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前の章で、ニッキー・オハラハンが
素人作家の無学で下手な構成はどうか勘弁して頂きたい。
というのも、私に言わせると地元の生まれ育った街で一生を過ごすというのは負け犬の人生である。
かく言う私自身がそうであるからして、これだけは間違いない。
親父がこう言ったから、後を継いだ。
お袋が泣いてすがったから、こうした。
許嫁のスーザンがこういったから、こうなった。
すべて言いわけだ。息子なら親父をぶっ飛ばすのが宿命だろう。ギリシアのオディプスなんやらの劇を私もみたことがある。
息子なら母親に心配をかけて始めて一人前だ。
スーザンと別れても心配するな、人の半分は女だ。
私は、上記のどれも出来ず、親父が小石を置いて広げた土地をさらに立派なものにした兄ロルに泣きついて、その土地の片隅、まさに一角を貰い受けそれを生業とした。
まるで、飼い犬のスパイクのごとく、お手をし、下腹をみせ、顔舐めをして生きる方法を得たのだ。
しかし、ニッキーは違う。あいつにどれくらい主体性があったかは私にも確認はできておらんが少なくとも、ニュー・スウォンジーの街から出ていった。
その一歩がは<ワイルド・ボアー>から奪ったブーツだったかもしれないが街から出てそれこそ偉大なる一歩をこの西部の荒野に記したのだ。
これこそ、父親の<ザ・ヴィラン>のズタボロになった死体を4マイル強引きずって運んだぐらい、偉業である。
ちなみにジャノスは<二瘤の丘>で下で永遠に眠っており、リッチーは私と同じく(すがったかどうかは別だが)家業を継ぎ完全に
そして、このあたりの一連の出来事も残念ながら私自身あんまりきっちり記憶していない。
というのも、このころ私は<ワイルド・ボアー>を撃ち殺した罪の意識に苛まれてかなり落ち込んでいた。西部には<鬱>という高級な言葉は存在しなかった。まさに心ここにあらず程度といったところである。前の章でもしつこく書いたが、ニュー・スウォンジーにはバプテスト派の小さな教会が一つあるだけで、私自身日曜日に一度も教会になど訪れたことはなかったが、西部の過酷な環境で育ったにもかかわらず、私なりぼんやりとキリスト教的価値観をもう既に植え付けられていた。
過酷な環境だったからこそ、ぼんやりとそういった価値観をもっていたのかもしれない。
七つの大罪を全て言えなかったが、人を殺すという行為はさすがにどんな価値観においても単純に許されるとは思えなかった。
どう説明したらいいかわからないが地獄に堕ちるとそれも死んでも安らかに眠ることなく無限地獄に堕ちると信じて悩んでいた。
幸福や満ち満ちた生活は容易に想像できなかったが、地獄かそれに近い煉獄は北軍の輜重隊に同行しているときからそばでかなりリアルに見ていた。
どこか変な私に二親とも声を掛けるなりどうにかしてくれればよかったのだが、単なる思春期の恋煩い(まず周囲4マイルに親族以外の女性が存在しなかった)か初めての射精でも経験したんだろうぐらいの態度だった。
親のこの程度の配慮が新大陸におけるベーシック・スタンダードだったのだ。
食事と寝るところを与えたらそれで終わりだった。ほぼコヨーテの子育てと同レベルである。
西部は人類、動物を問わず誰においても厳しかった。
ところが、実際の脅威は確実にニュー・スウォンジーの街に迫っていた。
しかも、ファレル・コンプトンの書いた『人殺しの生涯』。
JJ・クッシングの書いた『ガンスリンガー・オハラハン』。
ドン・キャプラーの書いた『娼婦の女王とニッキー』。
コーネリアス・ヒギンズの書いた『西部の王、ニッキー・オハラハン』。これらのどの本でもこれらの事案がニッキーの仕業と書かれているとおり、<ワイルド・ボアー>殺害の合法的責任と報復の脅威はニッキー・オハラハンに迫っていた。
ただ、周囲の目というかニュー・スウォンジーの人々の捉え方は逆に非常にフェアーだった。
悪いやつが一人居なくなったんだろう?ぐらいである。
