一度は1が出るような気がします。千回振れば、絶対に一度は1が出ると言い切ってもいいような気がしませんか。
正解です。その感覚は極めて正しい。
つまり、サイコロを振って1の目が出る確率は、試行回数が増えるごとに高まっていきます。あれ? これって、さっきの「完全確率でないもの」の「確率の収束」と同じですよね。そうです、基本は同じなんです。ですが、福引の抽選とサイコロの抽選では決定的な違いが一つあります。
それは、福引の試行回数が有限であったのに対し、サイコロの試行回数は無限であるということです。
ここがポイントです。
サイコロのような完全確率では、何回サイコロを振れば1の目が出るかということよりも、何回サイコロを振れば1の目が出る確率が6分の1に近づくか、ということが重要なのです。
実際にサイコロを振ってみればわかります。六回振って一度も1の目が出なければ確率は6分の0。二回出れば、その確率は6分の2です。
十回よりも三十回、三十回よりも千回。試行回数が増えるごとに、この確率は6分の1に近づいていきます。十回程度の試行ではこの確率は安定しません。試行回数が少なければ、上振れや下振れが発生するのです。
これが「完全確率」における「確率の収束」です。
もっとわかりやすく説明しましょう。
以下のようなギャンブルがあると仮定します。
【サイコロを使った簡単なギャンブル】
・サイコロを振って1の目が出れば8000円もらえる
・一度サイコロを振るには1000円の参加料を払わねばならない
・このギャンブルは何度でもできる
果たしてこれは儲かるギャンブルでしょうか?
こんなときは期待値の計算です。サイコロを振って1の目が出る確率は6分の1なので、以下の計算が成り立ちます。
期待値:8,000円 x 1/6 = 1,333円(小数点以下切り捨て)
1,333円 ÷ 参加料1,000円 = 1.333 → 133.3%
期待値は133.3%であることがわかりました。サイコロを一度振れば1333円になって返ってくるので、一回ごとに333円の利益が見込めます。はっきり言ってこれはとんでもなく美味しいギャンブルなので、寝る間も惜しんで狂ったようにサイコロを振り続けるのが正解です。
さて、このギャンブルに参加するとき、もし一万円しか持っていなかったらどうなるでしょう?
サイコロを十回振った後の所持金を、以下三つのケースで想定してみます。
ケース① 一度も1の目が出なかった
所持金:0円
計算根拠:参加料1,000円を十回払ってオシマイ
ケース② 一度だけ1の目が出た
所持金:8,000円
計算根拠:獲得金 8,000円 x 一回
ケース③ 二度、1の目が出た
所持金:16,000円
計算根拠:獲得金 8,000円 x 二回
ケース①と②の場合は所持金が一万円を下回ってしまいました。期待値が133.3%で儲かるはずのギャンブルなのに損をしてしまったのです。特にケース①は所持金がゼロになっているので、これ以上ギャンブルを続けることすらできない悲惨な状況です。
これこそが、完全確率のギャンブルで試行回数が少ないときに発生する上振れと下振れの正体。期待値が100%を上回っていたとしても、試行回数が少なければ負けることがあるのです。逆を言えば、期待値が100%を下回っていても勝つこともあります。
では、このギャンブルで確実に勝つにはどうしたらいいのでしょうか?
答えは簡単。百万円持っていけばいいのです。
試行回数が増えれば確率は収束していきます。期待値もきちんと133.3%へと近づいていってくれます。千回もサイコロを振れば、1の目を引く確率も6分の1に近い数字になるので、所持金がゼロになることもありません。一回あたり333円の利益が見込めるギャンブルなので、千回サイコロを振れば、所持金は限りなく以下の数字に近いものとなっているはずです。
所持金:1,000,000円 + 333円 x 1,000回 = 1,333,000円
この百万円を持っていくという発想ですが、欧米のギャンブラーはこれをバンクロールと呼びます。バンクとは銀行の意味のバンクです。プロのポーカープレーヤーなら誰もが当たり前に知っている用語で、ギャンブルで勝つために不可欠な概念ですので、覚えておいてください。プロのギャンブラーにとって、所持金の枯渇は死を意味します。期待値が100%を超える状況であっても、下振れが続けばお金は減っていくのです。
プロのギャンブラーはギャンブルで生計を立てています。バンクロールは月々の生活費に加え、自分が主戦場としているギャンブルのレート、そしてその期待値と確率の収束を根拠に設定されます。この設定金額が高いほど、大きな勝ちを狙いにいくことが可能になるのです。ギャンブルが金持ちに有利とはこういうことです。
折れ線グラフを想像しましょう。横軸が試行回数、縦軸が所持金です。
あなたが完全確率のギャンブルをするとき、そのグラフは山あり谷ありのカーブを描きながら、時間の経過とともに右へ右へと進んでいきます。この山あり谷ありの折れ線が確率の上振れと下振れを示します。期待値が100%を超えていればそのグラフは右肩上がりで推移していき、逆に下回っていれば右肩下がりになります。しかし、期待値が100%を超えていていたとしても、下振れが続いて所持金がゼロとなってしまえば、それ以上ギャンブルを続けることはできません。そんな悲劇を回避するために、プロはバンクロールを設定するのです。
どうでしょうか? 理解できましたか?
ここまで三話にわってギャンブルの仕組みを解説してきましたが、基本的にはこれが全てです。大事なのは「期待値」と「確率の収束」、この二つだけ。仕組みを理解すること自体は決して難しいことではありません。イカサマを抜きにすれば、この二つを正しく理解し、それぞれのギャンブルに当てはめ、実践していくことこそがギャンブルで勝つための方法です。
一方、胴元はプレイヤー側の期待値が100%未満となるようにギャンブルのルールを組み立ててきます。胴元も商売でやっている訳ですから、利益を上げなければなりません。これは当然のことです。しかし、いついかなるときも全てのギャンブルの期待値が100%未満ではないのです。胴元は自らが設定した期待値が低すぎると客が飛んでしまうというジレンマを抱えており、付け入る隙があります。一見複雑な数字のレトリックや演出を用いて我々の目を曇らせてきますが、そんなものは吹き飛ばしてやりましょう。
ただし、これだけは覚えておいてください。何度も言いますが、必勝法を知っていても負けるのがギャンブルです。なぜ勝てないのかということは、今後もわかりやすく解説していきます。僕は読者の皆さんへギャンブルを勧めるつもりは全くありません。むしろこれを読めば、ギャンブルに手を出さなくなるのでは、とも思っています。世の中にはギャンブルに対する誤った認識や嘘が満ち溢れています。僕はその正体を白日の下にさらけ出すためにこれを書いているのです。
ギャンブルには様々なものがあります。胴元とお金のやり取りをするものだけが全てではありません。日本では馴染みがありませんが、ポーカーのキャッシュゲームや、トーナメントがその良い例です。ゆくゆくはプレイヤー同士でお金を賭けるギャンブルやカジノの仕組みにも触れていくつもりです。
それでは、次回からはいよいよ実際に身近にあるギャンブルに焦点を当てて、より詳しい解説をしていきたいと思います!
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