法的にも人道的にも若干どころか過分の善行と捉える向きである。
実際は<ザ・ヴィラン>も死亡していたので悪いやつが二人なくなっているのだが。
しかし、一応動かざるを得ない物がいた。ニュー・スウォンジーの保安官、ジェラルド・ダラムである。
カンザス州は元々東隣のミズーリ州とめちゃくちゃ綿密な関係を持っている。準州の前もともとミズーリ州の一部だったのだ。
なんでも、東のミズーリ州からやってきた。結核、悪党、無法者、梅毒、つむじ風、余ったタンブル・ウィード、売れ残ったエールにウィスキー、悪徳政治家、砂ぼこり、過重債務者、労働力としてだけの中国人、鉄道、それに電信。
例外が一つだけある。竜巻だけは北半球の必然で西からやってきた。
しかもライマン・フランク・ボームのオズの魔法使いのドロシーを鑑みても分かるとおり上記のどれよりもこれが一番やっかいだった。
最後に申しわけ程度に書いたが、電信がもう隣町のダッジシティまで来ていたのだ。しかも、感覚的には最後に書くのが非常に正しい。
電信といえども、ダッジシティまでモールス信号で来た後に人が馬に乗り砂まみれになりニュー・スウォンジーまで伝えていた。
これは電信ではない。
<ワイルド・ボアー>こと、ジャック・<ワイルド・ボアー>ボロワーズには兄弟が居たらしい。加えて私やニッキーも知らなかったから別に有名なガン・スリンガーではないらしい。
が、方々にそれこそ電信を利用して連絡をつけて<ワイルド・ボアー>の行方を探していたのだ。
その兄弟たちは銃器より最先端連絡技術に興味があるらしい。いつの世でも楽をしては真実に到達できない典型かもしれない。
<ワイルド・ボアー>の痕跡はどう見てもニュー・スウォンジーで途絶えている。
加えて<ワイルド・ボアー>はニュー・スウォンジーの街で<ザ・ヴィラン>について尋ね回っていた。
これは、怪しいとか重要参考人とかいうレベルではないだろう。帰結は一つである。
フェアーなニュー・スウォンジーの一般的な市民は<ワイルド・ボアー>と<ザ・ヴィラン>が相打ちになったと考えていたようだ。
市民の多くは<ザ・ヴィラン>の悪名は知っていても肩の骨を撃ち砕かれて右腕がほとんど動かないことを知らなかった。
保安官ジェラルド・ダラムはまぁ半分言い訳作りだろうが街から9マイル離れたオハラハン家にやってきた。
ここからは、見たわけではないが、いろんな噂やニッキーの話を私なり再構成して書く。
朝の早い砂まみれの老保安官はオハラハン家のポーチに昼前に上がり声をかけた。
「ハウディ」
ここからは私がラズベリーをオハラハン家に持っていたときとバーニー
ドアーに現れたのは、ブロンドとかろうじて分かる程度に汚れきったざんばら頭のニッキーの妹。
着ているスモックには血痕がついているが汚れすぎていて血痕らしい汚れと確認するのが精一杯である。
妹は敵意のこもった目でダラム保安官を見上げている。
ニッキーの妹は知らない男性の大人が実の父親より酷いことをするという事実を近々に実学と実例をもって学んだばかりである。
ただ、<ワイルド・ボアー>がロリコンでなかったことだけが性的嗜好の確率統計学がこの少女を助けていた。
老保安官と少女との長い無言のやりとりが続いた後、<ワイルド・ボアー>に乱暴されたニッキーの姉が出てきた。
姉の左目の上が腫れあがり、青たんに変わろうとしている。
誰が見ても転んで出来る傷では絶対ない。
また、女性にこれだけの傷を与えるものが他にその女性に対しなにをするかも大体推測できた。
姉は自身に乱暴した<ワイルド・ボアー>以上に、法の執行官として自身を守ってくれなかったダラム保安官を嫌悪し敵視し、これまた無言を貫いていた。
ダラム保安官は必死に職務を遂行しようして、ポーチから二人の女性越しに家の中を伺おうとしたが、室内は暗くあまり良く見えなかった。
「ザ・ヴィ、、」
とまで言いかけて、ダラム保安官は言い直した。
「ヴィンス・オハラハンはどこですかな?」
ニッキーの姉はすぐには答えなかった。この青たんの跡を見せるのが最大のアピールというより報復であり保安官への職務怠慢への攻撃だった。
短い沈黙のあと、答えた。
「父は死にました」
「それはいつのことで」
「少し前です」
「━━━━━」
老保安官にもオハラハン家の可処分所得や蓄えでは充分な葬儀が出来ないことは容易に想像できた。
「遺体は、教会の無縁墓地に、、、?」
「うちの裏です。見ますか?」
ニッキーの姉の目はその美しいブロンドの髪の毛より細かった。
このセリフには一緒に掘り返して確かめてみるか?という挑戦まで含まれていた。
「いえ、結構です」
また少し、沈黙の間があった。すべての言葉のやり取りが刃のようだった。
しかし、保安官としては訊かなければならない。
「ジャック・ボロワーズという男性は最近訪れませんでしたかな?」
姉の答えは早かった。
「誰も来ません」
「どうも、お忙しいところお手を煩わせて失礼しました」
ダラム保安官は逃げるように無言の少女と左目の上を腫らした女性がポーチに立つオハラハン家を離れた。
姉のあの傷を見れば、なにがあったにせよ。あれよりさらなる傷とそれに増す痛みを与えるまで何一つ白状しないことは誰の目にもあきらかだった。
だが、このダラム保安官のオハラハン家の訪問がニッキーの運命を少し変えた。
ニッキーの姉は馬鹿ではなかった。
実は人間社会がだが、それを若干、原始的にして儀礼関係を省きティピカルにしたのが西部である。
人間社会は報復の螺旋の連鎖で出来ていることは一回乱暴されようが、父親が悪党であろうが保安官が家に訪れようがわかっていた。
それから幾日か経ち、ある日の夕方、私の農場にニッキーは現れる。
その日のニッキーは大きく見えた。
とりわけ大きく。
足は<ワイルドボアー>のブカブカのブーツ。腰には無理やり一つかなり小さいサイズの穴を錐でこじ開けたガンベルトを着用。背中にボロボロの毛布を丸めて背負った姿で、ほぼ農場と同じ状態にドロドロになった私の眼の前に。
まさに、ファレル・コンプトン、JJ・クッシング、ドン・キャプラー、コーネリアス・ヒギンズら四人の本の表紙や挿絵に描かれている姿そのままである。
ガンスリンガー、ニッキー・オハラハンの真の誕生である。
もう既に一人殺し、もう一人の遺体を損壊させている。
幾日と書いたが、その幾日の間、ニッキーと姉とで相当な押し問答があったらしい。
姉はニッキーに逃げることを勧め、ニッキーは敢然と中世の騎士のように姉を守ることを誓い、もめたらしい。
しかし、なにがどうなって、どうなったのかわからないがニッキーが折れることになったらしい。たぶんニッキーにもわからないのではなかろうか。
ニッキーは言った。
「出ていくことになった」
それは見ればわかった。
とっさにどこに?と私は訊きそうになったがそれが残酷な質問であることは私もバカではないのですぐに理解しやめた。
私がガンベルトを覗き込むとかなりの弾帯の部分が空になっていた。
そうとう練習したらしい。
ガンベルト、銃も含めてすべて<ワイルドボアー>から奪ったものだ。
弾そのものは限られている。試し撃ちや練習するのはいいが、自分の首を絞める事にならないだろうか?。
「だいぶ撃ったな」
それが私が言える限界だった。
「うん、撃った、きゃはは」
ニッキーのきゃははが帰ってきていた。
「早くなったのか?上手くなったのか?」
「なった」
これが嘘なのも容易にわかった。
「お別れだな」
「そうだな」
私とニッキーは夕陽の元、握手してからお互いちょっと長めにハグした。
ニッキーからはラズベリーの匂いが少しだけした。このニッキーをしても西部の荒野にうってでるには酒の力が必要だったのだろうか、、。
街から一歩も出たことがない負け犬の私には一切わからない。
ニッキーは、ちょこっと手を上げると振り返ることなく東に向かっ歩き出した。
私はいつまでも、ニッキーの背中を見ていたがニッキーが振り返ることは一度もなかった。
しかし、これがなぜだか私とニッキーの永久の別れとはならなかった。
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